創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

精神操作

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「先程の宴会、随分と驚いたようだな」
 宴会の後、執務室に招かれたアレンとフレデリカは、ジョンブリアンが献上した美しい硝子細工のコップに注がれた果実酒を片手に苏月スー・ユエと話していた。
「随分と派手にやったよな、あのエルフ」
「本家と戦争したと思ったら、今度はソレアイアと戦争するの?」
 ソレアイアは苏安の東にあるエルフの国だ。元々はリーサグシアという国だったが、エルフは古い森に住むことがステータスとなる。旧リーサグシアの北部にある岩場に暮らしていたエルフ達は森に住まうエルフ達を忌み嫌って独立しソレアイアンエルフを名乗った。しかし、森に住まないエルフはリーサグシアンエルフに侮蔑され、差別された。岩場に木々を植えて森を作っても、若い木々の間に住まう彼らはリーサグシアの者達から迫害を受け続けた。それに不満を募らせたソレアイアンエルフは、四十五年前にリーサグシアを滅ぼして領土を吸収したのだ。
「既に東部の村が複数焼き払われた。奴らの率いる軍の中に、魔人や西域の人種も確認している。クテシアより西にある大陸の果て、砂の魔境の民だ。浅黒い肌、そして舞蘭ウーランと同じ大きな目と彫りの深い顔をしている」
 そう言って苏月がアレンに渡した写真には、エルフの他にも複数の人種が写っている。
 フレデリカはアレンの手元を覗き込んで目を見開いた。
「確かに砂の魔境の民だ。こっちは…驚いた、アージャ王国の人間だわ。二十年前に皆殺しにされたものだと思っていた」
「スラムに居た時、色んな顔の人間を見た。アージャ人も多分、見た事がある」
「多分?あんまり覚えてないの?」
 アレンはフレデリカの問いに肩を竦める。
「母さん以外はあんまり覚えてないよ。パン屋の顔くらいかな。あいつらは大体金をポケットに入れてるし、店に入ったらパンを焼く準備をするか、店頭に並べるかのどちらかだ」
「盗む為に覚えてたって事ね」
「けどアージャが滅びたのって、俺がコーネリアスと会う前後くらいだったからなぁ」
 ソレアイアの背後に帝国が居るのは確かだ。度重なる内戦で疲弊している苏安を滅ぼせば、あっという間に大陸の全てを掌握出来る。
 アレンはフレデリカとの遣り取りを黙って見ている苏月に問うた。
「所で、何で森が大好きなエルフが苏安に出て来るんだ?またバルタスみたいな傀儡国家か?」
「世南平原の東に〈奈落〉という大穴がある。ソレアイアは〈奈落〉とその周囲を囲う巨大な古代樹の森の所有権を主張している」
「〈奈落〉って、〈創世戦争記〉にも出て来る異界への通路だよな」
「ああ。あれも一種の魔境だな。人間が管理出来ないような魔境だから欲しけりゃ別にくれてやるんだが、人が住んでいる以上そうはいかない。奴らはリーサグシアンエルフの大半を虐殺したからな。あの森に住む人間がどうなるか、全く分からない」
「人が住んでるのか!?」
 アレンが驚くと、苏月は淡々と返した。
「ああ、舞蘭の故郷だ。私と弟達も疎開中に世話になった事がある」
苏月は水の入ったコップに視線を落として問うた。
「〈プロテア〉にはソレアイアンエルフが居たな。信用なるのか?」
「ザンドラの事か?」
「お前達の中には信用して良いか分からない者が現状二名居る。ソレアイアの貴族令嬢ザンドラ・フーゲンベルク、それから魏梓涵ウェイ・ズーハンだ」
 アレンは梓涵ズーハンの名前に眉をひそめた。
「梓涵はこの国の令嬢だよな」
「確かに令嬢だ。だが、戦犯一族の娘で危険人物だ。おい、まさか知らなかったのか?ウェイ家は人の精神や思考、そして軽度だが記憶を操作出来る。身に覚えは無いか?」
 アレンは思い出そうとしたが、何も分からない。
「まあ良い。だが梓涵と居る時は気を付けろ。魏家の能力は危険だ」
「分かった。そう言えばあいつ、いつも美凛メイリンと一緒に居たけど…」
「…何?」
 苏月の雰囲気が変わった。殺気ではないが、それに限りなく近い何か。
「美凛の事が心配なんだろ。なら、何で梓涵と美凛が一緒に居やすい感じになってる?」
 苏月の白い顔がますます白くなる。自身が精神操作を受けている可能性に気付いたようだ。
「あの子は今何処に?」
 アレンの問いに苏月は答えた。
「朱雀殿(皇后の寝殿)に向かっている」
「美凛も精神操作を受けている可能性がある。一度あいつを追い掛けて確かめよう」
 アレンの言葉に頷いた苏月とフレデリカは椅子を立ち上がった。

 一方その頃。
「誰?」
 美凛が侍女と共に暗い宮殿の廊下を歩いていると、誰かの気配がする。
「驚かせて申し訳ありません、公主様」
 朱塗りの柱の影から出て来たのは、梓涵だ。
「梓涵…?拠点に居たんじゃないの?」
 美凛がそう言うと、侍女達が喚いた。
「下がりなさい魏梓涵!お前は本来、朱雀殿に立ち入れない筈です!」
 しかし、梓涵は答えずにパチンと指を鳴らした。その途端、侍女達は黙って跪く。
「梓涵、何を⸺」
「公主様、私と一緒に来てください」
「梓涵、侍女達に何をしたの!?」
「少し眠ってもらっているだけです。それより、陛下が公主様を追放した理由、知りたくはありませんか?」
 美凛の大きな瞳が揺れた、その瞬間。
「…知りたい」
 洗脳をいとも容易く行った梓涵はほくそ笑んだ。
「では、私について来てください。その秘密は、今はソレアイアにあります」
「…うん、分かった」
 梓涵が美凛の手を掴んでその場を離れようとしたその時だった。
「梓涵?美凛と何をしているの?」
 美凛の向こうから現れたのは、すい(棒の先端に球状の重りを付けた武器)を持った皇后だ。
(勘付かれたか。これだから、妙に鋭い魔境人は嫌いなんだ)
 危険地帯に住む魔境人は毒や精神以上に強い。また野生の勘のようなものも鋭く、自然災害の発生を予知する者もいると言う。美凛の容姿は母の魔境系が強いが中身は苏安人その物で、繰り返された近親婚のせいで更に弱体化している。
「梓涵、娘の友達を殺すような真似はしたくないの。私はユエとは違って優柔不断だからね。私があと三歩近付くまでに、全員の洗脳を解除しなさい。じゃないと、その頭を砕くわよ」
 これは脅しではない。目の前に立つシャオ皇后は皇帝の伴侶であり戦友。その錘を何年振りに引っ張り出してきたのかは知らないが、彼女もかつての将軍だ。殺し、という作業はこの中で最も手慣れている。彼女なら魚を三枚おろしするより容易く、梓涵の頭を砕くだろう。
「…お友達?私と、美凛様がですか?あははは!笑わせるな、お前達は一度たりと魏家を人としてすら見なかった!お前のような人ならざる者を皇后とするにも関わらずだ!」
 梓涵が手を上げると、黒ローブの魔人達が現れた。
「…梓涵、今すぐその魔人達を外に出しなさい。寝殿を壊したくないわ」
「戦う意志がお有りのようで」
 舞蘭が踏み込むと同時に、背後からアレンの声が響く。
「梓涵!」
 梓涵が舞蘭の錘を間一髪で躱すと、今度は雷を帯びた槍が飛んでくる。
 若干焦りながらそれを躱すと、梓涵は苏月に言い放った。
「貴方の行動パターンは把握しています。只…」
 梓涵は洗脳状態の美凛の首に腕を巻き付けた。
「美凛様を連れていく上での手段は指定されていません」
 苏月は目を細めた。梓涵の細い腕はしっかりと美凛の頭を固定しており、後は動かすだけで首を折れる。
「…つまり、殺しても再び蘇らせる方法があると」
「お察しの通りです」
 隠す気もない梓涵に苏月は問う。
「目的は?」
「魏一族の解放と、永遠の自由。しかし、貴方は策士だ」
 次の瞬間、天井に穴が空いて赤毛の大男が降りてくる。
「交渉しても、守ってはくれないでしょう。ガンダゴウザ、全員殺してください」
 赤毛の大男は戦棍メイスを構えて嗤った。
「悪名高き〈蛮帝〉に死に損ないの十二神将!ヴェロスラヴァもファズミルもしくりやがったからな、俺が全員ぶっ殺してやる!」
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