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第26話
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「楽しかったね」
奈央と諒が帰り、俺たちはまた一緒にお風呂に入っていた。
ニコニコとご機嫌なムウ。
その体にあった傷はすっかりきれいに消えていたけれど―――
俺は、奈央の言ったことが気になって仕方なかった。
もし、あの傷がリロイに乱暴されたものだとしたら・・・・・
「・・・・ムウ」
「ん?」
「あのさ・・・・お土産、リロイに渡したんだよな?木彫りのフォトフレームだっけ?」
「うん、そう。渡したよ」
「喜んでくれた?」
「うん。すごくきれいだって、喜んでた」
うふふと、ムウも嬉しそうに笑った。
「・・・・そっか。良かった・・・・・。リロイって・・・・怒ったりすることないの?」
「怒る?」
ムウがきょとんと首を傾げた。
「う、うん。ほら、たとえば・・・・リロイの言うこと守らなかったとかさ・・・・」
「え~・・・・そういえば、リロイに怒られたことってほとんどないかも。いつも優しいから」
そう言って、潤は昔を懐かしむように笑った。
「優しいんだ・・・・」
自分で聞いといて、ちょっと落ち込んでる俺。
優しくて、優秀なリロイはムウの自慢。
兄弟なのに、その体を預けてしまうほど、ムウはリロイのことが好きで・・・・・
「アキ・・・・?どうしたの?」
急に黙って俯いた俺を、ムウが心配そうに見つめる。
「ムウ・・・・リロイに、俺とのこと、話した・・・・?」
俺の言葉に、一瞬ムウが息を呑むのがわかった。
「・・・・まだ、言ってないよ。そのうち、話そうと思ってるけど・・・・・」
「本当に・・・・?リロイに、俺とのこと言えるの・・・・?」
ムウの瞳が、戸惑いに揺れる。
「どういう意味?」
「ムウは・・・・リロイと、どういう関係?ただの兄弟じゃないんだろ?リロイに―――抱かれてたんじゃないの・・・・・?」
その言葉に、ムウの顔色がさっと変わった。
「どうして・・・・・」
―――ああ・・・・どうしてこの子は、こんなに嘘がつけないんだろう。
―――もう少し、嘘のうまい子だったら、俺だって騙されたふりができるのに・・・・
「やっぱり・・・・やっぱり、そうなんだな。お前、リロイと・・・・。昨日の怪我も、リロイにやられたんじゃないのか?」
だけどその言葉にムウは驚き、激しく首を横に振った。
「違うよ!リロイは、そんなことしない!」
「だって・・・・じゃあなんで本当のことを言ってくれない!?着地に失敗したなんて嘘だろう!?リロイじゃなきゃ、誰にやられたんだよ?お前が、自分以外のやつに抱かれたって知ったリロイが、お前をひどい目にあわせたんじゃ―――」
「違う!!違うよ!!リロイは、俺に暴力を振るったりしない!リロイは・・・・いつも自分のことよりも俺のことを考えてくれて―――俺なんかのことをかわいがってくれて―――!」
ムウの瞳から、水晶が零れ落ち、ポチャンと音をたてて湯船に沈んだ。
涙を流し、その体を震わせているムウ。
この時のムウがどんな思いでいたのか、その時の俺は考えてあげられる余裕がなかった。
ただ、泣きながらもリロイを庇うその姿に、ショックを受けていた・・・・。
「なんだよ、それ・・・・。結局、ムウにとってはリロイが大事なの?俺とのことは、単なる遊び?本当に好きなのは、リロイなのか?」
俺の言葉に、ムウの瞳から更に水晶が零れ落ちた。
「アキ・・・・何でそんなこと言うの・・・・・?」
「だってそうだろう!?俺はいつだってムウのことを考えてるけど、ムウは―――俺のこと好きだって言いながらも、リロイに会いに行ってるじゃないか!俺が想うよりも、ムウは俺のことなんて想ってないんじゃないのか!?」
「そんな、こと―――俺だって、アキのこと―――!」
「じゃあ、本当のこと言ってくれよ!昨日のあの怪我、本当はどうして怪我をしたのか―――どうして帰ってくるのが遅くなったのか、ちゃんと言ってくれよ!」
「それは―――!」
そこまで言って、ムウは口をつぐんでしまった。
きゅっと唇を結び、顔色は青ざめている。
瞳はうるうると潤み、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「・・・・もう、いい。ムウの気持ちは・・・・わかったよ」
俺は風呂から上がると、そのまま風呂場を出てバスタオルを体に巻き、自分の部屋へとかけ出した。
「アキ!待って!アキ!!」
ムウがあとから追いかけてくるのがわかったが、俺は自分の部屋へ入ると鍵をかけ、ベッドの上に身を投げ出した。
『―――アキ!ねぇ、開けてよ、アキ!!』
部屋の扉をどんどんと叩きながら、ムウが俺を呼んでいた。
耳を塞いでも、ムウの声は俺の心に響いてくる。
―――みっともない。
俺はなんてみっともないんだ。
あんなこと言うつもりじゃなかった。
ムウがリロイのことを尊敬しているのはわかっているし、体の関係があったとしたって、今は俺のことを想ってくれてるって、信じていたつもりだった。
ムウがリロイに会いに行くのだって、それは兄弟として当然のことだって、理解してるつもりだった。
けど全然違う。
俺はずっと、リロイに嫉妬してた。
リロイに会いに行くムウを、許してなんかいなかったんだ・・・・・。
青ざめた顔で涙を流すムウ。
―――リロイに抱かれてる。
それを俺が口にしたとき、ムウが心からショックを受けているのがわかった。
きっと、それだけは隠しておきたかったのだろう。
きっと、俺には知られたくなかったのだろう・・・・・
『アキ・・・・聞いて、アキ・・・・俺は、アキが好きだよ・・・・・大好きだよ・・・・・愛してるんだ・・・・・』
ムウの、囁くような声がずっと響いていた。
扉の外で、まだ裸のままでいるんだろうか。
『アキ・・・・ごめんね・・・・リロイのこと・・・・・黙っててごめん・・・・・ごめんなさい・・・・・』
泣き声に交じり、『カシャン』という小さな音が聞こえる。
水晶が床に落ちる音だ。
きっと床は水晶だらけになってる。
『でも・・・・昨日のあれは、リロイにやられたんじゃないよ。それは・・・本当だから・・・』
どれくらい時間が経ったのか。
気付くと、家の中は静かになっていた。
俺はベッドの上で膝を抱えていたけれど―――
「・・・・・ムウ・・・・・?」
まだ部屋の前にいるのだろうか・・・・?
俺はそっとベッドを下りると、扉の前まで行って耳を澄ませた。
「ムウ・・・・?いるの・・・・・?」
そっと、ドアを開けてみた。
そこに、ムウの姿はなかった。
床にはムウの流した水晶の涙が―――
「ムウ?」
廊下に出て、あたりを見回して―――
玄関の扉が少しだけ開いていることに気付いた俺は、はっとして玄関に飛び出した。
―――ムウの靴が、ない・・・・
もう一度風呂場へ戻ると、ムウのために出しておいたスウェットがなくなっていた。
―――スウェットで、外へ出たのか・・・・・?
俺はもう一度自分の部屋へ戻ると、急いで服を着て携帯と財布だけコートのポケットに突っ込むとそのまま自宅を飛び出した。
ムウは、1人で外に出たことがない。
どこかへ行くときは必ず俺と一緒で―――
なにか珍しいものを見つけてはすぐに寄り道したがって、なんにでも触れたがるムウ。
子供みたいに無邪気で、好奇心旺盛で―――
それでいて、絶対に俺から離れようとしない。
俺の服の裾を掴み、片時も離れないようにくっついて歩いていた。
怖がりで、寂しがり屋のムウ・・・・・。
どうして、1人で外に出ていった・・・・?
夜の街は、昼間とは全く違う顔を見せていた。
俺はいつの間にか、見たことのないネオンで輝く街の中を歩いていた。
どうしたらいいかわからなかった。
アキに、リロイとの関係を知られてしまった。
アキには、知られたくなかった。
だってきっと、アキに嫌われると思ったから。
リロイは兄さんだ。
その兄さんと―――
軽蔑されたんじゃないか。
きっともう、嫌われてる。
部屋から出て来てくれないのがその答えだと言っているようで、俺は家を飛び出した。
もう、あの家には帰れない。
そう思った。
アキともう会えないということが、悲しくて仕方なかった。
リロイを助けることもできない。
俺はやっぱりできそこないだ。
1人では、何もできないのだ・・・・・。
「あれぇ、お兄ちゃん、ずいぶん薄着だけどどうしたの?」
突然、目の前に黒いコートを着た太った男が現れた。
「こんな寒空に、そんなスウェットだけで歩いてたら風邪ひくよぉ。どうしたの?彼女と喧嘩でもして追い出されちゃったか?」
にやにやと笑いながら俺の体を上から下までじろじろと眺めるその男の視線が気持ち悪くて、俺はそのまま通り過ぎようとした。
「あれ、ちょっと待ってよ。ねえお金に困ってるんじゃないのぉ?俺が仕事紹介してあげようか?お兄ちゃんみたいにきれいな子だったらすぐに稼がせてあげるよ」
「―――お金なんて―――」
「お金に興味がないの?欲が無いねえ。じゃあ女は?いい女、紹介してあげようか?―――あ!それともあんた・・・・こっちか?」
「え・・・・・?」
男がいやらしい笑みを浮かべ、声をひそめる。
俺はわけがわからず首を傾げたけれど―――
「へへへ・・・あんたみたいなきれいな顔だったら、すぐに客が見つかると思うぜえ。なぁ、どうだ?金も愛も、欲しいものは全部手に入るぜ?」
「愛・・・・・?」
愛が、手に入る・・・・?そんなに簡単に・・・・?
愛が手に入れば・・・・・リロイを助けられる・・・・・?
俺は手を引っ張られるまま、その男のあとについて行った。
もう、アキの元へ帰ることはできない。
そんな思いが溢れて来て涙がこぼれそうになり―――
慌てて首を振る。
ダメだ。こんなところで泣いちゃ・・・・・
水晶の涙は・・・・
アキたち以外の人間には、見せちゃダメなんだ・・・
奈央と諒が帰り、俺たちはまた一緒にお風呂に入っていた。
ニコニコとご機嫌なムウ。
その体にあった傷はすっかりきれいに消えていたけれど―――
俺は、奈央の言ったことが気になって仕方なかった。
もし、あの傷がリロイに乱暴されたものだとしたら・・・・・
「・・・・ムウ」
「ん?」
「あのさ・・・・お土産、リロイに渡したんだよな?木彫りのフォトフレームだっけ?」
「うん、そう。渡したよ」
「喜んでくれた?」
「うん。すごくきれいだって、喜んでた」
うふふと、ムウも嬉しそうに笑った。
「・・・・そっか。良かった・・・・・。リロイって・・・・怒ったりすることないの?」
「怒る?」
ムウがきょとんと首を傾げた。
「う、うん。ほら、たとえば・・・・リロイの言うこと守らなかったとかさ・・・・」
「え~・・・・そういえば、リロイに怒られたことってほとんどないかも。いつも優しいから」
そう言って、潤は昔を懐かしむように笑った。
「優しいんだ・・・・」
自分で聞いといて、ちょっと落ち込んでる俺。
優しくて、優秀なリロイはムウの自慢。
兄弟なのに、その体を預けてしまうほど、ムウはリロイのことが好きで・・・・・
「アキ・・・・?どうしたの?」
急に黙って俯いた俺を、ムウが心配そうに見つめる。
「ムウ・・・・リロイに、俺とのこと、話した・・・・?」
俺の言葉に、一瞬ムウが息を呑むのがわかった。
「・・・・まだ、言ってないよ。そのうち、話そうと思ってるけど・・・・・」
「本当に・・・・?リロイに、俺とのこと言えるの・・・・?」
ムウの瞳が、戸惑いに揺れる。
「どういう意味?」
「ムウは・・・・リロイと、どういう関係?ただの兄弟じゃないんだろ?リロイに―――抱かれてたんじゃないの・・・・・?」
その言葉に、ムウの顔色がさっと変わった。
「どうして・・・・・」
―――ああ・・・・どうしてこの子は、こんなに嘘がつけないんだろう。
―――もう少し、嘘のうまい子だったら、俺だって騙されたふりができるのに・・・・
「やっぱり・・・・やっぱり、そうなんだな。お前、リロイと・・・・。昨日の怪我も、リロイにやられたんじゃないのか?」
だけどその言葉にムウは驚き、激しく首を横に振った。
「違うよ!リロイは、そんなことしない!」
「だって・・・・じゃあなんで本当のことを言ってくれない!?着地に失敗したなんて嘘だろう!?リロイじゃなきゃ、誰にやられたんだよ?お前が、自分以外のやつに抱かれたって知ったリロイが、お前をひどい目にあわせたんじゃ―――」
「違う!!違うよ!!リロイは、俺に暴力を振るったりしない!リロイは・・・・いつも自分のことよりも俺のことを考えてくれて―――俺なんかのことをかわいがってくれて―――!」
ムウの瞳から、水晶が零れ落ち、ポチャンと音をたてて湯船に沈んだ。
涙を流し、その体を震わせているムウ。
この時のムウがどんな思いでいたのか、その時の俺は考えてあげられる余裕がなかった。
ただ、泣きながらもリロイを庇うその姿に、ショックを受けていた・・・・。
「なんだよ、それ・・・・。結局、ムウにとってはリロイが大事なの?俺とのことは、単なる遊び?本当に好きなのは、リロイなのか?」
俺の言葉に、ムウの瞳から更に水晶が零れ落ちた。
「アキ・・・・何でそんなこと言うの・・・・・?」
「だってそうだろう!?俺はいつだってムウのことを考えてるけど、ムウは―――俺のこと好きだって言いながらも、リロイに会いに行ってるじゃないか!俺が想うよりも、ムウは俺のことなんて想ってないんじゃないのか!?」
「そんな、こと―――俺だって、アキのこと―――!」
「じゃあ、本当のこと言ってくれよ!昨日のあの怪我、本当はどうして怪我をしたのか―――どうして帰ってくるのが遅くなったのか、ちゃんと言ってくれよ!」
「それは―――!」
そこまで言って、ムウは口をつぐんでしまった。
きゅっと唇を結び、顔色は青ざめている。
瞳はうるうると潤み、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「・・・・もう、いい。ムウの気持ちは・・・・わかったよ」
俺は風呂から上がると、そのまま風呂場を出てバスタオルを体に巻き、自分の部屋へとかけ出した。
「アキ!待って!アキ!!」
ムウがあとから追いかけてくるのがわかったが、俺は自分の部屋へ入ると鍵をかけ、ベッドの上に身を投げ出した。
『―――アキ!ねぇ、開けてよ、アキ!!』
部屋の扉をどんどんと叩きながら、ムウが俺を呼んでいた。
耳を塞いでも、ムウの声は俺の心に響いてくる。
―――みっともない。
俺はなんてみっともないんだ。
あんなこと言うつもりじゃなかった。
ムウがリロイのことを尊敬しているのはわかっているし、体の関係があったとしたって、今は俺のことを想ってくれてるって、信じていたつもりだった。
ムウがリロイに会いに行くのだって、それは兄弟として当然のことだって、理解してるつもりだった。
けど全然違う。
俺はずっと、リロイに嫉妬してた。
リロイに会いに行くムウを、許してなんかいなかったんだ・・・・・。
青ざめた顔で涙を流すムウ。
―――リロイに抱かれてる。
それを俺が口にしたとき、ムウが心からショックを受けているのがわかった。
きっと、それだけは隠しておきたかったのだろう。
きっと、俺には知られたくなかったのだろう・・・・・
『アキ・・・・聞いて、アキ・・・・俺は、アキが好きだよ・・・・・大好きだよ・・・・・愛してるんだ・・・・・』
ムウの、囁くような声がずっと響いていた。
扉の外で、まだ裸のままでいるんだろうか。
『アキ・・・・ごめんね・・・・リロイのこと・・・・・黙っててごめん・・・・・ごめんなさい・・・・・』
泣き声に交じり、『カシャン』という小さな音が聞こえる。
水晶が床に落ちる音だ。
きっと床は水晶だらけになってる。
『でも・・・・昨日のあれは、リロイにやられたんじゃないよ。それは・・・本当だから・・・』
どれくらい時間が経ったのか。
気付くと、家の中は静かになっていた。
俺はベッドの上で膝を抱えていたけれど―――
「・・・・・ムウ・・・・・?」
まだ部屋の前にいるのだろうか・・・・?
俺はそっとベッドを下りると、扉の前まで行って耳を澄ませた。
「ムウ・・・・?いるの・・・・・?」
そっと、ドアを開けてみた。
そこに、ムウの姿はなかった。
床にはムウの流した水晶の涙が―――
「ムウ?」
廊下に出て、あたりを見回して―――
玄関の扉が少しだけ開いていることに気付いた俺は、はっとして玄関に飛び出した。
―――ムウの靴が、ない・・・・
もう一度風呂場へ戻ると、ムウのために出しておいたスウェットがなくなっていた。
―――スウェットで、外へ出たのか・・・・・?
俺はもう一度自分の部屋へ戻ると、急いで服を着て携帯と財布だけコートのポケットに突っ込むとそのまま自宅を飛び出した。
ムウは、1人で外に出たことがない。
どこかへ行くときは必ず俺と一緒で―――
なにか珍しいものを見つけてはすぐに寄り道したがって、なんにでも触れたがるムウ。
子供みたいに無邪気で、好奇心旺盛で―――
それでいて、絶対に俺から離れようとしない。
俺の服の裾を掴み、片時も離れないようにくっついて歩いていた。
怖がりで、寂しがり屋のムウ・・・・・。
どうして、1人で外に出ていった・・・・?
夜の街は、昼間とは全く違う顔を見せていた。
俺はいつの間にか、見たことのないネオンで輝く街の中を歩いていた。
どうしたらいいかわからなかった。
アキに、リロイとの関係を知られてしまった。
アキには、知られたくなかった。
だってきっと、アキに嫌われると思ったから。
リロイは兄さんだ。
その兄さんと―――
軽蔑されたんじゃないか。
きっともう、嫌われてる。
部屋から出て来てくれないのがその答えだと言っているようで、俺は家を飛び出した。
もう、あの家には帰れない。
そう思った。
アキともう会えないということが、悲しくて仕方なかった。
リロイを助けることもできない。
俺はやっぱりできそこないだ。
1人では、何もできないのだ・・・・・。
「あれぇ、お兄ちゃん、ずいぶん薄着だけどどうしたの?」
突然、目の前に黒いコートを着た太った男が現れた。
「こんな寒空に、そんなスウェットだけで歩いてたら風邪ひくよぉ。どうしたの?彼女と喧嘩でもして追い出されちゃったか?」
にやにやと笑いながら俺の体を上から下までじろじろと眺めるその男の視線が気持ち悪くて、俺はそのまま通り過ぎようとした。
「あれ、ちょっと待ってよ。ねえお金に困ってるんじゃないのぉ?俺が仕事紹介してあげようか?お兄ちゃんみたいにきれいな子だったらすぐに稼がせてあげるよ」
「―――お金なんて―――」
「お金に興味がないの?欲が無いねえ。じゃあ女は?いい女、紹介してあげようか?―――あ!それともあんた・・・・こっちか?」
「え・・・・・?」
男がいやらしい笑みを浮かべ、声をひそめる。
俺はわけがわからず首を傾げたけれど―――
「へへへ・・・あんたみたいなきれいな顔だったら、すぐに客が見つかると思うぜえ。なぁ、どうだ?金も愛も、欲しいものは全部手に入るぜ?」
「愛・・・・・?」
愛が、手に入る・・・・?そんなに簡単に・・・・?
愛が手に入れば・・・・・リロイを助けられる・・・・・?
俺は手を引っ張られるまま、その男のあとについて行った。
もう、アキの元へ帰ることはできない。
そんな思いが溢れて来て涙がこぼれそうになり―――
慌てて首を振る。
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