6 / 18
第六章
しおりを挟む
怪人・火廻り。
その呼称はその日の内に全校へと広がった。昼休み、至る所にいる生徒達がヒマワリ、ヒマワリ、ヒマワリと囁き合っている。
学食での昼食を終えて教室へと向かう優の耳にも、何度も触れた。
「全く、山本は無駄に行動力がある、何だよこれ……この学校は噂が大好きだな」
「でも」一緒に食事して一緒に帰っている古乃美が、唇の横に人差し指を添える。
「実際、そう言う人がいたんだから、そんなに的はずれじゃないんじゃない?」
「どこかの目立ちたがりの悪戯だよ」
「そうかな? ガソリンで火を吐く、私も尋常な人じゃないと思うけど……もしかして本当に野球部の誰かに害意を持っているのかも……このままにするのは危険だよ」
「……古乃美ちゃん、どうしてみんなの前でそれを指摘しないの? 古乃美ちゃんももう少しみんなと話したら」
優が疑問を口にすると、古乃美は花が萎れるように縮まった。
「ダメだよ……」
「何で?」古乃美が教室で自分を極限まで抑えつけているのが、優には判る。
「私……ブスだし」
「は? 何それ? そんなことないよ!」
それは優の本心だ。
三田村古乃美は確かに男子生徒達が会話の中で挙げる有名女子生徒ほどの華はない、色香もないかもしれない。が、大きな黒い瞳は知性に輝いているし、三つ編みにしている髪もしなやかで清潔だ。本人が世界の終わりみたいにがっくりするほど気にしているそばかすだって、個性の一つだと優は思っている。なにより彼女の微笑みは、彼の心をどうしようもなく浮き立たせてくれる。
「いいのよ」
反論を察したのか、古乃美の唇がちょこっと綻んだ。
優は苛立つ。勝手な自己採点で気を落とす彼女の姿が気にくわなかった。だが、それ以上何も言えなかった。
彼女から強烈な拒否のオーラが出ているのだ。この話題おしまい、と言外に表している。
仕方なく黙る。そのまましばらく二人は会話もなく学校の廊下を歩いた。
「あれ」
立ち止まったのは見知った少女を見つけたからだ。早川里見が階段の横の壁に寄りかかっていた。一人でじっと考えているようだ。
「早川さん」
「ひ、ひわわわ、かか葛城君、と、古乃美……ど、どうしたの?」
相変わらずあわあわと両腕をバタバタする様子に、優は微笑む。
「君こそどうしたの? こんな所で」
「ええっと、その、何でもないよー」
すーすーと尖らせた唇から空気が漏れる。口笛のつもりらしい。
「ヘンなの、里見」早川の前だと普通の古乃美が、その様子にくすくす笑う。
「悪かったわね! このっ」
早川は古乃美に掴みかかろうとしたが、その前に「どうしてだよ!」という男子生徒の声が聞こえ、彼女の動きがぴたりと止まる。
「なんだ?」
優は頭だけ横に倒して、階段を覗いた。上階へ続く踊り場に一組の男女が居る。
三浦先輩と、今時の女子高生らしい可愛い女生徒が言い争っていた。
「何あれ?」誰ともなく尋ねると、表情を曇らせた早川が「三浦先輩と……須藤先輩」と律儀に答えてくれた。
――なるほど。
優は状況を理解した。思い人とその彼女の様子が気になって、二人の話を早川は聞いていた。密かに窺っていたのだ。
「何で、何でそんなこと言うんだ! 今更、俺頑張っているんだ! お前のために、もう橋爪に負けないし……だから……」
「ごめん、三浦君、でも私……」
「俺がもうエースじゃないからか? 橋爪の方が優れているからか?」
「違うわっ!」
優は苦い気分になる。他人の諍い、しかも男女のもつれに関わりたくない。迷惑だし面倒この上ない。だが早川と古乃美の息はぴたりと合っていて、二人共さっと壁に張り付き聞き耳を立てている。
「……古乃美ちゃん」
「しいっ」険しい顔で古乃美は口の前に指を立てた。
「ごめん、三浦君……でも、これ以上、私、自分にウソつけない」
「何でだよ! アイツはもう居ないんだぞっ」
「ごめん……ごめん、ううう」
あちゃー、と仕方なく聞いていた優は頭を抱えた。須藤がついに泣き出し、その場にへたり込んだのだ。とんだ愁嘆場である。
「納得できねーよ! 納得しねーからなっ」
割れた声を残した三浦が階段を駆け下り、彼等のすぐ近くを通過して行った。
「あ」と早川が微かに声を出す。
うっうっうっ、と須藤がしゃがみ込んで泣いている。
――これは、どうしようもない……
その呼称はその日の内に全校へと広がった。昼休み、至る所にいる生徒達がヒマワリ、ヒマワリ、ヒマワリと囁き合っている。
学食での昼食を終えて教室へと向かう優の耳にも、何度も触れた。
「全く、山本は無駄に行動力がある、何だよこれ……この学校は噂が大好きだな」
「でも」一緒に食事して一緒に帰っている古乃美が、唇の横に人差し指を添える。
「実際、そう言う人がいたんだから、そんなに的はずれじゃないんじゃない?」
「どこかの目立ちたがりの悪戯だよ」
「そうかな? ガソリンで火を吐く、私も尋常な人じゃないと思うけど……もしかして本当に野球部の誰かに害意を持っているのかも……このままにするのは危険だよ」
「……古乃美ちゃん、どうしてみんなの前でそれを指摘しないの? 古乃美ちゃんももう少しみんなと話したら」
優が疑問を口にすると、古乃美は花が萎れるように縮まった。
「ダメだよ……」
「何で?」古乃美が教室で自分を極限まで抑えつけているのが、優には判る。
「私……ブスだし」
「は? 何それ? そんなことないよ!」
それは優の本心だ。
三田村古乃美は確かに男子生徒達が会話の中で挙げる有名女子生徒ほどの華はない、色香もないかもしれない。が、大きな黒い瞳は知性に輝いているし、三つ編みにしている髪もしなやかで清潔だ。本人が世界の終わりみたいにがっくりするほど気にしているそばかすだって、個性の一つだと優は思っている。なにより彼女の微笑みは、彼の心をどうしようもなく浮き立たせてくれる。
「いいのよ」
反論を察したのか、古乃美の唇がちょこっと綻んだ。
優は苛立つ。勝手な自己採点で気を落とす彼女の姿が気にくわなかった。だが、それ以上何も言えなかった。
彼女から強烈な拒否のオーラが出ているのだ。この話題おしまい、と言外に表している。
仕方なく黙る。そのまましばらく二人は会話もなく学校の廊下を歩いた。
「あれ」
立ち止まったのは見知った少女を見つけたからだ。早川里見が階段の横の壁に寄りかかっていた。一人でじっと考えているようだ。
「早川さん」
「ひ、ひわわわ、かか葛城君、と、古乃美……ど、どうしたの?」
相変わらずあわあわと両腕をバタバタする様子に、優は微笑む。
「君こそどうしたの? こんな所で」
「ええっと、その、何でもないよー」
すーすーと尖らせた唇から空気が漏れる。口笛のつもりらしい。
「ヘンなの、里見」早川の前だと普通の古乃美が、その様子にくすくす笑う。
「悪かったわね! このっ」
早川は古乃美に掴みかかろうとしたが、その前に「どうしてだよ!」という男子生徒の声が聞こえ、彼女の動きがぴたりと止まる。
「なんだ?」
優は頭だけ横に倒して、階段を覗いた。上階へ続く踊り場に一組の男女が居る。
三浦先輩と、今時の女子高生らしい可愛い女生徒が言い争っていた。
「何あれ?」誰ともなく尋ねると、表情を曇らせた早川が「三浦先輩と……須藤先輩」と律儀に答えてくれた。
――なるほど。
優は状況を理解した。思い人とその彼女の様子が気になって、二人の話を早川は聞いていた。密かに窺っていたのだ。
「何で、何でそんなこと言うんだ! 今更、俺頑張っているんだ! お前のために、もう橋爪に負けないし……だから……」
「ごめん、三浦君、でも私……」
「俺がもうエースじゃないからか? 橋爪の方が優れているからか?」
「違うわっ!」
優は苦い気分になる。他人の諍い、しかも男女のもつれに関わりたくない。迷惑だし面倒この上ない。だが早川と古乃美の息はぴたりと合っていて、二人共さっと壁に張り付き聞き耳を立てている。
「……古乃美ちゃん」
「しいっ」険しい顔で古乃美は口の前に指を立てた。
「ごめん、三浦君……でも、これ以上、私、自分にウソつけない」
「何でだよ! アイツはもう居ないんだぞっ」
「ごめん……ごめん、ううう」
あちゃー、と仕方なく聞いていた優は頭を抱えた。須藤がついに泣き出し、その場にへたり込んだのだ。とんだ愁嘆場である。
「納得できねーよ! 納得しねーからなっ」
割れた声を残した三浦が階段を駆け下り、彼等のすぐ近くを通過して行った。
「あ」と早川が微かに声を出す。
うっうっうっ、と須藤がしゃがみ込んで泣いている。
――これは、どうしようもない……
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる