創世戦争記

歩く姿は社畜

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大和神国編 〜陰と陽、血を吸う桜葉の章〜

桜咲く偽りの桃源郷

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 真秀場まほろばの貴族街から北部は、平民街とは異なって晴天を鳶が飛び回り、その下を桜が咲き乱れている。
 アレン達は貴族街を行軍しながらその光景に息を呑んだ。
「これは真秀場の…真の姿?」
 パカフの問いに除霊師は答える。
「正確には、過去の姿です。ただし、実際に触れる事も出来ます。精度の高い術ですよ、これは」
 アレンは舞う桜の花弁を掴んだ。
 負傷したロルツや兵士を撤退させたが、これが敵陣でなければ此処で治療させたい程の絶景だ。
「それにしても…」
 アレンは手の中の花弁から目を逸して呟く。
「目の前で行軍されてんのに、大和ヤマト貴族は風雅なこって」
 いたる所から真秀場や桜の美しさを愛でる和歌が聞こえてくる。屋敷の門を開けて、向かいの家の娘に恋文を書く者まで居る始末だ。
「風雅、と言えば確かに聞こえは良いですが…」
 除霊師は冷たく吐き捨てるように言う。
「都合の良い幻に犯された、ある種の薬物中毒者の集まりで御座いすよ。この貴族街は」
 彼らにとってアレン達は、美しく舞う桜吹雪に過ぎない。敵軍という都合の悪いモノは視えていないのだ。
 貴族街の最奥、皇居へ通じる門の前で除霊師は言った。
「光を司るすめらぎが光と闇の均衡を保てないのなら、排斥しなければなりません。でないと、大陸は東からも帝国の侵略を受けてしまう」
 新王ジェラルドが即位したばかりのバルタスはまだ国力が落ちている。その隣国ライカニアも州ごとの小競合いが日常的に起きていて団結していない。西の列強クテシアから攻めるより、弱体化している東から攻める方が大陸の制圧は楽だ。しかも帝国は、任意の場所に任意の人物を送る力がある。
「…光を司る皇が消えたら、どうなるんだ?」
 アレンが問うと、除霊師は答えた。
「真秀場は闇に堕ち、帝国の侵入を許す隙を与えてしまうでしょう」
「…それでも皇を弑そうとするのは、何か策があるからだろう?」
「…あなや、貴方にはお見通しですか」
 除霊師はふっと笑った。
「私が皇になれば解決します。皇は、私の兄ですから」
「…それだと、繰り返しにならないか?」
 アレンの問いに除霊師は首を振った。
「そうはならぬと、わたくしは確信しております。何故なら、私は皇とは違って陰の気…つまり、闇を持つ者だからです」
 明神の末裔である皇の一族が闇を持つのは異常な事だ。大和に詳しくないアレンだが、皇が明神の末裔という事を知っているアレンや他の者達が顔に困惑を浮かべると、除霊師は答えた。
「私は遠い昔…と言ってもフレデリカの生きた年数に比べればほんの僅かですが、気の遠くなる程昔に、九尾の狐と交わりました。そこで妖の…陰の力を手に入れたのですよ」
 それを聞いたコンラッドが不機嫌そうな顔をする。
「おい除霊師。何故、妖と?」
「当時の真秀場は妖が多く侵入していましたから。それから旧世界の化物共も。私も討伐に駆り出されましたが…夫が居たにも関わらず、その中の化け狐に負けて犯され、今に至る訳です」
 余りにも淡々と話す除霊師にコンラッドが顔を真っ青にすると、除霊師はくすくすと笑って御祓棒でコンラッドの胸をぺしぺしと叩いた。
「おやおや、随分と可愛らしい反応をするのですねぇコンラッドや。けどまぁ帝国の侵入を防ぐ力になるのだから、あれは無駄ではなかったのでしょう」
 そう言って門を開くと、静かで荘厳な御殿が視界に入る。
「懐かしいですね、この御殿」
 笙の音が響く、真秀場でも最も美しい場所。しかし桜の香りに満ちるその空間は、確かに腐敗の匂いが立ち込めている。
 玉砂利が敷かれた地面は白いが、アレンの目には黒く汚れて見える。これが真秀場の真の姿なのだろう。
 すると、除霊師達〈桜狐オウコ〉とよく似た装束の者達が現れた。
 フレデリカは彼らを見ると杖を構えた。
「アレン、あいつら、皇帝と同じ気配がする」
 白装束達が持つ呪符からは、五年前にアレンの身体を貫いた刃と同じ気配がする。
 アレンが剣を構えるのを見た兵達が武器を構えると、除霊師は冷たく笑った。
「光満ちる大和…それはもう、遠い昔の話のようですね」
 空が次第に赤黒く染まる。
 除霊師は空と御殿を見て言った。
「皇は御殿の最奥に居ます。此処は〈桜狐〉に任せて、皇の元へ向かってください」
「分かった。〈桜狐〉以外は御殿へ向かえ!」
 アレン達が行動を開始すると白装束達がそれを妨害しようとするが、〈桜狐〉達がそれを妨害する。
「身のこなしがなってない割に数だけいっちょ前に…まあ良いでしょう。調和を乱す者は一匹残らず、殲滅するだけです」
 除霊師は白魚の手で素早く印を組んだ。
「…己が罪と弱さを悔いて、裁きを受け入れよ。祓い給え、清め給え。急急如律令!」
 その声が戦いの火蓋を切って落とす。五芒星の輝きが敵を薙ぎ払い、白い玉砂利の地面は双方の血で赤く彩られた。



 アレン達は御殿のつるつるとした廊下を走りながら、その異様な静けさに違和感を感じていた。
「…貴族はおろか、兵の一人も居ないな」
 フレデリカはアレンの言葉に注意深く辺りを見渡した。
「そろそろ皇の居場所だと思うのだけど…」
 美凛メイリンは首を傾げた。
「父上の寝殿付近は護衛がいーっぱい居るけど…あ、でも余り意味が無いらしいよ」
ユエさんは強過ぎるからな。不審者の侵入を防ぐという観点では意味があるけど、『護衛』としての意味は成立しないんじゃないか?」
 一国の主が使う建物などの要所は護衛が多い。しかし、此処は違う。入る場所を間違えたのではないかと不安になる程だ。
 その時、フレデリカが表情を険しくした。
「…邪術の気配がする。嫌な予感がするわ」
 アレンの視界に黒い靄が先程より濃く映る。目的地に近付いているのだ。
 廊下を滑って転ばないように気を付けながら走ると、豪奢な襖に閉ざされた部屋の前に辿り着いた。
「この向こうね」
 フレデリカが襖を開けようとしたその時、ゼオルがそれを止める。
「待て、大和愛好家過激派の俺に一つ言わせてくれ」
 そう言って襖の前に立って深呼吸すると、ゼオルは怒鳴った。
「…侘び寂びがなってねぇぞコラァ!」
 そう言って襖を蹴り飛ばすと、中から耳をつんざくような悲鳴が響いてくる。
「た、助けてくれぇ!」
 先程までの桃源郷から一変、襖の向こうは血で酷く汚れた地獄だった。
「普通はこういう場所、襖じゃなくて御簾を使うんだよ。けどそうじゃないのは防音魔法を使うためだったんだな。御簾は隙間だらけで、空間魔法の派生種である防音魔法には向いてないから」
 貴族らしき者を殺そうとしていたが襖ごと蹴り飛ばされた男はゆっくり立ち上がって振り向いた。
「そうだろ?勝永かつながさん」
 偽物の勝永、その言葉にアレン達は目を見開く。
「偽物?じゃあ本物は何処だ?」
 アレンの言葉に男は嗤うと、自身の口を指差した。
「此処だよ」
 その声には聞き覚えがあった。
「貴様、ガンダゴウザ!?」
 アレンがそう言うと、ガンダゴウザはげらげらと嗤った。
「いやはや、面白かったぞ。ニコとかいう小娘の演技に付き合うのは!ヴェロスラヴァも少しは良い仕事をしたしな」
 そのガンダゴウザは余裕な表情で嗤っていたが、コーネリアスに目を向けると困惑を浮かべる。
「お前…何故生きている?二十年前に帝都で盛大な葬式が挙げられてたのは気のせいか?」
 コーネリアスはフンと鼻を鳴らした。
「おいおい勝手に殺すなよ。それに結婚式じゃねぇんだ。慎ましい葬式にして欲しかったね」
 そう言いながら剣を構えて好戦的な笑みを浮かべて問う。
「…よく肥えてもちもちした可愛い貴族や衛兵を甚振るのは、楽しかったかい?」
 木の板が張られた床は血や臓物で汚れており、悪臭を放っている。その血の海には貴族の肉塊と化した死体が無数に転がっていた。
「楽しかったとも。殺し合いこそ、生の根本だからな!」
 部屋の奥は和風の部屋には似つかわしくない石の祭壇があり、抉られた心臓が何個も乗っている。贄だ。
 コーネリアスはアレンに向かって言った。
「あれは恐らく、古の邪神へ贄を捧げる儀式だ。あれだけの贄が集まったら発動は止められない」
 アレンは祭壇の上の心臓を見て言った。
「この部屋の向こうに祭壇から流れた魔力が集中してる。何とかしないと」
 その言葉を聞いたガンダゴウザは嗤った。
「もう遅いわ!贄は既に偉大なる闇の王に捧げ奉った!後は副作用のみよ!日出る国は、永久の闇に沈むのだ!」
 その副作用が国一つ滅ぼすというのなら、副作用だけでも止めねばならない。
「皆、協力してくれ。大和を守るぞ」
 全員がそれに答えて得物を抜き放つ。
「貴様らも贄にしてくれるわ!」
 その声に魔人達が召喚される。アレン達はそれぞれ得物を持って攻撃を仕掛けた。
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