神が去った世界で

ジョニー

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第3章 宮廷

第29話 歴史の端境

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「お早う御座います、殿下。」
 シオンはシャルロットの私室に入室と一礼する。
「お早う御座います、シオン。昨日は有り難う御座いました。」
 シャルロットが微笑むとシオンも笑みを返す。
「本日より殿下の護衛に2名が追加されます。いずれも正式なプリンセスガードが発足するまでの期間になりますが御挨拶させて頂きます。」
 シオンはそう言うと、セシリーとルーシーを招き入れた。
「本日より護衛に付かせて頂きます、セシリー=フォン=アインズロードです。よろしくお願いいたします。」
 セシリーはカーテシーと共にシャルロットに挨拶をする。それを見てルーシーも慌てて頭を下げる。
「あ、あの、ルーシー=ベルと申します。平民の出ですが失礼が無いように頑張ります。」
「エリスから聞いています。宜しくね、セシリーさん。ルーシーさん。」
 シャルロットは年相応のあどけない笑顔を向ける。
『この人がお姫様・・・』
 初めて見る王族の・・・しかも少女なら1度は憧れる姫君を前にしてルーシーは思わず見惚れた。彼女は一般的にイメージに思う様な美姫そのものだった。余りにも自分の生い立ちとは違う美しい少女に羨望の思いが視線に込もる。

 シャルロットの興味深げな視線とぶつかりルーシーは慌てて俯いた。
『顔・・・紅くなってないよね』
 勝手に火照る顔にルーシーは動揺する。
「ふふふ。年上の女性にこんな事を言っては失礼になるでしょうが、ルーシーさんはとても可愛らしい方ね。」
 シャルロットの言葉にルーシーは更に動揺を重ねてしまう。
「そ、そんな事は・・・姫様の方がとても愛らしいと思います。」
「ありがとう。」
 これでは、どちらが年上か分からない。
「ルーシー、落ち着いて。姫殿下はとても寛容なお方よ。必要以上に気を遣っては逆に殿下がお困りになられてしまうわ。」
 セシリーが横からルーシーに助け船を出すと、ルーシーは落ち着いたのか頷いた。

「姫様、ルーシーさんは王族の方に慣れていないのですから、お戯れは程々になさって下さいませ。」
 エリスがシャルロットを窘めるとシャルロットは口を尖らせた。
「分かっているわ。でも、どちらもセルディナの未来を支えてくれる若き魔術のエースなのよ。興奮しない方がおかしいわ。」
「若き・・・って、姫様はその若いお2人よりも更にお若いのに、その言い方は・・・」
 エリスの微妙な表情を意に介せず、シャルロットはしたり顔で言った。
「いいのよ。王族は時に物事を大局的に見て言葉を放つものよ。」
 そして瞳を輝かす。
「・・・それでエリス、今日の予定はどうなっているのかしら?もし何も無いのなら、私、今日はこの2人から魔術を・・・」
「残念ですが今日は午後まで予定がびっしりと詰まって御座います。」
「・・・・・・そう。」
 美姫の瞳から光が消えた。
 セシリーは肩を震わせて笑いを堪えていた。


「そう言えば、昨日のバゼルの件はどうなったんだ?」
 王室御用達の講師から講義を受けるシャルロットを壁際に立って見守りながらシオンはセシリーに囁いた。
「お父様の話では、今日から数日間アカデミーを閉鎖して魔術院で全職員を徹底審査するらしいわ。他にも邪教徒が紛れ込んでいたら大変だしね。」
「そうか・・・」
『以前にカンナが話していた内容が正しければ、アカデミーに邪教徒が紛れ込んで当然だよな。うっかりしてたな・・・』
 セシリーの返答を聞きながらシオンは心の中で自分の迂闊さに舌打ちした。
「それは邪教徒の話?」
 ルーシーが加わってくる。
「ああ、そうだよ。そう言えばルーシーもマリーさんと一緒に王宮でチェックに参加しているんだったな。」
「うん。」
「怪しい人間とかは居るのか?」
「今のところは居ないわ。でも人数が多すぎてね、1000人以上・・・騎士様も含めれば常時3000人以上の人が居るから。魔術院の人も一緒に王宮の人達を診ているんだけど、なかなか終わりそうも無いわ。」
「大変ね。」
 セシリーの言葉にルーシーは笑顔を返す。
「でもマリーさんから色んな事を教えて貰えて楽しいわ。」
「まあ、マリーさんはもともと面倒見が良い人だからな。」
 セシリーが興味深げな表情で呟く。
「へえ・・・私も会ってみたいな。」
「うん、今度紹介するね。」
「楽しみにしてるわ。」

 小声で話すものの聞こえているのか、シャルロットは時折チラチラと横目にこちらを見ては講師に注意されていた。

 3人で護衛に付いてから数日、特筆するような事態は起こらなかった。
 王女が何処かに入室する度に、セシリーが魔法感知を、ルーシーが瘴気探知を行うが王宮内を移動する限りは危険はもう無いと判断出来そうである。
 シャルロットはその間、2人から隙ある度に魔術についての質問を繰り返し実践に付き合わせたりして充実感を満喫していた。


「お、久し振りだな。シオン。」
 そんなある日、シオン達は朝の登城で待ち構えていたカンナに捕まった。
 カンナは、ここ1週間ほど王城に泊まり込んでいてシオンの家に帰宅して居ない。
「カンナ、久し振りだな。お前、何をやっているんだ?家にも戻らずに・・・それに体調は大丈夫なのか?」
 シオンは眉間に皺を寄せてカンナを見る。
 金髪の少女は笑ってこそいるものの目の下には隈が出来ており、自慢の黄金の髪も艶やかさを失っている。明らかに疲労していた。
「何、心配はいらんさ。・・・お、アインズロードの娘と回復師の娘も一緒か。・・・丁度良いかも知れんな。」
「ん?何がだ?」
「いや何・・・そうだな、お前達に行って貰いたい場所があるんだ。詳しい話は王族も交えた方が良かろうな。・・・ブリヤンに掛け合ってみようか。お前達、付いてきてくれ。」
 カンナは返事なのか一人言なのか分からない台詞を吐くとシオン達を連れて城に入った。


「失礼するよ、ブリヤン殿。」
「カンナ殿。それにセシリー達も。朝から一体どうしたのかね?」
 恐らくは登城したばかりのブリヤンは執務室のソファに腰掛けていた。
「朝から済まんな。いやな、話して置きたい事があってな、出来れば王族にも聞いて置いて貰った方が良いかも知れんので手配をして貰えればと思ってな。」
 カンナの言葉にブリヤンの目つきが変わった。
「分かった。直ぐに調整しよう。暫し此所で待っていてくれ。セシリー、皆に飲み物でも出しておいてやってくれ。」
「はい、お父様。」
 セシリーが応えるとブリヤンは早足で執務室を出て行った。


 二刻を待たずして、招集者達は会議の間に集まった。

 レオナルド=パウエル=ロンドバーグⅦ世、アスタルト公太子、シャルロット公女、侍女エリス、ブリヤン、シオン、セシリー、ルーシー、マリー。凡そ邪教の件に関わる主要メンバーを前にしてカンナは頷いた。

「ではカンナ殿、どうぞ。」
 ブリヤンがカンナに発言権を渡すと、カンナはすぐに本題に入らず隣に座るシオンを見た。
「シオン、お前、私に色々と聞きたい事があるだろう。」
 カンナの何かを企むかの様な笑みを向けられてシオンは溜息を吐いた。
「お前、王族の方々を前にして・・・。まあ敢えて言わせて貰えば、家にも戻らずに、お前は今何をしているんだ?俺が知るところでは、王宮書庫室で資料を漁っていると言うのは聞いているが。」
「漁ると言う言い方よ。調べていると言え。・・・まあ、それは随分前に終わった。今は城の一室を借りて過去の伝導者達の記憶を辿っている。」
「記憶を辿っている?」
「ああ。」
 カンナは頷き、そして少し思案する様な仕草をした。
「そうだな・・・。まずは私の正体を明らかにして置こうか。」
 カンナはそう言うと胸元からブローチを取り出すと机に置いた。

「私は神代の御代・・・つまり神話時代に起こった3つの神魔大戦の内の最後の大戦の時代に生を受けたノームだ。」
「え?」
 全員が呆気に取られる中、アスタルトが尋ねる。
「カンナ殿は神話時代の生き残りだと言うのか?」
 カンナはコクリと頷いた。
「そうだよ。と、言うよりも伝導者を名乗る者は皆、この時代に生を受けた者達だ。当時の知恵有る者達の中で最も弱き生き物達が選ばれ、伝導者としての使命を真なる神々から与えられた。」
「最も弱き生き物・・・お前が? お前はあれだけの多彩な魔術を操り強力な魔導具も作り出せるのに、その様な立ち位置なのか?」
 シオンの問いにカンナは肩を竦めた。
「あんな物、彼の時代の生物達の前では何の役にも立たんよ。・・・例えば当時の人間達を分厚い鋼板に例えるなら私の持つ技の数々は革製品さ。革製品では何をしようとも分厚い鋼板を傷つける事は出来んだろ?その位の開きが在った。・・・言っておくが当時の絶大な神の加護を受けた人間達と今の人間を同じに考えるな。全くの別物だ。体力も、魔力もな。」
「其れは何度も聞いた話だが・・・。まさかカンナが最弱の部類に位置づけられるとは・・・其処までは思っていなかったな。」
「まあそのくらい弱くなければ、伝導者として後の世を歩くにしても力のバランスを崩しかねないだろう?・・・実際、今の私の立ち位置は絶妙だと思うぞ。弱体化した今の世界を見回した時、私は強者の部類の位置に立っているが、しかし1人で何か事を成せる程の力が在るわけでも無い。」

 カンナは口休めにカップを口に運んだ。

「話が逸れたか。・・・さて、ここで皆には疑問が生まれよう。私は一体幾つなのか?・・・シオンにも言ったことは無いが、私の年齢は110を算える。」
 アスタルトが首を捻る。
「110歳・・・数字がまるで合わないが?」
「そう、そこで今の時代の人々には知られていない歴史の端境を語る必要が出て来る。」
「歴史の端境・・・?」
 レオナルドが今度は首を傾げた。
「そう、神話時代から現時代の原初である混沌期へ移行する流れの辺りさ。・・・誰も知らんだろう?」
「・・・確かにその辺りの歴史は不明瞭だな。カンナ嬢は知っていると言うのだな?」

 公王の問い掛けにカンナは頷く。

「私の身に起きた事を軸に語ろうか。私は最後の大戦時に生を受け、未だ幼子であった頃に神々の最終戦争ラグナロックは終結した。そして正なる高等神の1柱たる女神から『伝導者』の役割を授かった。他に20人程の『伝導者』も居たぞ。そして我らは時間の枠組みから外れて、導かれた天界から人々の生活を眺めていた。・・・そしてラグナロックを終結させた英雄王達の死を見届けた後、我々は記憶と身体を封印された。」

 其処でカンナは一息吐くと、再び口を開く。

「そして時代は流れ、恐らくは数百年くらいか・・・世代を重ねて全ての命が現在のレベルまで落ちた後、神話時代は終わりを告げたようだ。この後、世界は造り変えられ現時代の世界になるのだが、では、造り変えられている間、生命ある者達はどうして居たのか?」
 カンナはグルリと一同を見渡す。
 当然誰も答えようが無い。
「・・・それは『時の袋小路』と言う神々が造った仮置き場的な空間――時間も流れず、身体も動かず、何も考えられず、そこに居るという意識も無く、記憶も一切残らない・・・そんな空間に正負の属性を問わず全ての命が放り込まれ、所謂『封印』が成されていたのさ。」
「封印・・・。」
 アスタルトが言葉をなぞるとカンナは頷いた。
「そう、封印だ。そして、神々の手に因る世界の造り変えが終了すると彼らはこの星の海を去った。そして、漸く時代は『混沌期』を迎える。・・・これが歴史の端境だ。」

 フゥ、とカンナは一息吐いた。


「・・・。」
 全員、声も無く聞いていた。1度も聞いたことの無い話が展開されている。
 カンナはその様子を見て言った。
「まあ質問が在ればあとで聞くよ。先ずは話を聞け。」
 そう言って続ける。

「混沌期はその後の人間を始めとする弱体化した生命達が不自由無く生きていけるように『均し』を行う時代だった。真なる神々から役目を受けた『天央12神』と呼ばれる神の使い達が『時の袋小路』から解放され、湧き出る災厄を祓っていったそうだ。そして時代は『創世記』に入り、漸く生命達は『時の袋小路』から解放されて新しい大地にて生きていく事になる。・・・時代の大まかな流れはこんな処だな。」

 カンナはカップに注がれた紅茶を一息で呷る。

「では我々伝導者達はどうして居たのかと言えば、我々だけは時の袋小路から一気に解放はされず、混沌期から1人ずつ解放されていった。伝導者に与えられた寿命は凡そ200年。其れが尽きるとまた新たな伝導者が時の袋小路から解放されると言う仕組みだな。・・・私はその7番目の伝導者さ。解放されて90年程が経った。時の袋小路には未だ14人の伝導者が眠っている。」

 更にカンナは話を続けた。

「伝導者は過去の伝導者の記憶をその残滓から辿る事が出来る。私の場合は過去の6人分の記憶と知識を覗ける訳だ。そして6人目の記憶から始めた私の記憶の旅は、今2人目まで辿り着き、混沌期の終盤を見ている形だな。・・・其所で或いは私は今回の騒動の原因となる者に触れたのかも知れん。まだ、全容を掴みきった訳では無いがな。」

 話し終わったのかカンナはブローチを胸元に仕舞うと周りを見回した。

「今の歴史の端境期については王族の方々にも知って置いて貰いたかったから良い機会を貰えたと思う。・・・さて、今話しておこうと思った内容は凡そ話した。質問が無ければ本題に入りたいのだが。」
「・・・。」
 誰も声を挙げない。何を訊けば良いかも解らないのだろう。
「では本題だ。シオンに視て来て欲しい場所が在る。」
「視てきて欲しい場所?」
 シオンが尋ねるとカンナは頷いた。

「うむ。ペールストーンの丘に在るグゼ神殿だ。」
 カンナの美しい翠眼に真剣な光が宿るのを見てシオンは不吉な予感を覚えた。





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