創世戦争記

歩く姿は社畜

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大和神国編 〜陰と陽、血を吸う桜葉の章〜

真秀場

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 グラコス王国のラザラスが加わった同盟軍は破竹の勢いで敵を打ち砕いていった。都はもう目前だが、余りにも簡単過ぎる攻撃戦に違和感が拭えない。剣を振りながら魔人の気配を探ると、案の定引っ掛かった。
 アレンは隣で剣を振って血を落としているフレデリカに言った。
「フレデリカ、魔人が居る」
「ガンダゴウザとヴェロスラヴァね」
 彼らは自由人で協調性の『き』の字すら無いが、裏で何か企んでいる事は明白だ。
「ファズミルの気配は…無いな」
 ガロデル闘技場、智稜ちりょう城、リーサグシア城…城塞戦では必ずと言って良い程ファズミルが活躍していた。
真秀場まほろばは建築物の操作に向いていない形状だからね」
 上空から見た真秀場は碁盤のような四角形の形状をしている。ファズミルの建築物を操作する魔法など操作系の魔法は、角数の少ない図形の回転には向いていないのだ。
 地図を見た感じ、真秀場は都にしては珍しい事に戦を想定して作られていない。苏安の凰龍京と建築物の構造は似ているが、城壁は城壁と言うより只の壁で、凰龍京の城壁のように無骨な石造りの城塞ではなく白い漆喰を塗られている。守りより、皇の権威や清い神々しさを象徴するような外観と言って良いだろう。
 守る気などさらさら無いその城壁は軍の鼓舞すら出来ず、皇軍は散り散りになって逃亡してしまった。
「城塞戦としては弱いが…」
「腹に一物抱えてるでしょうね」
 アレンは先日の話し合いを思い出した。
 〈プロテア〉と〈桜狐〉、〈社畜連盟〉、そして仲介役としてラヴァ・シュミットが参加した会議で、〈社畜連盟〉は〈桜狐〉の傘下に降る事が決定した。榊原が行方をくらまし、代わりに魔人が出現しても何の勅令を出さない大和政権に違和感を感じた侍は多く居た。
 彼らの大半は真秀場への攻撃と貴族の捕縛を強く望んでいる。しかしアレンは真秀場に侵入するのは妙に気が進まない。何かある気がするのだ。
「アレン、気持ちは分かるけど、今は進軍しないと何も得られないよ」
「…ああ」
 アレンは目前の巨大な城門を見た。堅く閉ざされたその城門は苏安と同じように東西南北に四ヶ所あり、街全体を包囲している。
 アレンの横に返り血を浴びた表春とラザラスがやって来た。
「ご心配でしたら、西門と東門も叩きましょうか」
 御殿への道が一直線に通じる南門を落として侵入しても、空城の計を仕掛けられる可能性がある。今回の軍事作戦は規模が大きいだけに、一度行動したら戻るのが難しい。
「頼もう。東は〈桜狐〉で、西はラザラスと…」
 その時、轟音と共にウルラが僅かに残っていた敵を踏み倒して着地する。
「おえー!にんげんまずいよ!おとーたまのいうとーりだった!」
 人間の姿に変身したウルラはぺっぺっと唾を吐くが、ラザラスはそれを諌める。
「姫、はしたない!」
 白く清潔なハンカチで口元を拭いてやっているラザラスを見たアレンは呟くように言った。
「…ウルラを連れてってもらうか」
 その小さな声に反応したウルラが目を輝かせる。
「おつかい?おつかい?ウルラ、おつかいだいすき!」
「二人で西門を潰せるか?西門を潰したら、そこから兵士を出入りさせる」
 ウルラは目を輝かせた。
「まかせて!おとーたまから、アレンにいのしじをきくようにいわれてるから!」
(あの野郎、自分の娘をよく俺に預けられたな。正気を疑うよ)
 自分が父親なら、子供を自分のような者には預けない。
 しかし、ラザラスはそんなアレンの気も知らず敬礼した。
「必ずや、命を遂行致します。御安心ください、姫はお護りしますし、西門も潰してみせます」
 そう言ってラザラスははしゃぐ幼い姫の手を引いて戦場を歩き出す。
 表春は右手に刀、左手に御祓棒を持って言った。
「真秀場は…久し振りですが、地形は把握しています。東はお任せください」
「地形?碁盤みたいになってるよな」
 表春はその言葉に難しい顔をした。
「いえ…外側からはそう見えるのですが…中は滅茶苦茶です」
 そう言う表春の顔は暗い。しかし、首を振ると鶴蔦と桑名に向かって言った。
「お前達はアレンさんと共に行きなさい。鶴蔦は真秀場の出身でしたね」
 鶴蔦は頷いた。
「はい。御案内します」
 アレンは各部隊の隊長に向かって指示を出した。
「ゼオルとネメシアが率いる部隊は西門から。バルタス王国軍とロルツの部隊、コーネリアスとフレデリカは南から。〈桜狐〉と社畜連盟、それから特に指示の無い〈プロテア〉構成員は東から。残りは外で待機だ。逃げた敵軍が本当に逃げたのか怪しい。怪しい動きの敵は殺せ。以上、質問は?」
 誰も何も言わない。
「よし、行動開始だ。油断するなよ」
 全員が指示を出し合いながら行動を始めると、アレンは目の前の門を見上げた。朱塗りの門は鮮やかだが。その門には不似合いな赤黒い血が付着し、門の隙間からどす黒い瘴気が漏れている。
「…アレンは、除霊師の正体を知らなかったよね」
「そう言えばそうだな」
 フレデリカは城門に手を当てながら言った。
「二千年前に消えた皇女、表春。九尾の狐と交わった原初の陰陽師。それが彼女の正体。この黒い靄は、あいつが九尾と交わるに至った要因も含まれている」
 鶴蔦は薙刀をしっかり握って言った。
「真秀場なんて、名前だけです。実際は過去と今、未来が入り乱れて魑魅魍魎が跋扈する地獄ですから」
 フレデリカが城門を押し開ける。
「私は十万年生きてるけど、この都だけは入った事が無い」
 光在る場所に闇も在る。日出る国の天子の御膝元なら、その影は比例して大きくなるだろう。だが、恐れていては何も始まらない。
「この中から魔人の気配もするな」
 罠があると分かってはいる。だが此処で大和の実態を晒さねば、二分した世界はより混沌に満ちる。
「罠があれば、砕くだけだ」
 アレンはそう言って暗い都へ足を踏み入れた。湿った空気と共に、生温い風が怨嗟の念を運んで来る。
 上から見た都は整然として美しいが、アレンは目の前の光景に衝撃を受けた。そしてそれはフレデリカ達も同じだった。
「何これ…!?」
 道は捻じれ、道と建物の土台以外の地面が無くなっている。その『穴』の中は、何も無い『虚無』だけがあった。重力は滅茶苦茶に狂い、空間には虫食いのような穴が幾つも空いていて、見た事の無い魔物が出入りしている。
「あれは、旧世界の魔物じゃない!」
 空を飛ぶ蜈蚣ムカデのような魔物を見たフレデリカが顔色を変える。
「つまり、旧世界と繋がってるって事か?」
 コーネリアスは目を細めた。
「旧世界だけじゃない。妖怪の世界にも繋がってる」
 顔の付いた提灯、脚の生えた傘、巨大な骨…挙げればきりが無い数の魑魅魍魎が跋扈している。
「気味が悪いな…」
 ロルツがそう言って短剣を握る。
「油断するな」
 誰がそう言ったか分からない。だが、全員が注意を周囲へ向けていた。そして突然、誰かの影から黒い獣が飛び出す。
「…!お前は⸺」
 ヴェロスラヴァはアレンとコーネリアスの剣を紙一重で躱すと、フレデリカの細い首に食らいついた。
 ボキリ、と嫌な音がしてフレデリカの首が折れ、全身から力が抜ける。
「フレデリカ!」
 アレンの声にヴェロスラヴァは口を離すと、にやりと嗤った。そしてフレデリカの首を咥えると、虚無の中へ飛び込む。
 アレンはポーチの中から碁石を取り出すと、それに時空魔法を掛けてコーネリアスに渡す。
「フレデリカを探してくる」
 そう言ったアレンの手をコーネリアスが掴んだ。
「おい待て!お前が行ったら、誰が指揮するんだ?」
 アレンはコーネリアスの手を見た。以前の自分ならどうしただろうと考える。しかし、何度考えても答えは同じだ。
「フレデリカを敵の手に渡す方が危険だ。だから、俺が行く」
 そう言うと、コーネリアスはすんなり手を離した。
「…そうか!合理的な判断が出来てるなら何よりだ」
「なるべく早く戻って来る」
 アレンは大剣を握ると、フレデリカが攫われた穴に飛び込んだ。何度だって救い出してみせる。
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