月の影に隠れしモノは ~人魚と河童の事件編~

しんいち

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河童騒動の後始末

74 北野照子の受難1

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…………
 元隅田川乙女組メンバー、北野照子。
 彼女は、出来れば、あの先輩二人…黒崎・橋本…とは、もう関わり合いになりたくなかった。
…………

 グループ解散後も、照子はモデル・女優として芸能活動を続けていた。
 それ程大きく売れはしなかったが、まあそれなりに。そして、玉の輿の話が舞い降りた。丁度つい最近、大きな会社の経営者と婚約したところだった。

 自分が、あの事件に関わっていた事は世間には知られていない。もし、知られたら、この縁談もどうなってしまうか…。

 しかし、妹が自殺しようとして、あの二人に助けられたという話であった。
 そして今、妹は、あの二人と行動を共にしているという。

 余計なことを妹に知られたくない!

 婚約者との約束があったが、親友が危篤だと偽って約束をキャンセルし、しばらく病院で付き添うから留守にするということにして、自分の車に乗り込んだ。
 途中、妹からの電話指示で、のこぎりなたを用意した。

 のこぎりなた・・・。
 これでいったい、あの二人は何をするつもりか?
 向かう先は、舞衣のいる場所。また、舞衣を襲い、今度は殺してバラバラにでもするつもりなのか?
 とにかく、妹をあの二人から引き離さなければ・・・。


 東名高速道路から名神高速道路…。岐阜羽島インターで出ると、まもなく到着だ。
 妹からの電話によると、三人は舞衣の所では無く、その近くの長良川河原に居るという。堤防の降り口を見つけ、下って行く。

 妹の車がある。ここで間違いない。隣に車を着ける。
 車の中には、三人は居ない。
 少し離れた竹薮の近くで、妹の遥香が手を振っているのを見つけ、走り寄る。
 そこへ川から這い出してきた緑の妖怪二匹を見て、腰を抜かした。

「お姉ちゃん、黒崎さんと橋本さんよ!
 二人は元の姿に戻りたいんだって。力になってあげて!」

 遥香は全く怖がっていない。
 改めて、恐る恐る妖怪の顔を確認すると、確かに、黒崎・橋本に間違いない。
 が、気味の悪い緑色の肌に、上半身裸の腰蓑姿・・・。
 なぜ、こんな事になってしまったのか…。これでは、完全に河童だ…。
 そもそも、この八年、どうしていたのか……。
 色々疑問はあるが、兎にも角にも、遥香をこれ以上巻き込んではいけない。後は自分が引き継ぐから、長野の実家へ帰るようにと言う。

 遥香は最初、自分も手伝うと言っていたが、河童モドキ二人にも、もう十分助けてもらったと礼を言われ、名残惜しそうにしながら引き下がった。
 遥香の車が見えなくなり、照子は取り敢えずホッとした。隠しておきたい秘密は、今のところ、守られているようだった。
 指示されて持って来たのこぎりなたも、舞衣を襲ってバラバラにする為ではなくて隠れ家を作るためということで、こちらも安心した。

 しかし・・・。
 その後の二人から指令には、ひっくり返りそうになるほど、ビックリ仰天した。

 なんと、舞衣のウンチを入手せよというのだ!

 理由は教えてもらえない。
 他は何も要らないから、ウンチさえ持って来れば良いという…。

 「これが舞衣のウンチだ」と公開して、はずかしめるつもりか?
 そんなことしても、排便している所の写真でも無ければ、それが舞衣のウンチだなどと誰も信じはしない…。
 肌の色もおかしいが、頭もオカシクなっているのか…。

 だが、持ってこなければ、照子のあの秘密をバラスという・・・。
 あの、舞衣への下剤混入事件。自分も関わっていたと知られれば、今つかもうとしている幸せが逃げて行ってしまう…。

 「分かりました。入手して来ます」

とは言ったモノの、どうすれば良いのか…。
 車を河原に置いたまま、トボトボと歩いて堤防を越えた。
 来るときに前を通ってきたので、舞衣のいる神社の場所は分かっている。仕方なく、そちらへ向かう…。

 照子は、以前に読んだことがあった『今昔物語』の説話の一つを思い出した。
 芥川龍之介もその話を基に小説を書いたという、ちょっとヘンチクリンな話・・・。

 平安時代のこと。高貴な女性に恋してしまった平中という色男が、その女性を諦めるために、女性の排泄物を手に入れるという話だった。汚い排泄物を見れば、幻滅出来るだろうと…。
 当時は、樋箱と呼ばれるオマルのようなものに排便していた。
 女性お付きの童女が排泄物を捨てに行く際に、平中は、その樋箱を奪取した。
 蓋を開けると、薄黄色の液体と、黄黒っぽい固形物。だけれども、排泄物とは思えない良い香り…。
 事前に狙われていると察知した女性が、ニセモノと、すり替えておいたのだ。
 尿のようなモノは、香木を煮た汁。固形物は、山芋と香を練って甘い汁で煮たモノだった…。

 舞衣が樋箱に排便しているのであれば、この説話の様に、それを奪うということも可能かもしれない。
 しかし、神社に居るといって、今時、そんな物を使っているはずがない。ポットン便所ですら無いだろう。
 気付かれずに便を奪うなど、絶対不可能だ。

 では、どうする?
 舞衣を誘拐して強制排便させるか?

 それも無理だ。こっちが捕まってしまう…。
 もう、直接頼むしかない。
 カバンの中に、もし、脅迫されたらと思って下ろしてきていた百万円が入っている。この金で・・・。
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