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時間は流れる、良くも悪くも。
最後の記憶、光の意味。
しおりを挟む全く筋トレをしない朝なんてここに来て初めてだった。
昨日の夜、泣きはらした目をした俺を父親と母親、帰ってきた結城さんはもの凄く心配してくれていたけれど、俺は何も言えず、自室に閉じこもっている。これじゃ、ここに来る前と同じじゃないか。
「陽介」
じいちゃんが部屋に入ってきた。
「みんなを呼んだで。前もできたんじゃ。話してみようで」
「でも……じいちゃん、話しても、どうにもならないんだ。行動すれば変わることじゃないんだ……」
塞ぎ込んだ俺に、いちごみるく味の飴を握らせ、じいちゃんが今までにないくらい真剣で、そして何かを伝えるように俺の目を見た。
「陽介、それは違うで」
「……」
「確かにの、こればっかりは人間にはどうしようもできん。じゃがの、大事なのは、それまでの期間どうするのか。自分が何をするのか。相手とどう向き合うのか。どう一緒に生きるのか。それが大事なんじゃなあか?」
「……じいちゃん……」
俺は、また涙が溢れてきた。涙って、こんなに出る物だったのか?
俺は、いちごみるく味の飴の袋を開けて、口に入れた。甘い。この甘さが、いつだって力をくれた。あの人がいつも握らせてくれていた飴。今はじいちゃんが握らせてくれる飴。
そして……引きこもっていた俺を無意識に支えていたのは、いちごみるく味のプロテイン。
ゆっくりと、俺はみんなが待つ部屋へと向かった。
「陽介さん!大丈夫ですか!?」
結城さんが俺に駆け寄って、ハンカチを渡してくれる。
部屋には、父親、母親、ののさん、祐介さん、結城さん、そしてじいちゃんがいる。
吉岡のおじさんとおばさんには、ののさんから伝えて貰うとじいちゃんが言ってくれた。
でも……このことを説明するには……。
まず、あの人のことから説明しないといけない。
「前にも話したように……俺、あの人が……自分のじいちゃんが、大好きだったんだ……」
ぽつり、ぽつりと話し始めた俺に、皆が静かに耳を傾けてくれた。
あの日も、俺はあの人と一緒に、外で遊んで、家に帰ってきていた。
その時、俺は、初めてのものを見た。
あの人の周りが、とてもキラキラして綺麗なものに包まれていたのだ。
「じいちゃん、綺麗!!」
俺は、そのキラキラを掴もうとした。すると、あの人はハッとした顔をして、いつものように笑って、俺を抱き上げて向かい合わせに膝に座らせるとゆっくりと教えてくれた。
「陽介。じいちゃんはの、もう少ししたら、陽介と今までのように一緒におれんようになる」
「なんで?」
「じいちゃんにはの、行かんといけんところがあるけえ」
「なんで、僕も行く!!」
泣きながら言う俺に、あの人は優しく言った。
「陽介は、後から来んといけんのんで。絶対、何をしても、みんないつか来んといけん場所じゃけえ。でもの、それは順番であり、わしらには決めれんもんなんじゃ」
「なんで、分からないよ!」
「今はわからんでええ。じゃが陽介、これだけは覚えておくんで。今お前が見えた光は、わしらのようにほんの一部の人間しか見えん。行動が人を変える、そう教えたがの、どうやっても変えられないのがこの光じゃ。じゃからこそ、普段の日々を大切にするんで。そして、この光を怖がっちゃいけん。生きるものには、必ず終わりがあるんじゃ」
「……」
「じゃがの。じいちゃんがおらんくなっても、じいちゃんが残したもんはいっぱいある。じいちゃんが持っていくもんもいっぱいある。それはの、今こうして陽介を抱きしめている、このほんの一瞬の大事な時間じゃ。大丈夫、陽介がちゃんと来るべき時に来たとき、また会えるけえ」
そしてそれからしばらくして、あの人は本当にいなくなった。
最後のお別れをしなさい。誰かがそう言った記憶がある。
でもその時俺は思っていた。これはお別れじゃない、と。だって、俺も行かなきゃいけないってあの人は言ったんだから。また会えるって言ったのだから。
だから俺は、あの時なんで皆が泣いているのか分からなかった。
だけれど、今なら……。
そこまで言って泣きながら下を向いた俺に、ののさん、結城さん、母親だろうか、泣いている声が聞こえた。
「父さんは……治らない病気だったの。でも、陽介と少しでも長く一緒にいられるように、当時はまだ珍しかった在宅治療を望んだの。……今更思い出すなんて……」
母親が、泣きながら教えてくれた。
「じゃあ、じいちゃんはもう少しなんじゃね」
ののさんの言葉に、俺は黙って頷いた。
「それなら、やることは一つしかなあよ」
力強いののさんの言葉に、俺は驚いて顔を上げた。ののさんは、もう泣いていなかった。
「できる限りいつも通りに過ごして、後悔のないようにじいちゃんと一緒に最後の時間を過ごそうや。元々じいちゃんもええ歳だったんじゃし。……陽介くんのお陰で、心構えせんといけんって分かったんじゃけえ」
……あぁ、この人はなんて強い人なんだろう。
俺は、こんなに強くなれない。
吉岡のおじいちゃんが、あの部屋にいなくなるなんて嫌だ。寂しい。苦しい。
畑から手を振ったら振りかえしてくれる人も、勉強を見ながら笑って本を渡してくれる人も、神楽を一緒に見て楽しむ人もいなくなるんだ。
だけれど……あの人の時、俺は何も考えていなかった。またそうなるのは、嫌だった。
泣き続ける俺の隣に結城さんが来て、そっと手を握ってくれた。とてもあたたかい手。
俺が握り返したら握力で潰してしまわないか心配だったから、ほんの少しだけ、俺はその手に力を込めたのだった。
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