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第8話
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「はい、かんぱ~い」
2つのグラスが触れ合い、涼しげな音を鳴らす。
皐月は満足そうに、グラスに注がれたビールを飲んだ。
「―――何から話す?陽介のこと?」
「そうだね。佐々木さんを殺す動機のありそうな人物に心当たりはないって言ってたけど・・・・・」
「・・・・うん」
「―――河合さん、は、どう?」
その名前が出てくることは予測していたのか、皐月はちらりと俺を見て、微かに笑った。
「それは、ないよ」
「どうしてそう言い切れる?佐々木さんは皐月のことが好きだったんだろ?河合さんを見る限り、彼も皐月のことを―――」
「・・・・・それでも、ない。あの2人は、俺と出会う前からずっと友達だった。たまにけんかすることはあっても、殺したいほど憎むことなんて、あり得ない」
「・・・河合さんの気持ちは、知ってるんだ?」
俺の言葉に、皐月の瞳が切なげに揺れた。
皐月も・・・・・河合のことが、好きなんだろうか・・・・・?
俺の胸が、きしむように痛む。
―――どうかしてる。相手は男だっていうのに。しかも、キスを挨拶程度にしか考えていない、誰とでもキスできるような男だ。
かすめるような、触れるだけのキス。
皐月にとっては、きっと本当にあいさつ程度のものなんだ。
だけど俺にとっては・・・・・
まだ、触れた唇が、熱かった・・・・・。
「―――浩斗くんは、すごい人だよ。頭が良くて、仕事もできて、優しくて、頼りになって・・・・・あんなに非の打ちどころのない人はいない。俺にとっては・・・・・憧れ、かな」
「憧れ・・・・・?」
「うん。いつでも俺の一歩前を歩いてる人。ときどき遅れそうになる俺に、手を差しのべてくれる。でも・・・・俺は彼の横には並べない」
「それは、どうして?河合さんはそれを望んでるだろう?」
「どうしてって・・・・・明確な理由が必要?たとえば・・・・・稔にとって、関さんはどんな存在?」
急に関の名前が出て、俺は目を瞬かせた。
「関?どんなって・・・・・後輩だよ。話も合うし、一緒にいて楽しい。気の合わない同僚と組むよりもずっと気楽で、何でも話せるやつ・・・・かな」
「ふふ、そんな感じだね。でも、関さんが稔のことを好きで恋人になりたいって言ったらどう?付き合える?」
「ええ?それは無理だろ!」
「でしょ?いくら気の合う相手だって、恋人になれるかどうかは別問題。どんなに好きでも、憧れてても―――そこに恋愛感情がなければ恋人にはなれないよ」
「―――それは、佐々木さんに対してもそうだった?」
「うん・・・・・。陽介は、いい奴だったよ、すごく。話も合うし、一緒にいて楽しかった。でも・・・・俺にとって、陽介は親友であって、恋人じゃない・・・・・。陽介には、何度も告白されたよ。一緒に住もうって言われたこともある。今度、2人で住むための部屋を探すからって」
「2人で・・・・・」
「日本では同性同士の結婚は認められてないから、せめて一緒に住みたいって言われたんだ。だけど、俺にはそんな気なかったし・・・・陽介は、浩斗くんにも話したみたいだけど、もちろん反対されたって」
―――それは・・・・・あの、戸田の店でウェイトレスが聞いた話だろうか?
「陽介はね、俺のためなら何だってしてくれた。俺が困ったりしていれば、すぐに助けてくれた。それは、俺にとっては嬉しいっていうよりも、なんだか申し訳ない気持ちになって―――」
そこまで言うと、皐月は急に言葉を切った。
「―――気になることがあるんだ」
「気になること?」
「俺がいたホストクラブのオーナー。俺をホストにスカウトした男・・・・安井さんって言うんだけど」
「安井・・・・・」
「俺がホストを辞めてからも、結構しつこく俺に連絡して来てたんだ。戻って来いって」
その時のことを思い出したのか、皐月は少し辛そうに目を伏せた。
「俺は何度も断った。だけど、なかなかあきらめてくれなくて。それを、陽介に相談してたんだけど・・・・・3ヶ月くらい前から、急に安井さんからの連絡が来なくなった」
「佐々木が、安井に何かしたと?」
「わからない。陽介に聞いても言ってくれなかった。もう大丈夫だからって言うだけで・・・・」
―――もう大丈夫・・・・・
「安井さんには、感謝してたんだ。何をしてもうまくいかなくて、路頭に迷うところを救ってもらった。ホストの仕事は苦手だったけど、いい経験にはなったと思ってる。お金も稼げたし。でも、やっぱり長くやれる仕事じゃない。順位争いも、嫌いだった」
安井への恩を感じて、なかなかやめられなかったホストの仕事から、抜け出させてくれたのが佐々木だ。
佐々木にも恩を感じているのだろう。
皐月は、見た目よりもずっと律儀で義理堅い男のようだった。
「やめられたときは、安井さんには悪いけどほっとしたんだ。だから、何度も俺に戻るように説得しに来る安井んには本当に困ってた」
しつこく皐月のところに来ていた安井が、佐々木に相談してからは来なくなった・・・・・。
確かに、引っかかる。
「―――明日、安井を調べてみるよ」
「―――うん」
皐月は、ちょっと複雑そうな顔で頷いた。
安井に対して、申し訳ないという気持ちがあるのだろう。
「―――さて、今日はもう遅いから寝よう。俺の部屋使っていいから」
そう言って立ち上がった俺を、皐月は不思議そうに見上げた。
「稔は?どこで寝んの?」
「え・・・・・そこのソファー・・・・だけど」
余分な布団は置いてなかった。
「なんで?一緒に寝ようよ」
「・・・・・・・・は?」
「稔のベッド、結構大きいでしょ?たぶん一緒に寝られるよ」
「え・・・・何でベッドの大きさ・・・・じゃなくて、だって」
一緒にって・・・・・ええ!?
「いこ」
そう言うと、皐月は俺の手を取り歩き出した。
「ちょ―――ちょっと、待って!」
「何?」
皐月は足を止めず、振り向かずにそう聞く。
向かってるのは、俺の寝室だ。
「あの・・・・皐月ってさ、その・・・・・同性愛者・・・・なの?」
皐月の足が、ぴたりと止まる。
ずっと聞こうと思っていたのだが、皐月を傷つけてしまうんじゃないかと思うと、何と言って切り出せばいいのかわからなかった。
皐月は振り向き、俺をじっと見た。
「―――俺がゲイだったら、一緒には寝れない?」
「え・・・・・・」
「・・・・・俺、昔から、性別って気にしたことないんだ」
「気にしたことがない?」
「そう。男とか、女とか・・・・好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。男でも、女でも・・・・。男に告白されても気持ち悪いと思ったことはないから、一応ゲイなのかな。自分でも、良くわからない。稔は・・・・そういうの、理解してくれるかなって思ったんだけど」
そう言って皐月は、切なげに微笑んだ。
それが、とても寂しそうで・・・・・俺の胸が痛んだ・・・・・。
「―――いいよ、俺がソファーで寝るから、稔、自分の部屋で寝なよ」
「え、いや、俺は―――」
皐月は俺に背を向けると、ソファーにごろりと横になった。
「俺のことは、気にしないでいいよ。明日は自分ちに戻るし」
「でも、まだ犯人つかまってないし・・・・・」
「じゃ、浩斗くんのとこにいくよ」
ずきんと、胸が痛んだ。
この胸の痛みの正体に、俺はもう気付いてる。
そんなこと、あり得ないって、思ってたけど・・・・・
「皐月」
「ん?」
瞑っていた目を開け、俺を見る皐月。
俺は、躊躇することなく言った。
「一緒に、寝よう」
2つのグラスが触れ合い、涼しげな音を鳴らす。
皐月は満足そうに、グラスに注がれたビールを飲んだ。
「―――何から話す?陽介のこと?」
「そうだね。佐々木さんを殺す動機のありそうな人物に心当たりはないって言ってたけど・・・・・」
「・・・・うん」
「―――河合さん、は、どう?」
その名前が出てくることは予測していたのか、皐月はちらりと俺を見て、微かに笑った。
「それは、ないよ」
「どうしてそう言い切れる?佐々木さんは皐月のことが好きだったんだろ?河合さんを見る限り、彼も皐月のことを―――」
「・・・・・それでも、ない。あの2人は、俺と出会う前からずっと友達だった。たまにけんかすることはあっても、殺したいほど憎むことなんて、あり得ない」
「・・・河合さんの気持ちは、知ってるんだ?」
俺の言葉に、皐月の瞳が切なげに揺れた。
皐月も・・・・・河合のことが、好きなんだろうか・・・・・?
俺の胸が、きしむように痛む。
―――どうかしてる。相手は男だっていうのに。しかも、キスを挨拶程度にしか考えていない、誰とでもキスできるような男だ。
かすめるような、触れるだけのキス。
皐月にとっては、きっと本当にあいさつ程度のものなんだ。
だけど俺にとっては・・・・・
まだ、触れた唇が、熱かった・・・・・。
「―――浩斗くんは、すごい人だよ。頭が良くて、仕事もできて、優しくて、頼りになって・・・・・あんなに非の打ちどころのない人はいない。俺にとっては・・・・・憧れ、かな」
「憧れ・・・・・?」
「うん。いつでも俺の一歩前を歩いてる人。ときどき遅れそうになる俺に、手を差しのべてくれる。でも・・・・俺は彼の横には並べない」
「それは、どうして?河合さんはそれを望んでるだろう?」
「どうしてって・・・・・明確な理由が必要?たとえば・・・・・稔にとって、関さんはどんな存在?」
急に関の名前が出て、俺は目を瞬かせた。
「関?どんなって・・・・・後輩だよ。話も合うし、一緒にいて楽しい。気の合わない同僚と組むよりもずっと気楽で、何でも話せるやつ・・・・かな」
「ふふ、そんな感じだね。でも、関さんが稔のことを好きで恋人になりたいって言ったらどう?付き合える?」
「ええ?それは無理だろ!」
「でしょ?いくら気の合う相手だって、恋人になれるかどうかは別問題。どんなに好きでも、憧れてても―――そこに恋愛感情がなければ恋人にはなれないよ」
「―――それは、佐々木さんに対してもそうだった?」
「うん・・・・・。陽介は、いい奴だったよ、すごく。話も合うし、一緒にいて楽しかった。でも・・・・俺にとって、陽介は親友であって、恋人じゃない・・・・・。陽介には、何度も告白されたよ。一緒に住もうって言われたこともある。今度、2人で住むための部屋を探すからって」
「2人で・・・・・」
「日本では同性同士の結婚は認められてないから、せめて一緒に住みたいって言われたんだ。だけど、俺にはそんな気なかったし・・・・陽介は、浩斗くんにも話したみたいだけど、もちろん反対されたって」
―――それは・・・・・あの、戸田の店でウェイトレスが聞いた話だろうか?
「陽介はね、俺のためなら何だってしてくれた。俺が困ったりしていれば、すぐに助けてくれた。それは、俺にとっては嬉しいっていうよりも、なんだか申し訳ない気持ちになって―――」
そこまで言うと、皐月は急に言葉を切った。
「―――気になることがあるんだ」
「気になること?」
「俺がいたホストクラブのオーナー。俺をホストにスカウトした男・・・・安井さんって言うんだけど」
「安井・・・・・」
「俺がホストを辞めてからも、結構しつこく俺に連絡して来てたんだ。戻って来いって」
その時のことを思い出したのか、皐月は少し辛そうに目を伏せた。
「俺は何度も断った。だけど、なかなかあきらめてくれなくて。それを、陽介に相談してたんだけど・・・・・3ヶ月くらい前から、急に安井さんからの連絡が来なくなった」
「佐々木が、安井に何かしたと?」
「わからない。陽介に聞いても言ってくれなかった。もう大丈夫だからって言うだけで・・・・」
―――もう大丈夫・・・・・
「安井さんには、感謝してたんだ。何をしてもうまくいかなくて、路頭に迷うところを救ってもらった。ホストの仕事は苦手だったけど、いい経験にはなったと思ってる。お金も稼げたし。でも、やっぱり長くやれる仕事じゃない。順位争いも、嫌いだった」
安井への恩を感じて、なかなかやめられなかったホストの仕事から、抜け出させてくれたのが佐々木だ。
佐々木にも恩を感じているのだろう。
皐月は、見た目よりもずっと律儀で義理堅い男のようだった。
「やめられたときは、安井さんには悪いけどほっとしたんだ。だから、何度も俺に戻るように説得しに来る安井んには本当に困ってた」
しつこく皐月のところに来ていた安井が、佐々木に相談してからは来なくなった・・・・・。
確かに、引っかかる。
「―――明日、安井を調べてみるよ」
「―――うん」
皐月は、ちょっと複雑そうな顔で頷いた。
安井に対して、申し訳ないという気持ちがあるのだろう。
「―――さて、今日はもう遅いから寝よう。俺の部屋使っていいから」
そう言って立ち上がった俺を、皐月は不思議そうに見上げた。
「稔は?どこで寝んの?」
「え・・・・・そこのソファー・・・・だけど」
余分な布団は置いてなかった。
「なんで?一緒に寝ようよ」
「・・・・・・・・は?」
「稔のベッド、結構大きいでしょ?たぶん一緒に寝られるよ」
「え・・・・何でベッドの大きさ・・・・じゃなくて、だって」
一緒にって・・・・・ええ!?
「いこ」
そう言うと、皐月は俺の手を取り歩き出した。
「ちょ―――ちょっと、待って!」
「何?」
皐月は足を止めず、振り向かずにそう聞く。
向かってるのは、俺の寝室だ。
「あの・・・・皐月ってさ、その・・・・・同性愛者・・・・なの?」
皐月の足が、ぴたりと止まる。
ずっと聞こうと思っていたのだが、皐月を傷つけてしまうんじゃないかと思うと、何と言って切り出せばいいのかわからなかった。
皐月は振り向き、俺をじっと見た。
「―――俺がゲイだったら、一緒には寝れない?」
「え・・・・・・」
「・・・・・俺、昔から、性別って気にしたことないんだ」
「気にしたことがない?」
「そう。男とか、女とか・・・・好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。男でも、女でも・・・・。男に告白されても気持ち悪いと思ったことはないから、一応ゲイなのかな。自分でも、良くわからない。稔は・・・・そういうの、理解してくれるかなって思ったんだけど」
そう言って皐月は、切なげに微笑んだ。
それが、とても寂しそうで・・・・・俺の胸が痛んだ・・・・・。
「―――いいよ、俺がソファーで寝るから、稔、自分の部屋で寝なよ」
「え、いや、俺は―――」
皐月は俺に背を向けると、ソファーにごろりと横になった。
「俺のことは、気にしないでいいよ。明日は自分ちに戻るし」
「でも、まだ犯人つかまってないし・・・・・」
「じゃ、浩斗くんのとこにいくよ」
ずきんと、胸が痛んだ。
この胸の痛みの正体に、俺はもう気付いてる。
そんなこと、あり得ないって、思ってたけど・・・・・
「皐月」
「ん?」
瞑っていた目を開け、俺を見る皐月。
俺は、躊躇することなく言った。
「一緒に、寝よう」
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