エルドリア王戦記~いつも俺の物を横取りする幼馴染が、俺の好きな人に告白しようとしている時に異世界に三人とも飛ばされちゃった。

イチカ

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リリルの村

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「タロ、お前は外で待っていろ」 

 タロはただの犬ではない。シャドードッグと呼ばれる魔犬だ。村の人で知っている者がいたら大混乱になる。だから橙夜は命じた。

 ジュリエッタの妹とは違い、大人しくタロは村の木の柵の影に座る。

「皆さんどうぞ」エヴリンが笑顔で振り向く。

「ここがリリルの村、私とテオが育った村です」

「へー」ポロットが物珍しそうに見回す。ハーフリングはあまり人間の生活を知らないようだ。

 リリルの村……橙夜はこの世界に来て初めて『村』に来たが、感想はとても口に出来なかった。

 村の大半を占める畑には大麦が実り、収穫を待っている。村の所々にある家は、木製の建物にわら葺き屋根で村の中には道があるようだが、それ以外は雑草が生えている。それだけはまあまあ立派な石造りの教会が建っているが、とてもこの村に住みたいとは思えなかった。 

 一つには臭いだ。この世界はどこもそうなのだが、胸が悪くなるような……はっきりと表現してしまうなら、家畜やらの糞尿の臭いが鼻を突き刺した。
 
 豚や鶏が鳴き、水車が回り、鍛冶屋が鉄を打つ音にも慣れそうにない。
 
 澄香は表情を変えないが、それは彼女が慣れた訳ではなく、礼儀を心得ているからだろう。
「こないだも思ったんだけど、随分無防備よね」
 
 ジュリエッタが目をつけたのは違うところだ。確かに高い市壁のあったセルナルの街に比べると、この村は何も防備をしていないに等しい。
 
 あるのは人の腰くらいまでしかない木の柵ぐらいだ。

「ああ、この辺には魔物や混沌の勢力はほとんどやって来ませんので」
 
 テオが答える。

「時々はぐれゴブリンが出ますが、それは何とでもなるから」
 
 彼は自慢のロングソードの柄を触った。
 
 彼等の来訪を目にした村人達がちらほらやって来る。さすがに目に警戒心を光らせているが、それ程敵意はないようだ。
 
 ただエルフのアイオーンとハーフリングのポロットへの視線は厳しい。

「テオ、エヴリン、この人達は何だね?」

 白い髭の老人の問いに、エヴリンは厳かに答える。

「村長、この方達はバロード様がいらっしゃるのを聞きつけていらした方達です」
「そうか」と村長は鷹揚に頷く。
「どうやらあんた方も困っているようだから今回は許すが、本来はよそ者を村には入れんのだぞ」
「ありがとうポロ」

 苛ついた風のジュリエッタが余計な問題を起こす前に、ポロットがお礼を言ってくれた。

 それで解放され、橙夜の一行はしばしのんびりと村の見学をする。

 村はずれに共同トイレの小屋があるが、正体を知っている澄香はむっつりするだけだ。

「ところで、あなた方は冒険者なのか?」

 彼等に着いてきているテオが訊ねる。

「…………」橙夜は困った。異世界人なんて答えても信じないだろう。
「そうよ」代わりにジュリエッタがどうしてか胸を張る。
「私達は冒険者。ほらこれがギルドの記章」

 ジュリエッタは革鎧の懐から布のような何かを出しテオに見せた。

「そうかー」と彼の瞳が空に向かう。何かを考えているようだ。
「……ならさ、俺に剣を教えてくれないか? あんた戦士だろ?」
「あんまりお勧めできないわね」ジュリエッタは物憂げだ。
「君ぃ、冒険者ぁ、知っているぅ?」

 テオはそう言うアイオーンに向き直る。

「言いたいことは分かるよ、分かるつもりだ。冒険者は底辺の職だ」
「本当に分かっている?」ジュリエッタは真っ直ぐ彼を見つめる。
「いい、冒険者なんてごろつきと同じよ……違うわね、ごろつきがしょうがなく冒険者をやっているの。甘い一攫千金なんてまずないわ、あるのはゴブリンやオークとの命がけの戦い。それ以上の魔物は人間では辛いからね、それで命がけで働いても大した実入りにはならない。少なくとも命を賭けるだけの冒険なんて無いわ。あなたはこの村で育ったんなら鍛冶屋かパン屋の徒弟になればいいのよ」

 テオは不服そうだ。

「でも、強ければ大事な人も守れるだろ」

 橙夜は彼の本心が分かった。彼はエヴリンを守りたいのだ。

「じゃあさ、冒険者にならずに強くなったら?」

「え?」テオが怪訝な顔で橙夜に振り向く。

「このジュリエッタはこう見えて剣の扱いは大したものなんだ。僕も習っている、だから少し教えて貰えばいい」

「ちょっと!」ジュリエッタは狼狽する。

「いきなり何? あたしに剣を教えろって? 勝手に決めないでよ、それでなくともあんた一人で手一杯なんだから」

「頼むよ」橙夜はもう彼女を知っていた。
「強いジュリエッタなら、テオがエヴリンを守れるくらいに出来ると思うんだ。もしこの村が襲われたときの戦力になるし。こういうのはやっぱりジュリエッタじゃないと」

「そ、そうかしら」彼女は頬に手を当てる。

「お願いします。俺は強くなりたい」

 テオの後頭部を見たジュリエッタは決断してくれた。

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