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それぞれの想い

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時田が教室にいなかった。
松島を見ても、あいつはちょっと気まずそうに俺をちらりと見ただけだった。
気になって、授業中にこっそりミヤにラインで連絡し・・・・

ようやく時田が姿を現したのは、授業ももう終わるころだった。
後ろの扉を開けて入ってきた時田は、俺の方を見ようともせずそのまま自分の席に着き机の中から筆記用具を出した。

授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いたのはまさにその時だった・・・・・。





「蒼ちゃん、どこ行ってたの?」
「んー、ちょっと、屋上」
「屋上?なんで・・・・って、どこ行くの?」

休み時間、心配そうに俺に駆け寄ってきたみぃの問いに軽く応え、俺は席を立った。

「・・・ちょっと、沢渡せんせーのとこ」
「沢渡先生?何で?」
「・・・・・ちょっと、遊びに行くだけ」
「遊びにって・・・」
「まぁ、心配しないで。俺、大丈夫だから」

心配そうに俺を見つめるみぃに、俺はちょっと笑って見せた。
みぃは優しいから、いつも人のことばっかり心配するんだ。
昔からそうだった。
俺のことばっかり心配して・・・・

でも、いつまでもみぃに甘えてちゃダメだよね。



「沢渡せんせ」
「んお?時田ぁ?」
「んふ、何その声。寝てたの?」

誰もいない美術室で、沢渡先生は白いキャンバスの前に座っていた。
眠たそうに頭をかく様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。
全然緊張感ないんだから。

「いや、午後は授業ねえし、何しようかなーって考えてたら」
「眠くなっちゃった?」
「ん」
「あはは、せんせー面白い」

声を上げて笑うと、沢渡先生はふにやっと笑って目を細めた。

「お、いい笑顔」
「え?」
「お前、最近元気なかったから。笑うと可愛いんだから笑っとけ」
「んふふ、なにそれー」

なんか、楽しい。
・・・・そういえば、最近笑ってなかったかもしれない。
そっか。
だからみぃが心配するんだ・・・・・

「・・・・先生」
「ん?」
「俺、絵のモデルになれる?」

俺の言葉に、先生はちょっと目を瞬かせて、すぐに嬉しそうに笑った。

「なって欲しいって言ってんのは俺だよ」
「・・・・じっとしてられるかな」
「少しだけだから。放課後、また来て」
「うん」
「ちゃんと授業、受けろよ」
「はーい。なんかちゃんとした先生みたいだね」
「ちゃんとした先生だわ」
「んふふ、じゃあまたね」

沢渡先生になら、話せるかもしれない。
今まで、みぃにしか言えなかったこと。
みぃが悲しい顔するから、もう誰にも話さないって決めたこと。
でも今、誰かに聞いてほしかった。
聞いてほしくて、それでそれを話したら・・・・・


もう、雪村先生のことは諦めようって思ってた。
好きだけど。
すごく好きだけど。

もう、諦めなくちゃいけないんだ・・・・・






「時田、屋上にいたんだよ、沢渡さんと」

職員室に戻ってきたミヤが、俺にこっそりと教えてくれた。

「屋上?」
「うん。でさ・・・・」
「ん?」
「時田が、言ってた。先生なんて、みんな同じだって・・・・」
「同じ・・・・・」

『先生なんて、みんな同じだもん』

松島も同じことを言っていた。
過去に、何かあったのは確かだろう。
それが何なのか・・・・
今の俺には、調べる術がない。
今の俺は・・・・・

無力なんだ・・・・・・





「そこに座って」

放課後、本当に美術室に顔を出してくれた時田に、俺はそう言って窓際の椅子を指差した。

「はーい」

ぽてぽてと歩いて窓際まで行き椅子にぽすんと座った。
ちょっと緊張気味に小首を傾げて俺を見る時田。
そんな様子も可愛くて思わず笑みが零れる。

「変?俺、どうしたらいいの?」
「ああ、ごめん、変じゃないよ。かわいいなと思ってさ」
「なにそれ~」

ぷうっと頬を膨らませる姿がまた可愛い。
自覚ないんだろうな。

「ふふ、そのままでいいよ。ただ座っててくれれば。勝手に描くから」
「・・・わかった」

そう言うなり、時田はちょっとリラックスしたように背もたれに背中を預けると、小さく息をついた。

―――純ちゃんのこと、考えてるのかな。

純ちゃんが突然時田と距離を置くことになったのは学校側から注意されたからだ。
でもそれは自己保身のためじゃない。
自分のせいで時田が学校を辞めさせられたりしないようにするためだ。
時田の将来を、自分が潰してはいけない。
純ちゃんはそう思ってるんだ。
まじめな純ちゃんらしい。
俺には、何が正解かなんてわからないけど・・・・・

でも、時田も純ちゃんも、すごく辛そうに見える。
これが正解だなんて、思えねえんだけどな・・・・・

「・・・・もったいねえな・・・・」

ぼそっと小声で呟いた俺を、不思議そうに時田が見る。

「なに?先生」
「んにゃ、なんでもねえよ」

もったいない。
時田は本当に可愛い。
かわいいというより、すごく綺麗なんだ。
女の子みたいだということではない。
造詣が本当に綺麗で、そして凛としたその佇まいから心の中までもが綺麗なんだろうと思わせるんだ。
そんな時田の表情は、今は曇っている。
心の奥底の、澄んだ色を隠すかのように・・・・・

そしてその大きな雲を取り除くことができるのは、きっと純ちゃんだけ・・・・・なんだよな。
悔しいけど。




「遅くなっちゃったな。寮まで送ってくよ」

気付けば美術室の窓から見える空は真っ暗で、時計は夜の6時を過ぎていた。

「大丈夫だよ」
「ダメ。時田に何かあったら困る」
「んふふ・・・・先生、優しいね」
「・・・・ばーか」

ほんとに、バカだなこいつは。
その無邪気な笑顔に、どれだけの破壊力があるか、全くわかってないんだから・・・・




「じゃあね、先生ありがと」
「いや、今日はありがとな。助かったよ」
「ほんと?じゃあまたお手伝いするよ」
「そりゃ助かる」

「あれ・・・・蒼ちゃん?」

時田と別れようとしたその時、時田の後ろから人影が現れた。

「みぃ」

暗がりから姿を現したのは松島だった。

「おう、松島。お前こんな時間までどこ行ってたんだ?」
「ちょっとノート買いに・・・・。え、沢渡先生は何で蒼ちゃんと?」
「遅くなったから送ってきた。絵のモデルになってもらってたんだよ」
「モデル?」

松島が目を見開く。
言ってなかったのか?

「ごめん、みぃ。ちゃんと言おうと思ってたんだけど、学校だと他のやつに聞かれると思って」
「あ・・・・うん」
「俺、お腹すいちゃった。まだ食堂やってるよね?一緒にいこ」
「ん・・・・・」
「じゃあ、先生さよなら」
「おお・・・・」

2人が寮に入っていく姿を見送ってから、俺はその場を後にした。

俺が背中を向けたその後に、松島が俺の後ろ姿を睨みつけていることには、全く気付かなかった・・・・・。
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