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第四章 父と母
第11話
しおりを挟むあれから。
様子を見に来たところだという、ドワーフのニルさんに会った。とりあえず、今オイちゃんがお別れをしてるから放っておいてあげて欲しいことと、陽が登ったら戻るつもりであることを伝えると、それなら俺の家に来いと言ってくれた。
父さんは村に来てから、母さんと俺が居なくなってもずっと農作業をしながらドワーフ達の為に薬草を作っていたらしい。元々そういう仕事をしていたんだとかで、村で重宝がられていたとのこと。ドワーフ達は皆、父さんのことが好きだから、ドワーフの仲間として見送りたいということだったので、宜しくお願いしますと頼んだ。
朝、父さんの家に戻ると、涙の跡はあるものの笑顔のオイちゃんに迎えられ、父さんが日の出前に息を引き取ったと伝えられた。それを聞いてもあまり悲しくなくて、良かったと思ったのが不思議だ。誰の何が良かったのかは、今も解らない。
父さんの体は棺に入れられて、村のはずれのすこし小高いところに運ばれた。そこには穴を掘ってあり、ゆっくり棺を入れ、その上に村中の人達が順番にフラーブジューと唱えて花を投げ入れた。俺とミコはオイちゃんの前に、オイちゃんは一番最後に入れた。誰もその事には触れなかった。
「タキちゃん。」
「ん?」
フリジールへの帰り道、では無い。父さんが亡くなったことを、チウンさんに知らせに行くのである。まぁ知ってるんだろうけど、そこはそれ。
ドワーフの村から魔族のところは近いので日没くらいに着くから、オイちゃんがフリジールの俺達の家に泊まるならまぁ行けない事もないし、父さんの友人であるチウンさんには、俺の口からなるべく早く報告してあげたいという我儘に付き合って貰ってる。
「ありがとね。お花入れるの、最後にさせてくれて。」
「オイちゃんより相応しい人は居ないし、誰も文句言ってなかったでしょ?」
「うん…ありがと。ミコちゃんも、色々ありがとね。」
「ううん。オリアがすっきりしたみたいで良かったわ。」
「うん、まぁザラのお陰だけどね…あーあ、ザラにはホント、敵わなかったなぁ。」
「それは…オリアごめん、私もそう思った。」
「あ、ミコちゃんひっどーい!…なんてね。あんなに格好良くなんて、私出来ないもん。流石ザラね。モーグはきっと、すぐにザラに会いに行ってるわ。」
オイちゃんは、ミコの言う通り、本当にすっきりしてた。母さんが、オイちゃんに掛かった恋の呪いを解いた、と言うと詩的で格好良い。
「それにしても俺、母さんと一言も話さなかったな。」
「そりゃあザラだって気まずいんじゃないの?息子に夫と熱烈なキスをするとこ見られてるんだから。」
「それ言ったらオイちゃんだってそうじゃないの?」
「あらそうね、オリアはお見送りの時に妻の位置に立って最後に花を入れたんだから、タキ君のお母さんと言っても過言では無いわね。ふふっ。」
「ちょっとミコちゃん?私こんな大きな子供いらないからね?」
「いらないとは失敬だな、お・か・あ・さ・ん?」
「ちょっ!止めてよ!」
「オリアがお母さんならなんとかなりそうね、ふふふっ。」
「な!?ぐぬぬ…こうなったら!タキちゃん?ミコちゃんとの交際はお母さん認めません!」
「んな!?それはお母様、んと、ザラさんが許して下さってるから良いんです!」
「ふん。タキちゃん?今度からお母さんと一緒に寝ようね?」
「はぁ!?駄目なんですけど!?」
「なんなら、昔みたいに、おっぱい吸いながらでも…。」
「いやいやいや!タキ君いくつだと思ってるのよ!?」
「え?タキちゃん、私のおっぱい吸いたくないの?」
「ダイジョブ。」
こうなるんじゃないかと思って心の準備しといて助かったぜ。悩まず出せる。
まぁ?吸いたいか吸いたくないかの2択だったら吸いたいんだけど。吸いたいか吸いたくないかどちらとも言えないかの3択でも吸いたいんだけども。
「ほら!タキ君も大丈夫だって!」
ホントはちょっと大丈夫じゃないけど。
「…そういえばタキちゃん、モーグにそっくりな顔してるわね。私、モーグにあげられなかったものがひとつだけあって、それが心残りなんだけど、代わりにタキちゃんが貰ってくれるなら…。」
「…オリア?良い加減にしなさいよ?」
「あはは、でもミコちゃん?冗談抜きで、うかうかしてたら盗られちゃうんだからね?」
「何よ、あんたまさか…。」
「私じゃなくて、ザラよ?ちっちゃい頃、ザラ言ってたもん。」
なんかその先は聞きたくない…。
「タキと私の子供も可愛がってねって。」
「……。」
ミコが絶句してる。俺もだけど。
「私その時は、任せて!って言っちゃったんだけど、今考えると、とんでもないわね。」
デビイの話と合わせると、益々本気度が…。
「ミコちゃん、ザラは強敵よ~?」
「どどどどうしよう?オリア、何か無い?」
「えっとね…実はモーグが薬草で作ってたのの中で、男の子の男の子をその気にさせるやつが…。」
何の話をしとるんじゃ。
・・・。
「こんばんは、チウンさん。遅くにすみません。」
「待ってたよ。今夜は泊まって行きなさい。昼のうちに布団を干しておいたから。」
「えと、良いんですか?」
「話が長くなりそうだからね。」
やっぱりチウンさんは父さんが亡くなったことも、それで俺達が来る事もわかっていた。それでも、居住まいを正して報告した。
「チウンさん。父が亡くなりました。」
「そうか。わざわざ知らせてくれてありがとう。」
チウンさんの用意してあったらしい言葉は、なんだか温かくて素敵な響きだった。
「父さんとは仲良くして貰ってたみたいですね。」
「ああ。私が仲良くして貰ってたみたいだけどね。」
「それから、オイちゃんに俺のことを知らせてくれたみたいですけど、本当は駄目なんですよね?それなのに、ありがとうございます。」
「魔族として、記録屋としての私ではなく、モーグの友人としての私がやった事だよ。だからね、決まりを破ったつもりは無いんだ。」
「それでは、ただ、知らせてくれたことに、ありがとうございました。」
「うん、それなら、遠慮無く感謝されとこうかな。」
「…チウンさんは、いつから父さんの病気を知ってたんですか?前に俺達が来た時にはもう知ってたみたいですよね?」
「1ヶ月くらい前かな?買い物に行った時に会ってたからね。」
「え?そんなに前なんですか?」
ミコが驚いてる。早目なら薬で治せるんだっけか。
「そんなに前なら薬で治せた筈ですよね?」
「あいつには病気がどんなものか解らなかったからね。しばらく胃腸薬を作って飲んでいたらしい。私はあいつの記録を見たら、段々と食べ物の消化が悪くなっていってることに気付いて、調べてみたら人間のニゴイ病ということを知ったんだ。」
「チウンさんは解っていても父さんに知らせはしなかったんですか?」
「そうだな。知らせれば人間の専用の薬を飲ませて、病気を治せたかも知れない。だがそれは、友人としての私のするべきことではないんだ。」
「それは…何故です?」
「真っ当な死だからさ。私が知らせて病気を治したところで、どのみちあいつはいつか死ぬ。人間として、人間の病気になり、人間の知識で病魔に勝てず死んだ。そこに私が介入する余地は無いよ。」
「…それなのに、俺を会わせようとしたのはなんでなんですか?」
「なんとなく。」
「え?」
「なんとなく、死ぬ前に成長した息子が見れたらあいつも喜ぶよなって。でも、ザラ様とタキ君が去った後にモーグに言われてたからね。もしタキが来ても俺の居場所を教えないでくれって。」
「え?でも、俺に居場所を知らせてくれたんじゃ…。」
「私は、オリアにタキ君の居場所を書いた紙を渡しただけだよ。」
屁理屈じゃん。
「それ、有りなんですか?」
「いよいよ死ぬ前だからね。もし怒ったモーグに、約束破りやがって!もう絶交だ!って言われても、どうせ絶交だし。」
清々しい。
「でも、もしそれで私がタキちゃんのところに行かなかったらどうするの?結局私は黙って行ったけど、私がモーグに話してモーグが駄目だって言ってたかもしれないでしょ?」
「…さぁ?」
「さぁ、って…。」
「そんなことは有り得ないからね。そうだろう?オリア、君はモーグが駄目だって言ったら、タキ君を迎えに行かなかったか?」
「…確かにそれは無いかな?」
「私はオリアを知ってるからね。」
「それはまぁ、そうだろうけど。」
「私はオリアに何度も会っているからね。話したこともある。」
「はい?チウンは記録してるからでしょ?」
「記録なんか無くても、解るってことさ。」
「…何が言いたいの?」
チウンさんはきっと、オイちゃんの気持ちは父さんにも伝わってるということを言いたいのだろう。でも、そんなことはきっとオイちゃんにも解ってる筈なんだけど。
「記録なんか無くても、私にはオリアの気持ちが解る。当然、モーグの気持ちもね。」
「モーグはザラが居たから…違うの?」
「ザラ様は、居たのか?」
「え?」
「あいつの中にザラ様は居た。これは間違い無い。だが、実際に側に居たのは誰だ?オリア、君だ。モーグの中に、君が入ってきたのは当然の話だ。」
「それはまぁ、聞いたけど…。」
「では何故オリアに手を出さなかったのか解るか?」
「ザラが居たから…じゃないの?」
「正解だ。言葉としては正解だが、中身が違う。」
「中身?どういうこと?」
「ザラ様が居たから、モーグは君に手を出さなかった。それは別にザラ様に操を立てて、ではないということだ。」
「でも、モーグはザラを愛してたわ。間違いなくね。」
「そうだな。ではモーグは、一人の女性を愛してるという理由で、ずっと側で甲斐甲斐しく世話してくれる女性に手を出さないつまらない男に過ぎないというのか?」
それは母さんの台詞…。
「それは…それがつまらない男かどうかは別として、私はそうだと思ってたけど、チウンは違うって言うの?」
「ああ。私はあいつと何度も会って、話したことがあるからね。」
「そんなの、私だって、っていうか私はずっと側に居たから、チウンよりはよっぽど…。」
「恋は盲目、とはよく言ったものだな。考えてみれば簡単に解ることも、解らなくなる。私がこの話をしているのは、友人であるモーグが誤解されたままなのが少々気に入らないからだな。」
「…ヒント頂戴。」
「人間。」
人間か…父さんは人間。
つまり…何なの?
「私は解ったかもしれない。もし私の考えが正解なら私は、お父様はつまらない、そして馬鹿な男だと思うわ。」
「ミコちゃんは解ったの?」
ミコは解ったらしい。そして、父さんをこき下ろした。
「ミコーディアミックは解ったようだな。そして…私も同感だ。あいつはミコーディアミックの言う通り、つまらなくて女心が解らなくて不器用でどうしようもなくて下らないクソガキの大馬鹿者だ。」
「そこまでは言ってないでしょ!?でも、チウンさんの言う通りね。」
言う通りなんだ…。
人間人間父さんは人間…寿命が短い?
「オイちゃんより先に死ぬからですか?」
「そうだな。」
「…いや、ちょっと解らないです。別にそれでも、オイちゃんを…未亡人として残したくなかった?」
「惜しい。」
「え?私もそう思ってたけど、違うんですか?でも、つまらない大馬鹿な男って…。」
ミコの感想だけは合ってるのか?
「あいつはな、オリアを綺麗なまま残したかったんだ。だから、あいつはずっと一緒に居られる訳じゃないオリアに手を出す訳にはいかなかったんだ。」
「でも、生きてる間に愛し合うことが悪いこととは思えないわ。愛してるなら、例え片方の寿命が短くても、生きてる限り愛し合えばそれは幸せだと思う。タキ君のお母様に操を立ててるのじゃないなら尚更…。」
「モーグは愛するが故に、オリアの処女を守りたかったんだ。」
「しょじょ?」
間抜けな声出ちゃった。
「モーグは処女というものには物凄い価値のあるものだと思っていたんだ。これは昔、魔族が人間の為に開いた酒宴の時、隣同士だった私とモーグの近くに座っていたテンセイさんの話が聞こえていたからだ。私は馬鹿馬鹿しいと思っていたんだが、若くて女性経験の無いモーグには響いたんだな。」
若くて女性経験の無い父さんを襲った母さん…。
俺は大丈夫なんだろうか…。
「ああ、そういえばその時、君達の居た学校の学長も近くに座ってたんだ。テンセイさんと話してたのは彼だね。30歳まで童貞だと魔法使いになれる話はその時に聞いていたものだ。」
そして、学長…。
あんなクソジジイでも、色んなことがあり過ぎた今になってみると、ちょっと懐かしい気がしてくる不思議。
また会いたいかと言われると、そうではない。
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