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第三章
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俯いて耐える彼の足元に、空気を読まず、ころころと呑気に白い球が転がってきた。
「…………」優は当然のようにぐにっと踏む。
「わぁ! 何してんの優君! 何の迷いもなく……ばかっ、白球は高校球児にとって神聖な物なの、もはや神なの! それを踏むなんて」
「え」と顔を上げた優は、古乃美の会心の体当たりによろめいた。
彼女はかがんで優が踏みつけた野球のボールを手に取る。
「すみませーん」
野球部らしきユニフォーム姿の男子生徒が帽子を取って立っていた。
部活の掟なのだろう丸刈りながら、なかなか見栄えの良い日焼けした男子生徒だ。
「はいっ」
古乃美はちらりと優を一瞥した後、わざとらしい笑みになりそれを投げ返したが、あさっての方向をへろへろと飛んで行き、男子生徒は悲しそうな表情で慌てて追いかける。
「……いや、古乃美ちゃん……そこまでは僕も出来ないよ、古乃美ちゃんもよっぽど鬼だよね、ちょっと引いた」
「ち、ち、違うのっ!」古乃美は手をばたばたと顔の前で振る。
「これは、私の技術的な……問題で、運動神経……の不都合で……私に悪意は一〇〇%なかったのです……無罪判決決定なんです……ええっと……ああ! 三浦先輩調子よさそうだよね! 優君」
「橋爪先輩帰ってこないでくれ、て願っているだろうね、もしくはとっとと辞めちゃえって」
「……なっ、優君…それって本音……これは、もう、許せないな、これは、もう説教だよ……うん……今夜家族会議だから……覚悟だよ」
う、と優は無意識に腹部を押さえる。
古乃美との生活の中、幾度か彼女と喧嘩になった。その度に彼女は強烈なパンチを彼のボディに見舞ってきたのだ。
「おやおや」救いの手は、意外な事に横から差しのばされた。作業服姿の男性が、節穴の目を細めて穏やかに笑っている。
「二人とも仲が良いね、朝から楽しそうだ」
時計塔高校の用務員・熊谷剛(くまがい つよし)は軍手と作業帽という完全武装だった。
「そんなことありません」
不意に攻撃的だった古乃美がクールダウンし、その差に優は目を白黒させてしまう。
「あれれ」三十台中頃にしては童顔の熊谷も気配を察して、だらしなく頬を弛ませた顔に戸惑いを浮かべた。
「何か悪いこと言ったかな?」
「いえ」
「うん、どうしたの古乃美ちゃん?」
首を傾げた優に、古乃美は弱々しく笑って見せる。
「そんな訳ないよ……優君と私が……そんな風に見えるはず無いんだっ」
「はあ……」訳が分からない優に、熊谷の視線がねとっと絡みついてくる。
「うーん、お兄さん……いい男だね、しかし男はもっとワイルドの方が、おじさん好みだな、君はなんだか綺麗な女の子みたいだ」
熊谷の突然のカミングアウトに、優は引いた。ドン引きだ。
――こいつソッチかよ!
と、作り笑顔を浮かべて熊谷の視界から逃れ、校舎へと急ぐ。古乃美はその間、優の話題に乗らなかった。曖昧に頷くだけだ。
戸惑う優だが、彼等のクラス・一年二組はもう目の前だった。
「お! 葛城!」
教室に一歩踏み入った途端、彼は騒々しく呼ばれた。
級友の山本惣多(やまもと そうた)が、好物を見つけた子犬のように駆け寄ってくる。
「…………」優は当然のようにぐにっと踏む。
「わぁ! 何してんの優君! 何の迷いもなく……ばかっ、白球は高校球児にとって神聖な物なの、もはや神なの! それを踏むなんて」
「え」と顔を上げた優は、古乃美の会心の体当たりによろめいた。
彼女はかがんで優が踏みつけた野球のボールを手に取る。
「すみませーん」
野球部らしきユニフォーム姿の男子生徒が帽子を取って立っていた。
部活の掟なのだろう丸刈りながら、なかなか見栄えの良い日焼けした男子生徒だ。
「はいっ」
古乃美はちらりと優を一瞥した後、わざとらしい笑みになりそれを投げ返したが、あさっての方向をへろへろと飛んで行き、男子生徒は悲しそうな表情で慌てて追いかける。
「……いや、古乃美ちゃん……そこまでは僕も出来ないよ、古乃美ちゃんもよっぽど鬼だよね、ちょっと引いた」
「ち、ち、違うのっ!」古乃美は手をばたばたと顔の前で振る。
「これは、私の技術的な……問題で、運動神経……の不都合で……私に悪意は一〇〇%なかったのです……無罪判決決定なんです……ええっと……ああ! 三浦先輩調子よさそうだよね! 優君」
「橋爪先輩帰ってこないでくれ、て願っているだろうね、もしくはとっとと辞めちゃえって」
「……なっ、優君…それって本音……これは、もう、許せないな、これは、もう説教だよ……うん……今夜家族会議だから……覚悟だよ」
う、と優は無意識に腹部を押さえる。
古乃美との生活の中、幾度か彼女と喧嘩になった。その度に彼女は強烈なパンチを彼のボディに見舞ってきたのだ。
「おやおや」救いの手は、意外な事に横から差しのばされた。作業服姿の男性が、節穴の目を細めて穏やかに笑っている。
「二人とも仲が良いね、朝から楽しそうだ」
時計塔高校の用務員・熊谷剛(くまがい つよし)は軍手と作業帽という完全武装だった。
「そんなことありません」
不意に攻撃的だった古乃美がクールダウンし、その差に優は目を白黒させてしまう。
「あれれ」三十台中頃にしては童顔の熊谷も気配を察して、だらしなく頬を弛ませた顔に戸惑いを浮かべた。
「何か悪いこと言ったかな?」
「いえ」
「うん、どうしたの古乃美ちゃん?」
首を傾げた優に、古乃美は弱々しく笑って見せる。
「そんな訳ないよ……優君と私が……そんな風に見えるはず無いんだっ」
「はあ……」訳が分からない優に、熊谷の視線がねとっと絡みついてくる。
「うーん、お兄さん……いい男だね、しかし男はもっとワイルドの方が、おじさん好みだな、君はなんだか綺麗な女の子みたいだ」
熊谷の突然のカミングアウトに、優は引いた。ドン引きだ。
――こいつソッチかよ!
と、作り笑顔を浮かべて熊谷の視界から逃れ、校舎へと急ぐ。古乃美はその間、優の話題に乗らなかった。曖昧に頷くだけだ。
戸惑う優だが、彼等のクラス・一年二組はもう目の前だった。
「お! 葛城!」
教室に一歩踏み入った途端、彼は騒々しく呼ばれた。
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