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川上 仁絵

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未来は変えられる!

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 一つだけ確かなのは、母親に非はないと言う事。娘を想う気持ちを責めるなんて、到底出来る筈もない。
 分かってはいるけれど、クララはやるせない気持ちを抱えたまま、寮の部屋で深夜を迎えていた。
(もし『クララの大冒険』が存在したならば、もう一度スカーレットに逢えたかも知れないのに)
 部屋に帰るなりベットに倒れ込んでいた。希望を持ったり絶望したり、また期待して落胆して。
(とてもじゃないけど、神経がもたないよ)
 身体も心もぐったりと疲れている筈なのに、気持ちがぐちゃぐちゃで眠りに就く事さえ叶わずにいた。
 ふと、机の上に置かれた一冊の本を見つめる。「そう言えば・・・」小さな呟きが重たい身体を起き上がらせた。
(ミキナが見つけたサインってどこにあったんだろう?)
 せめてスカーレットの書いた文字を見たい。ただそれだけでも、心の慰めになるだろうと言う思い付きだった。
 自分が目にしていないのだから、本編でないのは確かだ。表紙の裏や裏表紙のそのまた裏を捲って、中表紙も探した。
一通り探した挙句、作者がポムの物語を語る『あとがき』のページに行き着いた。
(確かに私は読まなかった。でも、チルトン推しのスカーレットならきっと読んでるよね)
 深呼吸して改めて本を開き直す。不思議と心に平穏が訪れ、静かに文章に没頭した。
 それは作家チャールズ・チルトンが子供の頃に過ごした、小さな森と村の原風景を描き出した物語だった。
 チルトンの家族形成もポムと同じで、母親と兄妹達。幼い彼は、毎日を自然の中で過ごした。ある時、たまたま見つけた一本道を辿って歩いた。随分と遠くまで行ってしまって、帰りが翌日になってしまった。
 不安を抱えて森を歩いた経験から、懐かしい我が家に戻れた時は、とてつもなく嬉しかった。それもう、どんな宝物を見つける事よりも。
『あとがき』の最後に、チルトンのサインがあった。その斜め上に、クララの探し物は漸く見つかった。
(好きな作家のサインに被せて、戯れで自分の名前を書いたのね。あたかも、サイン本を貰ったかの様に)
 スカーレットの乙女心が垣間見えて、『可愛い』と思えた。でも、若干腑に落ちない気がした。
(繊細なスカーレットが書いた文字とは信じられないな。なんか男の人が、ばばってサインしたみたいな)
 更け行く夜を一人で過ごす部屋。違和感は静かに漂う空気の中に生まれた。
(ん?煙草の匂い?)
 扉の向こうから漂って来た。ここは大学の女子寮、それは起こりようも無い出来事だった。
 クララはそして気付く。机の上には紙の束が置かれ、古めかしいペン先を持つ万年筆が転がっている。背中には高い書架が、ズラリと本の背表紙を並べている。この場所が既に、女子寮の一室では無くなっている事実にだ。
(図書館の秘密の部屋?いいえ違うわ。あそこにペンは無かったし、なにより禁煙だわ!)
 クララの全神経は、謎の扉に向けられた。今、そのドアノブが『向こう側』から回された。

 扉を開いたのは40~50代位のひょろっとした男性で、パイプをくゆらせ煙を漂わせていた。
 夜が遅いせいかぼーっとした目を擦り、眼鏡を掛け直して初めて、驚いて立ち竦む少女の存在に気付いた。
「やあ二人目のお客さんだ。この間訪ねて来たのは・・・」
 極めて呑気な口振りで『自分の』机に目を落とし、ポムの本に記したサインを見つける。
「そう、スカーレットだ。サインをせがまれたっけ。君は彼女の友達かい?」
 一度に沸き起こった、色んな疑問が頭の中を駆け巡る。
(これはつまり、お話に入り込んだってこと?でもこうして、中の人と顔を合わせてしまっているのは何故?
『作者』は物語の登場人物には含まれないの?本を劇と例えるなら、私は劇場支配人に挨拶に来てるって感じなのだろうか?
 今までと違って手元に本があるのは?シナリオ本を、サイン欲しさに持ち込んでいるって説明で良いのかな?
 不思議だけど、この人に聞いて解決出来るものじゃない。聞くならユリちゃんしかいないけど、今重要なのは!)
「会ったんですか?スカーレットと」
「ああ、元気にしているかな?足を引きずっていたみたいだけど」
(やっぱり・・・私と別れる時には、大分悪化していたのね。知られたく無くて、あんな態度を取ったんだね)
「安心する様に伝えてくれるかい?『クララの大冒険』を書き始めたよって」
 別れのシーンの回想に耽っていたクララには、チルトンの言葉は突然すぎて理解の及ばない物だった。
「えっ?クララが何ですか?大冒険が、スカーレットと関係あるんですか?」
「いやあ彼女には参った。『何で一作しか書かなかった?楽しみにしてるファンを大切にしろ』って、ガンガン叱られたよ」
「スカーレットならやらかしそう」
「言い訳したんだよ。ポムの話は僕の幼少時代を反映させたもので、他には童話なんて思いつかないよってね」
「勿論引かなかったですよね。スカーレットは何て言い出したの?」
「『だったら私が良いアイデア出してあげる』って。ウサギのクララの話、いやウサギみたいな女の子の話だったね」
「うぐっ!」クララは衝撃にやられ胸を押さえた。「どうしたの?」と心配されても、はにかむ事しか出来ない。
「・・・クララは私です。私が不覚にもウサギの真似したのを、面白がってずっとからかってくるの」
「からかう?とんでもない!とても愛に溢れた話っぷりだったよ。それにしても丁度いい、少しインタビュー良いかい?」
「・・・インタビューって私のですか?」
「キャラクターに深みを持たせたいのさ。主人公の公式モデルとして、ぜひ協力して欲しいな」
 諦め半分で頷くと、椅子に掛ける様に促された。チルトンはペンを取り、作家らしい熱心さを垣間見せる。
「先ずはそうだな・・・住所はどこだい?」
「今は実家を離れて、キャラントゥシスの女子寮に。464号室です・・・100年後のだけど」
「最近新設された女子大学校だね。そこの生徒な訳だ。将来の目標とかって決まっているの?」
「司書に興味があって。図書室で本に囲まれていればいいんだし。人付き合いが苦手で」
「勿論悪くないさ。でも苦手ってのは、案外思い込みだったりするよ」
「どうだろうか?」
「じゃあ話を変えて。実家は何か商売をしているのかい?」
「実家はパスタ店を。何店かチェーン店を経営しています」
「ふ~ん、じゃあパスタが好物なんだね?」
「いえ、好きなのはカレーです」
 根ほり葉ほりと質問を受け、時計の針はくるくると回って行く。気付けば3時を過ぎていた。
「ありがとう!君のおかげで面白い作品になりそうだ。是非楽しみにしていてくれ」
「残念だけど私は読めないんです。100年後に残った本は僅かで、大学の図書館にも所蔵が無いの」
「それは申し訳ないな。こんなに協力して貰ったってのに」
「いいの。だってスカーレットが読むから。本当に、スカーレットが喜んでくれるなら、もうそれだけで良いの」
 想いを募らせると、瞳から何か出そうになったので、チルトンに別れを告げて本を閉じた。
 その後は、インタビューで疲れさせて貰ったおかげも有り、ベットに倒れ込む様にして眠りに着いた。

 ふぅーっとパイプからの煙が、3時を回る時計の針に吹きかかる。クララが去った後の大昔の仕事部屋で、チルトンは物思いに耽っていた。
「100年後の少女達か、せめて出来上がった本を見せてあげたい。なんとかならないものかなぁ・・・」

 翌朝、まだ授業が始まるには早い時間だというのに。二人の女子生徒が、4階を目指す階段で足音を忍ばせる。
 ルカとミキナは本の秘密を知らない。だから詳しくは解らないけれど、落ち込んでいる友達を放ってはおけない。
「ねえルカ、昨日の様子じゃ、クララ授業にも行かないって言い出し兼ねないと思わない?」
「ダメ、そうやって引き籠るの絶対に良くない。とにかく部屋に飛び込んで引っ張り出さなきゃ」
「抵抗されたら?怒鳴ったりわめいたり、修羅場が展開されるかもよ」
「大事なのは笑顔よ。い~い?私達も怒っちゃダメだからね。なんとかしてクララを笑わせるのよ」
「わかった。どうしても笑わない時は、回り込んで脇腹をくすぐってやるってのはどう?」
「・・・最悪それでいこう」
 ちょっとした災難が向かって来るとは露とも知らぬクララは、ベットの上で朝日を感じていた。
 目が覚めても、心と身体の疲れを引きずって横たわり続けていたが、早朝からのノックの音に重い身体を起こした。
 返事をして鍵を開ける。ドアが開け広げられて、無理矢理に飛び込んでくる・・・なんて事は起こらなかった。
 ドアの向こうには、おずおずと申し訳なさそうな様子の寮母さんが立っていた。
「ごめんよ~クララ。実は届け物があったんだけど、それが2年も前のでさぁ~何だって忘れてたんだか。私もすっかりボケが回っちまったんだか。今朝ひょっこり戸棚から出てきたんだよ。本当にごめんねぇ~」
 寮母さんには「気にしないで」と慰めの言葉を伝えた。そして手渡された封筒は、ずっしりと重かった。
 宛名には何の心当たりも無い『葬儀社』の名称。不思議な気持ちで封を開く。
 一冊の古い本が飛び出した。その表紙に『クララの大冒険』のタイトルを目にした瞬間、クララの心臓は高鳴った。
 本に同封された白い便箋の手紙。謎を解く鍵を、柔らかな女性の文章が与えてくれた。

 初めまして、親愛なるイェンドゥサ・クララ。私は葬儀社に努めるリャクビィオという者です。突然のご連絡でさぞ驚いた事と思います。
 同封致しました本は、先日お亡くなりになった、或るお嬢さんが所有していた物です。娘を亡くされたお母様が、棺に入れて欲しいと希望され、当社でお預かり致しました。
 ところがです。いざ棺にという寸でのところで、強風に煽られページが捲られたのです。それはもう、通常では起こり得ない。奇蹟の力が働いたとしか思えない出来事でした。
『あとがき』の最後に記された文字は、インクの具合からみても作者本人の物で間違い無いでしょう。そこから伝わるメッセージに深い意味を感じ、どうにも私の心から離れませんでした。
 なんとかチャールズ・チルトンの想いに応えたいとゆう考えに捉われ、一計を案じました。後ろめたい気持ちはあったのですが、棺には本を丸写しにしたノートを入れました。
 チルトンのメッセージも書き写したので、きっと亡くなったお嬢さんも分かってくれると信じて。
 さあクララ、100年越しの願いが叶ったのよ。お話を楽しんで!

『あとがき』の最後のメッセージ。クララは心を逸らせた。それは確かにチルトンの筆跡、そして彼にしか記しようのない言葉。
「やあ楽しんでもらえたかい?ところでお願いがあるんだ。とは言っても100年後ってことになるんだけどね。キャラントゥシスの女子寮464号室、イェンドゥサ・クララにこの本を届けて欲しいんだ。
 彼女はお話のクララのモデルなんだけど、どうやらこの作品を手に取れないらしい。僕はどうしても彼女に読んで欲しい。そうする事でしか、溢れる感謝を伝えられないからね。
 どうか頼むよ、100年後の友達!!」

 本を支える手が、いや腕から肩に至るまで、身体中が震えに包まれた。
(・・・変わった。本当は棺と一緒に焼かれてしまった筈の本が、私の手の中にある。ポムの本の『あとがき』を読んでチルトンに面会した事が、過去に起こした行いが・・・未来を変えた。)
 ちょうどルカとミキナが464号室の前にたどり着いた。二人は先程の取り決めを、アイサインで頷き合う。意を決してドアノブに手を伸ばした時、バンッと勢い良く、内側から扉が開いた。
 飛び出したクララは階段を駆け上る。女子寮は4階建てだから、上には屋上しかない。屋上への扉に鍵は掛かっていないが、何があると言う訳でもない。ただ広い空間に危険防止の柵があるだけ。
 後を追ったルカとミキナも、こんな所に何の用が有るものかと不思議顔だった。
 けれど、そここそ望む場所であった。そこにはクララの望む物が全てあった。
 突き抜けるような青、清々しい朝日、髪を撫でる柔らかい風。大きく手を広げて、溢れる気持ちを舞い上げる空。
 満面の笑顔で見上げた。笑っているのに、瞳からは大粒の涙が溢れ出るのを止められない。
「未来は変えられる!変えられるんだ!!」
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