13 / 13
ショップ大会①~彼女は多分人見知りらしい~
しおりを挟む
店内の対戦スペースは、夕方にしてはやけに賑やかだった。
シャカシャカ。パチパチ。
――グレンドラの『火炎弾丸』で220ダメージ。撃破したんでライフ1枚とります。アザッシター。
――グッズカード『緊急レスキュー』使用でライフ1点回復でー
シャカシャカ。パチパチ。
入口を抜けた瞬間に耳に飛び込んでくるのは、カードをシャッフルする音、スリーブが擦れる音、そしてテンポの早い会話の数々。
奥の方では、すでに何卓も埋まっていて、観戦している人まで含めるとかなりの人数が集まっているように見える。
まあ、その理由は明らかなんだけど。
決してクロスフェイヴの大会がこの後あるから……なんて理由ではない。
「……おぉ~」
僕の隣で、るりが小さく声を漏らした。
「これ、みんなクロフェイやる人達?凄い賑わってるね。大人気カードゲームじゃん」
一瞬、期待と緊張が混ざったような表情で店内を見渡している。
その視線の先には、ぎっしりと人が集まったテーブル群。
……ああ、なるほど。
初見だと、そう思うよな。
「いや、あっちは違う」
「え?」
「同じ時間に大会がある、プロカ――プロモンカードゲームの集まり。僕らは……」
そう言って、僕は視線を少し横にずらし、店の端寄りを指差した。
そこには、さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かな一角。
テーブルがいくつも並び、それぞれに**『クロスフェイヴ大会 卓①』『卓②』**と書かれた紙が無造作に置かれている。
「あっち」
「あ、ああ……」
るりは一瞬きょとんとしたあと、少しだけ苦笑いを浮かべた。
確かに、こうして比べると分かりやすい。
大手TCGの大会は人で溢れているのに、クロフェイの卓は空席だらけだ。
「この街でクロフェイを毎週遊ぶアクティブな人ってそこまで多くないからさ。こうして大人気カードゲームと大会時間被ってもあんまり店が混雑しないワケ。だから大会時間一緒にされてる」
「……わーお。ちょっと肩身が狭い……」
「えーと、そうだ。昨日言ってたアプリは入れた?エルダTCGってやつ。基本的にアプリから大会の受付するからさ」
「あ、うん。ちゃんと入れといたよ」
るりは慌てた様子でスマホを操作し、画面をこちらに向ける。
見慣れたエルダTCGのホーム画面。
クロフェイをはじめとした、エルダ社で販売・運営されているTCGの大会やイベント参加の受付、デッキレシピの登録などを行うアプリだ。
「大会の事前受付も、してる?」
「……えっと、えっと……」
一瞬だけ焦った顔になる。
「あ、大丈夫。『ジーゼロ・クロスフェイヴショップ大会』って出てる」
「オッケー。これで受付は問題なし」
クロフェイのショップ大会は、エルダ社の公式アプリ『エルダTCG』で管理されている。
開始時間までに受付を済ませておけば、それで参加完了だ。
「そういえば」
と僕は口を開く。
大事なことを聞いてなかった。
「うん?何、コトブキ先生」
「君のことはなんて呼べばいい?」
アプリに登録されていた”るり”は恐らく下の名前だろうと推測出来る。
勿論その名前で呼んでもいいのだが……まだ知り合って1日の(おそらく)同世代の女性を下の名前で呼ぶのは気が引ける。
チェリーボーイくさい?うるさいうるさい。
るりは「うーん」と少し考えた後、スマホの画面を見せてきた。
それはエルダTCGでのユーザー情報が記載された画面だ。ユーザー名には『サフィア』と表示されている。
「私のHN、サフィアで登録してるから。それでいいよ」
「分かった。じゃあ……サフィアさん」
口に出してから、少しだけ気恥ずかしくなる。
「へへ、綺麗な名前でしょ」
「自分で言いますか……」
そんなやり取りを終え、指定された卓の方へ向かうと――すでに一人、席に座っている男性がいた。
落ち着いた雰囲気の、三十代前半くらいだろうか。
ラフな服装で、テーブルの上にはきっちりスリーブに入ったデッキケースが置かれている。
「あ、キョンシーさん。どうも」
僕が声をかけると、男性は顔を上げ、にこやかに手を振った。
いつも通りの、穏やかな口調。
場にいるだけで空気が和むタイプの人だ。
「お、コトブキくん。今日は早いね」
「こんばんは。今日は人、少なめですね。アプリの方でも参加人数の表示、5人になってましたし」
「そうだねー。多い時は十人くらい集まるんだけど。今日は集まりがちょっと悪いね」
『HN:キョンシー』さん。
本名は知らない。クロフェイで知り合った、カードショップの中でだけの関係の人だ。
とはいえリリース時からクロフェイを遊んでいる人で、付き合いは長い。そのためこうして気さくにやり取りが出来る人だ。
他のカードゲームもそれなりに遊んでいるらしいが、クロフェイが特にお気に入りらしい。これまでに発売されている作品はとりあえず1つはデッキを組んでいる。
特に知らない作品でもデッキは組んでいるらしい。本当にこのゲームそのものが好きで遊んでいる、といった感じだ。
その様子を、サフィアさんは一歩後ろで見ていた。
昨日のカードショップではあんなに堂々としていたのに、今日は少し肩がこわばっている。緊張しているのだろうか?
そんな彼女の様子にキョンシーさんが気付いた。
「あれ、はじめましての人だね。新規さん?」
「あ……あの、はじめまして」
ぺこり、と丁寧に頭を下げる。
「サフィア、です」
「どうもどうも。キョンシーっていいます」
キョンシーさんは気負いなくそう言って、軽く会釈した。
「初心者の方?」
「あ、はい。その、好きなアニメがこのゲームに出てるって聞いて。昨日コトブキさんに色々教わったんですけど、その……迷惑掛けちゃうかもしれないけど、よろしくお願いします!」
「ははは。そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。この店の大会、そんなガチな雰囲気じゃないんで。分からないことがあったら質問しながら遊んだのでも全然大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます」
彼女の表情がほんの少しだけ緩む。
(……なんか、様子違うな)
昨日、僕と初めて会った時の彼女は、もっと距離が近かった。
初対面とは思えないくらいグイグイ来て、質問も遠慮がなかったのに。
今日はどこか、借りてきた猫みたいだ。年上の男性が相手だからちょっと怯えてる……のかな。そんなに警戒しなくてもいいのに。
そんなことを考えていると、僕達の方へ近付く足音があった。
「お、もう集まってるか」
聞き慣れた声と共に、神奈が現れた。
僕に軽く手を挙げて挨拶とした後、キョンシーさんに「どうも」と会釈する。
僕には態度が悪いが、それ以外の人にはそれなりに丁寧な態度をとるのがコイツだ。猫を被っているとも言う。
そして相変わらず肩をこわばらせているサフィアさんを一瞥してから、
「コイ……この人か?お前が昨日店で会った初心者は」
と言った。
……今『コイツ』って言いかけたな?危うく素が出てたな?
「うん。サフィアさん」
「どうも……」
ぺこり、とサフィアさんが挨拶する。
まあ……神奈に怯えるのは仕方ないか。顔は良いけど目つき悪いし。身長高いし。
「ああ、どうも。ノンって言います」
ノン。神奈のHNだ。
下の名前の「カノン」から2文字取ってノン。
僕が言うのもなんだが、安直である。
「コイツ、僕の大学の友達。目つきと口は悪いけど、悪人じゃないから心配しないで」
多分、と小声で付け加える。
初対面の女性に僕を相手にする時のような罵詈雑言を飛ばす程デリカシーが死んでいる悪人ではない筈だ。
多分。
「サフィアさんか。昨日は木曾が……コトブキがお世話になったみたいだな。ありがとう」
「いやいや、お世話だなんて。むしろ私の方がお世話になりっぱなしで」
お世話になった、とは僕のメンタルが回復したことを言っているのだろう。
確かに失恋の気が紛れて、本当にお世話になったといえる。
しかしわざわざそれを言うとは、神奈なりに僕のことを心配していたのは確かだったらしい。
そして神奈が合流してから数分もしないうちに、店の入口側が、にわかにざわついた。
やたら元気な声がする。
「うわ、今日プロカ多くない!?人多っ!祭りじゃん祭り!祭りの場所は、ここか~?」
聞き覚えのある、というか――
僕たちからしてみれば、聞き覚えがありすぎるテンションだった。
「うわ来た」
「来ましたねぇ。今日も元気で羨ましい」
神奈とキョンシーさんが揃って苦笑い。
振り返ると、そこにいたのは一人の女性。
年齢は三十代前半か、後半か。服装はオフィスカジュアル寄りだが、鞄には場違いなくアニメ……週刊少年ステップで連載されている大人気漫画『桜火の封魔士』の主人公である、柊朔の缶バッジがいくつも付いている。
全体的に落ち着いた社会人の格好なのに、動きと声は女性というより女児に近い。
「おっ、いたいた!クロフェイ卓こっちだよね?え、今日少なくない?優勝しやすいから逆に助かるまであるけど」
そう言いながら、彼女――『HN:キンセー』さんは、ずかずかとこちらに近づいてくる。
「どーもどーもー!今日も元気に社会の歯車として会社に魂売ってきました、キンセーでーす!」
「誰も聞いてないっす」
神奈が即座に切り捨てる。
「相変わらずダウナーな雰囲気ですなぁノン君は」
「キンセーさんが元気なだけですよ」
このやり取りを見て、サフィアさんが一瞬きょとんとした顔をした。
そして、思わず僕の方を見る。
(……あ、混乱してる)
無理もない。
さっきまで穏やかな大人しかいなかったところに、
急に嵐みたいな人が来たのだから。
「ん? あれ? もしかして……新しい子?」
キンセーさんの視線が、ぴたりとサフィアさんに止まる。
「おっ、初心者さん!? かわいー!」
「あ、あの……」
一歩、サフィアさんが後ずさる。
しまった、と思ったが――
キンセーさんは、そこで急に動きを止めた。
「あ、ごめんごめん!近かったよね今!?」
「え……」
「大丈夫大丈夫、噛んだりしないから!たぶん!」
たぶんって何だ。
「私キンセーって言います!ただの会社員で、ただのオタクです!今の推しキャラは、オーフーの朔!」
勢いだけで自己紹介を済ませ、にかっと笑う。
ちなみに『オーフー』は『桜火の封魔士』の略称である。
サフィアさんは一瞬戸惑ったあと、恐る恐る、ぺこりと頭を下げた。
「サ、サフィアです……」
「サフィアちゃんね! かわいい名前じゃん!」
その一言で、サフィアさんの肩が、ほんの少しだけ下がった。
「ででで、何のタイトル使ってるの!?」
早い。
話が早すぎる。
「え、えっと……」
「ほら、クロフェイって色んな作品揃ってるじゃん。やっぱ好きなタイトルがあるから始めたんでしょ?推し作品がどれかおねーさんに教えてみ?」
詰めるような問いかけに、サフィアさんが視線を泳がせる。
助け舟を出そうかと思った、その瞬間。
「……魔法学園、アステ☆リスク……です」
小さな声だった。
――が。
「は?」
キンセーさんが固まった。
「……え?」
「今……アステ……?」
一拍。
「アステ☆リスク?マジで?私もめっちゃ好き!いや~あれは令和始まって以来の傑作のひとつだよね。うん!」
両手をばたばた振り回しながら、興奮を隠そうともしない。
「で、どのキャラが好き?私は断然リィナちゃん派なんだけど!でも香里パイセンのクールさも熱いよなぁ!」
早口。
圧が強い。
「あ……」
サフィアさんが、目を見開いた。
「わ、私も……リィナ……好きです」
「マジ?一緒じゃん!」
「あ、でも。一番なのは主人公のアステちゃんっていうか……」
「あー。アステちゃんか~。やっぱストレートにカッコいい展開あるし分かるな~。魔法少女みんな魅力的だよね!特に8話のバトルなんかマジで熱かったし……」
キンセーさんが、がしっとテーブルを叩いた。
「やば!今日来てよかった!!」
「お客様ー。テーブルは叩かないでくださいー」
「おっと」
キョンシーさんのツッコミに我に返るキンセーさん。
そして、ふと気づいたように声のトーンを落とす。
「……あ、ごめん。引いた?」
サフィアさんは、少し迷ってから――
小さく、首を振った。
「……いえ」
そして、ほんの少しだけ、口元が緩む。
「同じ作品が好きな人に会えて、嬉しいです!」
それを見て、キンセーさんは満足そうにうんうんと頷いた。
「よかったー。アステ☆リスク好きな人、最近ほんと貴重だからさ。この3人、誰も見てないんだよ。ありえなくない?あんなに名作なのにさ」
キンセーさんは僕達、男性陣を一瞥して言った。
「いやー、見てみようとは思ってるんだけど。時間が無くって」
「キョンシーさんは見てくださいよ!デッキ組んでるんだから!そこの男子大学生2人も、時間あるんだから見なさい!アレは今のオタクの義務教育!」
「うーん、魔法少女モノって別に俺の興味範囲外というか」
「あはは……。昨日サフィアさんに勧められて、今度見ようとは思ってるんですが」
「帰ったら見なさい!今すぐに!ねぇ、サフィアちゃん?」
サフィアさんは急に話を振られたことに戸惑いながらも
「そうですよねー。昨日あれだけ語ったんだから、なんなら昨日すぐに全話完走するくらいの気合は見せてほしかったですよ」
と、意地悪そうに笑った。
「無茶言わないでよ。あのアニメ25話あるじゃん」
「いやもう、1話見たら止まんないから!コトブキ先生のお気に入りの、聖菜さんも1話に出てくるから」
「ああ。4話で大変な目に遭うらしい子……」
さっきまでの緊張が嘘みたいにほどけている。
年齢も立場も関係なく、「好きなものが同じ」というだけで、
人はここまで自然に笑えるんだな。
そんなことを思っていると、店内放送が鳴り響いた。
『――お待たせしました。これより、クロスフェイヴ・ショップ大会を開始します。参加される方は、指定された卓へお集まりください』
キンセーさんが、ぱっと顔を上げた。
「お、始まる」
「お集まりください、て言われても既に卓番のあるテーブルに揃ってますけどね」
サフィアさんも、少しだけ背筋を伸ばす。
不安は、まだ完全には消えていないようだったが、それでもさっきより、ずっと――柔らかい表情だった。
(……大丈夫そうだな)
そう思いながら、僕は鞄に仕舞っている自分のデッキケースに手を伸ばした。
シャカシャカ。パチパチ。
――グレンドラの『火炎弾丸』で220ダメージ。撃破したんでライフ1枚とります。アザッシター。
――グッズカード『緊急レスキュー』使用でライフ1点回復でー
シャカシャカ。パチパチ。
入口を抜けた瞬間に耳に飛び込んでくるのは、カードをシャッフルする音、スリーブが擦れる音、そしてテンポの早い会話の数々。
奥の方では、すでに何卓も埋まっていて、観戦している人まで含めるとかなりの人数が集まっているように見える。
まあ、その理由は明らかなんだけど。
決してクロスフェイヴの大会がこの後あるから……なんて理由ではない。
「……おぉ~」
僕の隣で、るりが小さく声を漏らした。
「これ、みんなクロフェイやる人達?凄い賑わってるね。大人気カードゲームじゃん」
一瞬、期待と緊張が混ざったような表情で店内を見渡している。
その視線の先には、ぎっしりと人が集まったテーブル群。
……ああ、なるほど。
初見だと、そう思うよな。
「いや、あっちは違う」
「え?」
「同じ時間に大会がある、プロカ――プロモンカードゲームの集まり。僕らは……」
そう言って、僕は視線を少し横にずらし、店の端寄りを指差した。
そこには、さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かな一角。
テーブルがいくつも並び、それぞれに**『クロスフェイヴ大会 卓①』『卓②』**と書かれた紙が無造作に置かれている。
「あっち」
「あ、ああ……」
るりは一瞬きょとんとしたあと、少しだけ苦笑いを浮かべた。
確かに、こうして比べると分かりやすい。
大手TCGの大会は人で溢れているのに、クロフェイの卓は空席だらけだ。
「この街でクロフェイを毎週遊ぶアクティブな人ってそこまで多くないからさ。こうして大人気カードゲームと大会時間被ってもあんまり店が混雑しないワケ。だから大会時間一緒にされてる」
「……わーお。ちょっと肩身が狭い……」
「えーと、そうだ。昨日言ってたアプリは入れた?エルダTCGってやつ。基本的にアプリから大会の受付するからさ」
「あ、うん。ちゃんと入れといたよ」
るりは慌てた様子でスマホを操作し、画面をこちらに向ける。
見慣れたエルダTCGのホーム画面。
クロフェイをはじめとした、エルダ社で販売・運営されているTCGの大会やイベント参加の受付、デッキレシピの登録などを行うアプリだ。
「大会の事前受付も、してる?」
「……えっと、えっと……」
一瞬だけ焦った顔になる。
「あ、大丈夫。『ジーゼロ・クロスフェイヴショップ大会』って出てる」
「オッケー。これで受付は問題なし」
クロフェイのショップ大会は、エルダ社の公式アプリ『エルダTCG』で管理されている。
開始時間までに受付を済ませておけば、それで参加完了だ。
「そういえば」
と僕は口を開く。
大事なことを聞いてなかった。
「うん?何、コトブキ先生」
「君のことはなんて呼べばいい?」
アプリに登録されていた”るり”は恐らく下の名前だろうと推測出来る。
勿論その名前で呼んでもいいのだが……まだ知り合って1日の(おそらく)同世代の女性を下の名前で呼ぶのは気が引ける。
チェリーボーイくさい?うるさいうるさい。
るりは「うーん」と少し考えた後、スマホの画面を見せてきた。
それはエルダTCGでのユーザー情報が記載された画面だ。ユーザー名には『サフィア』と表示されている。
「私のHN、サフィアで登録してるから。それでいいよ」
「分かった。じゃあ……サフィアさん」
口に出してから、少しだけ気恥ずかしくなる。
「へへ、綺麗な名前でしょ」
「自分で言いますか……」
そんなやり取りを終え、指定された卓の方へ向かうと――すでに一人、席に座っている男性がいた。
落ち着いた雰囲気の、三十代前半くらいだろうか。
ラフな服装で、テーブルの上にはきっちりスリーブに入ったデッキケースが置かれている。
「あ、キョンシーさん。どうも」
僕が声をかけると、男性は顔を上げ、にこやかに手を振った。
いつも通りの、穏やかな口調。
場にいるだけで空気が和むタイプの人だ。
「お、コトブキくん。今日は早いね」
「こんばんは。今日は人、少なめですね。アプリの方でも参加人数の表示、5人になってましたし」
「そうだねー。多い時は十人くらい集まるんだけど。今日は集まりがちょっと悪いね」
『HN:キョンシー』さん。
本名は知らない。クロフェイで知り合った、カードショップの中でだけの関係の人だ。
とはいえリリース時からクロフェイを遊んでいる人で、付き合いは長い。そのためこうして気さくにやり取りが出来る人だ。
他のカードゲームもそれなりに遊んでいるらしいが、クロフェイが特にお気に入りらしい。これまでに発売されている作品はとりあえず1つはデッキを組んでいる。
特に知らない作品でもデッキは組んでいるらしい。本当にこのゲームそのものが好きで遊んでいる、といった感じだ。
その様子を、サフィアさんは一歩後ろで見ていた。
昨日のカードショップではあんなに堂々としていたのに、今日は少し肩がこわばっている。緊張しているのだろうか?
そんな彼女の様子にキョンシーさんが気付いた。
「あれ、はじめましての人だね。新規さん?」
「あ……あの、はじめまして」
ぺこり、と丁寧に頭を下げる。
「サフィア、です」
「どうもどうも。キョンシーっていいます」
キョンシーさんは気負いなくそう言って、軽く会釈した。
「初心者の方?」
「あ、はい。その、好きなアニメがこのゲームに出てるって聞いて。昨日コトブキさんに色々教わったんですけど、その……迷惑掛けちゃうかもしれないけど、よろしくお願いします!」
「ははは。そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。この店の大会、そんなガチな雰囲気じゃないんで。分からないことがあったら質問しながら遊んだのでも全然大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます」
彼女の表情がほんの少しだけ緩む。
(……なんか、様子違うな)
昨日、僕と初めて会った時の彼女は、もっと距離が近かった。
初対面とは思えないくらいグイグイ来て、質問も遠慮がなかったのに。
今日はどこか、借りてきた猫みたいだ。年上の男性が相手だからちょっと怯えてる……のかな。そんなに警戒しなくてもいいのに。
そんなことを考えていると、僕達の方へ近付く足音があった。
「お、もう集まってるか」
聞き慣れた声と共に、神奈が現れた。
僕に軽く手を挙げて挨拶とした後、キョンシーさんに「どうも」と会釈する。
僕には態度が悪いが、それ以外の人にはそれなりに丁寧な態度をとるのがコイツだ。猫を被っているとも言う。
そして相変わらず肩をこわばらせているサフィアさんを一瞥してから、
「コイ……この人か?お前が昨日店で会った初心者は」
と言った。
……今『コイツ』って言いかけたな?危うく素が出てたな?
「うん。サフィアさん」
「どうも……」
ぺこり、とサフィアさんが挨拶する。
まあ……神奈に怯えるのは仕方ないか。顔は良いけど目つき悪いし。身長高いし。
「ああ、どうも。ノンって言います」
ノン。神奈のHNだ。
下の名前の「カノン」から2文字取ってノン。
僕が言うのもなんだが、安直である。
「コイツ、僕の大学の友達。目つきと口は悪いけど、悪人じゃないから心配しないで」
多分、と小声で付け加える。
初対面の女性に僕を相手にする時のような罵詈雑言を飛ばす程デリカシーが死んでいる悪人ではない筈だ。
多分。
「サフィアさんか。昨日は木曾が……コトブキがお世話になったみたいだな。ありがとう」
「いやいや、お世話だなんて。むしろ私の方がお世話になりっぱなしで」
お世話になった、とは僕のメンタルが回復したことを言っているのだろう。
確かに失恋の気が紛れて、本当にお世話になったといえる。
しかしわざわざそれを言うとは、神奈なりに僕のことを心配していたのは確かだったらしい。
そして神奈が合流してから数分もしないうちに、店の入口側が、にわかにざわついた。
やたら元気な声がする。
「うわ、今日プロカ多くない!?人多っ!祭りじゃん祭り!祭りの場所は、ここか~?」
聞き覚えのある、というか――
僕たちからしてみれば、聞き覚えがありすぎるテンションだった。
「うわ来た」
「来ましたねぇ。今日も元気で羨ましい」
神奈とキョンシーさんが揃って苦笑い。
振り返ると、そこにいたのは一人の女性。
年齢は三十代前半か、後半か。服装はオフィスカジュアル寄りだが、鞄には場違いなくアニメ……週刊少年ステップで連載されている大人気漫画『桜火の封魔士』の主人公である、柊朔の缶バッジがいくつも付いている。
全体的に落ち着いた社会人の格好なのに、動きと声は女性というより女児に近い。
「おっ、いたいた!クロフェイ卓こっちだよね?え、今日少なくない?優勝しやすいから逆に助かるまであるけど」
そう言いながら、彼女――『HN:キンセー』さんは、ずかずかとこちらに近づいてくる。
「どーもどーもー!今日も元気に社会の歯車として会社に魂売ってきました、キンセーでーす!」
「誰も聞いてないっす」
神奈が即座に切り捨てる。
「相変わらずダウナーな雰囲気ですなぁノン君は」
「キンセーさんが元気なだけですよ」
このやり取りを見て、サフィアさんが一瞬きょとんとした顔をした。
そして、思わず僕の方を見る。
(……あ、混乱してる)
無理もない。
さっきまで穏やかな大人しかいなかったところに、
急に嵐みたいな人が来たのだから。
「ん? あれ? もしかして……新しい子?」
キンセーさんの視線が、ぴたりとサフィアさんに止まる。
「おっ、初心者さん!? かわいー!」
「あ、あの……」
一歩、サフィアさんが後ずさる。
しまった、と思ったが――
キンセーさんは、そこで急に動きを止めた。
「あ、ごめんごめん!近かったよね今!?」
「え……」
「大丈夫大丈夫、噛んだりしないから!たぶん!」
たぶんって何だ。
「私キンセーって言います!ただの会社員で、ただのオタクです!今の推しキャラは、オーフーの朔!」
勢いだけで自己紹介を済ませ、にかっと笑う。
ちなみに『オーフー』は『桜火の封魔士』の略称である。
サフィアさんは一瞬戸惑ったあと、恐る恐る、ぺこりと頭を下げた。
「サ、サフィアです……」
「サフィアちゃんね! かわいい名前じゃん!」
その一言で、サフィアさんの肩が、ほんの少しだけ下がった。
「ででで、何のタイトル使ってるの!?」
早い。
話が早すぎる。
「え、えっと……」
「ほら、クロフェイって色んな作品揃ってるじゃん。やっぱ好きなタイトルがあるから始めたんでしょ?推し作品がどれかおねーさんに教えてみ?」
詰めるような問いかけに、サフィアさんが視線を泳がせる。
助け舟を出そうかと思った、その瞬間。
「……魔法学園、アステ☆リスク……です」
小さな声だった。
――が。
「は?」
キンセーさんが固まった。
「……え?」
「今……アステ……?」
一拍。
「アステ☆リスク?マジで?私もめっちゃ好き!いや~あれは令和始まって以来の傑作のひとつだよね。うん!」
両手をばたばた振り回しながら、興奮を隠そうともしない。
「で、どのキャラが好き?私は断然リィナちゃん派なんだけど!でも香里パイセンのクールさも熱いよなぁ!」
早口。
圧が強い。
「あ……」
サフィアさんが、目を見開いた。
「わ、私も……リィナ……好きです」
「マジ?一緒じゃん!」
「あ、でも。一番なのは主人公のアステちゃんっていうか……」
「あー。アステちゃんか~。やっぱストレートにカッコいい展開あるし分かるな~。魔法少女みんな魅力的だよね!特に8話のバトルなんかマジで熱かったし……」
キンセーさんが、がしっとテーブルを叩いた。
「やば!今日来てよかった!!」
「お客様ー。テーブルは叩かないでくださいー」
「おっと」
キョンシーさんのツッコミに我に返るキンセーさん。
そして、ふと気づいたように声のトーンを落とす。
「……あ、ごめん。引いた?」
サフィアさんは、少し迷ってから――
小さく、首を振った。
「……いえ」
そして、ほんの少しだけ、口元が緩む。
「同じ作品が好きな人に会えて、嬉しいです!」
それを見て、キンセーさんは満足そうにうんうんと頷いた。
「よかったー。アステ☆リスク好きな人、最近ほんと貴重だからさ。この3人、誰も見てないんだよ。ありえなくない?あんなに名作なのにさ」
キンセーさんは僕達、男性陣を一瞥して言った。
「いやー、見てみようとは思ってるんだけど。時間が無くって」
「キョンシーさんは見てくださいよ!デッキ組んでるんだから!そこの男子大学生2人も、時間あるんだから見なさい!アレは今のオタクの義務教育!」
「うーん、魔法少女モノって別に俺の興味範囲外というか」
「あはは……。昨日サフィアさんに勧められて、今度見ようとは思ってるんですが」
「帰ったら見なさい!今すぐに!ねぇ、サフィアちゃん?」
サフィアさんは急に話を振られたことに戸惑いながらも
「そうですよねー。昨日あれだけ語ったんだから、なんなら昨日すぐに全話完走するくらいの気合は見せてほしかったですよ」
と、意地悪そうに笑った。
「無茶言わないでよ。あのアニメ25話あるじゃん」
「いやもう、1話見たら止まんないから!コトブキ先生のお気に入りの、聖菜さんも1話に出てくるから」
「ああ。4話で大変な目に遭うらしい子……」
さっきまでの緊張が嘘みたいにほどけている。
年齢も立場も関係なく、「好きなものが同じ」というだけで、
人はここまで自然に笑えるんだな。
そんなことを思っていると、店内放送が鳴り響いた。
『――お待たせしました。これより、クロスフェイヴ・ショップ大会を開始します。参加される方は、指定された卓へお集まりください』
キンセーさんが、ぱっと顔を上げた。
「お、始まる」
「お集まりください、て言われても既に卓番のあるテーブルに揃ってますけどね」
サフィアさんも、少しだけ背筋を伸ばす。
不安は、まだ完全には消えていないようだったが、それでもさっきより、ずっと――柔らかい表情だった。
(……大丈夫そうだな)
そう思いながら、僕は鞄に仕舞っている自分のデッキケースに手を伸ばした。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる