日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ

ナナモヤグ

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ep5

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★ 

 妄想の中でなら誰だって主人公ヒーローになることが出来る。
 中二病といささか思われても仕方がないかもしれないのだけれど、僕は時間を持て余す際に時たま妄想に浸ることがある。
 ある時は刃物を持った強盗に襲われている女の子を救うというシチュエーションを想像し、攻撃をかわしながら懐へと潜り込む。
 またある時は、いつの間にか手には剣を持たされ魔王を倒して欲しいと可愛い皇女様にお願いされる。
 お姫様を片手に担ぎ、全速力で走りきるなど出来もしない事を意図も簡単にやり遂げてみせる。

 妄想は場所を選ばない。

 故に物語ストーリーもあやふやで確固たるシナリオなどそこには存在せず、その日その時、自分が望む一番のを思い描くのだ。
 スポーツに携わる人でも過去に自分がした一番良いプレイ、こうしたいと思うプレイを日々をイメージトレーニングとして妄想することがあるのだとか。
 また覚えの無いを感じるのは、明確にその妄想の映像ショットを覚えていて、現実と一致した時に起こる現象だと云われている。

 しかし、現実は美味しいシチュエーション、夢に見たシチュエーションであるはずがこのザマである。

 バットという凶器を目の前に誰もがその場を動けずに立ちすくんでいる現実。
 既視感デジャビュもクソもない、妄想の力では得ることの出来なかったまごうことなき"初体験"である。
 はたして強盗なのか誘拐犯なのか、仮に彼ら悪党に対する妄想をするとするならばバットを武器とする相手に打ち勝つというシチュエーションを強く思い描く。

 バットを大きく振りかぶっているところに拳をかまし、バットを奪い取る。
 はたまた5人相手に戦国武将ゲームの如く、場内を駆け回り文字の通り無双する。
 ……そう、どう転んでも非現実的な物ばかりなのだ。
 つまり武器を持つ相手に一撃を入れようなど、おこがましいにも程があるという話である。

「いたぜぇ!アニキ、こいつが遠藤晴香でさぁ!」

 段々と思考が途切れようとしていたとき、少し離れのボールが置いてある通路から男の籠もったガラガラ声が聞こえてきた。
 そしてついに、一人のヘルメット男が2番レーンにいた水色のワンピースを着た可憐な女の子、間違いなく遠藤晴香に目を付けた瞬間であった。
 目当ての人物を見つけたヘルメット男の一人が遠藤さんを目掛けてじりじりと歩み寄ってくる。

「ったくよぉ、この嬢ちゃんは手間取らせやがって」

 ゲハと下品な笑い声を上げながら近づいてくる。
 この場において悲劇のヒロインと化してしまった遠藤さんの様子が気になり僕は目線をずらすとそこには、顔色一つ変えずにヘルメット男の方向を見つめている遠藤さんの姿があった。
 そんな彼女のすくむことなく、むしろ睨みつけているような姿に不謹慎ながらも神秘的な印象を抱く。
 剣を持てば戦乙女ヴァルキリー、杖を持てば聖神官プリーストといったところであろうか。

 まさに孤軍奮闘。なんと勇敢な立ち姿であろうか。

 しかし牽制けんせいな姿勢を崩さぬ遠藤さんであるが、状況が留まることはなく刻一刻と距離は詰められていく。
 ん?7人の親衛隊?
 あぁ、主人公ヒーローのイケてるメンズ7名はというと――

「はぁ?ちょ、はぁ!?」

「つか、狙われてるとか?俺全然そんなこと聞いてねぇし?」

 この期に及んで虚勢すら張れず、戯言ざれごとをぬかしていた。
 皆して"俺は関係ない"という雰囲気を出す事に専念しているではないか。
 どうしたらいいのか分からず、要よりも情けない表情であたふたとしているのだ。
 え、あまりにも役立たず過ぎやしないかい?
 ボーリングの時の闘志は何処へいってしまったんだい。
 出来る事なら君たちに期待した僕の気持ちを返して頂きたい。
 いよいよダメなら、とりあえず僕が……と思ってみたりもするけれど、身体は正直に足が竦んでいる。
 僕が幼少期からたしなんできたものなんて数えるほどしか無く、水泳にテニス、陸上競技とそれも全て中途半端に触れた事があるくらいの僕にそんな度胸を持ち合わせる容量メモリはないのだ。

 仮にも武術と呼ばれる競技には縁が無く、経験値はまさしくゼロである。
 ゲームで例えるなら最初の草むらでエンカウントするモブにすら勝てるかわからないよ。

 実は実力を隠していた……!なんてカッコイイというか都合のいい設定は僕にはなく、一般人もしくは良くて村人であるのだ。
 そんな僕が遠藤さんの前に出たところでどうなるというのか。
 バットで殴られるのか?それとも羽交い絞めにされて酷い醜態を晒すだけになってしまうのか?
 僕のマイナス思考が次々と己に対する言い訳を湧き水の様に思い浮かべ、プラスなことなど一つも考える余地は無かった。

"お前じゃ無理だよ、精々脇役なんだから無駄な事はやめておけ"

 気のせいかもしれないけれど、この時は誰かからそう言われているような気がしたんだ。
 所詮は日陰でひっそりと静かに暮らす雑草。日の目を拝もうとするのが間違いなのかもしれない。
 いよいよ考える事を辞めようかと、そしてヘルメット男と遠藤さんまでの距離が残すところ5メートル程に差し掛かろうとした時、僕の目の前を物凄い勢いで風が突っ切った。
 そして、その風は勢いを殺すことなくダイレクトに男の腹部へと突き刺さる。

 「ぐふぅ…ッ!?」

 思わぬ攻撃に鈍い悲鳴をあげ、大の男が重装をしているにも拘らず数メートル飛ばされた。

 僕の目の前を駆けた風の正体は、見事な飛び蹴りであった。
 飛び"ひざ"蹴りではなく、あのダイナミックな飛び蹴りである。

「晴香お嬢様っ!ご無事ですか!?」

 シュタッ!と着地し遠藤さんの事をお嬢様と呼ぶのは、キャスケットを被りジーンズに革ジャケットを羽織った女性であった。
 身長は僕よりも少し高く引き締まった身体に年齢はおそらく僕達より少々上、といったところか。

「ええ、貴方のお陰で問題ないわ。ありがとう桜子」

「もうっ!ですからこうなるとあれほど申し上げたのです!」

 その女性と会話を交わす瞬間、今日初めて遠藤さんが作っていた表情を崩した様な気がした。

「でもほら、桜子は来てくれたじゃない」

「またお嬢様はそうやって……」

 片手を顔に当てて、はぁと呆れたように遠藤さんに溜め息をついてみせる桜子と呼ばれる女性。

「いてぇなあッ…!!誰だてめぇ!!分かってんだろうな!?」

 遠藤さんと女性の会話に割って入るように蹴り飛ばされたヘルメット男がむくりと起き上がりバットを前に突き出して声を荒げて吼えた。

「私か?私は遠藤家に仕える執事だ」

 しかしその女性は、その咆哮に臆することなく自信を持って遠藤さんに仕える執事であると名乗った。

「貴様らは大方、藤堂家・・・の回し者だろう。悪い事は言わん。さっさとここから失せろ」

 キッと目つきを鋭くし、ヘルメット達を睨んだ。

「舐めやがって……!!大人しくしときゃあ良かったものを。俺たちを敵に回した事、今更後悔してもおせぇぞ!!」

 釈然とした執事の態度に余程腹が立ったのだろうか。
 先ほど吹き飛んだヘルメット男がバットを担ぎ全力で執事に向かって勢いよく走ってきた。
 おいおい、いくらなんでも女性相手にそのバットを振るうつもりじゃないだろうね。
 流石に目の前で繰り広げられようとしている光景に僕は動揺した。

「やってしまいなさい桜子、私が許可するわ」

「承知致しましたお嬢様」

 しかし僕の心配は杞憂に終わり直ぐに返事をし、ぐっと執事が足に力を入れてから数秒後、僕は既視感デジャビュを感じることとなった。

 ご主人様から討伐指示を頂いた執事は物凄い速さで向かってくる男の懐に潜り込み拳を入れたのである。
 そうそれは、まさに僕が想像していたあの技だった。
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