何者にもなれなかった僕へ

ゆったり虚無

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「いつも」の生活を送るだけ

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 「僕は何者になるのだろうか?」
かつての僕は友達とよくこのような会話をしたものだ。
H君は料理人になりたいと言っていたな。
Sちゃんはアイドルになりたいと言っていたような気がする。
Sちゃんは容姿もよく愛嬌もあったので絶対になれると思っていたものだ。
そういえば、僕は何になりたかったんだっけ?
パイロットだった気もするし、教師だった気もする。
いや、もっと別のものだったのかもしれない。

 そんなことを思い出しながら今日も僕は出社する。
今日も暑い。
汗が額を伝って服に染みる。
少しの不快感とともに出社した僕はいつものデスクに座り、いつもの作業をする。
そして変わらないいつもをこなしていく。

 午前もいつも通り何もなかった。
昼食にはいつもの総菜パンをコンビニで買っていた。
変わらない日常だ。
いや、少し違うな。
デスクの向こうで部長と三年前に入社したYちゃんがなにか話している。
隣のTが「Yちゃん、ここやめるんだってさ。
なんでも、ずっとやりたかったパン屋を今まで貯めた貯金で始めるらしい。」と頼んでもないのに教えてくれた。

なるほど。

この安定した会社を辞めるのか。
僕は素直にもったいないと思った。
なにが不満なんだろう。
変わらない仕事をこなし、変わらない生活を送る。
そして変わらない平和を享受するのだ。
素晴らしいことではないか。
その後はいつも通り何も特別なことはなく、いつも通りの帰路についた。

 朝六時半、いつもの時間に目が覚める。
今日は少し寒いな。
いつもの道を歩いていく。
途中のコンビニで総菜パンを買おうと思ったが、少し先のパン屋からいいにおいがする。
こんなところにパン屋なんかあっただろうか。
少し入ってみる。
「いらっしゃいませ!」
元気のいい挨拶をYちゃんがした。
僕はなぜか顔を俯けてばれないようにした。
「こちらのコロッケパン、さっきできたばかりなんですよ!」
Yちゃんは僕に気づいていないようだ。
僕は何も言わず、それを買った。

出社、仕事、昼食、仕事、帰宅

今日も変わらない一日だ。

 夜九時、布団を敷く。
三十分後、強烈な痛みで目が覚めた。
頭が痛い。
頭を鈍器で殴られたみたいだ。
クモ膜下出血。
僕ももう七十八歳。
当然、起こりうる話だ。
視界が点滅する。
意識も遠くなる。
結婚もしていない僕は完全な孤独だ。
助けは期待できない。
平和は瓦解した。
「いつも」はこの瞬間に失われたのだ。
少し寂しい気がする。
何もない、「いつも」ばかりのつまらない人生だった。

意識が消える直前、昼食を思い出した。
コロッケパン、僕がいつも食べていた総菜パンだ。
Yちゃんは僕に気づいたのか?

最後に、いつもを少し変えて良かった。



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