月の影に隠れしモノは ~人魚と河童の事件編~

しんいち

文字の大きさ
58 / 80
恵美と河童

57 治太夫の反乱1

しおりを挟む

「さて、こうしてはいられないわ。犯人は、本当に治太夫なんですね? それなら、捕らえなければ。
 ナナセの遺体を移送して来るということだったけど、もう来てもおかしくないはず・・・」

 リナの表情が引き締まった。
 恵美の垂れ眉も、クイッと上がる。

「いきなり真犯人登場って、それ超ヤバいよ~。ここに来るの~?」

「そのはずですが…。しかし、異変に気付けば逃げ出すかもしれません。
 港に一番近い館にナナミが住んでいます。大丈夫かしら・・・」

「どっちの方角?」

「あちらです」

 リナの指す方を向き、恵美は目を閉じた。
 千里眼…。
 ほどなく、恵美がつぶやく。

「あ、あれ・・・。今度こそ、舞衣さん?」

「あ、違います恵美母様!
 髪の色形まで舞衣母様にそっくりの、その人が、ナナミさんです」

 この館に着いた時に顔を合わせているあいが、恵美に教えた。
 ナナミは舞衣と見分けがつかないほどソックリなのだ。恵美が驚くのも無理はない。
 そして、こうも同じ顔が揃うと、ややこしくて仕方ない・・・。

 が、そんなことより、事態は逼迫していた。

「たいへん、河童に襲われている! 助けに行くわよ!
 あいちゃんは危ないから、ここに居な!」

 恵美は、即飛び出した。タケと銀之丞も慌てて続いた。





 ナナミは、リナが銀之丞の願い出を聞き入れたのに大層不満だった。よりによって、妹の仇敵の言うことを聞くなんて、あり得ないと…。
 そして、自分の手で妹の仇を討てないことも気に入らなかった。
 だが、これに関しては、一太刀は入れたし、母に任せるべき事だというのも理解出来なくも無い……。

 ただ、やはり、どうしてもスッキリしない。
 とにかく不機嫌だった。


 人魚は基本的に皆、完全個人主義だ。自分勝手に好きなことをしている。人界に入り浸りで遊び歩いている者もいる始末だ。
 島に居ても、他の人魚に会うことは滅多に無い。
 親子関係にしても希薄というか、意識皆無というか……。

 そんな中で、ナナミとナナセ、そしてリナは、人魚としては特異な、仲の良い姉妹・親子だった。
 ナナミにとって可愛い妹のナナセが殺された……。
 信じたく無いが、河童たちがいい加減な情報をもたらすはずがない。
 だけれども、遺体を見るまでは、完全には信じられないという思いも、やはり無くはない。
 皆顔が同じ人魚のことだから、別の人魚との誤認という可能性もあるのだ。

 人魚の死ということは、脳を潰されたということ…。
 遺体も普通の状態では無いはずだし、喰われたということは何かしらの欠損もあるはずだ。判別不能な悲惨な状態になっている可能性も高い。
 それでも、やはり、自分の目で実際に確認したかった。


 ナナミの御殿は浜の近くで、港の様子が見渡せる。夜であっても灯りがともされ、港は明るくなっている。
 御殿に着くやいなや、いかだに載せられたひつぎが港に曳航されて来るのを確認したナナミ…。
 すぐまた、外へ出た。

 柩が桟橋に上げられ、運び込まれて来る。それには、治太夫が付き添っていた。自分でナナセを殺しておきながら…。
 勿論、ナナミは治太夫が犯人だなどとは、微塵も思っていない。銀之丞が犯人だという治太夫の報告を信じ切っていた。
 到着した治太夫はキョロキョロ周りを見渡し、警備の河童が居ない事に驚いている様子だった。
 ナナミは、その治太夫に自分から説明してやった。殺人犯の銀之丞がリナの屋敷に侵入したということと、警備の者は、恐らくそっちの方じゃないかということを……。
 実際は、警備河童は少し離れた場所で、皆、恵美に打ち倒されていたのだが、それをナナミは知らない。だから、警備河童の動向はナナミの推測だ。
 銀之丞は今、リナに金縛りを掛けられていて動けなくされている。連れてきたヒトの女の治療後にリナ自身が銀之丞を処刑することになったことも、言い添えた。

 すると、治太夫はナナミに向かって口を開いた。

「ナナミ様。リナ様は、ヒトの治療中なんですね。
 到着後、遺体は直ぐにリナ様の御殿に運ぶことになっていますが、治療のお邪魔をしてはいけません。
 一旦、ナナミ様の御殿に運ばせて頂けませんでしょうか」

 いきなりの提案に、ナナミは首を傾げる…。
 治療には、そんなに時間はかからないはずだ。治療中であっても少し待つだけだし、急ぐなら遺体を警備の者に引き渡せば良いこと。直ぐにリナの元へ運んでも問題無いはずなのだ。
 だが、ナナミは、治太夫の申し出を受け入れることにした。
 ナナセの遺体を直接確認したいと思っていたから……。

「いいわ。運んで!」

 そう言うと、ナナミは直ぐにきびすを返し、夜道を自分の御殿へ向かって歩きだした。
 背後で治太夫が怪しい笑みをたたえているのに気付かず・・・。





 ヒトが来ている…。治太夫は表情には出さなかったが、内心は動揺していた。
 治療を受けているということは、逃げ帰ってきた三太の報告で聞いた尻子玉を抜かれた女だろう…。
 銀之丞が何を言っても、皆、聞く耳を持ないだろうが、治療後のヒトから真相がバレる恐れがある。いや、もうバレているかもしれない・・・。

 治太夫は、すぐにリナの屋敷に行くのは危険だと判断した。
 幸い、目の前のナナミは、治太夫がナナセ殺害の犯人だとは知らない様子だ。知っていたら、のこのこ一人でここへ来るはずが無い。
 これは、まさに勿怪もっけの幸い、飛んで火に入る夏の虫だった…。
 治太夫は、新たな計画を実行することにした。

 新たな計画・・・。
 鬼ヶ島へ派遣した二人の河童は、神鏡奪取に失敗した。もはや、密かに奪いに行くのは難しいだろう。それに、鬼ヶ島は遠い…。
 だが治太夫は、神鏡を奪うよりも手っ取り早い方法に気付いてしまったのだ。
 それは、人魚を順に殺して、力を奪って行くという方法・・・。

 ナナセは、金縛りを無効にする力を持っていると言っていた。つまり、治太夫は、その力を得ているはずだ。ナナセの脳を喰ったから…。
 治太夫には更に、鎌鼬かまいたちがある。
 この二つの能力があれば、かなりの戦力となる。

 人魚の中にはもっと凄い力の持ち主も居るかもしれないが、警戒される前に一気に事を済ませば、殺して喰うのも可能だろう。非力で、陸上行動に制限のある人魚のことなのだ。
 実際、彼の目の前を歩いているナナミは、完全に無防備だ。さっきから終始、すぐにでも首を斬り落とせる状態だ。
 ナナミはナナセの姉。つまり、ナナセより年上だ。ナナセに無い異能も持っているだろう。金縛りも使えるかもしれない。その力を奪ってしまえば・・・。
 あとは順番に人魚を喰って、他の力も得て行けば良いのだ。

 まずは、ナナミを殺して喰う。
 そしてナナミの死を、母親のリナに知らせる。
 そうすれば、ナナセに続いての事。二人の娘を失って、リナは狼狽うろたえ、大いに動揺するだろう。警備兵にでも紛れて近づき、混乱の隙をついてリナも殺し喰う。
 リナは確実に異界出入りの力を有している。いつも、河童に為に能力を行使しているのはリナなのだから……。
 リナを喰うことが出来れば、取り敢えずの目的は達成だ。
 他の人魚の処分は追々ということで良かろう。

 これが、治太夫の新たな計画だった。



 今、治太夫に背を見せているナナミは、微塵も彼を疑っていない。
 即、首を落として喰ってしまいたいところだが、あいにく、治太夫は一人でなかった。後ろに、ナナセの柩を担いでいる河童が十人付き従っていた。
 河童は、基本的に人魚を神の様に敬っている。恐らく、人魚に反抗心を持っているのは、ごく少数だ。
 ここですぐにナナミの首を落とせば、大変な騒ぎになる。
 治太夫は次期村主であるが、まだ『次期』で、就任前なのだ。目の前で人魚を襲えば、河童たちが反抗して来る可能性も高い。
 治太夫は取り敢えず、ナナミの御殿までは我慢することにして、港の灯りを頼りに薄暗い道をナナミに続いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...