思春期のテロリスト

Emi 松原

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思春期のテロリスト

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第十章 花の女神と愛の守護神。~また会うときまで,思い出はいつまでも心の中に~

 エミは学校の帰り道を一人で歩いていた。
 何度シゲルの携帯電話に掛けてもつながらないし、メールも返ってこない。
 寂しいな・・・。なにかあったのかな・・・?
 そう思いながらいつもの倉庫の前を通ると、倉庫の前にシゲルが立っていた。
「シゲル!!なんで今日,学校に来なかったの?連絡もくれないし、心配したよ!!」
 エミは安心しながらも、少し怒って言った。
「ごめん、ごめん。」
 そう言いながら、手招きしていつものように倉庫に入っていくシゲル。
 エミも倉庫に入った。
「お前さぁ・・・・」
 シゲルがしゃべり始めた。
 エミは少し身構えた。シゲルが、お前という言葉を使うときは何か小言を言うときだ。
「なんでいつも俺の言うこと聞いてくれないかなぁ・・・。喧嘩するなって言っても無視して問題起こすし、無理するなって言っても無理してダンスに行くし・・・。あげくのはてにはさ・・・・・。」
 そこまで言って、シゲルは黙ってエミを抱きしめた。
「・・・・ごめんな。辛い思いさせて。・・・本当は、ずっと一緒にいたかった。今でも、本当に愛してる。」
「シゲル?何言ってるの?明日も学校があるから会えるし、ずっとずっと一緒にいようって約束したじゃん。」
 エミが不思議そうに言った。
「・・・でも、必ずまたここに戻ってこないといけない日が自然と来る。だから・・・自然と次に戻ってくるまで、俺、ずっと待ってる。そしたらさ、またコウタと三人で遊んだり、みんなで騒いだり・・・二人でイチャイチャしよう。」
「シゲル?さっきから、意味が分からないよ・・・?」
「俺さ、お前が本当に笑ってる、太陽みたいな笑顔が大好きだ。だからさ、辛くても悲しくても、太陽みたいに笑っていてくれよ。お前の笑顔には、人を元気にさせる力があるって俺は思っているから。・・・時には泣いたり怒ったりも必要だけどな。」
 エミの言葉を無視してシゲルが続けた。
「俺は・・・いや、俺たちみんな、お前のこといつも見ているから。だから、また会える日まで、少々寂しくても我慢してな。」
 そう言うと、シゲルはエミを離した。そして不思議そうな顔をしているエミを軽く突き飛ばした。
 後ろには壁があるはずなのに、そこには何もなく、エミは、真っ暗闇に落とされていった。
恐怖を感じたエミは、叫びながらシゲルに手を伸ばしたが、その手は届かず、エミはそのまま下に落ちるのを感じたのだった。

「・・・ミ!!・・・エミ!!」
 自分を呼ぶ声に、ハッとしてエミは目が覚めた。
 周りから、なにか喜んでいる声が聞こえる。
 エミは何がなんだか分からず、ぼんやりとさっきの出来事を考えていたが、急に何があったのか思い出した。
「エミ!!・・・・エミ!!俺が分かるか!?」
 エミの視界に、コウタが映(うつ)った。
「コ・・ウタ・・?なん・・・で・・・。」
 エミは体に痛みを感じて顔をしかめた。
「エミちゃん!!大丈夫かい!?傷が深いから、動いちゃ駄目だよ!!」
 ケントもいる。
「エミさん、生きていてくれて、本当によかったです・・・。」
 ケントの隣で、ソウタが泣いている。その後ろには、黙って泣いているユリがいた。
「ここは病院。俺とケントで応急処置して、すぐに連れてきたんだ。」
 コウタが言った。
 おかしい・・・。エミは思った。
 青い悪魔のエミの銃口は確かに自分の急所を狙っていた。自分は即死しているはずだ。
「どう・・・して・・・?あの子は・・・?」
 痛みをこらえてエミが言った。
「青い悪魔なら、首を切断されて死んでいたよ。エミちゃんも撃たれていたけれど、急所からギリギリ外れていたんだ。あと五センチずれていたら、確実に命はなかったって・・・。少しだけど生死をさまよっていたんだよ。でも、本当によかった・・・。」
 ケントが言った。
 五センチずれていた・・・!?まさか・・・!!
 エミは、体の痛みを忘れて笑いはじめた。
 突然のことに全員が驚く。
 あの子・・・私で賭けをしたんだ。シゲルがしたのと同じように・・・。
 でも、どちらに賭けたんだろう・・・生きていたらどうしてほしかったんだろう?
 ・・・まぁいい。いつか、自分が死んだときに聞けばいいことだ。
「・・・お前が任務を成功させたおかげで、全ての真実の情報が今世間に流れている。まぁ、今はそんなこと気にせずゆっくり休め。」
 コウタが言った。
「こー・・・と・・・は?」
 エミの言葉に、コウタが小灯台(しょうとうだい)の上にたたんで置いてあったコートを渡した。
 エミはなるべく体を動かさないように、コートを広げた。
 そこには、くっきりと銃弾が突き抜けた箇所があった。
 エミはコートの中から写真を出してみた。それを見てエミは驚いた。
 三人で写っている写真は自分を直撃していて、シゲルとのツーショットでは、真ん中に直撃していたのだ。
 まるで、過去の自分を断ち切るかのように・・・。
 エミは写真を戻しコートを元に戻してもらうと、コウタに手を伸ばした。その手を握るコウタ。すると、負けじとケントがその上から手を置いた。
エミは怒らなかった。
その様子を見て、涙を拭いて笑ったソウタがさらに手をのせた。
そして全員の手を包み込むように、ユリが両手をかぶせた。
「ねぇ・・・かみ・・かざり・・・は?」
 思い出したようにエミが言った。
「心配するな。ちゃんとある。」
 コウタの声を聞いて、エミは安心したように、目をつむった。

それから一週間がたった。
エミは痛み止めのおかげもあって、大分しゃべれるようになった。
コウタ、ケント、ソウタ、は毎日のように朝から晩まで付き添いをしてくれていた。
本当の情報が公開され、世間は一気に反戦ムードになったらしい。テロリストのブログが真実だったことも明らかになった。そんな情報を、エミはテレビで知った。
「これからどうなるのかな?」
 エミが言った。
「さぁな。たぶん選挙が行われて、新しい首相と政府組織の人間が決まってから戦争がどうなるかも決まるだろ。でも、今の状態で戦争を支持する奴は立候補しないと思う。政府軍が、反対していた同じ政府組織の人間を殺していたことも明らかになったしな。テロリストは、もし戦争が終わっても組織自体は残ると思う。これだけ大きくなった組織をなくすのは無理があるだろうから。」
 コウタが言った。
「そっか、それだったら・・・。ねぇ、コウタ、ソウタ、私、ほしいものがあるんだけれど頼んでいい?いつもごめんね・・・。」
「いいよ。なんだ?」
「もちろんいいですよ!!なんですか!?」
「ねぇ、俺には何か・・・・。」
 エミの言葉に三人が同時に言った。エミは笑顔で頷いた。

数ヵ月後。 某飛行機のファーストクラス。
そこには新しく首相に選ばれた人物が,同じ政府の人間と話をしていた。
その時。

【ドカッ!!】
「うわぁ!!」

 首相達と少し離れた場所に座っていた男の顔の真横に,ピンクの丸い宝石が突き刺さった。
 キャビンアテンダントが慌てたが,首相の秘書が制した。
 そしてSPが首相と政府の人間を囲む。
 そんな中,黄色いコートを着て,耳には真っ青な青いハートのピアスをつけ,色とりどりの花のカチューシャをつけたように見えるマイクをつけた女子が,男に近づいた。
「花の女神か・・・・!!」
 男が悔しそうに言った。
 花の女神と言われた女子は,無言で男が動けないよう首根っこを片手で押さえ,男の服の中から小さなボイスレコーダーを出した。
「あれだけセキュリティがしっかりしているのに,よくばれずに乗り込めたわね。さぁ,某国のスパイ。あなたの顔は知っているわ。今死ぬかおとなしく捕まるか,選びなさい。」
 花の女神と呼ばれた女子は,ボイスレコーダーをコートのポケットに入れると,変わりにピンクの丸い武器を持って,笑顔で言った。
 男は黙って,両手を上げた。
 その様子を見たSP達が,男を押さえつける。
 女子は,首相の秘書にボイスレコーダーを渡した。
「首相。某国のスパイがいるかもしれないと情報はお伝えしたはずです。発言には気をつけていただかないと。」
 女子が笑顔のまま言った。
「あ・・・あぁ,すまなかったね。助かったよ。後の処置は,こちらでまかせてくれ。」
 首相が言った。
 女子は頷くと,何事もなかったかのように,首相から少し離れた場所に座った。
 その時,ピアスから声が聞こえた。
「ねぇ,なんでエミちゃんはファーストクラスの椅子に座っているのに,俺はその上の隙間にいるの?差別だよね。絶対,コウタのいじめだよね。」
 ケントが言った。
「どちらかが,そうしないといけないんだよ。それとも,逆の方がよかったか?」
 コウタの声が聞こえた。
「まさか!!エミちゃんをこんな薄暗くて狭い場所に・・・おっとっと。」
 飛行機が揺れて,とある発展途上国に到着した。
「ここからは,エミも別ルートで姿を隠せよ。この国で首相を暗殺しようとする人間は数知れない。頼んだぞ。」
 コウタの声に。
「了解。」
 とエミが言った。
 空港に降りて,首相は会議の場に向かうため,待っていた車に乗り込もうとした。
 その時,道路を挟んで二カ所から銃口が首相に向いていた。

【シュッ!!】
 痩せた女の子が持っていた銃が,突然切断された。
 驚いて尻餅をつく女の子。そんな女の子の前に,エミは姿を現した。
「女神・・・・?」
 女の子がつぶやいた。
 エミは膝を立ててしゃがむと,女の子と同じ目線になった。
 殺される・・・・!!女の子は目をつぶったが,いつまでたっても何もおこらない。
 恐る恐る女の子が目を開けると,そこには優しく笑っているエミがいた。
 エミは,肩から下げている鞄からウエットティッシュを取り出すと,土にまみれた女の子の顔を優しく拭いた。そして少し大きめの桜の髪飾りを取り出すと,女の子の頭につけた。女の子は動けず,なすがままになっている。そしてエミは女の子に鏡を見せた。女の子は思った。これが,自分・・・?
「女の子は武器じゃなくて,花の似合う子にならなきゃ。」
 優しく,エミが言った。そして鞄をおろすと,女の子に渡した。
 おそるおそる女の子が鞄を開くと,そこには綺麗な水と食べ物が入っていた。
「これくらいのことしかできなくて,ごめんなさいね。」
 笑顔のエミが言った。
「花の女神・・・本当にいたんだ・・・。」
 女の子がつぶやいた時,そこにはもうエミの姿はなかった。

 もう一方のビルから男は銃を向けながら思った。確実に殺せる・・・!!
 しかし,音もなく,目の前に真っ赤なコートを着て,赤いバラのピアスと首から黄色と赤の星のネックレスをつけたケントが現れると,刀で銃が切断された。
「お前は・・・!!」
 男の言葉を無視して,ケントが造花のバラを一本渡す。
「男なら,愛する女に花を贈れるような人間でありたいよな。」
 ケントはそう言うと,エミと同じように水と食べ物を渡した。
「金が入らないわびだよ。・・・女神様のまねだけれどね。」
 男は唖然としていたが,いつの間にかケントも消えていた。

 事が起こっている間に,首相は車に乗って会議の場に向かっていた。
「エミ,ケント,お疲れさま。とりあえずあと数時間は向こうの特殊部隊に任せて大丈夫だから,エミ,行きたい場所があるなら気をつけて行けよ。」
 コウタの声が,エミとケントのピアスから聞こえる。
「分かった。」
 エミが言った。
 エミは,とある場所に向けて,人には見えないよう建物の上を素早く移動した。
 しかし,ある光景に目を止めると,立ち止まった。
 救急車が人を運ぼうとしていたが,その国の過激派と呼ばれる人間達に囲まれて進めない状態になっている。
 エミは無言で救急車の前に飛び降りた。そしてそのまま両手を動かす。ピンクの宝石が舞い踊り,取り囲んでいた人間の武器が切断される。
 エミは笑って救急車の人間に合図した。救急車の中の人間は驚きながらも車を発進させる。
「花の女神だ!!」
「本当にいたのか!!なんでこの国に!?」
「ひるむな!!相手は子供の女一人!!やっちまえ!!」
 残された人間達がそう言うと,エミに攻撃をしようとした。
 しかしエミは苦笑して,武器をおろした。
「風凛丸奥義,赤い花畑!!」
 ケントの声が聞こえたと思った瞬間,エミを攻撃しようとした人間達が体を切られて倒れた。
「何だ!?」
 その光景を見て,残された人間が驚きの声を上げた。
 エミの前にはケントが立っていた。
「・・・急所ははずしておいた。花の女神に手を出すなんて,この愛の守護神,『風凛丸のケント』が許さないぜ。」
 ケントが言った。
 そして立ちすくんでいる人間達を後に,二人は姿を消した。

 二人は,その国の児童養護施設に向かっていた。
「あのさぁ,仮にも元暗殺部で,今もテロリストの影の特殊部隊の人間が,その目立つ格好はどうかと思うけど。しかも,自分で変な異名をつけるのもどうかと思うよ。」
 エミが言った。
「エミちゃんだって,目立つ格好をしているじゃないか!!これはエミちゃんを守るための情熱で愛の赤,それにエミちゃんの誕生石の色じゃないか!!そもそも,エミちゃんは俺だけの女神でいいのに勝手にみんなが女神なんて呼びだして・・・・」
 ケントがぶつぶつと何か言っている。
 そして二人は施設に到着すると,子供達にばれないよう,こっそりと施設長に接触した。
 その国のお金に換算すると,かなりの額を寄付する二人。
 施設長は頭を下げると,このお金は子供達のために薬や綺麗な水,食べ物に使うと約束した。
 二人は頷くと,またこっそり首相の会議をしている場所へと戻っていった。
次の日,二人は首相が無事に自分たちの国の空港までついたのを確認してから後は特殊部隊とSPに任せて,裁判所に戻った。

 新しい首相が決まってからしばらくして,この国は戦争を止めようとした。止めようとしたと言っても,作られた兵器はどうにもできないし,まだまだ課題は残っている。
 テロリストと政府はある制約を結んだ。
 それは簡単に言えば,テロリストが首相の護衛など,政府に協力をする変わりに,いつでも政府を見張っていて,もう二度と戦争が起こらないようにする。もし戦争をおこそうとすれば,またテロリストは独自に動き出す。そういうものだ。

 いつものように,エミはソウタの元へ武器の手入れに行った。
「エミさん,海外出張お疲れさまです!!チマオが寂しがっていましたよ。後,疲れていると思うんですけれど,実戦訓練の指導の任務も入っているんですが,大丈夫ですか?」
 ソウタがいつもの笑顔で言った。
「大丈夫。ねぇ,私の裏の異名が復讐者から女神に変わったんだけれど,ずいぶんと昇格したものね。しかも,今度は世界単位で。・・・本当はただの悪魔なのに。ケントは,自分で愛の守護神なんて言い回しているから異名とは呼べないと思うけど。」
 エミが苦笑しながら言った。
「でも,今のエミさんにはぴったりな異名だと思いますよ。コウタさんに頼んで取り寄せてもらった,あの緑のコートと同じ型でエミさんの体型に合った黄色いコートも,僕に作らせてもらった新しい青いピアスとピンクの武器も,マイクの頭の部分を花で飾っているのも,とても似合っていますから。」
 ニコニコしてソウタが言った。
「ありがとう。あと,独学で桜の髪飾りを作ってくれてありがとう。毎回頼んでごめんね。」
 エミが言った。
「造花や髪飾りを作るのも,楽しいです!!エミさんがくれた花かごを見ていると,心が明るくなりますから!!花っていいものですね。今度から,僕の物造りに花も使ってみようと思うんです。」
 ソウタの言葉にエミが笑って頷いた。
 そして二人で訓練所に向かう途中,コウタとケントと合流した。
「おかえり。お疲れさま。」
 コウタがエミに言った。笑って頷くエミ。
 そして実戦訓練を行う四人。
 以前はリョウが全てをまとめていたが,今はエミが中心的にまとめている。それも以前のように感情もなく酷いことを言わず,的確な指導を行っている。
 エミ達は,今も後輩達の憧れの的だった。
 
しかし,エミ,コウタ,ソウタは,今,ある決断を迫られていた。
 戦争が終わり,政府とも制約を結んで,一旦事が解決した。
 そのため,特別待遇者は,テロリストから離れても良いと通告があったのだ。
 もしテロリストから離れても,テロリストだったことがばれないよう,病気療養などをしていたと偽装して元の生活に戻ることになる。しかし,元の生活に戻ると言っても,以前住んでいた場所には戻れない。一旦テロリストから離れると,テロリストの人間とはどんな些細な事でも接触は禁止され,所属していた場所から遠く離れた場所で新しく生きることになる。
 ケントは,死んでいるはずの人間・・・一生のテロリストなので,このまま任務以外で外に出ることは出来ない,今まで通りの生活だ。
 しかし,期間内にもし外に出ることを選ばなかった場合,特別待遇者も死んだことにされ,一生のテロリストとなり任務以外では外に出られなくなる。
 ケントは何も言わず,考えていない振りをしていたが,内心落ち込んでいた。
 きっと,三人ともいなくなる・・・。
 外に出られる期間は残り四日となっていて,すでに何人かの人間がテロリストを後にしていた。

次の日。
コウタはスポーツバックと小さなパソコンを持つと,裁判所の出入り口へと向かった。
 そこにはすでにコスモスの髪飾りをつけて,チマオを持ったエミが待っていた。
 無言で二人で外に出る。
 コウタは,エミからもらったピアスの通信機能と探知機能をソウタにとってもらい,ネックレスと指輪を共につけている。
 二人は,『あの場所』へ行った。
 小さい頃からシゲル,コウタ,エミの三人で遊び回っていた場所。そしてシゲルが殺されたあの場所へ・・・。
 エミとシゲルが内緒で会っていた倉庫は取り壊され,新しく建物が建っていた。
 足を止める二人。
「最後に確認するけど,本当に,俺と一緒に来ないのか?」
 コウタが言った。
「うん。本当は一緒に行きたいけれど・・・。私は人を殺しすぎた。・・・その償いができるとは思わない。でも,私,新しくやりたいことができたんだ。」
 エミが言った。
「やりたいこと?」
「そう。私ね,本当の平和がなんなのか,今でもはっきりとは分からない。けれど,ユリさんが言っていた,あるときには気がつかないものっていうのも分かったし,リョウやソウタの言っていたことも分かる。そしたら,私にも私なりの答えが出せたんだ。私ね,どんな花でも,それを見て,素直に綺麗だなって笑って思える世界・・・そして大切な人が一緒に笑っている,そんな世界。そんな心をもてるのが,私にとっての本当の平和だと思う。私,そんな心を持っていたい。シゲルが言ってくれたように,笑っていたい。それで,それを一人でも多くの人に分けていって・・・いつか,みんなが平和で笑顔になれる日が来ればいいと思う。コウタと離れるのは,正直,本当に怖いし不安。だって,コウタは私にとって本当に大切で頼りにしている存在だもん。でも,私,自分の生きる道は自分で決めたい。そう思った。・・・コウタも,そうなんでしょ?」
 エミが笑って言った。でも,その声は寂しそうだ。
 コウタは黙って頷くと,エミに何かを手渡した。
 エミが受け取って見てみると,そこには緑のハートのネックレスと,古びた青いヨーヨーがあった。
「青いハートのピアスに変えたのは,あの子を想ってだろ?それに自分の好きな色のピンクの武器に,好きな色でもあり,シゲルを想っての黄色いコート。あとはネックレスがあればと思って,色合い的に緑がいいと思ったからソウタに頼んで作ってもらった。・・・お前が俺を忘れないように。お前にとって生きていくお守りになるように・・・。その緑の宝石はエメラルド。宝石言葉は「幸運・幸福」だとよ。あと,そのヨーヨーはお前も覚えているだろ?」
 そう言うと,コウタは同じく古びたピンクと緑のヨーヨーを鞄から出すとエミに見せた。
「・・・覚えてるよ。シゲルが緑で,コウタが青,私がピンクを持っていた。でも,なんで三人の分をコウタが・・・?」
 エミが言った。
「三人でヨーヨーで遊んだ後,俺の家で遊んで,そのまま忘れて帰ってたんだよ。エミとシゲルの分は俺がもらっていく。お前には俺のをやるよ。・・・今ならできるんじゃないか?」
 コウタが,優しく笑って言った。
 エミも,涙をこらえて笑った。
 そして二人で握手をして手を握り合った。
 エミとコウタは,同じ事を考えていた。ずっと,ここで三人で遊んだ時間・・・。
 別々の道を歩いていくことになるなんて,あの時は考えたこともなかった。
 二人は,もう一生会うことも許されないし,コウタが何処に行くのかもエミには分からない。
 二人は手を離すと,コウタが背を向けた。
「じゃあ,バスの時間だから。後,最後に教えておいてやるよ。男ってな・・・女に涙を見られるのは嫌なんだよ・・・。特に惚れた女にはな。それと・・・俺にとっての本当の平和ってやつも,分かったよ。俺にとっては・・・お前が俺の側で寝ていたり,チマオで遊んでいる時間が平和だった。」
 かすれた声で,コウタが言った。
「・・・うん。・・・ありがとう。気をつけてね。あと,新しい生活・・・頑張って。」
 エミもかすれた声で言うと,チマオの電源を入れて頭をなでた。すると,チマオが童謡を歌い始めた。
 エミがコウタの部屋で聞いたあの童謡。どこかで聞いたことがあると思っていたが,エミは思い出していた。
 エミ達の住んでいた地区で,夕方五時に子供達に帰る合図のため流れていた童謡だったのだ。
 この歌が流れると,『もう帰る時間かぁ・・・』と時間の流れの速さを感じて寂しくなった子供時代。名残惜しげに二人と別れを告げた時間。
 コウタは,何も言わず手を上げると,そのまま歩いていった。
 エミはコウタが見えなくなるまでその姿を見つめていた。
 そしてコウタが見えなくなると,エミはネックレスをつけて,チマオを片手で抱いた。
 ヨーヨーの糸の部分に指を入れようとしたが,もう入らなくなっていた。
 なんとか途中まで指を入れると,エミはヨーヨーをたらし,手首をくいっと持ち上げた。
 しかしヨーヨーは戻っては来ず,糸がくるくるとまわって絡まった。
「やっぱり,できないじゃん・・・。」
 コンクリートの地面の上に,エミの涙がこぼれた。

 エミは一人で裁判所に戻っていった。
 出入り口で,ケントが一人寂しそうに立っているのが見える。
「何してるの?」
 エミが言った。
ケントが驚いて顔を上げた。
「エミちゃん・・・!?コウタと行かなかったの!?」
「うん。何か問題ある?」
 歩きながらエミが言った。
「いや・・・問題ないけれど・・・。じゃあ・・・エミちゃんは・・・コウタと別の場所に出て行くの?」
 エミについていきながら,控えめにケントが言った。
 エミが何か言おうとしたとき,ピアスから任務命令の声がした。
「エミさん,ケントさんに明日から三泊四日の海外出張の任務です。政府の要人の護衛です。一昨日の任務より危険性は少ないと思われますが,念のためにと依頼が来ました。明日の朝,準備をして空港に向かってください。以上です。」
 通信が終わった。
「また,海外出張か。海外に行っても,観光も何もできないのが嫌だねぇ。」
 エミが言った。
 ケントは驚きを隠せなかった。
「エミちゃん・・・!?明日から三泊四日ってことは,期限が過ぎるよ!?」
「分かってるけど?」
 エミがなんてことないように言った。
「ここに残ったら,外では死人扱いになるんだよ!?一生,テロリストとして生きていくことになるんだよ!?」
「相変わらずうるさいなー。あんたほど馬鹿じゃないんだから,それくらい分かってるよ。」
 エミの言葉に,ケントは何も言えず立ちつくした。
「あ。あんたのためじゃないから勘違いだけはしないでよ。」
 そう言って複雑な表情をしているケントに向かって少し笑って言うと,ケントを残したままエミはソウタの元へと向かった。

「あ,エミさん,おかえりなさい!!・・・コウタさんは行ったんですね。」
 部屋に入ったエミに向かって,ソウタが寂しそうに笑って言った。
「うん・・・。ソウタも残るらしいけれど,本当にいいの?外に出たら,本格的に物造りが学べるのに・・・。」
 エミの言葉に,ソウタは笑って頷いた。
「僕は,ここでのんびりと物を造って生活するのが合ってます。それに,いくらここが裏の世界でも,僕はエミさん,ケントさん,ユリさん,それにみんながいるここが好きですから。これから僕は,今まで通りみんなのサポートをしながら,もっともっと人に喜ばれるような物を造っていきたいんです。」
 ソウタの言葉に,エミが頷いた。

 エミは自室へと戻った。
 タンスの一番下を開けると,そこには大事に緑のコートと写真,携帯電話が入っている。
 エミはその隣に,同じように大事に青いヨーヨーを入れた。
 そしてタンスを閉めると,明日からの任務の準備を始めたのだった。

 
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赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

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