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第三章 ブルーノ侯爵領

第八十六話 サトーに求婚した領主夫人の息子

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 入場してきた人に度肝を抜かれたが、周りから不審に思われない様に笑顔で拍手する。
 ふと横を見たところ、リンさんも同じ様だった。
 だって出てきた人物が、前に飾っている肖像画と全く違うのだから。
 夫人は何もかもが超重量級で、ドレスもぱつんぱつんだ。
 てか、ドレスから肉が溢れ出ているぞ。
 見た目は金髪を編み込み、豪華なピンクのドレスに沢山の宝石を体中につけている。
 手に豪華な真っ赤な扇子を持っていて、常にあおいでいるのは他意がないと思いたい。
 息子は豪華な騎士服を着て、これまた豪華な剣を腰に下げている。
 そして八歳には見えない肥満児となっている。
 見た目は運動神経ゼロにしか見えず、あれじゃせっかくの豪華な剣も振れないだろう。
 いや、この息子は身体能力強化もあるかもしれないから、念の為に警戒は怠らないようにしないと。

「まずはご子息様より、ご挨拶を頂戴いたします」

 司会が、今回の主役である息子の挨拶があると告げた。
 一体どういうことを言うのか、とっても楽しみだ。

「みんな僕の誕生日に集まってくれてありがとう。いつも言っているけど、僕はこの国の支配者になるんだ。そして可愛い子をみんな僕のお嫁さんにするんだ」

 おいあのバカ息子、完全に中二病発言じゃないか。
 何だよ、この国の支配者になるとか、可愛い子を全て嫁にするとか。
 とんでもない妄想に取り憑かれているな。
 これも、あの母親の教育の賜物だ。
 隣のルキアさんも、表情はにこやかだけど目はあ然としている。
 上座では、ギルド長や国教会司祭に人神教国司祭がニヤニヤしながら拍手をしている。
 そりゃあんたらにとって、あの息子はいい金づるだもんな。

「ご子息様からの大変素晴らしい挨拶でした。今一度盛大な拍手をお願いします」

 会場から拍手を送られながら、意気揚々と歩いていくバカ息子。
 こりゃ確かに大物だ。
 もう将来はないけどな。

「続きまして、ご領主夫人様より乾杯のご挨拶です」
 
 あれ? 何で領主夫人が乾杯の挨拶をするの?
 普通こういう事は領主じゃないの?
 となると、完全にあの偽物領主は空気だな。

「今の僕ちゃんの言葉に感動してわたくしは涙が溢れそうです。これからもこの国の支配者になるために、大きく成長してもらいたいものです」

 俺は、あんたの言葉に感動して涙が出そうです。
 何だあの母親は。バカ息子を僕ちゃんかよ。
 しかも本気で息子をこの国の支配者にする気とは、親子揃って本物のバカだ。
 
「では、僕ちゃんのますますの成長と、ブルーノ侯爵がこの国の支配者になることを祈願して乾杯をします。乾杯!」
「「「乾杯!」」」

 素晴らしい挨拶で乾杯された。
 人格者ではないのは分かっていたけど、せめて実際に会うまでは最終的な判断をしないようにしていた。
 だか、この挨拶とギルドと国教会と人神教会の司祭の反応をみれば、もう遠慮はいらないと判断出来るだろう。

 そして乾杯の挨拶が終わったが、上座の一部しか料理とお酒に手を付けてない。
 殆どは、壁際でニコニコと微笑んでいるだけだ。

「トルマさん、モルガンさん。何でみなさん料理を食べないのですか?」
「単に、私たちは飲食を許されていないからです」
「は?」
「領主夫人は貴族主義です。貴族のパーティーで、平民が食事を取るのは許されない行為だからです」

 パーティー会場には五十人を超える人がいるが、食事をしているのは、ダミー領主と領主夫人と息子の他にはギルド長と国教会と人神教会の司祭の三人しかいない。
 他の人は、ただ食事風景をニコニコと見ているだけ。
 こんなものは、決してパーティーって言えないぞ。

「トルマさん、これは資金を集める為のパーティーでもあるんですか?」
「ご明察です。しかも街の飾り付けも、全てワース商会か傘下の商会でのみ購入となります」
「とんでもない金額になりますね」

 前世であった政治家の政治資金パーティーの方が、まだまともな気がする。
 デブ六人の食事風景をただ眺めているなんて。

「なので、たまに無理難題を押し付けて場の空気を変えようとしてきます。もちろん何かあったら、殺されるか即牢屋行きです」
「何となくわかります。みなさんから、関わりたくないという空気がひしひしと伝わってきます」

 この空気の中、無理難題をやるとか罰ゲームでしょう。
 面白くなかったら殺害か牢屋行きって、やつらは常識の欠片もないし。

 ふとバカ息子がこちらを見たと思ったら、領主夫人と何か話をしている。
 おいおい、俺を罰ゲームに引きずり出すつもりか?
 ルキアさんもトルマさんもその様子に気がついて、ワタワタし始めた。

「おい、そこの黄色いドレスを着た女。こっちに来い」

 バカ息子が俺を指さした。
 俺の周囲に黄色いドレスを着た人はいない。
 つまり俺をご指名らしい。
 
「早く来い」

 はいはい、行きますよ。
 オリガさんに向かってニヤリと笑ってから、バカ息子の方に向っていく。
 一応、最初は丁寧に挨拶をしよう。

「この度はお誕生日おめでとうございます。私めをご指名とございますが、どのようなご案件でしょうか?」

 カーテシーをして挨拶をしてみた。
 あれ? 俺を見るバカ息子の顔が赤いぞ。
 熱でもあるのかな?

「名は何という」
「サトーにございます」
「うむ、サトーよ僕の妾になれ」

 は? 何言っているんだ、このバカ息子は。
 俺の方をみて、顔を赤くしてもじもじとしているぞ。
 まさか女装している俺に一目惚れをした?
 気持ち悪いったらないぞ。

「そこの女。平民の身分で将来のこの国の支配者たる僕ちゃんの妾なんぞ、光栄だと思いなさい」

 領主夫人の方も、何かアホな発言をしているし。
 手に負えないとは、まさにこういう事なんだろうな。
 俺の回答は決まっているけど、念の為に丁寧に言っておこう。

「光栄な事ですが、辞退いたします」
「はっ? よく聞こえんな」
「辞退いたします」
「はは、平民が何か言っているよ」
「辞退いたします」
「平民のくせに、貴族の質問にははいしかないんだよ」

 おうおう、あっという間にヒートアップしたな。
 それだからバカ息子なんだよ。
 凄い上からの発言だな。
 そう思っていたらバカ息子が立ち上がり、剣を抜いてきた。

「ママ、馬鹿な平民に制裁を加えてもいいよね?」
「立場を分かっていないバカを分からせてあげないとね」
「わかった、ママ」

 物凄い馬鹿な親子の会話だな。
 領主夫人もゲラゲラと下品に笑っている。
 周りを見ると、ギルド長や国教会と人神教会の司祭も俺を見てゲラゲラ笑っていた。
 それ以外の人は心配そうに見ていて、中にはまたかと言っている人もいた。
 ということは、同じ様な事が何回もあったんだな。
 これは、バカ息子にお仕置きをしてやらないと。

「とー」

 威勢だけはいい声で斬りかかるが、いかんせん剣を振る速度が遅すぎる。
 子どもでも簡単に避けられると思うほどだ。

「逃げるな、平民は黙って切られろ」

 その後もバカ息子は何回か剣を振り回すが、ヒラヒラとかわしていく。
 つまらない、全く持ってつまらない。
 俺の服に隠れていたタラちゃんも、思わずため息をつくくらいだ。

「くそ、こいつを捕まえろ」
「「「は!」」」

 ゼイゼイ言っているバカ息子が、周りにいた護衛に命令した。
 成程、いつもはここで護衛に拘束させてその自慢の剣でグサリとか。
 普通の人だったら通用したかもね。

「「「ぐはあ」」」

 弱い、護衛が弱すぎず。
 三人一気に襲ってきたけど、三人共パンチ一撃で終わりってなんだよ。
 改めてバカ息子の方を見ると、尻もちをついていた。
 領主夫人もギルド長や国教会と人神教会の司祭もあ然としていた。
 さて、お仕置きしてあげないと。
 アイテムボックスから刀を取り出した。
 そしてゆっくりとバカ息子に向かって歩いていく。

「くるな、こっちにくるな!」

 バカ息子は尻もちをついた状態で、剣をブンブンと振り回している。
 剣に魔力を込めてっと。

 ガシン。

 空間切断剣で、バカ息子の高そうな剣を真ん中から真っ二つにする。
 半分に折れた剣先が、空中をクルクルと回転している。
 バカ息子が呆然とした顔でこちらを見ているが、股間付近の床に空中を飛んでいた剣先が突き刺さっていた。
 あら、バカ息子は恐怖とショックで失禁したようだ。
 俺はアイテムボックスに刀をしまい、元いた場所に歩いていく。

「僕ちゃーん!」

 領主夫人がバカ息子に駆け寄って抱きしめるが、バカ息子に反応はない。
 どうも失禁した上に失神したようだ。
 シーンとしていた会場だが、所々から失笑が漏れ始めた。

「よくも平民の分際で貴族に刃向かったな。おまえら全員皆殺しにして……え?」

 ドシーン。

 領主夫人が何かを言いかけた時に、領主邸の庭に王都からの飛龍部隊が到着したようだ。

 さあ、これから第二ラウンドの開始だ。
 お前らのターンはないぞ。
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