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第27話
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「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・ったく、どこ、行った・・・・んだよぉ、ムウ・・・!」
俺は、夜の街をムウを探して走り回っていた。
ムウは携帯なんか持ってないから、連絡のとりようがなかった。
とにかく、ムウの姿を探すしかなかった。
頭が小さくて、スタイルがよくてどこにいても目立つムウ。
透けるような肌の白さと栗色のふわふわした髪。
まるで西洋の彫刻のように整った顔は人を惹きつけるには充分過ぎるほどの魅力を持っていて―――
ときどきその辺に立っているキャバクラの呼び込みの人間に声をかけてはハワイで撮ったムウの写メを見せるが、『お、きれいな子だね』なんて言う割には誰もムウを見ていなかった。
一度見たら、忘れるはずがない。
この辺には、来ていないのだろうか・・・・・
―――俺は、なんのためにムウを探してる・・・・・?
ムウが出て行ったということは、俺よりもリロイを選んだということじゃないのか・・・・・?
リロイを選んだムウを追いかけても、意味がないんじゃないか・・・・・?
それでも俺は、ムウを探した。
このまま会えなくなるなんて、嫌だ。
例えムウが俺よりリロイを選んだとしても―――
俺は、ムウを愛してるんだ・・・・・
その想いを、伝えたい・・・・・
「―――社長!これはこれは、いい時に―――」
「相変わらず調子のいいやつだな。今日はちょっと見に来ただけだ。どうせまたろくなのはいないんだろう?」
「とんでもない!社長、確か―――男もいける口ですよね・・・・?」
「んん?ふふ・・・・まあ、モノに寄るがな。なんだ、新しい子が入ったのか?」
「どうぞ、見てくださいよ、ほら―――」
「どれ―――ほほう、こりゃぁ相当な上ものじゃないか・・・・」
「へへへ・・・でしょう?」
狭い部屋だった。
無造作に置かれたクッションと、小さなテーブルが一つだけの殺風景な部屋。大きめの鏡が壁についている他は窓もない薄暗い部屋だった。
部屋は他にもあるようだったが、他の部屋の様子は見えなかった。
『あっちは女どもの部屋だよ』と、男が言っていた。
俺が誰もいないこの部屋でぼんやり座っていると、重い扉が開き、さっきの太った男が顔を出した。
「よぉ、早速お呼びがかかったぜ」
にやにやと薄笑いを浮かべる男が入って来て、黒い大きな紙袋を俺の方へ投げた。
「それに着替えな。これから食事に連れてってくれるそうだ。高級レストランへ行くのに、そんな安っぽいスウェットじゃみっともねえからな。ビシッと決めてうまいもん食わしてもらいな」
ウヒヒといやらしい笑いを残し、男が出て行く。
俺は言われたとおり、その紙袋から服を出すとそれに着替えた。
菫色のシャツに、光沢のあるグレーのスーツ。
シルクの蝶ネクタイに白い革靴を履き、鏡に映してみる。
そこには、この世界に来てから一度も着たことのない服を着た俺がいた。
―――俺じゃないみたいだ・・・・。
コンコンと扉がノックされ、再び男が顔出し、顎をしゃくり『出ろ』と合図する。
部屋を出ると、そこにはいかにも高そうなスーツを着た背の高い中年の男が立っていた。
上品な印象を受けるその男は、俺を見ると、満足そうに微笑んだ。
「うん、思った通り、よく似合っているよ、そのスーツ。さ、食事に行こう。車を待たせてあるから」
そう言って、俺に背を向けて長い廊下を歩き始めた。
横にいた男が、無言のまま俺に頷いて見せた。
俺は、黙って中年の男のあとについて歩き出したのだった・・・・・。
「ちょっと諒さん!あんたが言ってたおしゃれなバーってどこにあんのよ!」
「っかしいなあ、確かにこの辺にあったんだけどなあ」
俺は、きょろきょろとあたりを見回す諒さんを見て溜息をついた。
―――やっぱり、帰ればよかったなあ。
明来さんの家を出てから、諒さんが『飲み足りないから、どっか寄っていこうよ!』と言い出し、『おしゃれなバーがあるから』という彼についてきたのだけれど―――
もう1時間以上も同じような場所をぐるぐると歩かされていた。
こんなことなら、明来さんちでまだ飲んでればよかったんだ。
あそこならムウくんがおいしいおつまみも作ってくれるし。
だけど―――
なんとなく、ムウくんも明来さんも早く2人きりになりたいんじゃないか、なんて思ってしまったもんだから、俺が諒さんを促して出てきたのだ。
昨日、傷だらけで帰ってきたムウくん。
もしや、リロイさんに―――?
そんな悪い想像をしてしまい、つい明来さんにも言ってしまったけれど―――
少し、後悔していた。
確証があるわけでもないのに、余計なことを言って明来さんを心配させてしまった。
「奈央?どうかした?暗い顔して」
「いや・・・・あの2人、喧嘩してなきゃいいけどと思って」
「あの2人って、明来ちゃんとムウちゃん?え~、あの2人が喧嘩なんてしないでしょう?あんなにラブラブなのに」
「・・・・ならいいけどね」
「なに心配して――――あれ・・・・・?」
突然、諒さんが何かに驚いて目を見開いた。
「?なに?」
つられて、俺は諒さんの視線の先を追う。
「え・・・・?」
そこにいたのは―――
「ムウちゃん、だよね・・・・?あれ・・・・」
高級外車の後部座席に乗り込む、見たこともないような高級なスーツに身を包んだムウくんだった・・・・・。
「はぁ・・・・疲れた・・・・」
ムウを探し始めてから、すでに2時間が経っていた。
一向にムウを見つけることはできず、俺は電信柱に寄りかかり、息を整えていた。
もう夜中の2時近かった。
「くっそ・・・・」
意味のない呟きが漏れる。
さぁ、また探そうと腰を伸ばした時―――
コートのポケットに入れていた携帯が着信を告げ、俺は慌ててポケットを探る。
―――奈央か
「―――もしもし」
『あ、明来さん!なんでムウくん、変なスケベそうな親父と高級外車乗ってんの!?』
「―――は!?ムウが―――ムウが、なんだって!?ムウ、そこにいるのか!?」
『え・・・・こっちが聞いてるんですけど・・・・ここにはいないよ。俺らが乗ってるタクシーの前を走ってるでけえ高級外車に、スケベそうな、ロマンスグレー気どりの中年男と一緒に乗ってるよ。運転手つき。いかにも、これからホテルに行きますって感じだけど―――』
「どこにいる!?今すぐ、俺もそこに行くから!」
『ええ?今すぐって・・・・あのさ、一体何があったわけ?明来さん、今どこにいんの?』
「わけは後で話すから!とにかく場所言え!」
奈央から場所を聞き出し、タクシーを捕まえ乗り込む。
―――スケベそうな親父ってなんだよ?ホテルってなんだよ?何をしようとしてるんだよ?ムウ・・・・
とにかく早くムウに会いたくて―――
俺は震えそうになる拳を、ぎゅっと握りしめた・・・・。
「今、ルームサービスが来るから座ってくつろいでるといい」
男がにっこりと微笑んだ。
「ここは最上階だから、眺めも最高だよ」
言われて、俺は窓辺によって外を眺めた。
都会の夜景は、ネオンに溢れ、まるで星空のようだったけれど―――
俺の目には、その夜景もただ虚しく映るだけだった。
「―――きれいだね」
「そうだろう?でも・・・・こんな夜景よりも、君の方がずっとずっときれいだよ・・・」
男の手が、そっと俺の肩に触れる。
その瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走る。
―――この人は、アキとは違う・・・・・
「君は、本当にきれいだ・・・・。君のためならどんなことでもしてあげるよ」
「どんなことでも・・・・?」
「ああ。何が欲しい?金か?車か?それとも世界旅行にでも行くかい?」
―――金・・・・車・・・・?
俺はそんなもの、いらない・・・・・
そんなものがあったって、リロイは助けられない。
俺が欲しいのは・・・・・
「さぁ・・・・おいで・・・・」
男の手が、俺の腰を引き寄せる。
―――アキ・・・・
「ねえ、明来ちゃんまだ?ムウちゃん、あの男と部屋に入ってっちゃったよ?」
諒さんが、最上階にあるスウィートの部屋の扉を見ながらイライラと言う。
「もうすぐ着くって連絡あったけど―――しょうがねえじゃん、どうやって止めろっていうんだよ?」
「だって・・・・だって、ムウちゃんが!」
わかってる。
このままじゃまずい。
とにかく、早く明来さんが来てくれないと―――
「悪い!待たせた!」
「明来ちゃん!」
「明来さん、早く!10分くらい前に、あの部屋に―――」
俺が部屋の扉を指差すと、明来さんは躊躇することなく、そこへ駆け出したのだった・・・・・。
俺は、夜の街をムウを探して走り回っていた。
ムウは携帯なんか持ってないから、連絡のとりようがなかった。
とにかく、ムウの姿を探すしかなかった。
頭が小さくて、スタイルがよくてどこにいても目立つムウ。
透けるような肌の白さと栗色のふわふわした髪。
まるで西洋の彫刻のように整った顔は人を惹きつけるには充分過ぎるほどの魅力を持っていて―――
ときどきその辺に立っているキャバクラの呼び込みの人間に声をかけてはハワイで撮ったムウの写メを見せるが、『お、きれいな子だね』なんて言う割には誰もムウを見ていなかった。
一度見たら、忘れるはずがない。
この辺には、来ていないのだろうか・・・・・
―――俺は、なんのためにムウを探してる・・・・・?
ムウが出て行ったということは、俺よりもリロイを選んだということじゃないのか・・・・・?
リロイを選んだムウを追いかけても、意味がないんじゃないか・・・・・?
それでも俺は、ムウを探した。
このまま会えなくなるなんて、嫌だ。
例えムウが俺よりリロイを選んだとしても―――
俺は、ムウを愛してるんだ・・・・・
その想いを、伝えたい・・・・・
「―――社長!これはこれは、いい時に―――」
「相変わらず調子のいいやつだな。今日はちょっと見に来ただけだ。どうせまたろくなのはいないんだろう?」
「とんでもない!社長、確か―――男もいける口ですよね・・・・?」
「んん?ふふ・・・・まあ、モノに寄るがな。なんだ、新しい子が入ったのか?」
「どうぞ、見てくださいよ、ほら―――」
「どれ―――ほほう、こりゃぁ相当な上ものじゃないか・・・・」
「へへへ・・・でしょう?」
狭い部屋だった。
無造作に置かれたクッションと、小さなテーブルが一つだけの殺風景な部屋。大きめの鏡が壁についている他は窓もない薄暗い部屋だった。
部屋は他にもあるようだったが、他の部屋の様子は見えなかった。
『あっちは女どもの部屋だよ』と、男が言っていた。
俺が誰もいないこの部屋でぼんやり座っていると、重い扉が開き、さっきの太った男が顔を出した。
「よぉ、早速お呼びがかかったぜ」
にやにやと薄笑いを浮かべる男が入って来て、黒い大きな紙袋を俺の方へ投げた。
「それに着替えな。これから食事に連れてってくれるそうだ。高級レストランへ行くのに、そんな安っぽいスウェットじゃみっともねえからな。ビシッと決めてうまいもん食わしてもらいな」
ウヒヒといやらしい笑いを残し、男が出て行く。
俺は言われたとおり、その紙袋から服を出すとそれに着替えた。
菫色のシャツに、光沢のあるグレーのスーツ。
シルクの蝶ネクタイに白い革靴を履き、鏡に映してみる。
そこには、この世界に来てから一度も着たことのない服を着た俺がいた。
―――俺じゃないみたいだ・・・・。
コンコンと扉がノックされ、再び男が顔出し、顎をしゃくり『出ろ』と合図する。
部屋を出ると、そこにはいかにも高そうなスーツを着た背の高い中年の男が立っていた。
上品な印象を受けるその男は、俺を見ると、満足そうに微笑んだ。
「うん、思った通り、よく似合っているよ、そのスーツ。さ、食事に行こう。車を待たせてあるから」
そう言って、俺に背を向けて長い廊下を歩き始めた。
横にいた男が、無言のまま俺に頷いて見せた。
俺は、黙って中年の男のあとについて歩き出したのだった・・・・・。
「ちょっと諒さん!あんたが言ってたおしゃれなバーってどこにあんのよ!」
「っかしいなあ、確かにこの辺にあったんだけどなあ」
俺は、きょろきょろとあたりを見回す諒さんを見て溜息をついた。
―――やっぱり、帰ればよかったなあ。
明来さんの家を出てから、諒さんが『飲み足りないから、どっか寄っていこうよ!』と言い出し、『おしゃれなバーがあるから』という彼についてきたのだけれど―――
もう1時間以上も同じような場所をぐるぐると歩かされていた。
こんなことなら、明来さんちでまだ飲んでればよかったんだ。
あそこならムウくんがおいしいおつまみも作ってくれるし。
だけど―――
なんとなく、ムウくんも明来さんも早く2人きりになりたいんじゃないか、なんて思ってしまったもんだから、俺が諒さんを促して出てきたのだ。
昨日、傷だらけで帰ってきたムウくん。
もしや、リロイさんに―――?
そんな悪い想像をしてしまい、つい明来さんにも言ってしまったけれど―――
少し、後悔していた。
確証があるわけでもないのに、余計なことを言って明来さんを心配させてしまった。
「奈央?どうかした?暗い顔して」
「いや・・・・あの2人、喧嘩してなきゃいいけどと思って」
「あの2人って、明来ちゃんとムウちゃん?え~、あの2人が喧嘩なんてしないでしょう?あんなにラブラブなのに」
「・・・・ならいいけどね」
「なに心配して――――あれ・・・・・?」
突然、諒さんが何かに驚いて目を見開いた。
「?なに?」
つられて、俺は諒さんの視線の先を追う。
「え・・・・?」
そこにいたのは―――
「ムウちゃん、だよね・・・・?あれ・・・・」
高級外車の後部座席に乗り込む、見たこともないような高級なスーツに身を包んだムウくんだった・・・・・。
「はぁ・・・・疲れた・・・・」
ムウを探し始めてから、すでに2時間が経っていた。
一向にムウを見つけることはできず、俺は電信柱に寄りかかり、息を整えていた。
もう夜中の2時近かった。
「くっそ・・・・」
意味のない呟きが漏れる。
さぁ、また探そうと腰を伸ばした時―――
コートのポケットに入れていた携帯が着信を告げ、俺は慌ててポケットを探る。
―――奈央か
「―――もしもし」
『あ、明来さん!なんでムウくん、変なスケベそうな親父と高級外車乗ってんの!?』
「―――は!?ムウが―――ムウが、なんだって!?ムウ、そこにいるのか!?」
『え・・・・こっちが聞いてるんですけど・・・・ここにはいないよ。俺らが乗ってるタクシーの前を走ってるでけえ高級外車に、スケベそうな、ロマンスグレー気どりの中年男と一緒に乗ってるよ。運転手つき。いかにも、これからホテルに行きますって感じだけど―――』
「どこにいる!?今すぐ、俺もそこに行くから!」
『ええ?今すぐって・・・・あのさ、一体何があったわけ?明来さん、今どこにいんの?』
「わけは後で話すから!とにかく場所言え!」
奈央から場所を聞き出し、タクシーを捕まえ乗り込む。
―――スケベそうな親父ってなんだよ?ホテルってなんだよ?何をしようとしてるんだよ?ムウ・・・・
とにかく早くムウに会いたくて―――
俺は震えそうになる拳を、ぎゅっと握りしめた・・・・。
「今、ルームサービスが来るから座ってくつろいでるといい」
男がにっこりと微笑んだ。
「ここは最上階だから、眺めも最高だよ」
言われて、俺は窓辺によって外を眺めた。
都会の夜景は、ネオンに溢れ、まるで星空のようだったけれど―――
俺の目には、その夜景もただ虚しく映るだけだった。
「―――きれいだね」
「そうだろう?でも・・・・こんな夜景よりも、君の方がずっとずっときれいだよ・・・」
男の手が、そっと俺の肩に触れる。
その瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走る。
―――この人は、アキとは違う・・・・・
「君は、本当にきれいだ・・・・。君のためならどんなことでもしてあげるよ」
「どんなことでも・・・・?」
「ああ。何が欲しい?金か?車か?それとも世界旅行にでも行くかい?」
―――金・・・・車・・・・?
俺はそんなもの、いらない・・・・・
そんなものがあったって、リロイは助けられない。
俺が欲しいのは・・・・・
「さぁ・・・・おいで・・・・」
男の手が、俺の腰を引き寄せる。
―――アキ・・・・
「ねえ、明来ちゃんまだ?ムウちゃん、あの男と部屋に入ってっちゃったよ?」
諒さんが、最上階にあるスウィートの部屋の扉を見ながらイライラと言う。
「もうすぐ着くって連絡あったけど―――しょうがねえじゃん、どうやって止めろっていうんだよ?」
「だって・・・・だって、ムウちゃんが!」
わかってる。
このままじゃまずい。
とにかく、早く明来さんが来てくれないと―――
「悪い!待たせた!」
「明来ちゃん!」
「明来さん、早く!10分くらい前に、あの部屋に―――」
俺が部屋の扉を指差すと、明来さんは躊躇することなく、そこへ駆け出したのだった・・・・・。
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