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エピローグ:ジャン一等軍曹
私はここにいるよ、ジャン
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近衛連隊には即時待機命令が出たが、ジャンは兵舎には戻らなかった。
同じ部屋で暮らす12人のうち、少なくとも7人が勇者に斬られた。
そして国王陛下の遺体(御典医の公式発表はまだだが、生きているわけがなかった)がどうなったのかも知らない。
魔王が愚王呼ばわりしていたが、陛下が何で魔王を怒らせたのか、それも知らなかった。
そもそも国民の多くは、自分の生活が平穏であれば国王が誰であろうとこだわりは薄かった。
どこをどう歩いたのか、気が付けばジャンはマリーの店先にいた。
駆け寄ってきたマリーが、ジャンの様子がおかしいことに気づき、抱えるようにして自分の部屋へと連れ込んだ。
店舗スペースを抜け、住居スペース奥の階段を上った二階。
テーブルを置くスペースも無いほどの小さな部屋、二人はベッドに腰かける。
「どうしたの、ジャン。
お城で何かあったの?」
覗き込むようなマリー、その目を見て、ジャンは昼前に起きた惨劇をポツリポツリと語り始めた。
勇者が裏切り、魔王が現れ、国王が死亡。
窓の外からは通りの喧騒が聞こえているが、マリーの部屋はまるで別世界だった。
魔王は権力の簒奪を口外していたので、おそらく今頃は王宮で話し合いが行われているだろう。
協議なのか一方的な脅迫なのかは知らないが。
ジャンの話すことも無くなり、重苦しい空気が支配する。
沈黙を破ったのは、マリーだった。
「ねぇ、ジャン…近衛兵、辞めない?」
ポツリと。
「え…でも、俺…」
「ジャンが近衛兵という仕事を大切に、誇りを持っていることは知ってる。
でも、死んだらおしまいなんだよ?」
マリーはジャンの手を握り。
「大丈夫、私も食堂の仕事を増やしてもらうようにお願いしてみるし。
両親も元気だし、本当に困った時は手助けしてくれると思う。
この子と3人で、一緒に暮らしていこ?」
この期に及んで、ジャンはやっと自分の前提が違っていたことに気づいた。
今までジャンに近づいてきた女性は、ジャンが近衛兵だからというのが大きかった。
言い換えれば、近衛兵という安定職であれば、特段ジャンでなくともよかったとも言える。
だからジャンも、そういう風に女性を扱った。
マリーも同様だった。
付き合っている特定の相手がいない時に、目の前にいた。
恋愛経験が乏しく、口説くのが容易かった。
性欲のままに抱いた。
子供が出来たから結婚した。
その前提何もかもが、違っていた。
ジャンはただマリーを失うのが怖かった、だからここへ来た。
次の瞬間、ジャンはマリーをベッドに押し倒していた。
「ジャン!?
ちょっと、待って待って待って!」
実家暮らしに兵舎暮らしだから仕方ないとはいえ、本音を言えば、マリーは宿へ行くこと自体が恥ずかしかった。
両親くらいしか見たことのない肌を、見るどころか触れられ口づけされ。
ただ気が付けば、恥ずかしいことを強制させられていることに悦を感じている自分がいて。
喘ぐ顔を見られ、部屋中に響く声を聞かれ、胸や腹に放たれた精を指ですくって舐らされることを、どこか期待して。
誰かに見られるかもしれないのに、林の中で木を背に突かれるのも、その背徳感が心のどこかに興奮をもたらし。
記憶と妄想に身を委ね、このベッドで夜な夜な必死で声を殺しながら自分を慰めて。
そんなマリーも、両親に喘ぎ声やベッドの軋む音を聞かれるのは、あまりにもハードルが高すぎた。
さすがに妊娠しているので娘が何をしているのか知っているだろうが、それでも声など聞かれたら翌朝非常に気まずい。
慌てて全力で抵抗しようとして、ジャンの手がシャツやスカートの中に伸びないことに気が付いた。
「…どうしたの?」
少し冷静になると、胸に顔を埋めたジャンが嗚咽しているのが分かった。
「俺…お前と、結婚…する…」
泣きながら、そんなことを連呼するジャン。
「もう…プロポーズなら先月受けたよ?」
未だ嗚咽するジャンの両脇に手をまわして引きずりあげると、涙を吸って、唇を重ねる。
幾度かわざと音を立てて唇を吸ってから、そっと幾度か重ねて。
「私はここにいるよ、ジャン。」
同じ部屋で暮らす12人のうち、少なくとも7人が勇者に斬られた。
そして国王陛下の遺体(御典医の公式発表はまだだが、生きているわけがなかった)がどうなったのかも知らない。
魔王が愚王呼ばわりしていたが、陛下が何で魔王を怒らせたのか、それも知らなかった。
そもそも国民の多くは、自分の生活が平穏であれば国王が誰であろうとこだわりは薄かった。
どこをどう歩いたのか、気が付けばジャンはマリーの店先にいた。
駆け寄ってきたマリーが、ジャンの様子がおかしいことに気づき、抱えるようにして自分の部屋へと連れ込んだ。
店舗スペースを抜け、住居スペース奥の階段を上った二階。
テーブルを置くスペースも無いほどの小さな部屋、二人はベッドに腰かける。
「どうしたの、ジャン。
お城で何かあったの?」
覗き込むようなマリー、その目を見て、ジャンは昼前に起きた惨劇をポツリポツリと語り始めた。
勇者が裏切り、魔王が現れ、国王が死亡。
窓の外からは通りの喧騒が聞こえているが、マリーの部屋はまるで別世界だった。
魔王は権力の簒奪を口外していたので、おそらく今頃は王宮で話し合いが行われているだろう。
協議なのか一方的な脅迫なのかは知らないが。
ジャンの話すことも無くなり、重苦しい空気が支配する。
沈黙を破ったのは、マリーだった。
「ねぇ、ジャン…近衛兵、辞めない?」
ポツリと。
「え…でも、俺…」
「ジャンが近衛兵という仕事を大切に、誇りを持っていることは知ってる。
でも、死んだらおしまいなんだよ?」
マリーはジャンの手を握り。
「大丈夫、私も食堂の仕事を増やしてもらうようにお願いしてみるし。
両親も元気だし、本当に困った時は手助けしてくれると思う。
この子と3人で、一緒に暮らしていこ?」
この期に及んで、ジャンはやっと自分の前提が違っていたことに気づいた。
今までジャンに近づいてきた女性は、ジャンが近衛兵だからというのが大きかった。
言い換えれば、近衛兵という安定職であれば、特段ジャンでなくともよかったとも言える。
だからジャンも、そういう風に女性を扱った。
マリーも同様だった。
付き合っている特定の相手がいない時に、目の前にいた。
恋愛経験が乏しく、口説くのが容易かった。
性欲のままに抱いた。
子供が出来たから結婚した。
その前提何もかもが、違っていた。
ジャンはただマリーを失うのが怖かった、だからここへ来た。
次の瞬間、ジャンはマリーをベッドに押し倒していた。
「ジャン!?
ちょっと、待って待って待って!」
実家暮らしに兵舎暮らしだから仕方ないとはいえ、本音を言えば、マリーは宿へ行くこと自体が恥ずかしかった。
両親くらいしか見たことのない肌を、見るどころか触れられ口づけされ。
ただ気が付けば、恥ずかしいことを強制させられていることに悦を感じている自分がいて。
喘ぐ顔を見られ、部屋中に響く声を聞かれ、胸や腹に放たれた精を指ですくって舐らされることを、どこか期待して。
誰かに見られるかもしれないのに、林の中で木を背に突かれるのも、その背徳感が心のどこかに興奮をもたらし。
記憶と妄想に身を委ね、このベッドで夜な夜な必死で声を殺しながら自分を慰めて。
そんなマリーも、両親に喘ぎ声やベッドの軋む音を聞かれるのは、あまりにもハードルが高すぎた。
さすがに妊娠しているので娘が何をしているのか知っているだろうが、それでも声など聞かれたら翌朝非常に気まずい。
慌てて全力で抵抗しようとして、ジャンの手がシャツやスカートの中に伸びないことに気が付いた。
「…どうしたの?」
少し冷静になると、胸に顔を埋めたジャンが嗚咽しているのが分かった。
「俺…お前と、結婚…する…」
泣きながら、そんなことを連呼するジャン。
「もう…プロポーズなら先月受けたよ?」
未だ嗚咽するジャンの両脇に手をまわして引きずりあげると、涙を吸って、唇を重ねる。
幾度かわざと音を立てて唇を吸ってから、そっと幾度か重ねて。
「私はここにいるよ、ジャン。」
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