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あとがきと、幕間で語られる胸くそ悪い追憶と
いつかの昔語り 2
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「じゃあ、愛人は嫌なの?」
ジェニスの言葉に、私は一瞬息をのむ。
まぁこの少女は、愛人という意味を漠然としか理解していないのだろう。
物心ついた頃、私は王都にいた。
母は下級の雑務侍女として働いていて、横には乳飲み子だった妹がいて。
そこは侍女だけで30人はいる大規模な商家で、与えられた小さな部屋が私の世界だった。
昼は幼いながらに妹の面倒を見て、夕方には母が仕事から上がってきて。
妹が母の乳を吸う間、私は母の尾で幸せを感じ。
自由と言えるかは分からないが、少なくとも雨や食事に困ることは無く。
何より、優しい母と可愛い妹がいた。
そんな日々だった。
そして、時々、真夜中に誰かが部屋に来ていた。
私は必死に寝たふりをした。
母と誰かの息づかい、衣の擦れるような音。
そして、誰かが帰った後の、母のすすり泣く声。
それに触れてはいけないと、絶対に母を傷つけることだと、子供心に理解していた。
しばらくして妹が乳離れをする頃、母は身ごもった。
弟か妹かは分からなかったが、私は素直に家族が増えることを無邪気に喜び。
そんな私を母はいつもと変わらない、優しい表情で見つめ。
そしてある日、姿を消した。
私は泣いたし、妹も泣いた。
泣きながら、母が帰るまで待ちたいと懇願した。
何かの仕事ができるわけでもない、こんな子供を置いておく理由が無いことは分かっていた。
それでも、その商家の若旦那は私の願いを聞いてくれた。
行く当てのない子供2人を放り出して、この王都で生きられないことは誰もが理解できた。
だから、店の者も若旦那の決定に異議は唱えられなかった。
神様か何かに見えた。
私は、まぁそれなりに弁えた子だったと思う。
周囲の雑務侍女も、私たち姉妹に好意的だったと思う。
王都の学校には通えなかったが、最低限の読み書きは片手間に教えてもらえた。
やがて10歳で侍女の真似事みたいなことを始め、翌年には制服も支給された。
この頃に商家は代替わりし、若旦那は当主となった。
あの日は、朝から雨が降り続けていた。
前日に侍女の一人が急逝し、その葬儀で使用人はバタバタしていた。
普段なら掃除などをしている侍女たちも出払っていた。
15歳になったばかりの私には葬儀の段取りなど分かるはずもなく、邪魔にならないよう奥の掃除などをしていた。
そんな使用人の居住スペースに、彼が現れた。
当主が側用人もつけずに、こちらの建物へ来ることは珍しかった。
しかし葬儀もあったので、それほど不思議には感じなかった。
まだ火を扱う権限は与えられていなかったので、廊下の明かりは全て消えていた。
昼過ぎだというのに、廊下は薄暗く、人気も無かった。
私は廊下の端へと寄り、頭を下げた。
私たち姉妹をおいて頂いていること、来月には妹も正式に雇って頂けること。
いつもと同じ、そんな感謝の言葉を伝えた。
彼は頭を上げるように言った。
普段と何変わらぬ、優しい笑みを浮かべていた。
あの日、あの時、あの場所で。
私は彼が言った一字一句を、今でも鮮明に覚えている。
「何も気にすることはないのだよ、ミュー。
私はね、お前が20歳になることを、今か今かと待ちわびているのだよ。
それはもう、一日千秋の思いで。」
私の肩に手を置き、耳元にそっと語り掛けるように。
「だって、そうじゃないか。
20といえば、お前の母が私に初めて抱かれた歳なんだよ。」
ジェニスの言葉に、私は一瞬息をのむ。
まぁこの少女は、愛人という意味を漠然としか理解していないのだろう。
物心ついた頃、私は王都にいた。
母は下級の雑務侍女として働いていて、横には乳飲み子だった妹がいて。
そこは侍女だけで30人はいる大規模な商家で、与えられた小さな部屋が私の世界だった。
昼は幼いながらに妹の面倒を見て、夕方には母が仕事から上がってきて。
妹が母の乳を吸う間、私は母の尾で幸せを感じ。
自由と言えるかは分からないが、少なくとも雨や食事に困ることは無く。
何より、優しい母と可愛い妹がいた。
そんな日々だった。
そして、時々、真夜中に誰かが部屋に来ていた。
私は必死に寝たふりをした。
母と誰かの息づかい、衣の擦れるような音。
そして、誰かが帰った後の、母のすすり泣く声。
それに触れてはいけないと、絶対に母を傷つけることだと、子供心に理解していた。
しばらくして妹が乳離れをする頃、母は身ごもった。
弟か妹かは分からなかったが、私は素直に家族が増えることを無邪気に喜び。
そんな私を母はいつもと変わらない、優しい表情で見つめ。
そしてある日、姿を消した。
私は泣いたし、妹も泣いた。
泣きながら、母が帰るまで待ちたいと懇願した。
何かの仕事ができるわけでもない、こんな子供を置いておく理由が無いことは分かっていた。
それでも、その商家の若旦那は私の願いを聞いてくれた。
行く当てのない子供2人を放り出して、この王都で生きられないことは誰もが理解できた。
だから、店の者も若旦那の決定に異議は唱えられなかった。
神様か何かに見えた。
私は、まぁそれなりに弁えた子だったと思う。
周囲の雑務侍女も、私たち姉妹に好意的だったと思う。
王都の学校には通えなかったが、最低限の読み書きは片手間に教えてもらえた。
やがて10歳で侍女の真似事みたいなことを始め、翌年には制服も支給された。
この頃に商家は代替わりし、若旦那は当主となった。
あの日は、朝から雨が降り続けていた。
前日に侍女の一人が急逝し、その葬儀で使用人はバタバタしていた。
普段なら掃除などをしている侍女たちも出払っていた。
15歳になったばかりの私には葬儀の段取りなど分かるはずもなく、邪魔にならないよう奥の掃除などをしていた。
そんな使用人の居住スペースに、彼が現れた。
当主が側用人もつけずに、こちらの建物へ来ることは珍しかった。
しかし葬儀もあったので、それほど不思議には感じなかった。
まだ火を扱う権限は与えられていなかったので、廊下の明かりは全て消えていた。
昼過ぎだというのに、廊下は薄暗く、人気も無かった。
私は廊下の端へと寄り、頭を下げた。
私たち姉妹をおいて頂いていること、来月には妹も正式に雇って頂けること。
いつもと同じ、そんな感謝の言葉を伝えた。
彼は頭を上げるように言った。
普段と何変わらぬ、優しい笑みを浮かべていた。
あの日、あの時、あの場所で。
私は彼が言った一字一句を、今でも鮮明に覚えている。
「何も気にすることはないのだよ、ミュー。
私はね、お前が20歳になることを、今か今かと待ちわびているのだよ。
それはもう、一日千秋の思いで。」
私の肩に手を置き、耳元にそっと語り掛けるように。
「だって、そうじゃないか。
20といえば、お前の母が私に初めて抱かれた歳なんだよ。」
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