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第三章 ブルーノ侯爵領

第八十三話 明日に向けて

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「いやあ、下の売り場から何か争う声が聞こえたので様子を見に行きましたら、ちょうどサトー様がナンパを撃退する勇姿が見れまして」
「ははは、それはどうも」
「サトー様は街でうわさの美人店員であると同時に、舞台女優でもあられるのですね。サトー様の勇姿は、明日には街中の噂になっているでしょうな」

 閉店時間後にオース商会の二階執務室で、トルマさんと一緒にいます。
 オース商会手伝い組のミケとビアンカ殿下とルキアさんは、一足先に宿に帰りました。
 やはり、普段行わない仕事で疲れたようだ。
 トルマさんはとても興奮した様子で、店先であった俺のナンパ野郎の撃退ぶりを褒めていた。
 でもトルマさん。今の俺はただの女装男子です。男にナンパされた女装男子ってのもどうでしょうか。
 そして、また俺のことが街の噂になるのは勘弁してほしい。

「さて、明日の夕方は次期領主候補の誕生パーティーが開かれます。その為に、街のお店は全て半日で店じまいとなります」
「え? この街の全てお店ですか?」
「左様でございます」
「一体何のためにお店を、ってまさか息子の誕生日を街中で祝うとか?」
「その通りでございます。いやあ、サトー様は察しが早くて助かります」

 うわあ、本当にアホ親子だな。
 他の貴族は、毎年子どもの誕生日を街中で祝うとかしないだろう。
 せめて、跡取りが生まれた時くらいだろう。

「もちろん、奥様の誕生日も今回と同様に街中で祝う事になります。領主様の時は何も行われず、寂しい限りです」
「ああ、それは何となく想像できました。やはり親子なんですね」

 呆れるというかなんというか。
 ものすごく承認欲求が強いんだな。
 本音を言うとこんなアホ親子とは金輪際関わりたくはないけど、明日はガチバトルをしないと。
 特に、囚われているルキアさんのお父さんと子ども達の為に頑張らないと。

「私どもは、明日は夕方前に領主邸へ出発します。サトー様はいかがされますか?」
「俺達も同じ位に出発します。可能でしたら同行させて下さい」
「承りました。ではご用意ができ次第出発としましょう」

 領主邸へ向かう組はこれでいい。
 後は、ワース商会や教会に街中の守りを決めないと。
 今回は守る範囲が広いから、こちらも総力を出すことになるだろう。

 トルマさんとの話が終わり、宿に戻る。
 今日は俺も慣れないことをしたから、疲れたと感じていた。

「お姉ちゃん、おかえり」
「ただいまミケ。あれ? 他の人は?」
「明日の準備があるって、部屋にいるよ」
 
 あれ? 一階には食堂にミケが足をブラブラさせながら座っているだけで、他には誰もいない。
 他の人は明日の準備があるというが、シフト以外に準備ってあったっけ?
 と、思っていた所で二階からぞろぞろとみんながおりてきた。
 あれ? 服装がいつもと違うぞ。
 少なくとも今朝着ていた服ではないな。

「サトーさん、おかえりなさい」
「ただいま。えーっと、リンさんが今着ている服装は何ですか」
「これですか? 街娘の衣装です。街で買ったんですよ。明日の変装用ですね」

 みんなが着ているのは、普通に街中のお店で売っているような服だった。
 それなりの地位の人が多いからいつもはキッチリした服装が多く、こういう庶民的な服装は初めてだ。

「言わば木を隠すなら森と言うわけだね。この服装なら、一般の人と見分けはつかないと思うし」
「確かにこの服ならワース商会とかも騙せますし」
「あと、こういう服を着てみたかったんだよね。特にパーティーのドレスとかは、肩凝って嫌なんだよね」

 うん、エステル殿下の場合はどちらかと言うと後者だな。
 普段着られない服に憧れがあるんだろう。
 
「これからランドルフ侯爵領とかを移動することを考えると、こういうのも数着あってもいいですね」
「おお、サトーもそういう意見か。妾も同意見じゃ。隠密行動するにはバレぬ様にせんといかんのじゃ」
「服の変更は容易にできるので、中々容姿を変えるのは難しいですから」

 ビアンカ殿下も同意見か。
 街娘の服以外にも、いくつか服装を用意してもいいかも。
 俺も後でいくつか買っておこう。
 もちろん男用の服ですよ。
 しかしビアンカ殿下が、俺を見てニヤニヤしているのがとっても気になる。
 この顔は絶対に何か企んでいるぞ。

「そんなサトーさんに、私達からプレゼントです」
「あの、これはどう見てもみんなが着ているのと同じく女性の服装ですよね?」
「そうですよ」
「俺は男ですよ」
「はい、でも今のサトーさんは女性ですから」

 マリリさんがテーブルの上に取り出したのは、みんなが着ているのと同じ街娘衣装。
 俺が男だと言っても勧めてくる。
 だから、なんで女物の服なんですか!

「いやあ、サトーさんの女装が予想以上に評判で。今日のナンパ野郎撃退劇も、既に街中に広まっています」
「いや、あの。それはたまたま対応できただけであって。」
「既に王都の劇団のスター女優が、お忍びで商会で働いていると噂ですよ」

 俺の話が更に大きくなっている。
 美人店員からスター女優にランクアップしている。
 噂に尾びれに胸びれと背びれが付いている。
 一体どうしてこうなったんだ?

「そんなサトーさんだからこそ、この服装を着てもらいたい。着たら一体どのようになるか見てみたいのです」

 腰に手を当てて、ビシッと俺に指をさすマリリさん。
 他の人も、マリリさんの意見に同意してうんうんと頷いている。
 いや、頷かないで下さいよ。

「さあ、さっさと明日の話をするのじゃ。サトーの女装が明日で終わってしまうかもしれんぞ」
「それはマズイです。今の内にサトー様の女装姿を堪能しないと」 
 
 ビアンカ殿下がもっともらしい意見を言っているが、どう聞いても間違っているぞ。
 そしてルキアさんも拳を握り締めながら熱弁しないでください。
 そのままみんなで、俺の泊まっている部屋についてきた。

「明日は午前中でどの店も営業終了となるので、午後には着替えて誕生パーティーの準備をします」
「自治組織でも同じ事を言っていましたね。街中を飾り付けするそうですよ」
「エステル殿下にビアンカ殿下。毎年次期領主候補の誕生日を街中で祝うって、他の貴族で聞いたことはありますか?」
「そんな貴族聞いたことないですよ」
「妾もじゃ。もしかしたら貴族主義の貴族では行っている可能性はあるがな」

 エステル殿下もビアンカ殿下も聞いたことないとなると、殆どこんな事例はないだろうな。
 エステル殿下もビアンカ殿下も呆れていた。

「リーフとタラちゃん。今日は子ども達の様子はどうだった?」
「今日はいくぶん落ち着いていたよー」
「治療は暫く必要だね。でも今日で軽傷者は大丈夫かな?」
「よし、明日午前中も引き続き治療にあてよう。重傷の人とかをどうにかしないと」

 リーフとタラちゃんからの報告だと、子ども達も少し落ち着いて良かった。
 体のケアはもちろんだが、暫くは心のケアも必要だな。

「ポチはワース商会の武器は無効化出来た?」
「問題ありません。いざ使うとなった時には、やつらは慌てふためくでしょう」
「よし。では同じように、午前中に今度は城門のワース商会のやつらの武器を無効化しよう」

 ポチが言うなら、ワース商会は相当無効化出来ただろう。
 できるだけ無抵抗で制圧したい。
 いくら敵とはいえ、怪我人は極力少なくしないと。

「馬に念の為、街道の魔物を討伐させておこう。部隊の到着が遅れるのは避けたいし」
「あの馬なら問題ないでしょう」
「城門に手紙を咥えさせよう。反応が楽しみだ」

 馬はやりすぎないか心配だけど、ここ暫くのストレスも発散させないと。
 取り敢えず、午前中にこれだけやれば大丈夫だろう。
 後は誕生パーティー時のシフトを考えよう。

「午前中は俺はお店の手伝いをする予定です、ミケはどうする?」
「ミケお手伝いする!」
「だよね。他の人はどうします?」
「私はまだ手伝いしていないので、やってみたいです」
「それなら私も。是非サトーさんの美人店員振りを見てみたいです!」

 お店の手伝いは、俺とミケとオリガさんとマリリさん。
 マリリさんは、俺の接客姿という別の目的がありそうだけど。

「妾は特に予定はない。なら馬がいない分、宿の警備でもするかのう」
「そうだね、私も警備でもしようかな」

 ビアンカ殿下とエステル殿下は馬の代わりの警備に。
 馬の代わりの用心棒が人間ってなんだよ。

「私は自治組織に向かいます」
「私も一緒についていきます」

 リンさんとルキアさんは自治組織に行くという。
 特にルキアさんは、領主邸制圧後の事もあるだろうな。
 従魔組は、タラちゃんとリーフとヤキトリが領主邸へ。
 城門の対応にポチとスラタロウとサファイアにショコラで、徹底的に武器を使えなくするつもりらしい。
 後でちゃんとした人が使うから、武器は壊さなくていいからね。
 ワース商会へはフランソワとタコヤキで、牢を細工して救出しやすいようにするそうだ。
 シルはオース商会、ホワイトは宿の護衛にまわる。
 取り敢えず午前中はこれでいいな。

「ルキアさん、明日の誕生パーティーには自治組織の人は参加しますか?」
「何人か参加予定です。みなさん腕がたつ人みたいです」
「アルス王子の飛龍部隊もいるし、パーティー会場はそこまで人員割かなくても良さそうてすね」
「はい。囚われている人の救出作戦に人を割くべきかと」
「市中にも小隊がくるし、自治組織の自衛部隊もいる。こちらはワース商会で囚われている人の救出を優先するか」
「午前中にやるだけやりますし、ギルドと教会はそれぞれ派遣されている人に任せればと」

 ルキアさんもいるし自治組織もいるなら、こんな感じでどうかな。
 領主邸には俺とルキアさんに、ミケとビアンカ殿下とエステル殿下。
 従魔はシルとリーフに、スラタロウとタラちゃんとヤキトリ。
 そのうち、パーティーには俺とルキアさんとタラちゃんとヤキトリ。それ以外は救出作戦に。

「ミケは救出班だけど、街中にも魔物が出たらシルに乗って馬と一緒に倒してね」
「ミケにお任せだよ!」

 バスク領の様に何があるか分からないから、予備戦力も考えておこう。
 ワース商会には、リンさんとオリガさんとマリリさん。
 従魔は、タコヤキとサファイアとフランソワとポチにホワイトとショコラ。
 ただし、オリガさんとサファイアとショコラは、始めは城門にいてもらう。
 万が一、城門でワース商会によって小隊とかの足止めがされないように、部隊が通過するまで待機してもらう。
 
「ビアンカ殿下、エステル殿下。こんな布陣でどうでしょうか?」
「大丈夫じゃろ。万が一サトーとルキアに何かあっても、妾とお姉さまとで助けに行けるのう」
「サトーが主役なんだから頑張りなさい」

 エステル殿下、主役は俺でなくルキアさんですから。
 ビアンカ殿下もオッケー出したし、明日の布陣はこんなもんかな。
 もし何かあったら、臨機応変に動くしかないな。

「よし、明日の事も決まったし、これからメインイベントだね」
「メインイベント? 何かありましたっけ?」
「決まっているじゃない。サトーのファッションショーよ!」

 エステル殿下が立ち上がって、俺を指してきた。
 そして他の女性陣も立ち上がり、俺を包囲していく。

 がし。

 周りに注意していたら、誰かに後ろから羽交い締めにされた。振り向くとミケの笑顔が。

「ミケもお姉ちゃんのファッションショー見たい!」

 ミケはお店の接客の時以上に満面の笑みだ。

「ミケちゃんナイス! さあサトー、観念してね」

 エステル殿下を中心に、完全に囲まれた。
 最近こういう展開が多くないか?

「ふふふ、痛くないよ、痛くなーい」
「あわわわ……」

 その夜、女装男子の悲鳴がコマドリ亭に響いたらしい。
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