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はじまり
1 異形の村
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四月十九日。
戻り寒波で開花が遅れていた桜は既に咲き散り、すっかり葉桜となっている。
溌溂とした新緑の萌え出づる季節。若々しい生気が、天地に満ち満ちている。
ここは、どこか途轍もない山奥の村か?
いや、そんなに標高が高いようには思えない。それに、微かに磯の香がするようだ。
では、離島の寂れた漁村なのか?
なにしろ、道も舗装されていないし、点在する建物は木造の古めかしい古民家ばかりで、おおよそ近代文明的なモノが何一つ見当たらないのだ。
まるで江戸時代、或いは、もっと前の時代にでも迷い込んだのかといった風景である。
陽が西に沈み、東の空からは、赤い満月が昇ってきた。
街灯が一つも無い、暗い世界…。電柱も電線も無いから、ここには電気が通っていないのかもしれない。
そんな中、古民家から出てきた着物姿の人たちは、月明かりだけを頼りに、舗装されていない土の道を急いで行く。
慣れているのだろう。暗くても、かなりの速度だ。
彼らが揃って向かう先には木の鳥居。脇にある木製の社標は汚れと擦れで判読しにくくなっているが、「賀茂神社」と書かれていた。
鳥居をくぐって、森の中の苔むした長い参道を進んで行くと、二十段ほどの石段。
それを上ると平らな広い境内で、正面に広場。ここには、既に百に近い人が集まっていた。
広場の向こうには、大きい拝殿。その奥に本殿。広場の左右には奥行きのある建物が五棟ずつ並んでいて、それら建造物の奥は深い森だ。
並んでいる建物には、通常の神社建築に多くみられるような彫刻の類は一切無い。屋根も板葺きで、至極簡素な造り。だが、その全く飾らない素朴さが逆に、清浄で神秘的な雰囲気を醸し出している。
篝火が焚かれた。
人々が、火に照らされた。
皆、黒や灰色もしくは茶系統の着物を着ている。着流しの者もいれば、袴姿の者もいるが、皆、揃っての和装。
そして、それらの頭には二本の短い角…。
人では無い!
鬼だ!
集まっているのは、皆、鬼なのだ!
ここは、鬼の村。
「ハザマ」とも呼ばれる異空間の一つ、「妖界」に存在する村。
住人たちに「月影村」と自称される場所であった…。
一人、二人。いや、一鬼、二鬼というべきか…。集まっている鬼たちが、次々と拝殿の方を気にし始めた。
すると、ギギギーと音を立てて拝殿の扉が開け放たれ、長老と思しき老爺鬼が姿を見せた。
「先月、最後の神子様が亡くなられて、今宵は満月。今より、神子迎えの神事を行う。神子様を迎える資格を持つ男は、拝殿に上がれ」
しわがれ声で、また、立ったままで…。集まっていた鬼たちに大声で告げられる。
それに従い、袴を穿いている五人の若い男鬼が進み出て、草履を脱いで、拝殿に上がって行った。
続いて、白の着物と緋の袴、白の千早を羽織った巫女装束姿の、若い女鬼が五人、サカキの小枝を持って昇殿して行く。
男鬼たちは、扉が開放されたままの拝殿中央に横一列に並び、胡坐をかく。
巫女鬼たちは、神前に向かって右側の側面に縦並びで坐る。
反対側の側面には老婆鬼と、先ほどの老爺鬼。それから笛を手にした若い女鬼…。
拝殿内には数か所に燭台が置かれているが、灯りはその光だけなので薄暗い。
白の装束姿の老婆鬼が、ゆっくりと立ち上がり、ヨタヨタと危なげな足取りで、拝殿中央奥の方へ歩きだした。
転びそうで転ばない。その歩き方自体に意味があるかのような、不思議な足取りだ。
向かう場所には、野菜や魚がお供えされた祭壇…。その前に、やはり、ゆっくり坐り、深々と二回頭を下げ、懐から出した紙を広げての読み上げ…祝詞奏上。
老婆鬼の声が、朗々と響き渡ってゆく。
祝詞が終わると、笛を持った女鬼が、即座に奏楽。老婆鬼が座に戻ると同時に、巫女鬼たちが、しずしずと祭壇前に進んで行った。
そして、笛に合わせてサカキを振り、ゆったりと踊り始める。
薄暗い拝殿内に、白い衣と赤い袴が揺れ動く…。
始め、コマ送りの如くに、ゆっくり。
やがて、徐々に速く…。
さらさら流れる清流の様に…。
めらめら燃え盛る炎の様に…。
ひらひら空を舞う蝶の様に…。
見事に五人の動きが調和し、僅かなズレも無い優雅な所作。
息をするのも忘れて見入ってしまう幽玄で幻想的な舞を披露し、巫女鬼たちは男鬼たちの前に跪くが如くサカキを差し出した。
巫女鬼からサカキを受け取り、男鬼五人は立ち上がって祭壇前へ進んでゆく。
横並びで坐り、揃ってサカキを神前に供え、拝礼。
拝殿に五人の拍手が四つ、パン、パン、パン、パンと綺麗に一つの音となって鳴り響いた。
と、同時に、それに反応してだろう、祭壇の最上段に安置されていた水晶の玉が、ボーっと青白く光りを発し始めた。
光は大きくなったかと思うと直ぐに弱まってゆき、元の水晶玉に戻った。
男鬼たちが元の座に戻るのを確認し、老爺鬼は頷いて立ち上がる。
そのまま一人で拝殿入り口まで移動して行き、立ったまま、外に集まっている鬼たちを見渡した。
境内の鬼たちは皆、一言も発せず、老爺鬼に注目する。
静まり返り、パチパチと篝火の木の弾ける音のみ…。
老爺鬼が、しわがれた大声で宣言する。
「神事は無事終了した。今回の資格者は五名。五年後に五人の神子様を迎えることとなる。御殿を修築し、準備を整えよ」
「オー!」
赤い月夜に、鬼たちの勇壮な雄叫びが響き渡った……。
戻り寒波で開花が遅れていた桜は既に咲き散り、すっかり葉桜となっている。
溌溂とした新緑の萌え出づる季節。若々しい生気が、天地に満ち満ちている。
ここは、どこか途轍もない山奥の村か?
いや、そんなに標高が高いようには思えない。それに、微かに磯の香がするようだ。
では、離島の寂れた漁村なのか?
なにしろ、道も舗装されていないし、点在する建物は木造の古めかしい古民家ばかりで、おおよそ近代文明的なモノが何一つ見当たらないのだ。
まるで江戸時代、或いは、もっと前の時代にでも迷い込んだのかといった風景である。
陽が西に沈み、東の空からは、赤い満月が昇ってきた。
街灯が一つも無い、暗い世界…。電柱も電線も無いから、ここには電気が通っていないのかもしれない。
そんな中、古民家から出てきた着物姿の人たちは、月明かりだけを頼りに、舗装されていない土の道を急いで行く。
慣れているのだろう。暗くても、かなりの速度だ。
彼らが揃って向かう先には木の鳥居。脇にある木製の社標は汚れと擦れで判読しにくくなっているが、「賀茂神社」と書かれていた。
鳥居をくぐって、森の中の苔むした長い参道を進んで行くと、二十段ほどの石段。
それを上ると平らな広い境内で、正面に広場。ここには、既に百に近い人が集まっていた。
広場の向こうには、大きい拝殿。その奥に本殿。広場の左右には奥行きのある建物が五棟ずつ並んでいて、それら建造物の奥は深い森だ。
並んでいる建物には、通常の神社建築に多くみられるような彫刻の類は一切無い。屋根も板葺きで、至極簡素な造り。だが、その全く飾らない素朴さが逆に、清浄で神秘的な雰囲気を醸し出している。
篝火が焚かれた。
人々が、火に照らされた。
皆、黒や灰色もしくは茶系統の着物を着ている。着流しの者もいれば、袴姿の者もいるが、皆、揃っての和装。
そして、それらの頭には二本の短い角…。
人では無い!
鬼だ!
集まっているのは、皆、鬼なのだ!
ここは、鬼の村。
「ハザマ」とも呼ばれる異空間の一つ、「妖界」に存在する村。
住人たちに「月影村」と自称される場所であった…。
一人、二人。いや、一鬼、二鬼というべきか…。集まっている鬼たちが、次々と拝殿の方を気にし始めた。
すると、ギギギーと音を立てて拝殿の扉が開け放たれ、長老と思しき老爺鬼が姿を見せた。
「先月、最後の神子様が亡くなられて、今宵は満月。今より、神子迎えの神事を行う。神子様を迎える資格を持つ男は、拝殿に上がれ」
しわがれ声で、また、立ったままで…。集まっていた鬼たちに大声で告げられる。
それに従い、袴を穿いている五人の若い男鬼が進み出て、草履を脱いで、拝殿に上がって行った。
続いて、白の着物と緋の袴、白の千早を羽織った巫女装束姿の、若い女鬼が五人、サカキの小枝を持って昇殿して行く。
男鬼たちは、扉が開放されたままの拝殿中央に横一列に並び、胡坐をかく。
巫女鬼たちは、神前に向かって右側の側面に縦並びで坐る。
反対側の側面には老婆鬼と、先ほどの老爺鬼。それから笛を手にした若い女鬼…。
拝殿内には数か所に燭台が置かれているが、灯りはその光だけなので薄暗い。
白の装束姿の老婆鬼が、ゆっくりと立ち上がり、ヨタヨタと危なげな足取りで、拝殿中央奥の方へ歩きだした。
転びそうで転ばない。その歩き方自体に意味があるかのような、不思議な足取りだ。
向かう場所には、野菜や魚がお供えされた祭壇…。その前に、やはり、ゆっくり坐り、深々と二回頭を下げ、懐から出した紙を広げての読み上げ…祝詞奏上。
老婆鬼の声が、朗々と響き渡ってゆく。
祝詞が終わると、笛を持った女鬼が、即座に奏楽。老婆鬼が座に戻ると同時に、巫女鬼たちが、しずしずと祭壇前に進んで行った。
そして、笛に合わせてサカキを振り、ゆったりと踊り始める。
薄暗い拝殿内に、白い衣と赤い袴が揺れ動く…。
始め、コマ送りの如くに、ゆっくり。
やがて、徐々に速く…。
さらさら流れる清流の様に…。
めらめら燃え盛る炎の様に…。
ひらひら空を舞う蝶の様に…。
見事に五人の動きが調和し、僅かなズレも無い優雅な所作。
息をするのも忘れて見入ってしまう幽玄で幻想的な舞を披露し、巫女鬼たちは男鬼たちの前に跪くが如くサカキを差し出した。
巫女鬼からサカキを受け取り、男鬼五人は立ち上がって祭壇前へ進んでゆく。
横並びで坐り、揃ってサカキを神前に供え、拝礼。
拝殿に五人の拍手が四つ、パン、パン、パン、パンと綺麗に一つの音となって鳴り響いた。
と、同時に、それに反応してだろう、祭壇の最上段に安置されていた水晶の玉が、ボーっと青白く光りを発し始めた。
光は大きくなったかと思うと直ぐに弱まってゆき、元の水晶玉に戻った。
男鬼たちが元の座に戻るのを確認し、老爺鬼は頷いて立ち上がる。
そのまま一人で拝殿入り口まで移動して行き、立ったまま、外に集まっている鬼たちを見渡した。
境内の鬼たちは皆、一言も発せず、老爺鬼に注目する。
静まり返り、パチパチと篝火の木の弾ける音のみ…。
老爺鬼が、しわがれた大声で宣言する。
「神事は無事終了した。今回の資格者は五名。五年後に五人の神子様を迎えることとなる。御殿を修築し、準備を整えよ」
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赤い月夜に、鬼たちの勇壮な雄叫びが響き渡った……。
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