創世戦争記

歩く姿は社畜

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大和神国編 〜陰と陽、血を吸う桜葉の章〜

逝く者と還る者

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 アレンは自分の手を見た。骨張って大きい手から赤黒い亀裂は消え失せ、小さな傷痕が幾つか残るだけの物になっている。
 生まれつき持っていた膨大な魔力の制限は解かれ、より自由に魔法を使える。魔人に近い身体へ変化した事で、自分自身の魔力に身を焼かれる事はもう無いのだ。
「…ありがとう。これで、全力で戦える」
 前世の自分と養父へそう言うと、アレンは長い手を前へ突き出した。直後、服や髪を靡かせる程強い魔力が漂い、大量の魔法陣が展開される。
ユエさん、キオネ、退いて!」
 二人が飛び退くと、その直後に青い光線がサリバンとロウタスを襲う。
 サリバンは結界を張って防ごうとするが、光線は結界を容易く破壊して触れた物を焼き尽くす。
「消えろ、虚無ヴォイド!」
 虚無の塊は結界を侵食し、触れる物全てを飲み込んでサリバン達に向かって飛んで行く。その動きは決して速くはないが、光線の間を縫うように飛翔するそれは脅威である事に間違いは無い。
「くっ…実に惜しい!これが敵とはな!」
 不利と踏んだサリバンは声を張り上げた。
「ニコ、ロウタス!撤退じゃ!」
 しかし、アレンと苏月スー・ユエ、キオネは叫んだ。
「タダで逃がす訳無ぇだろうが!」
「此処で会ったが何年目だか忘れたけど、殺してあげるよ!」
「政務放ったらかしたのに手ぶらで帰ったら妻に殺される!頼むから首だけくれ!」
 キオネのモシン・ナガンが火を噴いてサリバンの腹を貫くと、苏月は雷で創った槍を投擲してロウタスの後ろ脚を破壊して地面に縫い付ける。唯一存在を忘れられていたニコがサリバンを助け起こすと、サリバンは影移動の準備を始めた。
「ニコ、ロウタスは置いて行くぞ」
 ロウタスの脚から槍を引き抜こうとするニコに向かってそう言うと、ニコは顔を真っ青にした。
「えっ、でも…!」
 躊躇うニコに向かってサリバンが怒鳴る。
「置いて行け、そやつはもう助からん!」
 ロウタスは身体を起こすと、前脚でニコをサリバンの方に押した。そしてアレン達の方を向いて咆哮すると、影から黒い魔物が生まれてくる。
 アレンの魔法陣から再び光線が放たれると、ロウタスは魔法で身体を巨大化させ、身を挺してニコとサリバンを守った。獣に堕ちても、ロウタスは〈騎士〉なのだ。
「念には念を…は、早くに殺してしまうべきだった」
 サリバンはロウタスの影に隠れながら手を一振りする。すると紫の魔法陣が大量に展開され、大勢の社畜が召喚された。彼らは皆困惑した表情を浮かべているが、アレンとコーネリアスを見ると刀を構える。
「魔人だ、殺せ!」
 アレン達が社畜に気を取られた瞬間、サリバン達は影を通って逃げてしまった。しかし、一人残されたロウタスは魔物を使役してこの場の全てを殺し尽くそうとしている。
「月さんとキオネ達は社畜共の制圧を頼む。コーネリアスは魔物を仕留めてくれ!」
 三人が行動を開始すると、アレンの直ぐ隣に御代官様がやって来る。御代官様もやる気のようだ。
 アレンは御代官様に魔法を掛けた。すると、御代官様の身体がむくむくと巨大化する。
「ワン!」
 小屋を上回る巨躯から発せられた声は野太く、獣となったロウタスを怯ませるには充分だった。
「やるぞ、御代官様!」
 アレンはアーサーの剣を持つ。左腕は痛むが、増援と魔導不完全疾患の完治でやる気が湧いてくる。まだ戦えるのだ。
 御代官様が駆け出すと同時に、アレンも走り出す。魔人に近い力を得たこの身体は、大剣クレイモアを片手で軽々と振れる。
 ロウタスが接近してきたアレンに向かって巨大な鉤爪を振り下ろすと、アレンは跳躍してその鉤爪を空中で薙いだ。
 爪を斬ると、御代官様がロウタスの胴に頭突きする。
「ギャイン!」
 後ろ脚を貫通して地面に深々と刺さっていた槍が引っこ抜けて消滅する。後ろ脚に空いた穴からはどす黒い血が流れているが、その穴は塞がりかけている。ロウタスも、ヴェロスラヴァを介して不死の身体を手に入れたのだ。
 アレンは暴れるロウタスを見ると、後ろ脚の爪を斬りながら叫ぶ。
「御代官、お手!」
 御代官様は応えるように吠えると、その前脚を勢い良く振り下ろした。派手に骨の折れる音がすると、ロウタスが悲鳴を上げる。
「グギャアアアアアア!」
 アレンは地震で散らかった部屋を直した時のように指を鳴らす。すると、ロウタスの身体は元の姿に戻った。
「御代官様、待て」
 アレンはもう動けないロウタスに近付く。ロウタスの胸は潰れ、もう虫の息だった。しかし、それでもロウタスは憎悪を燃やしてアレンを睨む。
 アレンはそれから目を逸らす事無く御代官様を元の大きさに戻すと、剣をロウタスの方へ向ける。
「お前にとどめを刺すのは俺だけど…手柄は御代官様に持ってかれちまったな」
「…巫山戯た、犬だ…ゴフッ」
 ロウタスは血を吐いて問うた。
「…とどめは、刺さんのか?」
「…散々嫌がらせされたけど、仮にもあんたは元同僚だ。遺言くらい聞いてやっても良い。それとも、今直ぐ介錯して欲しいか?斬れ味抜群の刀ならその辺に掃いて捨てる程ある」
 そう言ってアレンは近くに転がっていた刀を拾った。しかし、ロウタスは首を振る。
「…性格悪いな、お前は…」
 誇り高い彼が、穢れた血に介錯を頼む訳が無い。
「コーネリアスは何故…お前を、ドブネズミなんかを拾って人間側に、寝返ったんだ…」
「知らん。本人に聞け。遺言は以上か?」
 アレンが問うと、ロウタスは目を閉じて答えた。
「…俺は、〈騎士〉だ…最期は、誇りを持って、死なせてくれ…」
「散々嫌がらせしてきて最期それか。まあ良いけど」
 アレンは近くに膝を付くと、ロウタスの剣を胸の上に置いた。そして乱れた髪を整えて言う。
「…仲間を守って散った誇り高き〈騎士〉よ、安らかに眠れ」
 呼気はもう無い。だが、その死に顔は穏やかだった。下剤を盛られた事も含めて散々な目に遭った彼だが、最期は誇りを持って死ねたのが満足なのだろう。
 アレンがぼんやりと思い出に浸りながらその死に顔を見詰めていると、いつの間にか横に居たコーネリアスが問う。
「…んで、後でって?」
「…ああ、直ぐにロウタスも逝くから」
 後ろの方で制圧を終えた苏月とキオネが吹き出す。
「え、そっちって…」
「え?」
 見かねたアリシアが二人の間に入って来た。
「アレン、コーネリアスは生きてるのよ?」
「…え?」
「え?」
 アリシアは思わず問い返す。まさか、ここまでして気付かないのかと。
 苏月とキオネがアレンとアリシアの間抜けな顔に爆笑するが、アレンには聞こえていない。
「おいおい勝手に殺すなよ。ほら、さっき俺の血を飲んだだろ?覚えてない?思い出してー!」
 アレンはつい数分前の事を思い出した。確かにアレンはコーネリアスの血を飲んで力を得た。しかし、それでは二十年前に運ばれて来たあの死体は何なのだろう。全くと言っていい程理解が出来ない。
 魔導不完全疾患で身体を破壊されるように、アレンの脳が限界を迎えた。
「あ、倒れた」
 情報が渡されていない中で事を理解するには足りない頭を高速回転させた結果、アレンは顔を真っ赤にして引っ繰り返った。
「…大人の知恵熱ってやつかしら。後で噛み砕いて説明しないと。皆、片付けの時間よ。叔父様達も手伝ってくれる?」
 苏月は頷くと、安らかな死に顔のロウタスを見た。
「ああ。そろそろ向こうも決着が着く頃だろう。何せ、十二神将を討ち取ったのだから」
 城の向こうに広がるが平原を大軍が撤退していく。〈桜狐〉と〈プロテア〉の同盟軍は勝利したのだ。
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