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第三章

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 倉本の嘆きに、不覚にも頷いてしまった。
 宮薙したうは容姿において恵まれていた。
 額の上で前髪をぷっつりと切った髪型はどうかと思うが、血色の良いふっくらとした頬に大きな瞳、やや低めの細い鼻と小さいが存在感のある紅い唇。
 美少女、と表記しても異論は挟まれないだろう、可愛らしい娘だ。
 なのに……。
 ぼそぼそと、何もない斜め上に向かって一所懸命に語りかけている。
「はあっ」と僕は声になるくらいのため息をついた。
 宮薙したうには、だから誰も関わらない。
 奇妙な言動に皆気後れして、敬遠して、今では孤立している。
 クラス、ではなく学校で、だ。
 僕ならそれだけで登校拒否か転校だろうが、彼女は余程芯が強いのか、芯が麻痺しているのか、気に病んでいる様子はなかった。
「俺も最初はよー、結構メーつけてたんだぜー、だけどよー、アレはちょっとなー」
 どうしてかいつの間にか倉本に絡まれていた。
「キャラ作りにしても、過剰すぎるぜー、全くよー」
「そこの二人っ! ……御崎と倉本」
 突如、教室の空気を切り裂くような凛とした声が、僕らを叩いた。
「う」
 背後の席で倉本が息を飲むのが判る。
 僕は実は不本意だ、だって「二人」と一括りにされたが、考えたら一方的に倉本が喋っていたのだから。
 しかしそんな不平は鳴らさない。
 僕らに長い指を向けているのは、クラス委員の相模恵利なのだ。
 ちなみに彼女の席は僕の席から一つ後ろの斜め、つまり倉本の横だ。
「テストが終わったからっと言ってだれないっ、まだ授業中でしょ?」
 相模さんは敢えて皆に聞こえるように、僕らを糾弾した。
 恐らく与し易い生け贄を餌食にして、教室中の生徒に警告しているのだろう。
「何だよ!」
 しゅんとなる僕だが、倉本は唇を尖らせた。
「他の奴らはいいのかよ? どうして俺たちだけ」
 そんな倉本は愚かだ。
 僕は知っている。
 相模恵利はクラス委員であり、このクラスの女子のボスなのだ。
 案の定、クラスは静まりかえり、皆、特に女子生徒の冷たい視線が倉本へ注がれた。
「うっ」
 ようやくKYな倉本も事態に気付いたらしく、言葉を失った。
「あんた達だけが、うるさいからよ」
 どうして男子と違って女子のボスはルックスまで重視されるのだろう? とにかくハーフのような目鼻立ちの相模さんは、切れ長の目をすっと細めた。
 キレかけている。
「お、おお……お?」
 迫力に萎縮しかけた倉本だが、反撃材料でも見つけたのか、前傾体勢になる。
「あ、あいつはいいのかよ?」
 僕ははっとしてしまった。
 倉本の指した『あいつ』というのが誰だか判ったのだ。
 未だ宙と話している宮薙したうだ。
「っ…………」
 相模さんが苦々しい、といった風に顔をしかめた。
 宮薙したうは、周りの騒ぎを意に介さず、のほほんとゆったりとぶつぶつ呟いている。「……したうは、いいのよ」
 相模さんのトーンはかなり落ちていた。その言葉には、やりきれない憤懣と諦念が混ざっている。
 いつか小耳に挟んだのだが、相模さんと宮薙さんは幼馴染みだという。
 宮薙さんの奇行がいつからら始まったのか、そこら辺の事情も知っているのだろう。
 しかし、相模さんの追撃がないから、勝ったつもりで胸を張ってる倉本はやはりKYである。
 むしろ女の子達の反感を買っている。
 教室中で女子生徒達が囁き合っている。 
 倉本と、その一党と目されている僕への悪口に違いない。
 居心地の悪さに、「コイツとは他人です!」と発言しようとしたが、それは辛うじて止まった。
 倉本は実際友達だ。もう友達を失うのはこりごりだ。
 さらにブルーになった僕から二つ席を隔てて、宮薙したうは一人楽しそうに、くすく笑っていた。
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