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太田かよ

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「はい、塩一つ」
 表面張力でスープが溢れていない丼がとんとテーブルの上に置かれる。
 ふわっと優しい塩の香りが鼻を通り抜ける。
 化学調味料を使ってないから出来る優しい香り。
 十分に香りを感じてから写真を一枚。熱々のうちに食べたいので撮る写真は一枚。撮れていることを確認して、スマホをしまい麺をすする。
 今回のテーマは、喜多方ラーメン。だから太めの縮れ麺だ。一口いれた瞬間、うま味が脳天を突き抜ける。ふぅと大きく息を吐き出していったん落ち着き、また麺をすする。湯気で眼鏡が少し曇り、汗で前髪が額にへばりつく。れんげでスープをすくい透明感を感じながら口に運ぶ。思わず拍手したくなる完成度。感服だ。丼のスープがどんどん減っていき、半分ほど食べ終えたところで、酢をひと回しして、味を変え一気に食べ進める。気がつけばスープはほぼなくなっていた。テーブルの上を簡単に片付け「ごちそうさま」と告げて店を出る。 
 店の外で、「透明感 うま味 味変」と打ち込み、時間を見て小走りで駅に向かう。残りはあとで。走りにくいからパンツスーツにすればよかった。
 このあとは後輩の川田と合流して新宿でライブ。ぎりぎりなので着席のライブがありがたい。推しがアイドルを卒業してから、初めてのソロライブ。本当はもっと余裕をもって着きたかったけど。
 会場に着くと開演十五分前。川田はもう到着していた。
「ギリっすね。美味しかったですか?」
「最高。塩のうま味すごい」
「俺も得意先行かなきゃ行けたのに」
 ぼやく川田に感想を詳しく話す暇もなく客席が暗くなりライブが始まる。真っ暗の場内にスポットライトが光り歌が始まる。自分のライブでもないのに、手を握りしめている。頑張れ。一曲丸ごと歌い切ったあと、ライトが会場全体について曲が始まり、みんな一斉に立ち上がる。前半戦が終わり、MCが始まった。卒業して今日のライブが来るのが楽しみと不安が半分半分だったこと、始まって客席がいっぱいで嬉しかったことを一言一言丁寧に話してくれる姿に胸が打たれてしまう。本当好き。長く話しすぎちゃったねって言ってMCが終わり新曲と今後のライブの予定と「Food bookもよろしくね」と言って後半戦が始まった。

「Food book」

 そのワードを出されて気にならずにはいられない。ライブのドキドキと重なり一曲一曲がさらに一瞬に感じてしまう。アイドル時代の曲をアンコールで披露してくれて、予想外の選曲に大きな歓声に包まれる。自然とコールが湧き上がり、あっという間にライブは終わってしまった。
「どうだった?」
 尋ねると
「最高っすよ。どうでした?」
「最高しかないでしょ」
 アイドルの時とは違うかっこいい要素とところどころにかわいさ、その上歌がハスキーで上手くなっていたこと、アンコールの曲がとにかく最高だったこと、あれこれ話しながら出口に向かう。
「最高記念に、このあと一杯やります?」
 この後もちろん感想戦をしたい。Food bookのページを仕上げたいからと断って解散になった。
「Food book」
 飲食店のレビューを書き込み自分だけのグルメ本を作っていくサイトで、ここ数年利用者が増えている。激辛、とんかつなど味や食べ物を絞ったレビュー、一店舗のお店に絞ったレビューなど自分の個性を出せる。推しがサイトをチェックしていることを知り、もしかしたら読んでもらえるかもと思って数年前に書き始めた。会社帰りに立ち寄れる数駅の範囲にお店を絞り、最低三回通ってからレビューを書くようにしている。読めばおすすめが網羅出来るようなページ作りを心がけている。
 去年は初めてトップ30にも選ばれ、学生時代から好きな「食べること 書くこと」の両方で評価をもらえた。今でもその嬉しさは忘れていないし、もっといいものに!と日々頑張っているところだ。
 カフェに立ち寄りレビューの組み立てを始める。考えようとするも、ライブの疲れがどっと出て思うように進まない。チーズケーキを頬張りながら、癒しを求めて推しのSNSをチェックする。ライブ後の写真がアップされている!表情最高~。目がくりっとしている。オンザ眉の前髪にさらさらの黒髪のロングもいい!私も前髪作ろうかな。本当に推しはカンフル剤だ。今年からFood bookのCMキャラクターに選ばれ、そのおかげで今年のBest Bookに選ばれたレビュワーは、賞金と副賞として推しとの食事会と賞金十万円!副賞のためにやるしかない!よし!気合を入れてレビューの続きにまた取り掛かかるることにした。
 通勤の電車の中で今年一番力を入れて書いているラーメンのページをチェックする。お店で年に三十種類ほど出る限定ラーメンを食べ、味、香り、麺の種類、スープの濃厚さ、値段、またその時に出たトッピング。図鑑の様に使って貰えればと思いながらまとめている。
 
 職場に着いて、隣席の川田に昨日のラーメンの写真をチェックしてもらい、ライバルレビュワーの動向をチェックする。またあいつだ。アプリを開いて毎回おすすめされるレビュワー。
 それが「mochi」
 ここ数年間Best bookを毎年獲得してるサイトの象徴的なレビュワーだ。
 新店の開拓力がとにかく早い。どこで新店情報をゲットしているのか不思議なぐらい。味はもちろん、雰囲気、動線、掃除の程度、接客態度、レビューが非常に細かい。
 丼がきちんと温められているか、かつの厚みが均一切られているか、ケーキなんてフィルムについてしまうクリームの量をレビューしていたこともある。そして必ず最後に、価値あり、一考の価値り、一考の価値なし、価値なしの評価で締めくくる。価値ありの評価は一年間で五件あるかないか、価値なしの評価はレビュー数の三割程度。価値なしと評価された新店舗が爆発的にヒットすることはほぼなく、「mochiの呪い」と揶揄されている。自分はいいところを積極的に書いて行きたいので、苦手なタイプだ。
 mochiのページを見てみると、おにぎり屋のページのレビュー評価を表すdelicious数がもう四桁を達成してる。同じ店を書いて、私はまだ三桁なのに。むかつく。今回は久々の価値あり評価なので注目を集めたんだろう。相手の調子が良さそうなのを見てスイッチが入り、髪を結び直す。打倒mochi!目指せ食事会!さっさと仕事を終わらせないと!思いながら、紙の山から片付ける書類を引っ張りだした。
 
「限定ラーメンは必食!オマージュしているお店も全国津々浦々。出会ったことのない味を体験できます。
 通うことで各店のラーメンを食べ歩いた気持ちなれるのはここだけでは?一度確かめてみてください」
 
 出来た~!!嬉しくて思わず座ったまま万歳をしてしまう。一年かけて食べ歩いたラーメン屋のページが出来上がった。
 一年間で二十五杯。ラーメンオタクとしては多くない杯数だけれど、限定に合わせて予定を組むのが大変だった。振り返ると、食べる機会が少なかった塩ラーメンの美味しさ、ラーメン自体の奥深さを知ることが出来たと思う。学びが多く大満足だ。ページの出来も満足!
「よし、更新!」
 嬉しさで一人で呟きながらレビューをサイトにアップする。あとは評価だ。評価沢山こい!一人お疲れ様会のために近所のベーグル屋に向かい、お気に入りのラムレーズンとクリームチーズを挟んだベーグルを二つも注文してしまう。カロリーは今日は気にしない。投稿も出来たし、好きなベーグルも買えたし。そんな時Food bookから通知だ。おにぎり屋のページにコメントがきてる。なんだろう?

「このページってmochiさんが行ったから書いているんですか?」

 言葉通りの文面だけれど、意味がわからなかった。私が真似て書いているってこと?コメントした人を確認すると知らないアイコンの人だ。返信したくないな。そう広くない店内であれこれ悩んでいるうちに、頼んだベーグルが出来上がっていた。
 自宅に帰ってコーヒーを入れながらどうするか考えていたが、食べたら落ち着いてしまい、コメントのことは一回放置することにした。
 次の日仕事の合間にスマホを確認するとまた通知が来ている。もしかして。おにぎり屋のページにコメントだ。

「おにぎりの写真の撮り方mochiさんを真似してません?」

 また同じ人。勘弁してよ、おにぎりの写真の撮り方なんてそう何パターンもないでしょ。思いながら気になって、mochiのおにぎりの写真を確認する。確かに二人ともおにぎりの写真を上から撮っている。でも、ここのおにぎりは三角のてっぺんに具材を乗っけてくれるからこの構図は必然でしょ。他のレビュワーの写真も確認すると、ほとんど上からか斜め上から撮っている。ほらみんなそうじゃん。勤務中なので仕事を進めようとするけれど、気になってあまり進まない。
 定時を過ぎたところで片付けをし、エレベータ待ちの間にスマホをチェックする。コメントは来てない。どんな人なのかな。書き込んだ人の個人ページを見ることにした。レビューは一つもしていない。閲覧用だろう。書き込んだコメントを一覧で見ることは出来ないので、mochiのページに書き込みしていないか確かめてみると、おにぎり屋のページにコメントを書き込んでいた。

「久々の価値あり評価ですね!素晴らしい!とても行ってみたくなりました。mochiさんが食べた明太マヨチーズを食べてみます。参考になるレビューです!」

 読んだ瞬間この人ファンなんだと思った。だからいちゃんもんつけてるんだろう。ますます、むかついてきた。返信するともっと攻撃されそう。放っておこう。こっちは真剣にBest bookを狙っているから勘弁してほしい。mochiファンまで苦手。
 昨日と同じ時間にスマホからまた通知が入る。嫌な予感がして見ると、Food bookからだ。

「返信がないってことは、mochiさんのパクリなんですよね?図星ですか?」

 予想していた相手からだ。今度はパクリ呼ばわり。デスクで深いため息をついてしまう。
「どうしたんですか?」
 ため息が聞こえたのか川田が尋ねてくる。事の成り行きを説明すると
「そういうのはシカトが一番っすよ。反論してさらに事が大きくなったケースめっちゃあるじゃないですか」
「そうだよね」
 わかってはいるけれど気になってしまう。席をいったん離れて、自動販売機でお茶を買って一息ついてから、再度チェックしてしまう。どうして私なんだろうと納得が出来ない。
 やり取りもmochiとしたことがない、アイコンから推測するにmochiはおそらく男性だろうから異性の私なのか?でも性別は公言していない。書かれる理由が見当たらない。
 レビューも炎上しないように否定的な意見は丁寧にオブラートに包んで書くようにしている。何回考えてもわからない。諦めてデスクに戻り、手のひらで机を叩いてしまう。いらつく。仕事を始めるも、全く捗らない。このあと毎日コメントされたら、炎上したらと悪いことばかり考えてしまう。こういう時こそ美味しいものを食べればいいのだけれど、行くとレビューを考えてしまい、結局また思い出してしまいそう。
 結局昨日はどこにもよらず家に帰ったが中々寝付けず、頭がうまく働かないまま出勤することに。通知が来ないかそわそわしたが、来ないまま就業時間を迎えてしまった。
「来なかったよ!」
 川田に思わず報告する。
「言ったじゃないですか。放っておくのが一番って」
 川田の言う通りだったなとほっとする。心配でスマホを何回も見るが、帰宅すると寝不足なのですぐ寝てしまい、朝アラームで起きてすぐに通知を確認する。コメントが来てない!安心して、大きく伸びをしてベッドから起き上がり、よしと思って、目玉焼きとベーコンの特製トーストで朝ごはん。マヨネーズも多めにかけちゃお。
 あがってるのでメイクも丁寧にして職場に向かう。考えると気が滅入るので、ここ数日捗らなかった分の遅れを取り戻すために仕事に集中。気がつくと退勤の三十分前だ。Food bookからの通知はない。やった!相手も諦めてくれたのかな。とりあえず一安心。やっと頑張って取り組めた実感が沸いてきた。絶対に副賞をゲットして、推しと食事したい!始めたきっかけがあなたですって伝えたい!そうだ、気になって行けていなかった、有名家系ラーメンのインスパイア店に行こう。そしてまたレビューを書くぞ!
「よし!」
 急に大きな声を出したから川田にちらっと見られてしまう。ごめんと謝って帰り支度をすませ足早に向かう。お店に着いて並びがなかったので、中で食券を購入する。通っているラーメン屋の人がおすすめしてくれたので期待出来る。ミニラーメンにおすすめされたにんにくを追加。ミニラーメンを提供されたのに、目の前の山にびっくりする。ミニでも小山だ。写真を撮ってから、麺と野菜を一気にかきこむ。ボリュームの割に油ぽくない!れんげで間からスープをすくう。これが乳化スープなのか!初めての感触だ。確かにスープと油が絶妙に混ざり合っている。食べ切れるか不安だったけれど、熱々の内に一気に食べすすめ完食してしまった。食べ終わったあと店内に空席があったので、味のメモのためにアプリを開く。
 ここ数日の騒動でFood bookを開くのが憂鬱だったけど、アクセス数やdelicous数を確認する。ラーメン屋のレビューが共に伸びていて、小さくガッツポーズ。このままBest bookに届け!一気に水を飲み干して、混んできたお店を出ることにした。
 自分のレビューの動向をチェックしているが、ある時を境に増加数が緩やかになっていた。投稿して一ヶ月はアクセス数が上がっていくだけど、どうしたんだろう?不思議に思うが、投稿数が多い時期なので埋もれて伸び悩んでいるのかも。けれど、そのあとも伸び悩んでいた。ひとまず、投稿内容をチェック。問題はなさそうだけどな。この間のこともあったので知らない間に炎上しているのかも知れない。すぐにSNSで自分のユーザー名を検索してみる。画面をスクロールしていくと、あった。自分のことを呟いてる書き込みを見つける。動かしていた指が止まる。書き込みしているユーザーのアイコンをタップすると、私にコメントしていた人だ。アイコンもユーザー名も同じ。見ると最後に私にコメントした次の日からmochiのアカウントにコメントしている。

「mochiさんのレビューを参考にしてる人がいます」

 最初の書き込みがされていて、次は

「この写真見てください。撮り方真似てると思います」

 また写真のことを書き込みしている。このコメントには他の人の

「似てると思います!ひどいですね」

 とコメントが続き

「やっぱりそう思いますよね!許せないです」

 さらに続けてついている。

「運営に真似されてること相談したらどうですか?」

 そんなコメントもあり私は完璧にパクりの人だ。
 他の書き込みが気になり遡ると、三ヶ月くらい前にも他の人のレビューについてmochiにコメントしている。
 内容は、参考にされてます、写真が似ています、味の感想を真似ていますと私の時とほぼ一緒。そのパターンが一年間で二件。この時間を他に当てた方がいいよこの人。厄介なのはmochiの書き込みにコメントしているので、他の人の目に止まりやすいことだ。書き込みがきっかけで私の評価が下がるのは困る。ここで否定するともっと炎上する可能性がある。かといって放っておくのも嫌だ。見ていたスマホを机の上に置いて天井を見つめる。Best bookを取るための努力を思い出して腹が立ってきた。mochiのファン厄介すぎるだろ。良い解決策は浮かばないので、一回見るのをやめようとログアウトした。
 川田に運営に相談したらどうですか?とアドバイスされ、問い合わせしてみるも返信はなし。期待してなかったけど。気晴らしに、カフェに行ったりしてみるも美味しいものを食べると結局思い出してしまい逆効果になってしまう。
 しばらくログアウトしていたが、Best bookの締切まであと一週間になりログインして確認することにした。開くの嫌だけれど、しょうがない。
 ログインした途端通知が一気に表示される。deliciousの通知がめちゃくちゃ来ている!想像の倍以上だ!閲覧数も確認すると、横ばいだったのに何日か前から右肩上がりだ!嬉しい!
 でもなんで?通知を再度確認して、コメントは来ていない。安心するけれど、なんで急に増えたんだろう。
「先輩これみました?」
 川田がスマホの画面を見せてくる。

「Food bookの他の方について僕のアカウントに書くのはやめてください迷惑です」

 mochiの投稿だ。
「これいつの書き込み?」
「三日前ぽいですね」
 そのあとだ、評価が増えたの!
「コメントも削除されてますよ。よかったじゃないですか」
 やった!だからか。騒ぎが大きくなっていたらパクリのレッテルを貼られて今後レビューなんてする気にならなかったと思う。mochi感謝!
 推しに読んで貰いたい。その一心で始めたけれど、今では新しいお店の味を文章にするのが楽しい。やめるのは絶対嫌だったので本当に嬉しい。mochi本当にありがとう!よし!早いけどお祝いだ!
「川田今日ご飯食べに行こう!」
 誘うと
「もちろんですよ。前祝いしましょう!」
「今日はおごるよ。ハンバーガーとビール食べよ!」
 いい流れがきてる。その実感が湧いてきて、ワクワクが止まらなくなってきた。
 
 ふぅと大きく息を吐いて気持ちを整える。今日は結果発表だ。結果は仕事中に出ているが、確認するとその後仕事にならなそうなので、終わってからカフェで確認することに決めた。机の上にスマホを置いて、どきどきして見られない。いつ見たって結果は変わらないと思い直し、決心してページを開く。

「Best book賞 mochi様」

 見た瞬間あーと小さく叫んでしまう。食事会が。行くお店だって決めてたのに。また、コメント騒動を思い出してむかむかしてきた。
 受賞理由を読むと、閲覧数、delicous数が多かったこと、人気店をいち早く、的確にレビューしていることが今年も評価されている。
 確かにおにぎり屋のページを読んでみると、海苔の大きさを一回り大きくしてご飯全体を包み込んだ方がご飯と海苔のバランスがよくなると書いてあり驚いた。私は、どうしたらさらに美味しくなるかより、今の美味しさを伝えているから自分には出来ないレビューだ。読み進めると

「握り手が変わると食感、具の割合が変わってしまう。そこを良さとして生かせるかがこの店の今後の課題だろう」

 今書かれている握り手によっての違いにいち早く気がついていた。悔しいけど、一回では気がつけない。負けを認めたくないが、認めるしかない。完敗だと思う。
 自分の名前はBest30に記載されていた。今年も去年と変わらずか。スマホを思わず机の上に投げ、ページを見つめる。推しにも会えないし、Best bookにも選ばれない。なんでかな、予想とは違う。食事会に行った後のレビューやレポまで考えていたのに。騒動が心残りだ。もう終わったことだから来年を見据えていこう。
「来年こそ」
 そう心に決め、席を立った。
 
「鯖キーマ。納豆トッピング」
 届いたカレーの横に納豆が一パック分は乗せられている。トッピングの量じゃない。混ぜて食べるようにおすすめされたので、その通りにしてみると納豆が馴染んでいる。想像以上のハーモニー!全部が和の食材なので深みが増している。この辺りを上手くまとめていこう。
「ごちそうさま」
 カウンターで五席しかないのですぐにお店を出て、ドーナツ屋さんに向かう。風が気持ちいい。一駅先なので歩いて行こう。歩きながら、レビューのための良さそうなお店をチェック!
 信号待ちの間にスマホを取り出しSNSをチェックする。

「この間Food bookの受賞者さんと副賞の食事会に行ってきたよ。行きつけのお寿司やさんが事務所の近くにあることを教えてもらって行ってきたよ。聞いた通りランチのコスパ最高!」

 投稿と一緒にちらし寿司の写真がアップされている。mochiが私の夢を叶えている現実は見たくない。でも気になる。どこのちらし寿司か該当のお店を探してみる。事務所は確か青山だから、「青山 お寿司ランチ コスパ」で検索する。ここだ!好きなパン屋さんの近くだ。自分の行動圏内だし、来週行っちゃお!

 お寿司屋さんは間口に暖簾がかかっていて隠れ家感満載だ。夜は最低一万円なのに、お昼はそれぞれ二千円か三千円でお値打ち感満載。ちらしかにぎりか選べるし。食べていたちらし寿司は三千円のものだったはず。同じものを注文してみる。出てきたちらしは雲丹、いくら、鮪、鯛、サーモンなどの具材が色とりどりに散りばめられ、下のご飯が見えない。ネタのボリュームに、食べる前からわくわくする。もう一度SNSで同じものかを見比べて、わさびを溶いた醤油をかけていただく。
 値段以上の味でびっくり。これ利益ある?ご飯もいいお米だな。お得すぎる。お箸が止まらずあっという間に完食。お茶を飲んで一息つく。
 こぢんまりとした店内のどこに座ったんだろう。同じお店に来ていると思うとどきどきする。行く前にmochiのページをチェックしたけれどここはレビューはされていなかった。普段使いしてるのかな。空席があるか確認するためにお客さんが入ってくるので、「ごちそうさま」と伝えお会計をお願いした。
 気に入ったので青山のランチルーティンにお寿司屋さんも加わり、自分も行きつけのお店になっていた。いつも通りカウンターの席に案内され、続けて隣の席に男の人が案内される。
 その人はメニューを見ずに三千円の握りを注文していた。テンポのいい注文に、つられて同じメニューを注文する。カウンター越しの職人さんが丁寧な包丁捌きでネタを切り、お寿司を一貫ずつ握りはじめる。職人さんの無駄のない動きに見とれてしまう。レビューはしないので写真は撮らず、付け台に置かれたお寿司をすぐにいただく。
 一貫目、二貫目、三貫目と進んだところで隣の人もほぼ同じタイミングでお寿司を口に運んでいる。気のせいかなと思ったが、四貫目でちらっと見ると確かに同じタイミングだ。
 次に届いたお椀のしじみと出汁の香りを楽しんでいると、男性も同じく香りを楽しんでいる。こんなことある?美味しいものが凄く好きか、食べることが仕事の人?頭の中で想像を膨らませてしまう。食べ終わったタイミングで、相手のスマホの画面が目に入ってしまった。
 Food bookの画面?見覚えのある画面。横目でもう一回画面を確認する。あの画面は間違いない。レビュワー?想像を巡らせる。どんな人かお手洗いに行くタイミングで顔を確認する。
 どこかで見たことある顔だ。じろじろと見ることは出来ないので、誰だか思い出そうとする。メガネ、丸顔、黒髪、短髪。これといった特徴はないけれど、どこかで見たことがある。メガネ,丸顔、黒髪、短髪。男性の特徴を再度思い浮かべていく。まさか。あの人mochiじゃない?ポケットに入っているスマホを取り出して、mochiのページを開く。アイコンは自画像だったはず。同じ!やっぱり、隣の人mochiなんじゃない!?思わぬ遭遇に動揺するが、何もなかったように席に戻る。続きの握りが出てくるも、味はよくわからない。最後の巻物が食べ終わり、話しかけるかどうか悩んでいると、mochiかも知らない人が、会計を済まそうとしてる。もうお店出ちゃう!慌てて自分も会計を済ませ追いかける。お店の前の交差点で信号待ちをしているのを見つけて、話しかけるか悩むがもうどうにでもなれ精神で後ろから肩を叩き声をかける。
「もしかして、mochiさんですか?」
 相手はびくっとして後ろを振り返りじっと私の顔を見て少し間を置いてから
「はい」
 と答えてくれた。
「私owlです。Food bookでレビューを書いている」
「ああ。池袋の」
 自分のレビュワー名とレビュー場所を把握している。私のこと知ってるの?
「パクリって言われて困ってたのでありがとうございました」
 一番言いたかったことを伝えると、固かった表情がふふっと笑顔になった。笑った。イメージとなんか違う。このときめき何?美味しいものを食べた時と同じ?いや、違う。推しと出会った時の高鳴りだ。
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