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第三章 血
第4話
しおりを挟む「あ。」
「ん?博士?」
「わわ、違うの、その、朝ごはんだからそろそろ起こそうかと思って…。」
昨晩悶々と寝れずにソファでジタバタして、鳥が鳴き始める頃にやっと眠れた。まったく、こんな状況でよく眠れたもんだと我ながら感心するわ。
で。
目が覚めると、目の前に俺の大好きな博士の青い目があった。
…寝顔を見てたに違いない。
「博士?まさか俺の寝顔を…。」
「み、見てたけど、そんなには見てないから。ちょっとだけ。」
「ふぅん…。」
「ほら、起きて?朝ごはん行こ?」
…今日も肩口に2つの輪っかが出来てる、可愛いなぁ、などと思いながら博士の後ろに付いて下に降りると、マキちゃんが買い物から帰ってきたところだった。
「あ、タッ君起きた?おはよ。タッ君は随分寝起き悪いのね。」
「早い…。」
「ん?マキちゃんおはよう。寝起き?良い方だと思うけど。」
「…ミコちゃん?あなたまさかあれからずっと…。」
「……。」
「マキちゃん?博士は…。」
「ミコちゃん?私今度行こうと思ってた、新しく出来たケーキ屋さんがあるの。」
「そうなんだ、それじゃ今度行こっか。」
「でも私、こないだロクラーンに2回も行ってお金が厳しくて。」
「ふふっ、それくらい奢るわ。」
「そう?悪いわね。それじゃ私は仕込みがあるから。」
ちょっとだけじゃないのか…。
「おっす。博士もおはようっす。俺も朝飯食おっと。ところで、昨晩はお楽しみでしたか?」
テーブルに座って朝食を待っていると、シンが来ていきなりぶっ込んできた。
「し、してません。朝からなんて話題を…。」
「一応聞いておかないと。気まずいのも困るでしょ?」
「…一刻も早く家を決めたいわね。」
「誰にも邪魔されない愛の巣ですな!」
「違うから!もう!タキ君が増えたみたいだわ…。」
「…浮気だ。」
「もうタキ君まで!そんなんじゃないでしょ!」
「…さ、この口を塞いで下さいませ。」
「ん?それは昨日の…しないから!」
「おやおや?おふたりはもうそんな関係で?」
「違うから!タキ君も変なこと言わないでよ、もう…。」
「あはは、でもふたりとも、話せたんでしょ?良かったね。ぎくしゃくしてたらどうしようかと。」
「…まぁ。」
「これも恋愛シン様のお陰です。」
「レンアイシン?」
「やめろっちゅーに。」
「いや、学校いた頃、よくシンに博士のこと相談してたんで、シンが死んだら恋愛の神様として祀ろうと思ってるんです。」
「そのせいで私がこんな目に…。」
「あれ?博士は俺のお陰って言ってくれないの?タキ、実はさ…。」
「わーわー、シン君のお陰です!」
「…シンと博士はどんな話してたの?そろそろ聞いても良いような話じゃないの?」
「さぁ?そのうち博士から聞けるだろ。」
「ふぅん。楽しみにして良いやつ?」
「そうだな。ねぇ博士?」
「…知らない。」
赤い顔でそっぽ向く博士は、可愛い。
「さ、俺は今日も今日とてロースト係だが、店が飲み屋になる頃は大丈夫だから飲もうぜ。」
「そうだな。博士は?」
「そうね、からかわれなければ。」
「だとよ。シン、駄目だぞ?」
「お前もだぞ?まぁお前のは、いちゃついてるだけにしか見えないけど。」
「いちゃついてません!」
「はいはい。それじゃ夜にな。」
引越しの荷物はマキちゃんの好意で家の方に置かせて貰い、俺と博士は家を探しに不動産屋へと向かった。
「フリジールって家賃事情はどんなもんなんですかね?」
「さぁ?私が住んでたのもかなり前だから…ただ、地区で高いところだったり安いところだったりするから、地区次第って感じなのは変わらないと思う。オズの家の辺りは比較的安い方かな。」
「じゃあ、その辺が候補ですね。因みにですけど、今なら一緒に住んでも?」
「…家次第で。今泊まってるような感じだと…持たないもん。」
「…じゃあ広くて何部屋かある家探しましょう。それじゃどういう設定でいきます?」
「設定?」
「いや、おふたりの関係は?って聞かれたらどう答えようかって話です。恋人とか夫婦とか。」
「…友達。」
「いやいやいや、せめて友達以上恋人未満でしょう?」
「そんなこと言ったら絶対からかわれるでしょ、友達で良いの!」
「今だけ!設定だけでも夢見させて下さいよ!」
「……恋人で。」
「…堪りませんね。町の真ん中で、俺の彼女はこんなに可愛い子だぜ!って叫びたい気分です。」
「ちょっ、やめてよ!?設定だけじゃないじゃないの!」
「周囲の人間から認めさせてじわじわと攻めていこうかと。」
「なんて恐ろしい…。」
ガチャリ。
ーーこんにちは、いらっしゃいませぇ!って、トルトさん!ようこそいらっしゃいました、今日はどんなご用件ですか?住宅の方で何か問題でも、あら?ミコ?ミコよね?ほら忘れちゃった?あたし!学校で一緒の!そう!ここに嫁に来て、それにしても、やだーミコったらホントに変わらない、てかトルトさんと知り合いなの?てかまさか結婚するから新居ってこと!?ミコやるじゃん!あ、トルトさん申し訳ございません。ミコと会えたのが久しぶりで嬉しくってつい、え?記憶喪失?はぁ?えっと、そういうことでしたら住所の方はお教え出来ますけど、鍵は管理してないものですから、いえいえ!ご結婚の際は是非うちでお願いしますね!ついでにミコもよろしくお願いします、では住所はアイレ地区の…。
・・・。
「こちらが俺の家だそうです…。」
「…びっくり。さっきからずっとびっくりしてるけど。」
立派な家々の立ち並ぶ一画にあった。これを俺が買ったらしい。現金一括で。俺が。この、お屋敷って程では無いが立派な家を。俺が。確かに、俺の字でトルト、と殴り書きみたいに書いてあるけど、俺?
「敷地に入っても良いんでしょうか?」
「一応、あなたの家だから良いんじゃないの?」
「それじゃ手繋いで入りませんか?」
「うん。」
良いんだ…。
どんだけびっくりしてるのよ…。
まぁ良い機会なので博士と手を繋ぐ。
「お庭も綺麗ね。」
「ええ。でも半年近く俺不在にしては綺麗過ぎません?」
「こんなお家にひとりだもの、お手伝いさんでも居るんじゃない?」
「とりあえず、誰か居ないかノック…あれ?」
扉に何か挟まっている。
「タキ・トルトへ?」
俺宛の封筒だ。誰からだろう?中には…にぎにぎ。
「一旦離しますね。」
「え?あ、うん…。」
渋々手を離して中身を確認。
「鍵…ですね。多分ここのですよね?」
「でしょうね。入ってみましょ。」
ガチャ、ガチャリ。
「お邪魔します…。」
「ふふっ、タキ君のお家でしょ?」
「なんか自分の家とは思えなくて…。」
「まぁ、そうよね…じゃ、探検してみましょ?」
博士はそう言って、俺の手を取った。
神様ありがとう。
博士から手を繋いで貰いました。
「…何か見覚えとか無い?」
「まったく。ただ、この空間に親近感があると言うか、何だろう?しっくりは来ますね。当たり前なんでしょうけど。」
「そうなんだ…あら?」
「手帳…これもタキ・トルトへって書いてある。」
「鍵にしても手帳にしても、タキ君がやったのかしら?」
「でも手帳はともかく、鍵を玄関に置きますかね?」
「それもそうだけど…。」
ーータキ・トルト、おかえり。俺だけど。どこまで覚えてるかわからないけど、魔法の言葉を忘れてたら、おめでとう。もうこれ以後忘れることは無いと思う…。
「博士、これ…。」
「タキ君からタキ君へ…。」
ーー詳しく日記にしてはいけない。人の名前も書いてはいけない。読むのが辛い。だから以前の俺が書いたらしいやつは捨てちゃった。これは多分2冊目だよ。分かる範囲でこの魔法のことを書いておいてくれ。俺が生きてる限りはまぁ誰かの役に立つんだろうし。因みに俺は15歳くらいより前はもう覚えてない。人の傷や火傷を治すとちょっとずつ昔のことが思い出せなくなるようだ。骨折を治したら2年分くらい飛んだ気がする。
「傷や怪我の大小で忘れる程度が変わるんですね。」
「大怪我治して魔法の言葉まで忘れたということか。そんな魔法、忘れて良かったんじゃない?」
「でも、誰かの怪我を治せてたなら良くない訳でも…。」
「自分の記憶を犠牲にして?そんなの、駄目よ。」
「…まぁ良いや。これでもう、俺は博士を忘れないことが解りましたね。シンも、誰も忘れない。」
「…うん。」
続きでは、まるで自ら実験したような雰囲気だった。自分の魔法が何なのか知りたかったんだろうな。
ーータキ・トルトへ
誰かの病気を治したけどそれが誰かわからない。
なるべく人と仲良くならない方が良い。
…とか。
ーータキ・トルトへ
擦り傷なら確かに2、3日分くらい減るらしい。使ってると知らない人が増えていく。
…とか。
ーータキ・トルトへ
気付いたら知らない場所に居た。ここと周りの人のことは覚えてたけど。もう治したら駄目だと思う。
…とか。
ーータキ・トルトへ
脂を固めて薬にした。これだと昨日の食事とか出来事みたいな細かいことを忘れてる程度のようだ。でも危ないからマキちゃんにあげるのは少しずつにした方が良い。
「マキちゃん出てきた。」
「……。」
…と、博士の握る手が強くなった。
「…ちょっと妬ける。」
「え?」
「書いちゃ駄目だって書いてあるのに、名前が書いてある。」
「いやいや、前の俺が書いただけでしょ?」
「でも…。」
「今の俺は博士が好きなんだから、知ってますでしょ?」
「……ミコって呼んで。」
「え?…えっと、ミコ?」
「うん。これからはそう呼んで。」
「良いですけど…。」
「あと、ですますもやめて、友達みたいに話してよ。」
「え?でも年上…。」
「…それはマキちゃんだって…。」
博士改めミコが不満げに、そして寂しげに俯いた。本当に妬いてくれてるらしい。
「…もう、ミコは可愛いね。これで良い?」
「…うん。」
「それじゃついでに…。」
ーータキ・トルトへ
俺はミコが好き。
「…流石に恥ずかしくない?」
「まぁまぁ。これでほら、もしなんかあっても大丈夫。」
「でも忘れちゃったら気持ちだって…。」
「また一目惚れしちゃうでしょ。」
「…だと良いけど。」
「心配しなくても大丈夫だよ。ミコってば、俺のこと好き過ぎでしょ。」
「…なんか気持ち認めちゃったら、どんどん膨らんじゃって…マキちゃんに言ったことちょっと後悔してるの。」
「別に良かったと思うけど?俺は嬉しかったし、はか…ミコがよし!って言うまで待つし。」
「…自分がこんなになるなんて思わなかった…タキ君のせいだからね!?」
「ええ!?俺のせいなの!?」
「あんなに毎日毎日好き好き言われたら、どうしたって意識しちゃうでしょうが!」
「そりゃまぁ、博士のせいでしょ。」
「なんで私なのよ?」
「可愛いから。」
…おお、ジト目だ。
やっぱり可愛い。
「…そういうとこだからね。今後気を付けるように。」
「気を付けるように…って言われても。」
「他の女の子にはしないでってこと!ブルゼットちゃんとかマキちゃんとか、他にもしてたんでしょ?」
「以後はミコだけにってこと?」
「……任せるけど。」
「任されました…で、なんですけど?」
「うん?」
「ここに住みません?一緒に。」
「口調。」
「おうふ…ここで一緒に住まない?部屋もあるし、家具も揃ってるし、まぁ博士のベッドとかは買わなきゃだけど、家賃無いし。」
「…タキ君が良いなら。」
「そりゃ勿論良いでしょ。一緒に居たいし。」
「でも、もし私が、やっぱり駄目ってなったら…。」
「何年掛けても、駄目なんか言わせないようにするからね。」
「……私がもう駄目な気がする…。」
家は決まった。
俺のことも少しわかった。
博士は可愛い。
……ミコは可愛い。
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