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第二章

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 僕、御崎なぎは消沈していた。
 がっくり項垂れていたため、没個性の机の下に潜り込める気がした。
 二年三組の教室はざわざわとした喧噪の中にいたが、僕はその中に混じることなど到底出来ない。 
 数秒前に回収されたテストが気になっていたのだ。
 平均点まではいったろうか?
 感触では、ホームランどころかヒットさえも期待できない。だがアウトはごめんだ。
 ごめんなさい。
 では済まない。
 今度こそ、一度しかない中学生生活という貴重で有意義な時間を削られ、『塾』という脱走不可の監獄に入れられてしまう。
 一年生の折、二度続けて全教科アウトになり、父さんにとっくりと宣言されていた。
 スリーアウトチェンジだ。
 思わず首を竦めた僕は、左側の窓から外を見た。
 こういう悲しいとき、窓側の席は重宝する。
 涙を誰にも見せずに済むのだ。
 こんなに悲しい僕を差し置いて、外の野郎は輝いていた。
「夏が近いゾ、青少年、うふふふふ」  
 と誘っているような晴れやかな天気で、目をこらすと校庭どころか遠くの街まで伺える。 どいつもこいつも空気を読まない。
「おい、おいっ、御崎」
 そのまましばし格好良く物思いにふけようか、と考えていたのだが、KYな誰かが後ろから話しかけてきた。
 倉本新太郎だ。
 中学生活の突端、入学式で知り合い、なんだかんだで最も親しくなった奴。
 一緒に部活に入って、一緒にさぼって、一緒に退部になった。
 僕にとって疫病神のような、心許せる友だ。
「で、どうだった? テスト」
 振り向いた僕への質問が、つい今終わったテストの事だったので、僕の心は閉じた。友達などいない。
「どうもこうも」
 むっつりそう答えるのが精一杯だ。 
「そうかー、今回は難しかったからな」
 倉本は相づちのようなものを打っているが、僕は知っている。
 僕と倉本新太郎の差、体型も身長もモテないところも良く似ているが、たった一つ、倉本は意外に頭が良い。
「いやー全然だったよー」とかほざくクセに密かに高得点な、まあ良くいる嫌な奴なのだ。「お前はどうだったんだよ?」
「いやー全然だったよー」
 僕は不安になった。
 案の定、倉本は自信に満ちているからだ。
 思わずクラスを見回す。
 もしかしてこのクラスでバカは僕だけかも知れない。
 クラスメイト達は、テストが回収され先生が一時的に教室から離れたのを期に、テストに関しての感想を話題にしている。
 ヤマが当たったのかはしゃぐ奴、暗澹たる奴、無表情な奴、死にそうな奴、まさに人生の縮図がそこにある。
 どうやらバカ、学年最下位は避けられそうだ。
 ぼそぼそ、という小声を聞いたのはその時だ。
 場違いな、囁くような、吐息のような会話だった。
 思わず首を巡らす僕の目に、一人の少女が飛び込んできた。
 東中学指定の没個性の黒いセーラー服に身を包んだ、華奢な少女がいた。
 漆黒の髪を額を全開にするショートに切りそろえている女生徒が、席を二つほど隔てて話し込んでいた。
 誰かと、ではなく、何もない宙空とだ。
「まただよ」
 倉本の声にはうんざりとした響きがある。 
「宮薙の奴、また電波会話してやがる、キモー」
 僕はか弱い女の子への暴論に対し、倉本を殴りつけてやる紳士にはなれなかった。
 彼女、宮薙したうは僕にも理解できない……少し引いてしまう存在なのだ。
 時々、今やっているように誰もいない空間に向かって話し出し、空気しか存在しないのに、誰かがいる、と主張する。
 困ったちゃんなのか、構ってちゃんなのか、本当に××××なのか、今ひとつ判別できない。
「ったく、顔は滅茶苦茶かわいいのに、残念だな」
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