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第二章 魔法使い
第4話
しおりを挟む「冒険者?冒険者ギルドのですか?」
ーー冒険者ギルドというのは、えー、今やすっかり下火となったが、かつては、えー、世界中から腕に自信のある多くの猛者達が所属していた、彼等は魔の森やそこにある洞窟を探索し、古代の魔族が遺した宝や貴重品を収集し、持ち帰った品々をギルドの方で管理、売却し、そこから冒険者達に報酬を分配したと、我が国の英雄の中には冒険者ギルド出身もいたくらいだ、えーでは何故下火になったのか、それは、もはや探索する場所が殆ど無くなったこともあるが、えー、一番にはギルドの腐敗があり、命を落とす危険があるにも関わらず報酬が安いことで冒険者そのものが減っていったと、これは冒険者がギルドに所属することで冒険者の生活を守る目的で存在するギルドが、いつしかギルドの運営を守る為に冒険者が存在するようなことになっていったからで……。
授業で言ってたやつか。授業でやったことがこんなにすぐに役に立つことがあるなんて!
「そう、だから街で見掛けないのも当然かもね。」
「なるほど。」
「だから、ほら、あんまりデートとかも出来ないし、友達と遊んだり、急に飲みに行ったりも別に気にしなくても良いし、うん、割と自由なんだ。」
ちょっと満足気な顔をしてる博士。
なるほど、旦那が仕事で長期的に家に帰らない設定にすることで、エルフを街で見掛けないことに加えて、デートをしないことや急に飲みに行っても良いことの正当な理由が出来る訳だ。
満足気なのは、俺がエルフを見掛けないことに対するその場凌ぎで言ってみたら、思いがけず他のいくつかに対しても利用出来ることに気付いて、なのだろう。可愛いものだ。
ただ残念ながら、当初の旦那の設定は、家に帰ればいつも一緒、だった筈。それを忘れているのは、元々架空の旦那に大した設定を作って無かったからだ。
それは恐らく、今までは指輪で充分な壁となっていて、例えそれに気付かず乗り越えて来たとしても、あの可愛く放つ43歳ですっ!で大抵の男どもが尻込みし、諦め、去っていたのだろう。俺みたいなのは想定してなかったのだ。甘い。甘過ぎる。
とりあえず博士の結婚設定には乗っておこう。妙な意地を張られたり、変に警戒されても損だしね。
「そうだったんですか。でも旦那さん、あんまり帰って来れないんじゃ寂しくないですか?」
「うんまぁ、そうね。寂しくないって言ったら嘘になるけど、ほら友達も居るし。」
「そういうもんなんですかね…ところで、おばあちゃんへの返事なんですけど…。」
「えっ!?」
「ん?なんです?」
「え?返事?返事って?」
「いや、その、さっきの手紙です。俺からよろしくお願いしますって伝えておいて欲しいなって。」
「あ、そういうこと。うん、わかった。伝えておくね。」
しっぽぴょこぴょこくるん。
…なんかこっち見た。
ので、とりあえず笑顔で手を振っておいた。
「…さ、それじゃ早速、飛ばす魔法を使いたいんだっけ?」
「いや、それ、飛ばさないんですか?」
「えっ?あ、いや、これはお家に帰ってからゆっくり飛ばそっかなって。」
「え?でも折角今日調子良いなら…。」
「良いの良いの、ほら、もう慌てるようなこともないし、リリーディアも釣り船で忙しいだろうし。」
「…ちゃんと飛ばしてくれるんですよね?何にも言わないのも失礼な気がするんですけど。」
「大丈夫、任せて。ちゃんと飛ばしておくから。」
…なんか変なの。
…まぁ飛ばしてくれるなら良いけど。
・・・・・。
「あ、グレンさん。珍しいですね、ここ良いですか?」
今日はシンが昼休みになるとすぐ、交流会の企画会議に出るとかでどっか行ったから一人で食堂に来たらグレンさんを見付けたので相席をお願いしてみた。
「ああ、どうぞ。今日は弁当が無くてね。偶には食堂で食べようと思ってさ…君は結構食べるんだね?」
「ああ、これですか?このトマトのパスタが好きなんですけど、家で作っても同じ様にならないから食堂のおばちゃんに聞いたら、作り方は合ってるからあとは愛情の差ね、って言うから、俺だけにその愛情が欲しかったなぁって言ったらそれ以来大盛りにしてくれるんですよ。」
「ふぅん。それなら今度僕も試してみようか。」
「いやグレンさんみたいな格好良い人がやったら特盛りでデザートまで付いてきちゃいますよ。」
「ははは、それは困るからやめておこうか。それはそうと、どうだい?ミック博士の方は。」
「楽しくやってますよ。聞いた時はなんで俺だけって思いましたけどね。」
「それはまぁ仕方なかったからね。でも楽しくやれてるなら良かったよ。ミック博士は研究者としてきちんと魔法に向き合っていて、我々は本当に頭が下がる。」
「グレンさんは、向き合ってないんですか?」
「我々は魔法使いだからね。誰でも使えるようにするなんてことは考えないし、残念ながら考える必要も…ないんだ。」
なんだか寂しそうに言うグレンさん。
なんて言ったら良いか迷っていたところでシンが来た。
「いやぁ終わった終わった、やっと終わった。あ、グレンさんだ。俺もご一緒して良いですか?」
「ああどうぞ。」
「それじゃ失礼して。タキとグレンさんとか珍しい組み合わせだな。何の話してたんです?」
「特には…まぁ雑談だよ。」
「へぇ。そういえばグレンさんは卒業後すぐに結婚したんですよね?」
「ああ、うん。そうだが、それがどうした?」
「いえ、俺も今の彼女と卒業後に、って思ってるんですけど、やっぱ10年って長いじゃないですか?関係を維持するって大変なんじゃないかなって。何か秘訣とかあるんですか?」
「うん…まぁそうだな。確かに10年は長い。だけど、秘訣なんかは無い。気付けば10年経っていたからね。」
「そういうもんですか。ま、それなら俺のとこもなんとなく10年経つのを待ちますかね。あとは無事卒業出来れば…そういえば卒業の方の秘訣はありますか?」
「それは…それも秘訣なんかは無い。真面目にやってれば良いだけさ。」
何故かグレンさんはどこか諦めたように言う。
「真面目かぁ、俺が一番難しいと思うことじゃないですかぁ。」
「何、シン君は充分やれてると思うよ。ただ…ただ俺は、俺個人的には、君達は若い時期にしか出来ないことを、もっと謳歌すべきだと思う。」
「はぁ。」
「シン君も彼女が大事なら、彼女のことをもっと考えてやっても良いと思う。大事にしたい恋人がいて、その子ときちんと向き合うことの方が、君達の人生にとって優先されても良い、むしろ優先されるべきだと思うんだ。」
「それってどういう…?」
「少し喋りすぎたな。僕はやることがある。お先に失礼するよ。」
そう言って少し辛そうな、でもやっぱりどこか諦めたような、そんな複雑な表情のグレンさんは席を立った。
「グレンさん、なんか変だったね。」
「シンに、彼女のことを考えろって言ってたけど、卒業となんか関係あるのかな?」
「わからんな。ま、勉強だけじゃなくて青春も楽しめってことだろ。」
「充分楽しんでる気がするけど。」
「お前はな。ところでお前の、多くない?」
「ああ、これ?こないだ食堂のおばちゃんにさ…。」
「もう解ったから良いぞ。」
・・・・・。
「はい、それじゃ紙を掴ませてみて。」
俺は今、精霊に紙を掴ませる訓練をしている。俺も魔法で手紙を飛ばしたいという話を、とにかくやってみようということになったからである。
飛ばすには、紙を掴ませて、届けたい相手をイメージし、そこで置いてくるという一連の流れを精霊に伝えるものだ、というのは昨日今日と教えて貰っている。
では実践、ということで今なのだが、これが一向に上手くいかない。上手くいかないというか、よくわからない。風は吹くもの流れるものなのに掴むというのがイマイチ理解出来ないのだ。そういうもの、らしいんだけど。
「やっぱり、ちょっと難しいかしらね?」
これを難しいと言って良いものか。頑張ればなんとかなるのではなく、そもそも理解出来てないのだから、精霊さんの方でも困ってしまうだろう。
精霊のやつはスケベだから、いっそのこと博士のパンツだったら喜んで掴むんだろうが、それを誰かの所に飛ばすっていっても、俺が欲しいくらいだ。
それに、博士にパンツ貸して下さいと言っても果たして貸して貰えるだろうか?否!その場で脱いではいどうぞ、どころかその場で死んではいどうぞ。スケベ精霊のせいで命を落とす事になってしまう。
…パンツか。
「博士、今日は流石に最初なんで手を繋いで貰っても良いですか?」
「え?ああ、そうね。そうしましょ…あ、ちょっと待ってて?」
そう言って部屋を出る博士。トイレか?
…と思ったらすぐ帰ってきた。
「はい、おまたせ。」
「どうかしたんですか?トイレにしちゃ早いなと思ったんですけど。」
「トイレって、ちょっとは女性に気を遣いなさいよ…書き物してて手が汚れちゃってたから洗ってきたの。」
「別に良いのに。」
「私が気にするの。さっ、やってみましょ。」
右手に紙。左手に博士。
「こうやって繋ぐと恋人みたいですね。」
「もう、変なこと言わないでよね…ほら早くやって。」
博士の右手は俺の左手に。左手は腰。スカートは上がるも下がるも自由自在。精霊よ、お前もこっちの方が気合が入って良いだろ?よし、そうだな、俺も久しぶりだ。最近は大分暖かくなってきたので、博士はストッキングを履いてない。太陽すら応援してくれてる気がする。よし!
「捲れろ!」
刹那。
一陣の風が博士のスカートを捕らえて捲り上げ…え?
「ああぁあぁあぁ…。」
「やーいやーい引っ掛かった引っ掛かった~、ふふふっ、あはははは…。」
「あぁあぁあああぁ…。」
「こんなこともあろうかと思って用意しといて正解!あはははは…あ~、おっかしぃ。」
そう、博士はスカートの下にショートパンツを履いていたのである。いつの間に…まさか!手を洗いにっていうのは実はその為の?いやしかし手には何も持ってなかったが、一体どうやって?
「…いつの間に?ってのは手を洗った時だと解るんですが、出てく時は何も持ってませんでしたよね?まさか家から履いてたんですか?」
「いいえ、ふふふ。ネタバラシするとね、前の倉庫に置いておいたの。手を繋いだらまた捲られちゃうと思って、そうしたら手を洗う振りして外出るって決めておいたんだけど…くっ、まさかこんなに上手くいくなんて、ふふっ、あははは…。」
「くっうぅぅ、こうなったら…脱げろ!」
「きゃあ!ちょっ、ちょっと!」
「脱げろ!」
「ちょっ!やめなさいよ!…あ、大丈夫だ。」
「脱げろ!脱げろ…脱げろぉぉぉ…。」
慌てて身を守るようにしていた博士は服が脱がされる心配の無い事を確認すると、ゆっくりと掃除道具の置いてあるところへ向かった。
それを見て俺は。
ああ、掃除をするんだな、と思った。
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