創世戦争記

歩く姿は社畜

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フェリドール帝国編 〜砂塵の流れ着く不朽の城〜

不条理と理不尽を赦すな

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 何度、その眼帯の女と身体を重ねただろう。酒に酔った勢いで屋敷に転がり込み、そのまま致すような関係だった。
「ほらぁ、おねーちゃんって言ってくれよ~。ラバモアねーちゃんでも良いぞ~」
 その隣には必ず、そいつの相方のような女も居る。
「ミロスおねーちゃんだぞ~」
 飲み過ぎて吐く寸前まで酔ったにも関わらず、性行為に走るような奴らだ。まともな思考回路などしていないと思っていた。
 しかしアレンが養子としてコーネリアスに引き取られた後にちょくちょく顔を見せに来た彼女達は、確かに姉のような存在だった。暇があれば遊び相手にもなってくれたし、海賊上がりの彼女達も学が無いようなものだったから、歳の差はあれども良い勉強仲間であり、姉だった。
 だからこそ⸺
「俺が弔わないと。そうだろ、姉さん」
 金の鬣を持つ隻眼の魔獣は、アレンに向かって咆哮した。
「フレデリカ、守衛のおっさんは任せた!」
「分かった!」
 アレンは剣を構えると、振り下ろされた鉤爪を躱して前脚を斬る。太い強靭な前脚から鮮血が吹き出してアレンの服や防具を汚し、視界を遮る。
 ラバモアは身体の向きを変えてアレンを喰い殺そうとするが、アレンはそれを躱して顔の側面を斬りつけた。
 獣に変えられてしまったロウタスとヴェロスラヴァを思い出す。ロウタスは僅かに意思が残っていたが、ヴェロスラヴァは一片の自我も残っていなかった。彼らも帝国の思惑によって尊厳を踏み躙られたのだ。
(何で、お前までこうなるんだ)
 クテシアで合流した時、アリシアにバレないように酒を飲んで語った事をつい昨日のように思い出す。その場にはフレデリカやミロス、コーネリアス、そしてアンタルケルとヴィターレも居て、後から騒ぎ過ぎだとアリシアにこっ酷く叱られてしまった。
 もう、あの夜のように騒げないのだ。
(俺は…)
 魔人でも、人間でもない。
 アレンはラバモアが魔物になってしまった理由に気が付き始めていた。闇神の因子をもつ自身を介して、皇帝が近くの者を魔物に変えてしまったのだ。
(何で?何でラバモアなんだよ)
 彼女が皇帝に何をしたというのだろう。領海を荒らしていた?しかし彼女は皇帝に忠誠を近い、船団を率いて傘下に降った。では、忌み子の自分と親しくしていたからだろうか。
 しかし自分が帝国に属していた時、皇帝に謀反を考えた事が唯の一度でもあっただろうか。養父と同じように、給料や待遇が保証される限り帝国に忠誠を誓うのだと、信じて疑っていなかった。
 アレンはもう一度振り下ろされた鉤爪を視界に入れると、それを結界で防いだ。
「ア、レン…!」
 魔獣はアレンの名を口にした。アレンは無意識に答える。
「どうした、姉さん」
 剣だけでは勝てない。魔法に切り替えながらアレンが問うと、ラバモアは言った。
「ダ…、スキ…」
 くぐもった唸り声のような声だったが、確かに聞き取れた。
「…そっか。ありがとう」
 アリシアやコーネリアス、フレデリカ、そしてラバモア。自分はこんなにも多くの人々に愛されている。それを今、改めて知る事が出来た。
「来世では、また皆で馬鹿騒ぎしような」
 苦しまないように、一撃で仕留める。
 手を前に出して巨大な魔法陣を展開する。帝国の紋章にもなっているそれを見た敵兵達は、困惑や畏怖を見せて跪いた。
 高密度の魔力に気付いたヌールハーンが急いで結界を張ったのを確認すると、アレンは再び自分に襲い掛かろうとしているラバモアに向かって光線を放った。
 耳をつんざく轟音がほんの一瞬遅れて響き、魔獣の姿が光線にのまれる。
「ギャァァァァァ⸺!」
 その青い光線は魔物の肉を焼き払い、やがて声まで奪う。
 人の身では考えられないような魔力に誰もが畏怖していると、静かに消えた光線の中から一人の女が落ちてくる。
 金髪の女が地面に力無く落ちると、アレンは静かに近付いた。
「…姉さん」
「アレン…ありがと…」
 ラバモアの顔は青白く、手を取ると冷たく脈は弱っていた。もう死んでしまうのだろう。
「大好き、だったよ…」
 そう言って冷たい手でアレンの頭を撫でる。
「ああ…」
「泣くなよ…」
 気が付くと、ぼろぼろと目から何かが溢れてくる。ロウタスの時と全く同じ死に方。防げたんじゃないかと思いたい。しかし、自分の魔法は全ての物の時は戻せないのだ。
「何で、何でお前が死ななきゃならないんだよ…!」
 ラバモアは小さく笑った。その目はもう開かない。だが最期に、小さな祝福の言葉を遺した。
「…あいつと、幸せに…、な」
 背後から獣が倒れる大きな音がする。向こうも決着が着いたようだ。
 あの哀れな守衛も、突然巻き込まれて死んでしまった。こんな不条理や理不尽が赦されてなるものか。
「…幸せになるよ、お前の死に報いる為にも」
 そう呟くと、予後にフレデリカが立った。
「私達の勝利よ。ナーシカルバフの兵達よ、武器を降ろして投降しなさい。処遇とかはこの後決めるけど…悪いようにはしないと誓う」
 兵士達は守衛とラバモアの亡骸を交互に見たが、跪いたまま得物を放棄した。
「…アレン、少し休もう」
 フレデリカはしゃがむと、アレンの頬をハンカチで拭いた。
「…ああ」



 それから二日後、ナーシカルバフの兵士達の処遇が決定した。
「しかし、本当に良いのですかな」
 シルヴェストロが自慢の鬣を手入れしながら苏月とヌールハーンに問うた。
「問題は無いだろう。無名領の付近ともなれば、帝都の近くよりは待遇が悪いだろうからな。辺境のごうつく貴族に従うより、連合に従う方を選ぶだろう」
 そう言って苏月はヌールハーンをちらりと見た。
「…無名領が隣接しているのは、貴様の責任だがな」
 ヌールハーンは我関せずといった様子で鼻を鳴らした。
「先に手を出したのは奴らだ。貴様が私と同じ立場なら同じ事をしているだろう。あの時は確固たる証拠が無かっただけで」
「ああ、そうだろうな」
 シルヴェストロは溜息を吐いた。我が子が殺されるなど、考えたくもない。しかしこの二人は子供を二人喪っているのだ。
 重たい話題から逃げるようにシルヴェストロは口を開く。
「ところで、アレン殿は?ここ数日、お姿が見えないが」
「隔離している」
 ヌールハーンの言葉にシルヴェストロはぎょっと目を剥いた。
「何ですと?」
「アレンの近くに居た魔人が魔物化したのは記憶に新しいだろう。我もあのような現象を見るのは初めてでな。味方にも魔人が居る以上、厄介事を避けるにはあれを隔離する以外無かろう。何せ、ナーシカルバフの兵達がを目の当りにしてしまったのだから」
 ヌールハーンは静かな怒りを秘めながらもそう言った。我が子を殺した魔人という種族を、本当は根絶やしにしたいのだろう。だが、それでは争いは終わらない。苦渋の決断だが、彼女は禍根を残さない事を選んだのだ。
 その時、苏月が部屋の外を通り過ぎた人物の名を呼ぶ。
「…アリシア、少し良いか?」
 通り過ぎたアリシアは扉の外から顔を覗かせた。
「叔父様、どうなさいました?」
 苏月より幾つか歳上の彼女が叔父様と言うのは何とも違和感が拭えないが、苏月は気にする事なく手招きした。
「…アレンの持っている闇の因子か何か、回収出来るか?」
「えーと、多分…でも何をなさるのです?」
 苏月は顎に手を当てた。
「何を…いや、あの魔物化の一件が闇の因子によるものと私の中では仮定しているのだが…」
 アリシアは考えを察した様子で頷いた。
「コーネリアスがアレンと会えなくて寂しいと暴れてましたし、やってみますか?」
「はぁ、最近の騒音ってあれ、コーネリアスが暴れてたのか…」
 思わず苏月とシルヴェストロが溜息を吐くと、アリシアは笑顔で言った。
「あの子も、コーネリアスに会いたいと思います。だから、やってみますね」
 そう言ってアリシアは退室していく。
「アリシア殿も、随分と顔色が良くなりましたな」
「ああ、そうだな…」
 そう言う苏月の顔は通常通り真顔だ。
「どうされたので?」
 苏月は水晶盤のメモを見ながら問うた。
「コーネリアスと言えば…次はザロ家の説得か」
「そういえばザロ家はコーネリアスの実家でしたな」
 ザロ家の領土はナーシカルバフ大橋より北西にあるが、大橋の西にはムーバリオス家の領土がある。二つとも由緒正しい家系で、ムーバリオス家は連合側に寝返る理由が無い。要所であるナーシカルバフは意地でも奪還したいだろう。
「…私とアリシア…それからヌールハーンと他何人かで此処に残るか」
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