Angel tears

まつも☆きらら

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第18話

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「アキ、アキ!!」


その日の朝、ものすごい勢いでドアが開けられ、俺は驚いて飛び起きた。


「な―――ムウ?何?いつ帰って―――」


ムウが裸のまま、羽も頭のわっかもそのままでベッドに起き上ったばかりの俺の腕を掴んだ。


「いいから来て!早く!」


ムウは俺の言葉なんて耳に入らない様子で、俺の腕を引っ張って部屋を飛び出し、そのままアトリエに飛び込んだ。


「あ・・・・・」


「ね!すごいきれい!」


アトリエの大きなガラス窓の向こうは、一面雪景色だった。


「上から見た時も、すげえきれいだったけど・・・・ここで、アキと見たいって思って、急いで帰ってきちゃった」


んふふと嬉しそうに笑うムウの頭にも、白い雪が積っていた。


羽にも雪が残っていて、キラキラしてとてもきれいだった。


「・・・ムウの頭にも雪、積ってるよ」


俺の言葉に、ムウが目を瞬かせる。


「え!マジ?」


ふるふると頭を振ると、積っていた雪がちらちらと舞い落ちた。


「ふふ、犬みたい。ムウ、寒くないの?」


「寒くはないけど・・・。ねえ、動物園って雪が降ってると見れない?」


「そんなことないけど・・・・え、これから行くつもりなの?」


驚いて聞くと、ムウが俺を見て頬を膨らませた。


「デートするって言ったじゃん!」


「言ったけどさ、今日?」


「だって・・・・それが楽しみで、急いで帰ってきたのに!」


「え・・・・そうなの?」


じわじわと、嬉しさが胸にこみ上げてくる。


昨日まで、リロイとムウのことを考えていてあんなに不安だったのに・・・・


俺がなにも言えずにいると、ムウはそれをどう勘違いしたのか、悲しそうに目を伏せた。


「・・・・楽しみにしてたの、俺だけだったんだ・・・・・」


「ち、違う!俺も!俺も楽しみにしてたよ!」


俺は慌ててムウの手を握った。


「・・・・ほんとに?」


「ほんとに!俺だって、ムウが帰ってくるのすげえ楽しみにしてたんだから!」


握った手は冷たかったけれど、その感触にようやくムウが帰って来たと実感がわいてくる。


俺は、冷え切ったムウの体を抱きしめた。


「つめて・・・・ムウ、風呂沸かすから入んなよ。体、冷え切っちゃって・・・・風邪ひきそう」


俺の言葉に、ムウは俺の背中に腕を回し、おでこを俺の肩につけた。


「風邪は、ひかないよ、俺・・・・。アキ、俺がいなくてさびしかった?」


「うん」


「・・・・俺も、寂しかった」


きゅっと俺に抱きつくムウは、なんだか今にも消えて無くなりそうなほど頼りなくて―――


俺は、ムウの頬を両手ではさみこむようにしてこちらに向けさせると、その赤い唇にチュッとキスをした。


「動物園、行こう」


そう言って笑うと、ムウも安心したようにまた笑顔になった。


「うん!」


その笑顔に俺の中の不安は雪のように溶けていき、俺はまたムウにキスをした。


今度はさっきよりも、深く、長い・・・・・。


「ん・・・・っ、ふ・・・・ア・・・・キ・・・・」


激しくなるキスに、ムウが懸命に言葉を紡ごうとする。


だけど俺は止まらなくて―――


だって、本当に会いたくて仕方なかった。


それに、いくら見慣れてきたって、好きな相手が裸で目の前にいたら・・・・


興奮するなって言うのが無理な話だ。


そのまま押し倒そうとして―――


ムウが、ぱこんと俺の頭を叩いた。


「いてっ」


「・・・・・動物園!」


ぎっと俺を睨むムウに、俺は溜息をついた。


「・・・・わかったよ。じゃ、着替えるから・・・・ムウも服、着な」


「うん!」







外に出る頃には雪もやみ、青空が広がっていた。


夜じゅう振っていた雪は、街を雪化粧させ、幻想的な雰囲気をつくりだしていた。


外では、さすがに手を繋いで歩くことはできないけれど、それでもムウは楽しそうで、ニコニコと俺の隣を歩いていた。




動物園は、この天候と平日のせいもあって人は少なかった。


寒さで動物の動きも緩慢で、中には檻の裏にある寝床となっているスペースに入ったまま出て来ない動物もいたが、それよりも驚いたのは―――


『キィーーーーーー!!!!キイッ!キイッ!』


「きゃあっ、アキ、怖い!」


檻の中のサルが猛然と檻をのぼり、ムウに向かって歯を剥き出しにして威嚇している。


「ここもか・・・・ムウ、大丈夫だよ、檻からは出てこれないんだから・・・ほら、向こうで何か飲もう」


俺は怯えるムウの肩を抱き、檻から離れたところにあるベンチに座らせ、暖かい缶コーヒーを買ってムウに1つ渡した。


ムウがしゅんと落ち込んでるのも無理からぬことで―――


あんなに動物園に来るのを楽しみにしていたのに、動物たちはなぜかムウが檻に近づくと特別な気配を感じるのか、目につかないところへ逃げてしまったり、さっきのサルのように敵意むき出しで牙をむいて威嚇してきたりと、まるで親の敵に会ったかのような怒りっぷりを見せる動物たちばかりなのだ。


「俺・・・・動物には好かれないんだ、昔から。ここでは、大丈夫かと思ったんだけど・・・・」


下を向いたまま、そうこぼすムウの隣に座り、俺もコーヒーを飲んだ。


「え、昔からって、天国にも動物っているの?」


「うん、いるよ。大抵の天使は動物と一緒に暮らしてる」


「へえ」


「俺に懐くのって言ったら・・・・小鳥くらいかな。小鳥はね、友達になってくれるんだ。同じ翼を持ってるから、仲間だと思ってくれてるんだ。もちろん、俺だけじゃなくて天使全てがだけど」


ふふ、と力なく笑うムウは本当にすごく落ち込んでいて、かわいそうだった。


「あのさ、天国の動物のことはよくわからないけど、ここにいる動物たちは、ムウが他の人間たちと違うって感じて、威嚇してるんだと思うよ?嫌いとかじゃなくて」


俺の言葉に、ムウはようやく俺の方を見て微笑んだ。


「ありがと、アキ。俺、大丈夫だよ。慣れてるから」


「ん・・・・な、もう行こうか?別のところに遊びに行ってもいいし」


「ううん、ここでいい。威嚇されるのは怖いけど、楽しいよ、動物園、初めてだから」


「そう?ならいいけど」


「うん」


ムウはコーヒーを飲み、楽しそうに、遠くの檻の中に見える動物たちを眺めていた。


「―――アキ、動物の写真、撮れる?」


「え?うん、撮れるけど・・・」


「よかった。今度天国に行くときにね、写真を持っていきたいんだ。リロイに見せてあげようと思って・・・・」


―――リロイのため・・・・?


俺の胸が、きゅっときしむように痛んだ。


「―――リロイって・・・・どんな人?」


「え?」


ムウが、目を瞬かせた。


「いや、俺、リロイのことってあんまり聞いたことないからさ。ムウのお兄さんってことくらいしか知らないから・・・・どんな人なのかなって」


「・・・・リロイは、頭が良くて、優しくて・・・・すごい天使だよ。俺と違って、能力も高いし―――」


「その、能力ってどういうものなの?」


「え・・・」


「ムウは、自分をできそこないって言ってたでしょ?それは、その能力の差なの?天使の能力って、何?」


「ああ・・・・そっか。話したことなかったもんね。―――天使にはね、4つの力があるんだ。光と、水と、風と、火、それぞれをつくりだす力。そのどれも、生命をつくり育て、発展させるのに必要な力なんだ。天使は生まれつき、その中のいくつかの能力を持って生まれてくる。1つだけの場合もあるし、2つ、3つ―――4つ全ての能力を持つ者もいる。それは、生まれてくるまでわからない。そして、その能力にも優劣の差があって、力が優れていればいるほど、神から重要な役割を任せられる。それから持って生まれた力を修行することで高めていくこともできるから、みんな必死で修業するんだ。だけど・・・・もともと持っていない能力を、あとから身につけることはできない。俺は・・・・・一つの能力も持たずに生まれたんだ。唯一持っている能力が、水晶の涙を流すってことだった」


ムウが、悲しそうに目を伏せた。


俺には、ムウがどんな辛い思いをしてきたか知るすべはない。


だけど―――


俺は、そっとムウの手を握った。


ムウが、潤んだ瞳で俺を見つめた。


―――ムウを、悲しませたくない・・・・・。


ムウが、ふっと微笑んだ。


「―――リロイは、どんな能力を?」


俺の言葉に、ムウは空を見上げ眩しそうに目を細めながら口を開いた。


「リロイは・・・・全ての能力―――4つの能力を持って生まれてきたんだ。そして、小さなころからその能力はとても優れていて―――早くから、ミカエルさまの目に留まった。真面目で、思いやりのあるリロイは誰からも信頼されていたし、ずっと、ミカエルさまのお気に入りだったんだ・・・・」


そう言ったあと、ムウの目が微かに悲しみに揺れた気がした。


「ミカエルさまって、大天使ミカエル?本当にいるんだ」


「うん・・・・。ミカエルさまは俺たち天使を束ねる方だから・・・・ミカエルさまに気に入ってもらえれば、最高の役職に就くことができる・・・・。だからみんな躍起になってミカエルさまのご機嫌を取ろうとするんだよ。でもリロイはそんなことしなかった。そんなことしなくても・・・・ミカエルさまは、リロイのことちゃんと評価してくれてたんだ・・・・」


その言い方に、なんだか引っかかりを感じた。


ムウの話し方は、まるで過去のことを話しているようだ。


まるで、今はそうじゃないと言っているようで・・・・・


「・・・・その、リロイはムウのことできそこないだなんて言わなかったんだろ?」


「うん。リロイは、すごく優しい兄さんだよ。俺に何の能力もないとわかった俺の母親は、俺の前から姿を消してしまった。だから・・・・リロイは、母親の代わりに俺を育ててくれたんだ。優しくて、厳しくて・・・・俺にとってリロイは母でもあり、父でもあり、兄でもあったんだ。俺は、リロイのことをすごく尊敬してる」


そう言ったムウの瞳には、一点の蔭りもなかった。


キラキラと輝いて―――


リロイのことを本当にとても誇りに思っているんだということが、その横顔からもひしひしと伝わってきたのだった・・・・・。

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