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事故現場の女性
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しおりを挟む事故現場の女性
しとしと、と、冷たい雨が降っている。
雨のせいで霧が出ていて、しっかりと舗装されている道とはいえ、山道は不気味な雰囲気に包まれていた。
「あれ、あの人、傘持ってないのか? 天気予報、がっつり雨だったのに」
仕事から家に帰る途中だった男は、前を歩く女性を見つけ、一人呟いた。
後ろ姿は、二十代くらいで、茶色い髪のショートボブ。ネイビーだと思われる、ワンピースを着ている。
住宅地に着くまでは、あと十分少々歩かなければならない。
男の鞄の中には、折りたたみ傘が入っている為、声をかけようか迷った。
こんな夜道で、若い女性に声をかけたら、不審者扱いされてしまうかもしれない。
だが、折りたたみ傘を渡すくらいなら……。どうせ安物だし、追い越して行くのは気が引ける。
「あの、すみません」
男は、女性に声をかけた。
振り返った女性は、驚いた顔をして、固まってしまっている。
「あ、驚かせてしいましたね……。あの、これ……。返さなくても良いので」
通報されたら困る。そう考えた男は、さっさと折りたたみ傘を渡そうと、女性に向かって差し出した。
女性は、ホッとしたように少し笑うと、ぺこりと頭を下げて、折りたたみ傘を受け取って、男を見る。
「私、この先の住宅地まで行くんですけれど、そこまで一緒に行っても良いですか? その場で返しますので」
「え、えぇ。行く場所は同じですからね」
男は、礼儀正しい女性に安心して、隣を歩く。
「急な予定ができて、傘がなくて困っていたんです。ありがとうございます」
「そうだったんですね、良かったです。不審者に見られたらどうしようかと思いました」
「あははっ、そんなことないですよ。だって、しっかりとスーツに鞄を持ってますし、不審者には見えませんよ」
明るい女性の声に、男は胸をなで下ろした。
「そういえば、この辺で、茶色いTシャツに、ジーパンをはいた男性を見かけませんでしたか? 一緒にいたんですけれど、はぐれてしまって。先に行っていれば、合流できるかと思って、歩いていたんです」
「いや、駅からここまで歩いてきましたが、誰とも会いませんでしたね。もしかしたら、その方も、同じように先に行ったのかもしれませんね」
そう返しながら、男は、頭の中で、少しおかしいと感じた。
この道は、駅から一本道。周りは山で、抜けられる道もない。いわば、はぐれようのない道なのだ。
だが、自分と同じように電車を使っていたら、降りる前になんらかの事情ではぐれたのかもしれない。そう思い、男は何も言わなかった。
住宅街の明かりが見えたとき、女性は、丁寧に傘をたたむと、男に差し出してきた。
「ありがとうございました。もう近いので大丈夫です」
「強い雨になってきましたし、家まで持って……」
持っていった方が良い。
男が言い切る前に、折りたたみ傘が、地面へと落ちた。
「えっ……?」
男には、何が起きたのか分からなかった。
つい、今の今まで目の前にいた女性が、跡形もなく消えているのだ。
地面には、綺麗にたたまれた折りたたみ傘が落ちている。
男は混乱して、辺りを見渡して女性を探したが、ここは一本道。
慌てて折りたたみ傘を拾うと、確かに傘の部分が濡れていて、今まで使っていたことは間違いない。
男の背筋が凍り付いた。
いつも通っているはずの道が、歪んで見える。
男は、振り返らず、住宅地へ向けて走り出したのだった。
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