創世戦争記

歩く姿は社畜

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フェリドール帝国編 〜砂塵の流れ着く不朽の城〜

忠誠か、叛逆か

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 アレンはフレデリカと同じ部屋をあてがわれた。その部屋は城の北側に位置しており、星空の下にナーシクル山脈が見える。
「会談は来週だって。急遽変更ね」
 アレンが水晶盤から顔を上げて言うと、フレデリカは山脈から目を逸してこちらを向いた。
「ああ、ムーバリオス家の使者が来ているからね」
 レオカディオ辺境伯は、アレン達がムーバリオスの使者と鉢合わせないよう気を遣ってくれたようだ。
「妨害は美凛メイリンとアイユーブがやってくれてるけど、部屋から出る時は気を付けないと」
 コーネリアスから聞いた話だが、レオカディオはコーネリアスとは違って真面目な人物だ。自分にも他人にも厳しく、対談の際には一切の不手際を許さない。書類のたった一枚でも、レオカディオは許しはしないだろう。
「美凛の悪戯はかなり凄いらしいが…」
 旅立つ前に苦々しい顔をして愚痴を吐いてきた苏月スー・ユエの顔からは、余りにも悪質な悪戯を受けてきた事が伺える。その時は恐ろしくて聞けなかったが、あの可愛らしい女はどんな悪戯をするのだろう。
「まぁ、父親があの苏月だからね…智陵ちりょうで拷問を受ける前の事は余り覚えてないらしいけど、あいつも中々悪質な悪戯をする奴だったみたいだよ。厠を爆破してみたり、複雑な仕掛けの罠を作って部屋に入ろうとした奴の頭に冷水を吹っ掛けてみたり…厠の爆破は流石の美凛もやってないけど、浴場のお湯を冷水に変えるような悪戯はやってたよ」
「酷い悪戯だな…アイユーブは?あいつはどうなの」
「あの二人は士官学校じゃ有名な悪童よ。喧嘩も悪戯もするし、それで何度も廊下に立たされたって。教室の扉にチョークを入れる箱を挟んでみたり、何でもやったらしいわ。…けど、今思えば一番歳相応にはしゃぎ回ってた頃なのよね」
 歳相応という言葉にアレンは考えた。自分が歳相応にはしゃぎ回る事が、かつてあっただろうか。
(厨房でつまみ食いしてたのがバレて、屋敷の屋根の上まで逃げたくらいか?)
 フレデリカはふと問うた。
「三十四を二で割ると幾つ?」
「え、十七…何で?」
 フレデリカは笑った。
「あんたの成長って、多分人間の半分の速度なの。そう考えたら、今が一番馬鹿やってて楽しい時期よ?」
「俺が人間でいう十七歳…」
 そう言って自分の顔を思い出す。冷たい隻眼に、横一文字に引き結ばれた唇。こんな愛想の悪い老け顔の十七歳が居て堪るか。
「…いや流石に無茶だろ」
 フレデリカはおかしそうに笑い出した。
「でも、十五歳よりは大丈夫でしょ。その顔で三十四の方が信じられないよ。仮に三十四でも通じるとしても、心は若いままの方が良いよ。その頭痛はストレスで悪化するってコンラッドも言ってたし」
 明確な治療法の無いこの病は、ストレスを減らす事である程度の緩和が出来る。
「…ね、観光してみない?」
「は?」
 確かにナオスクルは景観の良い都市だ。観光したいのは山々だが、それにしても今観光とはどういう神経なのだろう。
「オグリオンが師事していた病院があるの。他にも東の森は、死者と会話出来るって」
「死者と会話?それって、幽霊でも出るのか?」
 グラコスの上空で現れたコーネリアスの亡霊。あんな感じだろうか。
「そうそう。そもそも幽霊が出てくる原因って、強い未練を残した魂がその場や環境の強い魔力に影響されて出て来るの。まあコーネリアスや李恩リーエンみたいな強い奴だと、自分の意思で出て来れるけどね」
「…李恩について、誰かに質問出来るかも知れないって事か?」
「そういう事。李恩と縁の深かった奴については調査済みよ。後は呼んでも出て来ない捻くれ者じゃない事を祈るばかりね」
 クルト達に調査を頼んでいたが、彼らはとある人物が手掛かりになるかも知れないと言った。
「その縁深い男の名前は宋偉ソン・ウェイ。凰龍京を建築し、李恩の夫となった男よ」
 その男は苏月の妃の祖先だった。〈第三次苏安スーアン内戦〉の発端となった舞蘭ウーランと宋昭儀による寵愛争い。宋昭儀は内戦の末に一族もろとも処刑されたが、その祖先は宋偉であると明らかになった。これには苏月の証言もあり、凰龍京の書庫にも記録が残っていた。
「宋昭儀の位は四夫人に次いで高かったけど、寵愛は舞蘭唯一人に注がれていた。それなのに思い上がって戦争を引き起こしたのは、宋偉の末裔という自覚があったからね」
「でも月さんは舞蘭さんに味方してたんだろ?何で皇帝にまで反旗を翻すかな」
「そこよ」
 フレデリカは仮説を述べた。
「宋偉はそもそも、皇帝に忠誠を誓っていなかった可能性が高い。事実、宋家は地位もあるけど丞相や大将軍になる人材は一切出していないの。妃は何人も輩出して何度も国母になってはいるけど、近代に入ってからはそんな事は無かった。宋昭儀だけは苏月の影武者との間に子供をつくったけど、影武者よ」
「影武者と?」
「忠誠心なんて無い事は、苏月も最初から気付いていた。だから謀ったのよ。宋家は確かに皇家に喧嘩を売ったけど、嵌められたの」
 皇族は皆、緋月と同じ赤い瞳を持って生まれる。しかし苏月の罠に掛かった昭儀が生んだのは影武者との子供だ。瞳の色が違う事で疑いを掛けられ、最終的に宋家は取り潰された。
「苏月は忠誠心のある者ならちゃんと大事にするわ。でもそうじゃなければ⸺」
 親指をくいっと、左から右へ首の前で動かした。
「あの手この手で殺しに掛かる。しかも自分の手は一切汚していないように見せながらね。あの国の情報が少ないのも当然の事よ」
「偉大な祖先を持つ宋家を殺せば、反発は強いだろうに…」
「それがね、平民は宋家の偉業を知らないの。宋なんて名字は別に珍しくないし、歴代の皇帝は権力を自身に集中させる為に貴族の祖先に関する情報が民間へ漏れ出ないようにしてた。忠誠心の無い一族の者は特にね」
 宋偉ももしかしたら、李恩の死に関与しているかも知れない。
「宋偉が何か悪行を遺したとか、そういう記録は残ってない。でも一番怪しいのは間違い無く宋偉よ」
「調べてみる価値はありそうだな」
「ね、行ってみない?」
 此処まで聞いておきながら断るという選択肢は無いだろう。
「いつ行く?」
「会談まで一週間ある。明日から調査開始よ」
「よし分かった」
 フレデリカは紅茶の入った少し大きいティーカップを掲げると、再びナーシクル山脈を見ながら物思いに耽った。



 一方、レオカディオはムーバリオス家の使者と対談をしていた。
「慎重に考えられよ、辺境伯殿」
 そう言うのはムーバリオス辺境伯が最も信頼している文官だ。
「我が主は陛下より賜られた御恩に報いる為、連合と戦うおつもりだ。陛下から恩寵を賜ったのはザロ伯殿も同じでしょう」
 辺境伯領の魔人は不老長寿だ。通常の魔人よりも強く、更に長く生き続けられる。それは国境を守る戦士である彼らに対する恩寵だ。
「…解は、今直ぐか」
 レオカディオは疲れたようにそう言った。ムーバリオスの使者は微笑んだ。
「いいえ、我らが帝国の為に戦うのは当たり前の事でしょう。当たり前の事を、今此処で改めて言わなくとも宜しいかと」
 それは裏切るなよという警告。彼は文官だが、辺境伯領の魔人だ。暴れればレオカディオが止めざるを得ないが、それをすれば甚大な被害が出るだろう。拒否権など最初ハナから無いのだ。
「…そうだな。今日はゆるりと過ごされよ」
 そう言って文官を退室させると、レオカディオはソファーに深くもたれ掛かった。
「…エティロが生きているというのは本当か」
 隣の部屋の扉が開き、コーネリアスとアイユーブ、美凛が入って来た。
「何処かで野垂れ死んでなけりゃね。十二神将に限ってそんな事は無いだろうが」
 エティロを何処かへ転移させた張本人であるアイユーブは、ラダーンの地下での戦いを思い出しながら言った。拷問にも近いような『調整』を受けたせいで記憶は曖昧だが、亜麻色の髪の魔人を何処かへすっ飛ばしたのは覚えている。
「…コーネリアス、お前は帝国を裏切っていたのだな」
 レオカディオの金色の瞳は暗く、疲れ切っている。口調も責めるようなものではなく、只の事実確認だった。
「兄貴、俺は帝国のやり方には反対だ。確かに人間や魔法族マギカニアは俺達魔人を縛る為に隷属魔法を生み出した。だけど何の罪もない子供にまで手を掛けたり奴隷に堕とすなんて、明らかにだろ」
 確かに人間と魔法族のやり方は許されない。だが、子を作れないコーネリアスだからこそ帝国のやり方には思うところがあったのだ。
「…解は、いつまでだ」
 忠誠か、叛逆か。
 これは簡単に決められる事ではない。コーネリアスの死は思い込みだったにしろ、エティロについても隠蔽を試みた帝国は信じられない。しかし個人の感情に振り回されて帝国を裏切れば、民はどう思うだろう。
「俺個人の頼みだが、慎重に考えてくれ。俺は無理強いしたい訳じゃない。だが、兄貴と戦うのは御免だ」
「そうだな…三人共、暫く一人にしてくれ」
 自分の中で、気持ちに整理を付けたい。
 コーネリアス達が退室すると、レオカディオは本日何度目かも分からない溜息を吐いた。
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