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3章 なつなの初恋
閑話 龍王と五属龍
しおりを挟むシオンとライナスが対峙している頃、コハクと入れ替わりに名残惜しくも寝室を出た龍王レイは、彼らがいる廊下とは反対の廊下へと繋がる扉を出る。
そして暫く歩き、ある扉の前に立つとノックも何もせずに、その中へと入っていく。
「急に呼び出してすまないね。」
気安い口調でそう声をかければ、彼が入ってくる前から気配を感じ取り、起立して頭を下げていた面々は、揃ってそれぞれ頭を上げた。
「なに、構いませぬ。このところ、世界は安定を保っておりますゆえ。」
「これもサーナが戻ったお陰だろう。」
その中から、年長者である2人――雷龍エドガーと炎龍アルウィンが口を開けば、そんな彼らに続いて涼やかな声が響く。
「けれど、まだライナスがきていない。それにこの急に変化した空模様…サーナに何かあったのですね?」
窓の外を伺いながらそう言った氷龍レーククラストに、龍王はそれぞれに着席を促しながら、自分も上座にある椅子へと腰掛ける。
そして龍王は暫く瞳をとじたまま、口を開くことはなかった。
まるで、抑えきれない感情を言葉にしてしまいそうな自分を戒めるように。
「僕が呼び出した理由は、それだよ。――サーナとライナスの件だ。」
漸く龍王が口を開いた時には、その声には冷静さが感じ取れた。
そしてその言葉を聞き、彼らは各々様々な表情を見せる。
憂う表情を見せる者、納得の表情を見せる者、どこか複雑な表情を見せる者。
そしてその中でも、比較的表情を変えることなく、冷静な反応を示し、問いを投げかける者がいた。
「2人に、何かございましたか?順調に関係を築いているように、我には見えましたが。」
「オルガ、確かに…僕も不本意ながらそう思っていた。僕の認否に関係なく、2人はいい関係を築いていると。…だが、そうではなかった。」
「…と、言うと?」
「――ライナスが、サーナの心を傷つけた。」
その龍王の一言で、ざわりと動く空気。
さすがの龍王も、その事実を口にするには感情を抑えきれないようで。
どうやらそれは、他の面々も同じだった様子。
途端に張り詰める空気に、それを割くように零される、少し高いテノール。
「…だから、空が泣いているんだ。風が怒っているんだ。サーナ姉さんが、傷ついて泣いているから…」
そう呟いて、まるで自分のことのように今にも泣きそうな表情で、俯いた風龍セーゼシルフィの頭を撫で、地龍オールガルディアは龍王を見る。
「…しかし、解せませぬ。ライナスのサーナへの溺愛ぶりは、この白王宮では既に周知の事実。あやつが自分からサーナを傷つけるとは、我には到底思えませんが…」
「…僕も、今日まで気づくことが出来なかった。サーナが泣いている姿を見るまでは。どこかサーナの様子がおかしいと、不審に思っていたのに。——けれど、確かだ。『見て』確認したからね。」
その言葉にまたざわりとする空気を一度落ち着かせてから、炎龍は頬杖をつき、龍王に問いかけた。
「——で、王。あいつは、俺達の可愛いサーナに何してくれたの。」
口調こそ軽いが、その瞳は明らかな怒りや憤りを孕んでいて、そんな炎龍を一瞥してから龍王は立ち上がると、円卓に座る彼ら一人一人に歩み寄り、額を触れ合わせ、記憶の共有を図る。
そして全員にそれを行い、龍王がまた椅子へと腰掛けた頃、彼ら5人は様々な表情をしながらも、やはりどこか怒りや憤りを孕み、呆れた瞳をしてそれぞれに息を吐いた。
「…やれやれ。ライナスにも心があったと喜ぶべきか、さて…」
「エドガー、心があっても莫迦になって貰っちゃ困るんだよ。サーナがあいつを好きなら余計だ。」
「…ただの莫迦だな、あれは。」
「レックス、あれは狭量というんだ。恋に翻弄され…愚かになったものだ。」
「…僕、ライナス兄さん嫌いになった。」
ぽつりとそう呟いた年若い風龍に、年長者の2人は苦笑いを零し、炎龍は優しく頭を撫でた。
「まあ、セシル。そう言ってやるな、大人になればお前も分かる。サーナを傷つけたことには、どれだけでも文句を言ってやれ。あいつにはいい薬だ。」
「…はい、兄さん。」
自分の言葉に素直に頷いた風龍に笑いかけ、炎龍はその視線を龍王に移す。
「それで?俺達はどうすればいい、王。サーナのために、愛に溺れた愚かで憎たらしい義弟のために。」
揶揄するような口ぶりで、確信して問いかけた炎龍に龍王は一度瞼を伏せ、深い息を吐いてから口を開いた。
「――君達には、傷ついたサーナの心を癒やす、助けになって欲しい。」
「助け?」
「ライナスには、勅命状を出した。サーナへの一切の接触を禁じ、私室への謹慎を命じる、と。サーナがライナスを許し、会いたいと望むまでは…」
「へえ。まあ、そうまでしなきゃ乗り込みかねないか。」
「サーナのことに関しては、ライナスは猛進するからな。賢明なご判断だ。」
「…でも、いいんですか?王。それでは、結果的に2人の仲を結びつけることになるのでは…」
氷龍のその問いかけに龍王は複雑そうな表情を浮かべながらも、頷いてみせる。
「…いいんだ。僕には、サーナに泣かれる方が辛いんだよ。実際のところ、王太子が横入りしたせいで要らぬ誤解を生んでしまったことが今回の原因であり、今回のことがなければ、いつかはそういう結果になっていたかもしれない。」
「……」
「それに、サーナがライナスを好きになってしまった以上…下手に邪魔をして、嫌われたくはないしね。」
「確かに…」
「サーナは、素直で心の優しい娘ですからな。」
「僕も…姉さんには嫌われたくないから、兄さんには何もしないことにする。」
「ライナスにも、己を省みる時間は必要でしょう。我は見守るのみです。」
「あーあ、暫くすれば可愛いサーナはライナスの独り占めかー。…気に食わないから、この機会にサーナを遊びに連れ出すか。」
頬杖をついたまま、ため息混じりにそう言った炎龍の提案に、各々度合いはあれど、同意するように頷いてみせる。
「なら、セレナの森はどうだ。今は、ちょうど草原一面のセレニームの花が見頃だろう。」
「フェルディの滝もいいでしょう。あの辺りは、氷雪樹が年中見られます。きっと、サーナのいた世界にはない光景でしょうし。」
「――ナルーナの丘も悪くないかと。あの丘から見える星空は素晴らしいですから。」
「…オルガ兄さん。みんなで、ピクニックもいいんじゃないかな。」
「ふむ…なるほど。」
「お、セシルいい考えだな。サーナの気分転換にもなるだろ。」
途端にわいわいと盛り上がる面々に、龍王は息を吐いて、一言牽制するように告げた。
「――言っておくけど、サーナを誘う時は2人きりは避けて。いくらシオン達が一緒でも、まだサーナは、『僕』のサーナだからね。」
協調するようにそう話し、初めての外出は絶対に譲らない、と告げた龍王の寵愛ぶりに、属龍達は苦笑いを漏らしながら了承したのだった。
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