お供え物は、プロテイン

Emi 松原

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エピローグ 橋の上

1-1 【完結】

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                              エピローグ 橋の上
                                        
「それで、夜中にその橋の上で引っ張られたって……」
「うぁぁ!! やめてよ!!」
 安明の言葉を遮って、陽一が叫んだ。
 最近噂になっている、何かに引っ張られるという橋は、陽一の大学の近くにあるのだ。
「遠回りしてでも、違う道を通る!!」
「遠回りしたら、山越えだね?」
 そんな陽一を見て、安明がニヤリと笑う。
 涙目になっている陽一を見て、松子がケラケラと笑った。
《それくらいの噂で怖がるなんて、《キカイ》の噂を信じる人が聞いたらどう思うかしら》
「知らないよ……」
 陽一はため息をつくと、手元に置いた新聞に目をやった。
 そこには、秀樹の母である美優が逮捕されたことのみが、簡潔に書かれている。
 だが、噂とはどこからか広がるもので、この件にオカルトサークルが関わり、《キカイ》がそれを成敗したと、謎の尾ひれがついて出回っていたのだ。
「松子ちゃん、みんな、聞いて!! この前の展示会で、企業さんから講評をもらえたの!! しかも、その企業さんが主催の展示会に誘われちゃった!! 松子ちゃん、また忙しくなるよ!!」
 安明の家の庭に、音羽が弾んだ声を上げながら駆け込んできた。
《音羽、凄いわ!》
 松子が全身で喜びを表し、安明と陽一も祝福する。
「あれ? 虎之助くんは?」
 虎之助がいないことに気がついた音羽が、首をかしげた。
「あぁ、バイト先で急遽欠勤の方がいるから、早めに入るんだって。音羽さんも今日はバイト?」
「ううん、私は休みだよ。じゃあ、松子ちゃんは私と一緒に帰ろうね。そういえば、私が《キカイ》のメンバーに加入したって噂が立ってるね」
 安明に答えながら音羽が苦笑する。
「良いんじゃないの? その方が賑やかで楽しいし」
「うん。虎ちゃんにとってもだし、俺たちにとっても音羽さんの存在は大事だしね」
 安明と陽一の言葉に、音羽は少し恥ずかしそうに笑い、空を見た。
 今日の空は、気持ちの良い晴天だ。

※※※

「マッスル! マッスル! マッスル! マッスル!」
 深夜、テンポの良いかけ声と共に、虎之助はバイト先から帰宅する為にランニングをしていた。
 いつもは朝方までのシフトなのだが、今日は早めに入ったため、切り上げるのも早くて良いと言われた虎之助は、いつもより遠回りをしてトレーニングの為に走る。
 そして、引っ張られるという噂の橋にさしかかった。
「む?」
 虎之助は立ち止まると、橋の真ん中に立っている男性を見る。
 スーツをしっかりと着て、思い詰めた表情で、橋の下を見つめる男性に、虎之助はつかつかと近づくと、ガッと肩をつかんだ。
「いつまで、同じことを繰り返すんだ。己を見つめろ。筋トレをしろ。筋トレをして、先に進むんだ」
《あなた、私が見えているんですか》
 男性が虎之助を掴もうとしたが、虎之助はびくともしない。それどころか、捕まれているのにも関わらず、器用にプロテインを作り、男性に差し出した。
《筋肉馬鹿は、嫌いですよ。脳筋で無能で。それなのに、誰からも好かれるんですから》
 男性が、橋から遠くを眺めた。
《それなのに、手を差し伸べてくるのも、いつも脳筋馬鹿でしたね。ふっ……あなたと似ていたのか、思い出してしまいました》
「筋トレをするぞ。汗をかくと、嫌なことなど忘れてしまう。自分で自分の人生を終わらせたことに関して、俺は何も言えぬ。そこまでの苦しみが分からないからな。だが、お前と一緒に筋トレをすることならできる」
《遠慮しておきますよ。さっきも言いましたが、私は脳筋馬鹿が嫌いなんです。……何度もここから飛び降り、誰かが通るたびに声をかけていたのに、誰も私を認識しない。私は、もうとっくにこの世の者ではないんですね》
 男性の言葉に、虎之助は無言でプロテインを差し出すが、男性が受け取ることはない。
《分かってはいたんですよ。それでも何も断ち切れず、一人は寂しかったんです。不思議ですね、あなたに声をかけられた途端に、生きていた時のことを思い出したのですから。さて、ここにいても仕方がないようですね。すみませんが、私がどちらに向かえば良いか、あなたに分かりますか?》
 虎之助は、無言で指を指し、道を示した。
「この先に俺は行ったことがないが、誰かが迎えに来ているだろう。自ら死を選んだ者がどうなるのか、どこに行くのか、俺も死んだことがないから分からぬ。やっすんはよく、行くべき場所にと言っている」
《そうですか。ありがとうございます。では行きますね》
 男性は、頭を下げると、歩き出した。
 その姿を見送った虎之助は、橋の上に、プロテインのカップをぽんと置いたのだった。

                                                                              了



 
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