46 / 80
恵美と河童
45 帰れない!1
しおりを挟む――― 童島での残酷な事件より、一カ月ほど前のこと ―――
鬼ヶ島の月影村には、少し寂しい雰囲気が漂っていた。
それは、三年近く村の改善指導にあたっていた恵美が「帰る」と言い出したからだ。
村は、目を見張るように豊かになっていた。恵美は十分に務めを果たしたし、三年掛かりで出産もした。
産まれたのは女の子。恵美にとって第二子であり、慎也との間の『普通のヒト』としての子。
そして女の子ということは、女系で家を継いでいる尾賀家の後継者となる大切な子だ。
このまま、この子を妖界に留め置くことは出来ないし、出生届をして、戸籍も作らなければならない。
既に生まれて一ヶ月経過しようとしているが、こちらの世界の成長速度は人界の三分の一。だから、まだ生まれて十日分くらいしか成長していないことになる。
亜希子に頼めば届けに必要な書類操作など、どうにでもなるし、問題は無い。
宣言から三日後の、十月十四日。満月。
夜にも拘らず、村人全員が神社に集まった。恵美と、その子「美月」の旅立ちなのだ。
「美月」。そう、舞衣の後輩の名前・・・。
身籠った神子が流れて、クイに惨殺されてしまった細田美月。
彼女の霊は、流れた神子の霊と共に、この月影村『一の神子館』に封印されている。
恵美は我が子に、彼女の名前を貰って付けていた。
その赤子の美月は、恵美の隣でトヨが抱いている。
居並ぶ鬼たちも神子たちも、泣き出しそうな顔をしていた。
「なによ~、みんな! ここには、異界を繋ぐ神鏡があるのよ~。私の方から来ることは出来なくても、あなたたちは人界に来れるんだから~、偶に遊びに来れば良いことじゃない~」
「行って、よろしいのですか?」
アマが訝し気に問う。
「今更、何言ってるのよ~。あの時は、散々私たちを襲いに来たくせに~。他の人間に見つかるとヤバいけど、慎也さんの所ならオッケーよ~。いつでも、いらっしゃ~い。
あ、でも、あなたたちはダメよ~。元々寿命が短いのだから~、人界に来ると更に早死にしちゃう~。会いたくなったら、迎えをよこしなさ~い。会いに来てあげるから~」
途中から娘の神子たちに向きを変えて言うと、神子たちも嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、そろそろお願い~。遅くなると~、あっちは夜の営みの時間になっちゃうからね~」
軽く握った左手に右人差し指を突っ込む怪しいジェスチャーをしながら笑う恵美に、苦笑しながらアマが頷いた。
恵美は、トヨから美月を受け取って抱いた。
「では、恵美殿、開きます」
アマが神鏡を翳す。月光を受け、五芒星を描いた。
白く光る壁状の入口、門が・・・。
いや・・・。小窓? ・・・小さい。
「ちょ、ちょっとアマちゃん、これじゃあ、美月しか通れないじゃないの!もっと、大きいの出してよ~!」
アマは慌てた。
何も変なことはしていないはず。今まで通りの作法だ。これで、人が十分通れる大きさの白光の門が出現するはずなのだ。
なのに、何故こんなに小さいのか。
今日は満月だ。月の光は十分に満ちている。かつて、こんなことは一度も無かった。大きく開かない原因が分からない。
それに、この小さな異界の門は、ちゃんと人界に繋がっているのか?
アマが、白い小窓に右手を入れてみる。反対側を恵美が確認すると、アマの手は出ていない。
突っ込んでいるアマの手には、木の葉が触れた。それを、プチッと千切って手を抜いて見ると、手の中にあったのはアジサイの葉。妖界には生えていない物で、確か慎也の家の庭にあった物・・・。
「繋がっているようですね…。でも、これは・・・」
そうこうしている内に、その白い小窓はスーッと消えてなくなってしまった。
「ちょっと、ちょっと~! 何の冗談よ。どういうこと、これ~!」
「わ、分かりません。鏡を変えてやってみます」
さっき使ったのは、大婆の鏡だ。村長の鏡を借りてやってみると、今度は全く開かない。
ならばと、本来使ってはいけないことになっている神殿安置の鏡を試しても開かなかった。
「大婆様の鏡で、もう一度やってみます」
アマは、再度月光で五芒星を描く。
直ぐに白い小窓・・・。先ほどと同じ大きさだ。
「な、何よこれ~! 帰れないじゃない、これじゃあ! なんとかしてよ~」
「な、なんとかと言われましても・・・」
そうこうしている内に、また消えてしまう。そして、消えた時間は、さっきより明らかに短い。一度目が三分ほど。二度目は二分弱か…。
「も、もう一度!」
再度、アマは神鏡を翳した。
「待った!」
恵美が止めた。
二度目は一度目より明らかに早く消えた。恐らく三度目は更に早くなる。そして、もう開かなくなってしまうかもしれない。
帰れない。もう、人界には帰れない・・・。
自分は仕方ない。しかし、この子は・・・。
美月だけでも・・・。
恵美は紙と筆を持ってこさせた。紙に、走り書きする。
………
恵美です。この子の名前は美月。私の産んだ子です。尾賀家の後継者となる子です。亜希子さんに頼んで、戸籍を作って下さい。私の私生児として、父親名は空欄で結構です。
神鏡の力が弱まり、異界の門が小さくしか開かなくなりました。たぶん、開けるのは後一度くらい。私は、もう帰れません。この子をよろしく。
………
恵美は書いた紙を我が子に握らせた。
「アマちゃん、お願い!」
アマは頷いて、月光で五芒星を描く。
開いた白い小さな異界の門。恵美はそこへ、我が子をスッと入れた。そして、恵美が手を抜いた瞬間、門、いや小窓が消失した・・・。
1
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる