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5 捕獲

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 翌日の金曜日は、茶道部の活動日。
 実を言うと当初麻美は華道部への入部も考えていたが、やはり花より団子。美味しい茶菓子を戴き、優雅に抹茶で癒される…。それを期待し、茶道部にしたというのが本当のところ。
 結果、選択を誤ったと後悔していたのだ。……うらら(茶道部部長、兼性技研究会副会長)と一緒ということで……
 
 そしてさらに、この日の彼女の心は茶菓子や茶くらいでは癒されなかった。

 活動終了後、麻美は昨日の指令のことを麗に相談しようと、躊躇ためらいがちににじり寄った。今にも泣き出しそうな顔で……。
 口に出すまでもなく、麗は察知してくれる。

「いやだ、麻美。そんな顔しないの。合宿のことよね。大丈夫だから」

 茶道部の部員たちも、麻美の悲壮感半端はんぱない様子を見て心配そうに寄ってくる。

「いや、みんな大丈夫。兼部の研究会の方のことよ」

 それだけ麗が言うと、二年生以上の者たちは納得顔で二度ずつ頷いて距離を取った。
 一年生は意味が分からず不審顔。だが、部長が大丈夫というのだし、他の上級生が近寄らないようにと手ぶりするので、心配しながらも離れる。
 麻美は麗と二人きりになった。

「はい、これ」

 そう言って、麗は一枚のチラシを麻美に渡す。

「温泉旅館のアルバイトってことで勧誘すればよいからね。難しいこと何もないよ。このアルバイト代も会で負担するからね」

 渡されたチラシ。…二泊三日食事つきの男子学生アルバイト募集。場所は、合宿の行われる温泉旅館になっている。

「勧誘する男、適当なのいそう?」

「そ、そんなの全く当てがありません…」

「じゃあね、そうね。毎日図書館で一人調べものしてるような、真面目な男が良いわね。このチラシ渡して、『部活の先輩にどうしても一人探して来いって言われて困ってる』ってんで頼み込みなさい。
一回断られても、それで引き下がっちゃダメよ。こうやって手を合わせて、『他に頼める人がいないんです~。お願いします~』って懇願するのよ。」

 麗は顔の前で手を合わせ、上目遣いの困り顔になって頼み込む仕草をして見せた。とっても色っぽい。麗のような女性からこんな風にお願いされれば断りにくいだろう。
 しかし、麻美にとっては、そんなお願いの仕方、ハードル高過ぎだ。

「そ、そんな、無理……」

「そんなも、無理もない。はい、今すぐ図書館で良さげなの見繕って確保してきなさい!」

 麻美は麗に肩をたたかれ、送り出されてしまった。
 見繕うも何も、毎日図書館で一人調べものしてるような人物。彼しかいない。麻美には心当たりがあった。
 同じ一年生。同じ高校出身。クラスが同じになったことが無く、まともに話したことは一度もないけれど、気になっていた男子がいた。その男子が、麗の言うのにピッタリ該当していたのだ。
 高校時代は他クラスの男子に女の方から話しかけるなんてハシタナイような気がして声もかけられなかった。でも、出来ればよい関係になりたいななんて密かに思っていた相手…。

 そんな相手に声をかける?
 それも、こんなトンデモナイ依頼をする?

 麻美は、やはり泣き出しそうな顔のまま、図書館に向かった。


 図書館内。目当ての人物がいる。閲覧室で分厚い本を広げていた。
 幸い、近くに人がいない。今がチャンス。もう破れかぶれだ。
 赤い顔をしながら小声で男子学生の名を呼んで近づき、躊躇ためらいながらチラシを渡した。
 
「あ、あの、サークルの先輩の命令で、どうしても一人探して来いって…。引き受けてくれる人が居なくって困ってるの。お願い…できないかな……」

 男子学生は驚くも、両手でそのチラシを受け取り、じっと内容を見る。

「うん、いいよ。この日なら、特に予定ないし。僕で良いのなら」

(多分断られるだろう。断られたらどうしよう。先輩は、引き下がるなと言っていたけど、自分にそんな一押しできるだろうか……)

 そう身構えていた麻美。あっさりの承諾で拍子抜けだ。

「良いの?」

「うん、佐々木さんの頼みだしね。温泉旅館の仕事か。良いよ」

(え?私の頼みだから?? あ、同じ高校出身のよしみってことか……。というか、私のこと知っていてくれたんだ)
 
 しかし、実際に彼がさせられるのは温泉旅館の仕事ではない。温泉旅館での仕事ではあるのだが…。ハッキリ言ってだましているようで、麻美は罪の意識にさいなまれる。
 オマケに彼は、ずっと好意を抱いていた相手。
 そんな男性が、性の教材にされてしまうのだ。

 具体的にどんなことをするのか聞かされていないが、たぶん裸に剥かれ、男性性器を詳しく調べられたりし…。
 さらには、あの会長の餌食になってしまうのか…。
 いや、会長だけでない。副会長の麗も?
 他の先輩たちも??
 女たちで寄ってたかって???
 何と言っても「性技研究会」なのだから……。

 申込書に記入してもらいながら、麻美は心の中で「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ…」と、声には出さず只管ひたすら謝り続けた。
 もう彼と良い関係になるなんてことはあり得ない。それどころかさげすまれることになるだろう。
 
(私、何やってるんだろう……)

 絶望と罪悪感と自己嫌悪と後悔とで、いっぱいになっていた。



 ・・・と、まあ、こういうことだったのだそうだ。

 そして、その教材とされてしまった哀れな男…。それが、僕。小川慎司なのである。
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