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 肩程の髪を緩く巻いた笹川なのかがここぞとばかりのアイドルスマイルを見せつける。だがそんなアプローチをされた当のアレンは首を傾げた。
「ヒナ、この子誰?」
 突然英語で陽菜に話しかけてきたアレン。何故ここでと思ったが、アレンの目は「いいから英語で対応をして」と言っているようだった。そう得意ではないのだが、ここはアレンに合わせて英語で対応する事にした。
「誰って……今あなたと問題になっている笹川なのかじゃないですか。笹川銀行の……」
「あぁ!ビジネス以外では人の顔はあまり覚えないタチでね」
 なんという白進の演技なのだろうと思ったが、笹川なのか自身は何を言っているのかわかっていないようで、コテンと首をかしげていた。
「悪いが話は秘書を通してくれと伝えてくれないか?」
「わ、わかりました……」
 ウインクをしてみせたアレンに陽菜はそう答えた。英語で話してばかりのアレンに笹川なのかはぷくっと頬を膨らませる。
「もう!何言ってるのかわからない。なのかにもわかるようにお話してよぉ」
「すみませんが、今はプライベートですので我が社の秘書を通して欲しいとの事です」
「あなたに聞いてないわよ。それにプライベートって……なのかとアレンはちゃんとお付き合いしてるのよ!」
 根も葉もない嘘を並べる笹川なのかの言葉に、陽菜は一応英語でアレンに答えた。
「ノー!私はあなたを知らないしもうすでにお付き合いしている人がいる。その人を悲しませるような言動は止めていただこう」
 こちらもまた嘘をついているのだが、これ以上の面倒は避けたい姿勢なのか、あえて突き放した言い方をするアレン。これもまた日本語に訳して笹川なのかに伝えた。すると笹川なのかはいきなり涙を流し始める。
「酷い……なのかと一緒に過ごした夜は嘘なの?」
 この嘘に嘘を重ねるやりとりは凄いなと思いつつ、当のアレンを見ると本人は笑いを堪えているのがわかる。すると騒ぎを聞きつけたのか、先ほどレストランで会った東宮寺が現れた。
「お客様。何かも問題でもございましたか?」
 こちらは陽菜と違い、流暢で綺麗な英語だ。
「問題も何も、この子が何やら勝手に誤解しているようでね。どうにかしてもらえないか?」
「畏まりました。お客様。事情を聞きますのでまずはこちらへ」
 後半は日本語だが、丁寧な対応を見せる東宮寺。だが笹川なのかは「嫌よ!これはなのかとアレンの問題なの!」と捲し立てるので、東宮寺も次なる一手に出る。
「お客様落ち着いて下さい。お客様はこちらに宿泊の方ですか?そうでない場合、ここで騒がれては他のお客様に迷惑です。警察を呼びますがよろしいですか?」
 警察という言葉が効いたのか、笹川なのかは「もういいわ!」と言って去って行った。先ほどまでの涙は何だったのか。嵐のような事件は去って行った。
「ヒースルー様。後の事はお任せになり、お部屋にお戻り下さい」
「わかった」
 最後の最後までアレンとの会話を英語で閉めた二人。アレンと陽菜は部屋に戻る為にエレベータに乗った。
「ごめんねヒナ。いきなり英語で話して」
 ようやくいつものように日本語で話し始めたアレンに、陽菜はホッとした。
「いえ、でもなんで英語で?」
「うーん……簡単に言えばあの笹川なのかっていう子とパパラッチがセットでいたから」
「えぇ?そんな風には見えなかったですが……」
「相手は隠れてたからね。けどそのまま対応すると面倒だと思ったからあえて英語で話したわけ。カズもその場で的確に判断したみたいだ。さすがだ」
 パパラッチが英語を理解出来たかはさておき、おそらくホテルにまでもぐりこんだのは、既成事実でも作って包囲網を敷こうと言う作戦だったのかもしれない。
「これはあちらの事務所に厳重に注意だな」
 やれやれと今日の出来事に疲れた風なアレンだった。するとアレンは陽菜の頭に手を置いた。
「ヒナの英語、初めよりは全然良くなってるよ。まぁ、まだたどたどしいけど……」
「あ、ありがとうございます」
 褒められた陽菜は顔を赤くした。一応秘書的な役目は果たしていたようでよかった。
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