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スー、領地へ行く

そして暗転

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と、フィアンと連れ立って歩き始めたのが2時間前。
歩いて数分の距離の間で、縛られて口を塞がれて転がされるとは誰が予想できようか。

(去年も誘拐されたなぁ…)

いくら身代金目的で誘拐されることがある貴族だって、そう何度も誘拐される方が珍しい。
というか普通は護衛を連れて馬車で移動するから、誘拐する側も大がかりとなる。
今回みたいに、武装した数人組にホイホイ攫われるというのは珍しい。
荷馬車に放り込まれて何十分か走ったところなので、領内であることは間違いない。

(さて、目当てはおそらく私だとして…
 これからどうするんだろう。)

誘拐などという非日常な状況も二度目になると、以前の経験からか多少は冷静になる。
その冷静な脳で少し考える。
もしフィアンが目的なのだとしたら、まぁ身代金目的は無いだろう。
現金を持っている小売業ならともかく貧乏男爵領の農民に大金なんか用意できない。
個人的な恨みなら、乱暴も殺されもせずに2時間も転がされている意味が分からない。

最も、じゃあスーなのかと言われると疑問符がつく。
フィッツ男爵家に身代金を払えるだけの余裕が無い、というのは別として。
身代金の奪取というのは見た目以上に難しい。

誘拐犯にとって最大の目的は身代金だ。
それを持って完全に逃げおおすのは、相当綿密な計画と行動力が必要になる。
が、目の前でタバコを吸って酒を飲んでいる連中は、どうにも野盗くずれといった残念な顔つきだらけだ。
見た目だけで判断するのは禁物だが、お世辞にもそれほどの思考力があるとは思えない。

となると。

(前回みたく、誘拐するグループとか輸送するグループといった分業かなぁ。
 それにしても、こんな貧乏男爵を誘拐してどうするんだろう。)

体が目的…フィアンならともかく、こんな小娘に欲情する変態は…まぁ残念ながらいるだろう。
権力が目的…誘拐して脅したところで、貴族界の異端に誰が協力するというのか。
金が目的…少し調べればフィッツ男爵家の内情くらい分かるだろう。
ただ目の前の残念な連中がそこまで調べる脳みそを持っていれば、だけど。

(貴族といえば金持ち、と思うのは仕方ないよなぁ。
 平民とは比べ物にならない大きさの屋敷、移動は馬車、ドレス着て王宮で舞踏会…
 それに見合う努力と義務と責任と資金が伴うのは考えもしないだろうなぁ。)

結局のところ、この状況ではスーとフィアンに出来ることはない。
まず縄がほどけないし、ほどけたところで素手で男たちを制圧できる技能は無い。
学院の授業で短剣と弓矢の扱いくらいは習っているが、警務官や軍の養成講座ではないのだ。
教官だって誘拐された状況からの脱出なんか想定していない。

(せめて目的が分かればなぁ…)

とりあえず、すぐに殺されることもなさそうだ。
無理もないことだが、かたわらで震えるフィアンも役に立ちそうにない。

スーが何度目かのため息をついた、まさにその瞬間。
ガンッという物音と共に入り口のドアを開け放ち、誰かが飛び込んでくる。

「閣下、伏せて!」

反射的に身をかがめたスーとフィアンの横で、怒号と剣戟、野盗くずれどもの断末魔。

「要人確保!」

「レープ少尉!?」

抜き身の剣を片手に滑り込んできたのはレープ。
顔を上げると同時、ちょうど部下の兵士が最後の野盗を斬り伏せる。

「状況報告!」

「クリア!
 …被疑者死亡、すみません余裕が無く。」

「構わない!
 軍曹、ご婦人を確認せよ!」

「はっ!」

スーの縄を切り外傷の有無を確認するのと同様、部下も駆け寄りフィアンの縄を切る。

「どうしてここに!?」

「1時間で戻るとおっしゃられていましたのに、戻らなかったから確認に出たのです。
 目的地の村に到着していなかったので小隊20名で分かれて捜索に出たのですよ。
 途中ミラン子爵の部隊と会いましたので協力を依頼しています。」

「本官と少尉殿が捜索中、不審な荷馬車の目撃情報を得たので強襲しました。
 全く、これからは油断せずに必ず護衛を連れてください!」

「すみません。」

恐縮するスーの肩にレープが手を置く。

「お小言は後程、まずは領館に戻ります。
 外に我々の馬がいますので、それに乗って頂きます。
 軍曹、脱出するぞ!」

「了解!」
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