モブだった私、今日からヒロインです！

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「ごめんなさい。急に電話をしてしまって」
「い、いえ、何かあったらって言ったのは私だし」
　ホテル一階にあるカフェで陽菜と対峙するのは、パーティでも出会った桐谷あすかだった。どうして彼女が自分に会いに来たのか陽菜には不思議で仕方なかった。
「私の事情を知っているのがあなただけだったから、つい連絡をしたくなって……」
「と、言いますと、例のあの人との事ですか？」
「そうなの。ちょっとした相談がしたくて……」
　聞けば桐谷あすか自身芸能関係に友達はおらず、自身のマネージャーにすら大塚一誠の事は言っていないらしい。というよりも言えないのだが、どうしても自分一人で解決できないような話だったのもあり、誰かに相談したいと思っていた所、陽菜の事を思い出したらしい。
「芸能関係だから、私でどこまで相談に乗れるかわかりませんが、お話は聞かせてもらいますよ」
「本当に？よかったわ！えっと何てお呼びしたらいいかしら？」
「苗字でも陽菜で構いませんよ」　
「それじゃあ陽菜さん。私の事もあすかでいいわ」
　さすがに芸能人相手にそれはどうかとも思ったが、本人がそれでいいと言うので「あすかさん」と呼ばせてもらう事にした。
「実はね。今度あるドラマの主演に一誠がなってるんだけど、私も出る事になって」
　よくある話で、互いに人気俳優と女優だ。ないとも言えないキャスティングだが、どうにも複雑そうな表情をあすかは見せた。
「実は私の役って、一誠の相手役のヒロインから一誠を奪おうとする悪女役なのよ」
「ま、またなんと……でもあすかさんの悪女って凄いですね」
　これまで清純派やちょっと大人びた役をやって来たあすかは、今回悪女役は初めてなのだという。だが役に関しての相談というわけでもないだろう。
「もちろんこれまでやった事のない役柄だから楽しみなのはあるんだけど……相手が一誠ってだけで緊張しちゃって。それに……」
「それに？」
「ヒロインの女の子、実は一誠の大ファンらしくて……」
　それを聞いて成程と納得した。つまりドラマの撮影を通して本気になるのではという事だろう。内容もラブストーリーではあるが、二人の純愛を描いたもので、横やりをあすかが入れるという本人からしら何とも言えない複雑な気持ちになるのだろう。
「でもパーティの時に拝見した限り、一誠さんはそのヒロインの子とどうにかなるととは思えませんが。なんだか仕事命って感じられたので」
「そう、よね……でも私も内容を聞いて少し複雑な気持ちになったのは確かだし、感情移入しちゃいそうなのよね」
「そ、それはわかります。けどそこまで聞くと、一視聴者としてあすかさんの渾身の悪女見てみたいです！」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。どうしても撮影に入る前に誰かに相談しておきたかったの」
　元々清純派女優と言うだけあって、なんだか心が爽やかな人だなと、陽菜は心の中がホコホコと温かい気持ちになった。
　一般男性なら桐谷あすかという女性の手を取るだろうが、大塚一誠は何で手を取らないのか。仕事に集中と言っていたが、それ以外にも一般人の知らない何かあるのかなと想像してしまった。