黒猫上司

まつも☆きらら

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第6話

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礼くんが来てる。

それがわかった瞬間、俺はいてもたってもいられず店を飛び出していた・・・・。




「久しぶり、悦」
「・・・・うん」
「ずいぶん忙しかったんだな。ここんとこ、全然連絡取れなかったから何かあったんじゃないかって心配してたんだ」
「あ・・・ごめん、俺・・・」
「いや、いいよ。部長に着任したばっかりじゃ忙しいのは仕方ないもんな。俺の方こそ―――急に帰国したりして、びっくりさせたんじゃないか?」
「うん・・・・すごくびっくりしたよ」

六本木にある、おしゃれなバー。
やっぱり礼くんにはこういう店が似合う。
そんなことをぼんやり考えてその横顔に見惚れる。

「・・・で、どうなの?仕事は、もう慣れた?」
「あ、うん・・・まあね」
「そっか。お前ってさ、ほら、そのつもりがなくても目立っちゃうところがあるから、心配してたんだけど。部下とか上司とか・・・うまくいってるの?」
「部下とか・・・上司?」

なんとなく言いづらそうな礼くんの言い方が、少し引っかかった。

「歓迎会とか、あった?」
「うん、やってもらったよ」
「そっか・・・・」
「?どうしたの?礼くん」
「・・・好きなやつでも・・・できた?」

俯きながらそう聞く礼くんに、俺は息を呑む。

「なんで・・・・」
「いや・・・・帰国してから、あんまり連絡取れないし・・・・仕事が忙しいのかと思ってたけど、夜とかもさ、既読はつくのに返事がないとか・・・俺と、連絡取りたくないのかなあと思ってさ・・・」

苦笑しながらそう言って俺を見る礼くんの目が切なくて・・・
胸が、締め付けられる。
礼くんには奥さんがいて。
俺と付き合ってることがばれれば、きっと奥さんを傷つけてしまう。
そして、礼くんの家庭を壊してしまうことになる。
礼くんには、幸せでいて欲しいんだ・・・・・。

「・・・礼くん、俺・・・・」
「悦」

礼くんの手が、カウンターの上に置かれた俺の手に重ねられて、どきんと心臓が鳴る。

「・・・明日は、休みだろ?今日は、一緒にいられる・・・?」
「俺・・・でも・・・・」

別れようって決めたんだ。
礼くんのためにも、そして俺自身のためにもそれが一番いいんだって思ったんだ。

「・・・礼くん、ごめん、俺は・・・・」
「俺、お前と別れるつもりないよ」
「れ―――」
「誰か・・・・いるの?」
「え?」
「帰国してから・・・新しい男が、できた?」
「そんなこと・・・!」

礼くんの言葉に、慌てて首を振る。
新しい男なんていない。
でも―――
その瞬間、俺の頭の中に浮かんだのはメグの顔だった。
最初は嫌われてるんだと思った。
でも今は・・・・

『悦くんが望むなら、何でもしてあげる』

『悦くんは、俺にとって・・・・そういう存在なんだよ』

下がった眉。
俺の髪をなでる、マシュマロみたいな可愛い手。
メグは、俺にとって・・・・

「・・・・男なんて、いない。でも・・・・」
「でも?」
「俺のことを、心配してくれる人ならいるよ。優しくて・・・俺に男の恋人がいたって知っても、優しくしてくれた・・・」
「・・・恋人がいた・・・・か」

礼くんの低い声に、思わずはっとする。

「そっか・・・・。お前、もう俺と別れたつもりだったんだ・・・・?日本に帰って、連絡しなければ、自然消滅するだろうって思ってた?」
「あ・・・・」
「俺の気持ちが、その程度だって思ってたんだ?お前の気持ちも、その程度だったってこと?すぐにそういう相手を見つけるくらいだもんな」
「ちが・・・!メグとはそんなんじゃ・・・」
「メグっていうの?そいつ」
「あ・・・・ちが・・・・」

礼くんの鋭い視線が突き刺さる。
ずっと優しかった礼くんの、初めて見る冷たい目。
俺はなんて言っていいかわからなかった。

「・・・今日は、もう帰るよ」

礼くんが席を立った。

「でも、これで終わらせるつもりないから」
「礼くん、待って、俺は―――」
「・・・俺も、明日からこっちで働くんだよ」
「え・・・?」
「日本の本社への転勤を希望してた。思ったよりも早くそれが決まって・・・お前を驚かせようと思ってた」

そう言って、礼くんはふっと口の端を上げた。

「・・・一度落ち着いて考えたい。でも・・・・別れるつもりはないから」

礼くんの手が俺の頬に触れ、離れる寸前に微かに唇をなぞった。

「・・・また連絡する」




「・・・・つまんねえ」

俺は、持っていたコントローラーを床に投げ出した。
山ほどある大好きなゲーム。
普段なら週末になれば、1日中一睡もせずにゲームに集中することができるのに。
今日は、まったくゲームに集中することもできないでいた。
かと言って眠くなるわけでもない。
頭に思い浮かぶのは、悦くんのことばかりだ。
今頃きっと、恋人と一緒にいるんだろう。
別れると言っていたはずの恋人。
その恋人から連絡が来た途端、俺のことなんて頭の中から消えてたんだろうな・・・・。
そう思うと虚しくなる。
俺がいくら悦くんのことを想ってたって、その想いは届かないんだって・・・・


『カタン』


しんと静まり返った部屋に、突然どこからか音が響いた。

「え・・・・?」

玄関の方から聞こえたみたいだった。
時計を見ると、時間は夜中の3時。
俺はそっと立ち上がると、音を立てずに玄関へと向かった。
覗き窓からそっと様子を伺う。
そこにいる人物に、俺は思わず自分の目を疑った。

「え!?」

慌ててドアを開けると、そこに立っていた悦くんが驚いて一歩後ずさる。

「あの、ごめん、メグ。こんな時間に・・・・」
「悦くん・・・・どうして・・・・」
「あの・・・・なんか、メグに・・・・メグに、会いたくなっちゃって・・・・」

いつの間に降りだしたのか、外は雨が降っていて。
びしょ濡れの悦くんは、黒髪がぴったりと肌に張り付いていて。
今にも泣き出しそうな大きな瞳を潤ませている様子は、まるで捨てられた黒猫みたいだった。

「メグ・・・あのね、俺・・・・」

何か言いかけて、ぐっと言葉を呑みこむように口をきゅっと閉じる悦くん。

あー・・・・
きっとまた、言えなかったんだな、礼司さんに。
奥さんがいる人だから。
だから別れなくちゃいけないんだって言ってたのに。
本人を目の前にしたら、きっと言えなくなっちゃったんだろう。
それで泣きそうな顔で俺のところに来て。
俺に会いたくなっちゃってとか、そんな調子のいいこと言って。
それで俺が優しくするとでも思ってんのかな。
ここは、つき離すべきなんじゃないか?
『何やってんだよ、ちゃんと別れるって言ってこいよ!』って。
『こんな夜中に、いきなり来るんじゃねえよ!』って。
強く、つき離して―――



「―――おいで、悦くん」

両手を広げ、悦くんを見つめて笑う。
悦くんの目に、涙が溢れだした。

「メグ・・・・ッ」

俺の胸に飛び込み、その腕を首に回してぎゅっと抱きつく悦くん。
俺は悦くんの震える体を抱きしめて、背中を優しく擦った。

「・・・大丈夫。大丈夫だよ」

まるで捨てられた子猫みたいな悦くんを、放りだすなんてできるわけない。
だって、きっとすごく悩んで。
すごく自分を責めて。
それで、俺のとこに来てくれたんだ。
俺が、悦くんは俺のことなんて頭の中にないだろうなんていじけてたのに。
悦くんは、ちゃんと俺のとこに来てくれた・・・・・。


悦くんを部屋にあげて、とりあえず服濡れてるし、お風呂入ってもらってその間に洗濯もして、俺の服出して―――
誰かのためにこんなに動いたことなんて、たぶん初めてじゃないか?俺。
お風呂から出てきた悦くんにココア淹れてあげて。
猫舌らしい悦くんが熱いココアをフーフーしながらちょっとずつ飲む様子が可愛くて。
ああ、やっぱり好きだなあなんてにやけてた。
聞きたいことはあるんだけど。
でも今じゃなくていいかななんて。
それはたぶん、逃げてるだけなんだけど―――

「・・・別れないって、言われたんだ」

俺が黙っていたら、悦くんの方からポツリポツリと話しだした。

「悦くん、別れたいって言ったの?」
「言おうとしたら・・・先にそう言われた。俺が、礼くんからのライン無視してたから・・・・」
「察してたんだ?礼司さん」
「俺・・・はっきり言わなきゃいけなかったんだよね・・・・別れたいって」

カップをテーブルの上に置き、悦くんはソファーの上で足を抱えて顔を足の間に埋めた。

「ちゃんとはっきり・・・言わなきゃいけなかったのに」
「悦くん・・・」
「ごめんね、メグ」
「ん?」
「礼くんに・・・新しい男ができたんじゃないかって疑われて・・・俺、咄嗟にメグのことが頭に浮かんで」
「え・・・俺・・・?」
「うん。そういう相手じゃないって言ったけど・・・でも俺のこと、すごく心配してくれる人がいるって言ったんだ。で・・・メグの名前、思わず言っちゃって」

悦くんが、気まずそうに俺を見上げる。

「ごめん、勝手なこと言って・・・・。メグが礼くんに会うことはないと思うけど・・・・」
「そんなの・・・全然いいよ。もしその礼司さんが会いに来て、俺に会わせろとか言ってきたら、俺ちゃんと会うし」

不安そうな悦くん。
でも俺は嬉しくて。
だって、礼司さんといる時に俺のことを考えてくれてたなんて。
他に男ができたんじゃないかと疑われた時に、俺のことを思い出してくれたなんて。
たとえ本当はまだそんな関係じゃなくたって、思わず期待しちゃうじゃない。

「・・・悦くん、今日はこのまま泊っていくでしょ?」
「・・・メグ、いいの?」
「悦くんがいいなら・・・俺は、泊まっていって欲しいけど」

潤んだ瞳で俺を見つめる悦くんの髪をなでる。
まだ少し湿ってる艶のある黒髪はしっとりと手になじみ気持ちがいい。
そっと顔を近づけ、唇を重ねる。
瞳を閉じ、俺を受け入れてくれる悦くん。

「ん・・・・っ、ふ・・・・・」

深くなる口づけに悦くんの頬が紅潮し、微かに漏れる吐息に俺の体は熱くなる。
熱い舌を絡め、悦くんの髪に手を差し込みそのままソファーに押し倒す。

「ぁ・・・・ッ、め、ぐ・・・・ッ」
「悦くん・・・・好き、だよ」

俺の言葉に、悦くんが大きく目を見開いた。

「ほんと・・・・?」
「うん。大好き。礼司さんにも、負けないくらい・・・・好きだよ」
「メグ・・・・俺・・・・」
「大丈夫。ちゃんと、わかってる。でも・・・ごめん、今俺・・・我慢できない・・・・」

そうして再びそのふっくらとした唇を塞ぐ。
俺が貸してあげたパジャマの裾から手を滑り込ませ、そっとその柔らかな肌をなぞると、悦くんが小さく震えた。

「んッ・・・・んぁ・・・・・・ッ」

止められなかった。
悦くんがまだ、礼司さんのことを忘れられなくても・・・・
もう、悦くんへの想いを止めることは、できなかった・・・・・。
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