創世戦争記

歩く姿は社畜

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大和神国編 〜陰と陽、血を吸う桜葉の章〜

黄泉から帰った者

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 時は御代官様が姿を消した頃。
 どさくさに紛れて小屋の付近から離れると、御代官様は神殿の中に入る。神殿の中からアリシアの匂いがしたのだ。
「ワン、ワン!」
 アリシアの匂いを辿って最奥に辿り着くと、近くに居た護衛が御代官様の身体に付着した血に気付いて何かを察したのか扉を開ける。
 アリシアが纏うお茶っ葉と微かな香水の香りを辿りながら暗く湿った階段を降りると、アリシアはカプセルの前に立て掛けられた白い大剣クレイモアの前で祈っていた。
「ワンッ!」
「御代官ちゃん…?」
 御代官様の身体にべったりと付着した血を見たアリシアの顔色が変わる。
「御代官ちゃん、どうしたの!?怪我したの!?あの子は、アレンは無事なの!?」
 御代官様は二足で立ち上がると、アリシアの服をかりかり引っ掻く。
 アリシアは立ち上がると、カプセルを拳で叩いた。
「お願い、目を覚まして!私だけじゃあの子を守れないの。お願い、早く目を覚ましてよ!」
「ワンッ!」
 御代官様は大剣を横から押し倒した。鋭く研ぎ澄まされた刃は容易く御代官様の肉球を傷つける程危険だ。アリシアは慌ててそれの柄を掴んだ。その時、剣の中から声が聞こえる。
『カプセルを割れ、早く!』
 アリシアは大剣を握ると、持ち上げた。屈強な魔人と交わったアリシアの腕力は、もう人のものではなくなっているのだ。
 御代官様が素早くその場を離れると、アリシアは吠えながら剣をカプセルに叩き付けた。
「うおおおおお!」
 鋭い剣はまるで豆腐を斬るように硝子ガラスの向こうへ入ると、硝子の向こうの魔人が目を開けた。
 魔人はゆっくりと、侵入してきた物を好奇心を満たすように触れた。その瞬間、金色の瞳に光が宿る。
 御代官様は直ぐにアリシアの元へ駆け寄ると、アリシアの服を咥えて引っ張った。アリシアが御代官様を連れて少し離れたその瞬間、魔人の拳が硝子に叩き付けられた。
 直後、硝子の割れる音と共にカプセル内の溶液が吹き出し、部屋中が水浸しになる。
 アリシアは近くにあった布を引っ張ると、魔人に被せた。
「ゲホッゲホッ!」
 溶液を吐き出す魔人の大きな身体を拭くと、その異形の瞳と視線がぶつかる。
「…お前、アレンの生みの親だろ?」
 アリシアは一瞬怯んだが、白い魔人はアリシアの手から布を受け取ると、乱雑に濡れた身体を拭く。
「その辺に俺の服無い?白いオキニのやつだけど」
「えーっと…これ?」
「おー、そうそう!コレだよコレ!」
 アリシアが渡した白い服を身に纏うと、アリシアは問うた。
「あの、あの子の育ての親でしょ?私の事、憎くないの?」
 血は繋がっていなくても、大切な息子を傷付けられたのだ。アリシアはアレンからコーネリアスとの思い出について聞いている。その度に罪悪感に囚われていたが、コーネリアスは耳に詰まった水を抜きながら言った。
「全然?だってお前は他人だし、環境が悪かったろ?憎かったらアーサー通して物申してたよ」
「私の事、知ってたの?」
 コーネリアスは尖った耳から水を抜き終わると答えた。
「まーね。アーサーからお前の名前聞いて察してたよ。綺麗なエメラルドグリーンの瞳なんて、アルヴァ王族以外に居ないからな。けどンな事より…」
 近くに居た御代官様を捕まえると言った白い剣を持って言った。
「アレンの一大事なんだろ?御託は良いからさっさと行くぞ。案内してくれ」
 そう言って立ち上がると、コーネリアスは走り出した。アリシアも慌てて後を追う。
 階段を一気に駆け上がって神殿を出ると、坂道を下って分かれ道まで急ぐ。
 アリシアが必死にコーネリアスについて走ると、分かれ道で思いもよらない人物達に出会った。
「アリシア!?」
 キオネと苏月スー・ユエ、そして彼ら率いる少数の部下達だ。
 アリシアは自分より年若い叔父の姿を見て泣きそうになる。
「叔父様、アレンが危ないの…!」
 苏月はキオネと顔を見合わせると言った。
「聞きたい事は色々あるが…説明は後で聞こう。そのアレンは何処だ?」


 そして今に至る。
 アレンは目の前に現れた白い魔人に困惑を隠せないのか、珍しく動揺を見せながら問う。
「どういう事…?砕けたんじゃ…」
 コーネリアスは自分の袖を掴むアレンに溜息を吐いた。
「後で説明する。先ずは。目の前の敵を⸺ってああ!おい、俺にも獲物残しとけよ二人共!」
 サリバンを相手取るキオネとロウタスを相手取る苏月にコーネリアスが怒鳴ると、苏月はロウタスの鉤爪を掴みながら言った。
「親子でゆっくり話したらどうだ?」
 キオネはそれに同意すると、苏月を煽った。
「娘とちゃんと話さずに五年も喧嘩してた人が言えた事じゃないけどネー」
「ああ?絞め殺すぞ貴様」
 獣化したロウタスの巨体が吹き飛ぶ。
「うわあああ!?ごめんって!」
 アレンはそれを見ると、剣で身体を支えながら立ち上がろうとする。
「おいアレン、何やってんだ」
 コーネリアスがそう問うと、アレンは肩で息をしながら答えた。
「…親子でゆっくり話せって、よく考えたら、戦場でそんな事やってられるかよ…話なら、後で幾らでも出来る」
「冷静になれ、そんな身体で戦える訳無いだろ。アリシア、小屋に救急箱とか無いの?ちょっと探して来てよ」
 アリシアが頷いて小屋の方へ行くとアレンは言った。
「…戦える、まだ戦える。剣が振れなきゃ、魔法を使えば良い」
 アレンが腕を上げて魔法陣を展開すると、再び赤黒い亀裂が広がる。
 コーネリアスはそのアレンの腕を掴んで言った。
「何がお前を戦場へ駆り立てる?こんなボロボロになってまで戦う理由は何だ?お前は余計な戦闘を避ける慎重な奴だと思ってたけど」
 白い睫毛が縁取る異形の目は悲しげだ。眼球は黒く人のそれとはかけ離れているが、表情の表れ方は人の物と何ら変わらない。アレンはそれが悲しくて仕方がなかった。何故、人と魔人は殺し合わなければならないのだろう。何故、殺さねば殺されてしまうのだろう。
「…殺さないと、こっちが殺される。殺らなきゃ、誰も自由になれない。俺も、今までに死んだ奴らも、全員屍の先の未来に自由を見て敵を殺して来たのに…今更、俺にどうしろってんだよ…」
 サリバンはキオネと互角の戦いを繰り広げ、ヴェロスラヴァの体液を注がれたロウタスは不死の身体を得た。このままでは負けるのはこちらだ。しかし、魔法をこれ以上使うのは危険だ。
「…教えてよ、この状況で、殺し以外の手段があるってんならさぁ…!」
 アレンの拳がコーネリアスの胸に力無く叩き付けられる。しかし、コーネリアスはその手段は『ある』と答えられない。結局、コーネリアスも戦いに明け暮れた人生を送っていた。父親として過ごしたのは四百年の人生の中でたったの五年で、二百歳の頃には許嫁も居たが、コーネリアスの不妊症が原因で離婚して直ぐに軍へ入隊した。
 コーネリアスはアレンの肩を掴んだ。
「…俺は超万能コーネリアス様だけど、殺し以外の手段は解からない。アレン、殺ししか手段が無い今、お前はどうしたい?何が欲しい?お前が無茶するくらいなら、俺がこの場の敵を一匹残らず殺したって良い」
 養父の問いに、アレンは呟くように言った。
「…力が欲しい。あいつの隣で戦いたい。魔力に焼かれない身体が欲しい」
「フレデリカだろ?あいつにもお礼を言わなきゃな。お陰で、お前がこんな表情豊かになって」
 コーネリアスはアレンの頭を撫でた。そして剣で自分の掌を深く傷付ける。
「…これ以外何も思い付かないけど、覚悟は良いか?何が起こるか分からないからな」
 アレンは五年前に再開した頃の母を思い出す。精神を病み心身共にボロボロになったあの姿が一瞬頭によぎるが、躊躇わずに頷いた。
 コーネリアスは血が溜まった左手をアレンの口元へ運んだ。アレンはその大きな手を掴むと、指先を伝って流れてくる血に口をつける。血の匂いが漂い武器のぶつかる音が響く戦場の中だが、そこだけは厳かな儀式を行われているようだ。
 しかし、鉄臭い血を嚥下して直ぐにアレンの身体に異変が生じる。
「ぐっ…ぁあ!」
 喉から胃まで、焼けるような痛みに襲われたアレンは、自分のものかコーネリアスのものか分からない血を吐いて蹲る。
 小屋から戻って来たアリシアが異変に気付いて慌てて駆け寄ってくると、コーネリアスはそれを手で制してアレンに言った。
「お前はもう人間じゃなくなるけど、お前はお前だ。そうだろ?」
 アレンは目を閉じて身体を生きたまま作り変えられる激痛に耐えるが、やがて、短い睫毛に縁取られたその目を開ける。菱形の瞳孔は縦に長くなり、いつか無造作に切り落とした耳が再生して小さく尖っている。
 アレンは自分の身体から亀裂が消えるのを確認した。同時に、自分の中からアレッサンドロが消えるのを感じた。
『時は満ちた…⸺』
 それが、アレンの聞いたアレッサンドロの最期の声だった。
 アレンは立ち上がる。
「…ありがとう。これで、全力で戦える」
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