日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ

ナナモヤグ

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ep2

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「そこのパーカーの青年!!よくやった!!」

 男からの攻撃を気だるそうに、簡単に往なしているように見えなくもない斉藤君に桜子から賞賛の声がかかる。

 パーカーって貴方……、あぁそうか桜子はまだ彼の名前を知らないから仕方が無いか。

 賞賛の声を掛けた桜子はそのまま勢い良くヘルメットの男を蹴り飛ばし、斉藤君の傍に立った。

「どこか怪我はしていないか」

「問題ないです」

 簡単な返事が返ってくると桜子は「そうか」と答えて斉藤君の肩に手をやった。まるで流れるようなボディタッチだ。

 すると斉藤君は凄く怪訝そうな表情をしているではないか。

 普通、キャスケットを被っているといえど女性としては美人に分類されるはずの桜子に触れられれば赤面くらいしてもいいとは思うのだけれど、彼の反応は全く違った。
 表情が引きつっているようにすら感じる。

「青年、ここからは私に任せてもらえないだろうか」

 桜子がそう言うと、ぱぁっと晴れたような顔に変わりどうぞどうぞと一切のためらいもなく彼は女の子を戦地へと送り出すのであった。

 まぁ、桜子はか弱い女の子じゃないから仕方ないか。

 それからは早々に事態が収束し事なきを得て、警察からの事情聴取なども簡易に済まし桜子と共にボーリング場の入り口付近で一人立ちほうけている彼に歩み寄った。

「青年、ありがとう。君のおかげでお嬢様に傷がつくことなく終えることが出来た」

 開口一番に桜子が男より男らしい台詞を吐いて手を差し伸べた。

「いや本当、腕を掴んだ時はどうしようかと思いましたよね。こちらこそありがとうございました」

 あのときの勇敢な行動すら自賛すること慢心してみせる様子もなく、斉藤君は桜子の手を握り返した。正直、気持ちに素直な桜子が少し羨ましかったのはここだけの内緒だ。

 それからは斉藤君の謙虚な対応に気を良くしたのか、勘違いをした桜子は私のどこが良いのかなど幾多もの質問を斉藤君に投げかけるのだが、それらは全て意味を成さないことくらい私には判った。

 だって彼は――

「え?いやいや、超ありますよ。興味ありまくりですよ」

 ――私に興味がないのだから。

「あら、斉藤さんは私のどこに興味がおありなんですか?私も気になりますね」

 だから私は彼に意地悪を言ってやるのだった。
 すると彼は埴輪ハニワの様に口を開けて私の方を向いて固まっているではないか。
 ぱくぱくとした金魚の口からようやく絞り出た台詞はこうだ。

「いやもうほら、グランプリ取っちゃうとかマジ凄いですよね、有名人ですよ有名人。美人で綺麗で可愛くて良いとこ取りの三拍子じゃないですか。遠藤さんチョベリバリスペクトします」

 あなたはいつの時代の人なのよ、咄嗟に出てきた言葉のより抜きがそれってどういうことなの斉藤君。
 その光景が面白おかしくて私は笑ってしまいそうになるが、桜子に冗談は通じなかったようでもうやめてくれと気持ちに比例して悲痛な表情を浮かべてしまう。
 うん、まぁ桜子のこういう気持ちに正直なところが良いのだけれどやっぱり損な性格よね。

「まぁ、そうですねぇ」

 すると桜子が作ってしまったシンとした空気の中斉藤君が声を出した。

「本当を言うと、なんていうか……如何なる時も代わり映えの無いその笑顔は凄いなとは思いましたね。まるでお面でも着けているかのようだ」

 これは冗談ではなく嘘偽りを疑う余地も無い彼の本音である。
 この時の私の感情を表すとするならば、嬉しかったというべきだろうか。
 外面だけで抱かれる好意よりも、客観的な評価の上で私との"関係"をあえて切ろうとする彼に私は益々興味を抱く。

「ふぅん……それが貴方の本性なのね」

 あまりにも嬉しくて思わず声が弾んでしまう。
 この人に取り繕うの止そうと思った。

「やぁ、どうも初めましてでいいかな、遠藤晴香さん。実はというと、僕は君の事をここに来るまで一切存じえなかったしボウリング場でのくじ引きで顔を合わせた時が初めてでね」

 すると口調まで変わった斉藤君が返事をくれるではないか。
 どうやら本当に私の事を知らないようであるとここにきてようやく確信した。
 そして本当の彼の姿を見せてくれた。

「ところで今日はこれでお開きだよね、さすがにこの後打ち合わせするようなことはないと思うのだけれど」

 遠慮がなくなった斉藤君は、どうやら帰路につくことをご所望のようだ。
 この後の予定はないと伝えてやると嬉嬉として背を向けて去っていく。

「斉藤君」

 私は今日一番の大きな声をあげると、彼は立ち止まって振り返る。
 私が次の言葉を発するの立ち止まって静かに待ってくれる。

「今日は本当にありがとう」

 そして"逃がさないように"心からの感謝を伝えた。

「どういたしまして」

 そして彼は帰路に着いたのだ。

 斉藤君を見送ったあと、私は同じ大学の橋爪君を訪ねた。
 建前としては斉藤君に感謝をしているからお礼がしたいという内容である。
 しかし彼からは大した情報は引き出せず、なかなかに口は堅いようであれこれと言い回しを変えてみても曖昧な答えばかりが返ってくる。

 橋爪君ももしかしたら斉藤君に近い物を持っているのかもしれないと思ったが、彼よりも魅力を感じなかった。
 人は顔だけではない事を嫌ほど知っている私は、きっと橋爪君も良い人なのだろうけれど物足りなさを感じるのである。
 斉藤君について判っている事は同じ大学であることくらいで他に手がかりが無く、今度逢う時に直接本人に聞こうかと思っていたところで思わぬ手が差し伸べられた。

「あっ、遠藤さんに橋爪君!!」

 手を振りながら向かってくるのは他大学の確か……木下さんだったかしら。

「斉藤さん大丈夫かなー」

 心配そうに彼が帰路に着いた方向に目をやった。

「あいつなら大丈夫だって。今週のバイトにも何食わぬ顔して出勤してるって」

「そうかなー」

 やけに親しげな彼女に違和感を感じた私は質問を投げかけた。

「木下さん……、でお間違えなかったでしょうか。斉藤君とはお知り合いなんですか?」

「はい木下であってますよ!斉藤さんとは同じバイト先なんですよー」

 するとさっきまで口を開かなかった橋爪君が苦虫を潰したような表情で乾いた笑顔を浮かべていた。
 なるほど、大方このことを知られると斉藤君に叱責されてしまうのだろう。だから橋爪君は頑なに口を割ろうとはしなかったのかもしれない。

「そうなんですか!ちなみに"木下さん"はアルバイトはどちらでされているんですか?」

「私ですか?私は駅前の商店街にあるバードという喫茶店ですよ」

 まさかあの姿からアルバイト先が飲食の……さらには接客業だとは誰が想定していただろうか。
 斉藤君、顔に似合わず随分とおしゃれなお店で働いているのね。
 その後家に着いてからは近辺にあるバードという店舗の場所を探し中て、ただお茶をするだけでは怪しまれても嫌なので私の知り合いと待ち合わせる事にしましょうか。
 斉藤君、どうやら私は貴方に特別な興味を抱いてしまったようだわ。
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