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第三章 ブルーノ侯爵領

第八十二話 サトーのナンパ撃退劇場

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「はあ、何かやるせないなあ」
「どうしたのか、サトーよ」
「バスク領で助けられた子どもがいて、今回の様に傷を負った子どもがいる。多分殺された子どもいるだろう。ままならないなと」
「しょうがあるまい。全てを救うことはできぬ」
「今はできる事をただやるのみ。分かってはいるのだけどね」
  
 翌朝、国王陛下からの連絡を俺の部屋に伝えにきたビアンカ殿下と、連絡内容の確認の前に話をしていた。
 こればっかりは、いくら考えても中々上手くいかない物だな。

「そんなサトーに連絡じゃ。本日バスク領から小隊が出発するという。明日夕方までには着くじゃろう。後はギルドから調査官と担当者が、国教会からは教会騎士団がブルーノ侯爵領に向かっているそうじゃ」
「随分と色々な所から勢ぞろいですね」
「ギルドと教会の調査は、こちらでは出来ぬのでな。ギルドと教会騎士団も明日の夕方には着く。そしてアルスお兄様達の飛龍部隊も、明日の夕方には着くそうじゃ」
「誕生パーティーを舞台にして、一気に関係者を取り押さえるつもりですね」
「うむ。此度の違法奴隷の虐待の件は、父上もかなり怒っておる。横領などとは別に調査するらしいのう」
「内容が内容だけに、俺からもキッチリ裁いて貰いたいです」
「そうじゃな。普通は子どもの為にそこまで調べぬその夫人の子どもも、今回は大人と同じ取り調べを予定している。ケリはつけぬといかんのじゃ」

 そういえば、この領主夫人の子どもとビアンカ殿下は同い年か。
 いくらビアンカ殿下が聡いとはいえ、それだけに夫人の息子のクズっぷりが目立つな。
 この際親子共々、キッチリ地獄に落ちてもらおう。

「サトー、行ってくるね」
「サトーお姉ちゃん、行ってくるよ」
「無理はしないでね」

 リーフとタラちゃんに、スラタロウとタコヤキが領主邸に向けて出発した。
 運搬役にヤキトリとサファイアとショコラも着いていく。
 少しでも、怪我をしている子ども達の具合が良くなってほしい。

 ポチとフランソワは、引き続きワース商会に行く。
 どうも店内にかなりの武器を隠しているらしく、今の内に糸でグルグル巻きにして使えなくするそうだ。
 なので、宿の護衛は馬一頭にホワイト。オース商会の護衛はもう一頭の馬とシルで行う。
 いくらワース商会が派手な行動を控えているとはいえ、何かをしてくるのは否定できないな。

「私達も行ってきます」

 今日自治組織に向かうのは、エステル殿下とリンさんとオリガさんとマリリさん。
 明日の事について、色々打ち合わせをするとのこと。
 俺とルキアさんはパーティーの方にいくので、今回のワース商会とかの対応はリンさんとかにお任せになってしまうな。
 今日の夜にでも、みんなで再度打ち合わせを行おう。

「おはようございます、クレアさん」
「おはようございます、サトーさん。今日はミケちゃん以外は別の人なんですね」
「はい、ビアンカさんとルキアさんです。昨日と同じく陳列と補充を手伝ってもらいます」
「助かるわ、昨日は物凄く売れたから、今日も補充専任は非常に助かるの」

 ということで、今日はビアンカ殿下とルキアさんがオース商会の手伝いに。
 ビアンカ殿下とルキアさんはここのところ調査とかで忙しく、また昨日の話の件もあるのでここは気分転換にということです。

「品物の補充なら大丈夫です。サトー様も接客を頑張ってください」
「あの有名な美人店員の接客を間近で見れるのじゃ。妾はある意味幸運と言えよう」

 ビアンカ殿下が何か言っているが、取り敢えず補充を頑張ってほしい。
 二人とも覚悟してくださいね、補充も忙しいですよ。

「いらっしゃい!」
「今日もミケちゃんは元気ね」
「うん、いつも元気だよ!」
「がはは、威勢がいいからこっちまで元気になっちまうよ」
「ミケちゃん、今日も頑張ってね」
「ミケ、頑張るよ!」

 相変わらずミケは人気者だ。
 色々な人から頭を撫でられたり、褒められたりしている。
 いかつい筋肉ムキムキの冒険者のおっさんも、ミケの前じゃ顔がデレデレだ。

「いいわね、ミケちゃん元気があって明るくて。私にもミケちゃんが欲しいわ」
「あはは、流石にミケはあげないですよ」
「ですよね。あんなにお姉ちゃんに懐いていて、とっても可愛いわ」

 今日も大阪のおばちゃん風の人と世間話。
 おばちゃんは、店頭の声かけしているミケを見てデレデレになっている。

「そういえば店員さんは美人だから、まさか明日の領主の跡取りの誕生パーティーに呼ばれてないよね?」
「いえ、実は招待状が来ていまして、行く予定です」
「ええ! 行くなら注意しないと。あの領主夫人は美人がいると、息子の嫁にと声をかけるから」
「そうなんですか? 私は婚約者みたいな人がいるので無理ですね」
「美人だと、もういい人がいるのね。でも気をつけなね。嫁の誘いを断って、その後行方不明になった女の子が何人もいるから。この街じゃ有名な話よ」
「それは怖いですね。忠告ありがとうございます」

 おお、流石おばちゃんネットワーク。いいネタが入ったぞ。
 あの親子らしい、いかにもという内容だな。
 これは違法奴隷の件とは別に調査対象になるぞ。
 もしかしたら、囚われて違法奴隷と同じく地下牢にいるかもしれない。
 明日の救出作戦の時に、救出者の確認で対象者がいないかお願いしよう。

「似たような話なら俺も知っているぜ。あの領主夫人は若い男が好きで、たまにワース商会にさらわせているって話だぜ」
「その話はあたしも聞いたわね。中々怖い話だよ」
「ああ、世も末だ。おらあ中年だから大丈夫だけどなあ」
「とても怖い話ですね。身震いがしますわ」

 今度は小太りの調子のいいおっちゃんからの話だ。
 おばさんが若い男なんて集めて、一体どうするつもりなんだよ。
 本当に、あの親子のやることは訳が分からないな。

「サトー様は凄いですね」
「流石は美人店員じゃ。客の方から次々と情報が入ってくるぞ」

 二人とも、美人店員とか関係なく井戸端会議の延長かと思うよ。
 どこにでも噂好きな人とかは結構いるし。

 その後も相変わらずの盛況ぶりで、ビアンカ殿下とルキアさんも大忙し。
 ミケの声かけの反応もよく、俺も接客を頑張っているけど、本当にお客の入りが良いな。
 ワース商会からの妨害もないし、本当に良いことだ。
 そんな風に思っていたら、久々にトラブルがやってきました。

「お、姉ちゃん美人だね。これから一緒にデートなんてどう?」
「仕事中ですので」
「仕事なんて他の店員に任せればいいじゃん。だから一緒にデート行こう」
「申し訳ないですが、お断りします」
「またまた。客がいる前だから恥ずかしがっているんでしょ。本当は俺に一目惚れしているんじゃない?」
「そのような事はありません。仕事に戻ります」

 嗚呼、いたよバカが。
 あの城門にいたナンパ野郎が。
 確かこいつ、ルキアにも二回もナンパしていたな。
 いかにも尻軽そうな服装を着て似合わない笑顔を浮かべて、俺に軽々しく話しかけてきた。
 髪を手でかき分け視線を流しながら喋る姿に、思わず吐き気がしそうだ。
 このナンパ野郎は、周囲の目線を全く気にせずに声をかけてくる。
 ふと周りを見たら、シルと馬から殺気が出ている。
 ミケも怒り顔だし、俺の後ろにいるビアンカ殿下とルキアさんからも殺気が出ている。
 しかしナンパ野郎は全く気が付かないのか、俺に声をかけていた。
 いい神経をしているな。

「いいじゃんよ。今からいこうぜ」
「やめて下さい。いい加減しつこいです」

 おい、いきなり俺の腕を掴んで強引に引っ張ってきたぞ。
 とっさにナンパ野郎の腕を振り払ったけど、ナンパ野郎はその時にバランスを崩して尻もちをついた。
 おお、足腰の訓練やってないな。
 そして、周りの客から失笑があがっていた。

「舐めているのかこのアマが。俺に喧嘩を売って。俺はワース商会と繋がっているんだぞ」

 ナンパ野郎は起き上がり顔を真っ赤にして、俺を睨みながら叫んできた。
 あーあ、とうとう言っちゃった。
 ワース商会と繋がっているなんて、それは禁句だよ。
 お、馬がナンパ野郎の後ろにこっそりと近づいてきた。
 周りの人も気がついて、ささっとナンパ野郎からスペースを取っている。

「だから、ワース商会が何ですか?」
「お前なんてあっという間に……ぐほ」

 ナンパ野郎が、あっという間に白目むいて崩れ落ちたぞ。
 口から泡を吹いてピクピクしている。
 ナンパ野郎の後ろには、右前脚を上げた馬が。
 つまり馬は、ナンパ野郎の背後から股間を蹴り上げたのだ。

「ふん、軟弱野郎だぞ」
「シル、宜しくね」
「主よ、任せるのだぞ」

 シルはナンパ野郎の片足を咥えて、ズルズルと引っ張って行く。
 シルがナンパ野郎をうつ伏せで引っ張っているから、自称美形のお顔がズリズリと地面と擦れている。
 いや、もしかしたら今よりももっと美形になれるかもしれない。
 そしてシルは、ナンパ野郎をワース商会の店先にポイッと捨ててきた。

「主よ、終わったぞ」
「シル、よくやったね」

 戻ったシルの頭を撫でてやり、馬も鼻先を撫でてやった。
 そしてお客さんに振り返って一言。

「ご静聴ありがとうございます」

 ついでにカーテシーのマネもしてみた。
 そうしたら、お客さんがわっと盛り上がり拍手喝采。

「姉ちゃんよくやった!」
「見ていてスカッとしたわ」
「あのナンパにも動じない冷静な口調もいいね」
「従魔とも、良く連携取れているわ」

 俺はお客さんに囲まれて、もみくちゃにされていた。
 馬とシルを褒めている人もいる。

「お姉ちゃん凄いね」
「あの対応なら、こちらに非はないでしょう」
「サトーも、大した役者ぶりじゃ」

 ミケもルキアさんもエステル殿下も、俺の対応に関心していた。

「流石はサトーさん、素敵ね」
「やはり女優の素質はあるわ」
「ああ、とても素晴らしい所が見られたわ」

 ネルさんとクレアさんとメルさんが何か言っているが、気にしないことにしよう。
 決して狙ってやったわけではない。
 上手く流れが繋がっただけですよ。
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