花が招く良縁

まぁ

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 季節は過ぎ去る。梅雨も明け初夏独特の暑さや夏虫の鳴き声。からっとした夏の太陽。それらが夏の訪れを告げると共に、美奈穂と慶の関係にも何一つ進展はない。慶は特に変わった様子もなければ、出張などでよく家を空けるし、美奈穂の方も意識しないようにと脳内恋愛煩悩を退散し続けた。
「暑い…」
 日差し避けの防止に短パン、Tシャツにサンダルという簡単な服装をし、朝早くからホースを握り、まだ花を開いていない向日葵に水をやっていた。熱避けとして最近ブームのグリーンカーテンにしている朝顔は梅雨が明けると同時に花を咲かせている。
「あっ、美奈穂ちゃん!」
「お隣の美津子さん。おはようございます!」
 ひょいっと軒から庭で水をやる美奈穂に顔を見せたのは、隣の家に住む美津子さんだった。美奈穂がこっちで暮らし始めてからよくしてくれている、いわばこの家でのお母さん的存在の人た。
「美奈穂ちゃん今日は会社じゃないの?」
「今日は土曜なので休みですよ。どうかしたんですか?」
「いやぁ…ちょうどよかった。ねぇ美奈穂ちゃんは今日夜暇してる?」
「暇と言えば暇ですけど…」
 予定はもちろんない。金なし彼氏なしの身分なので、遊ぶとしたら同じ独身貴族の由美くらいだが、由美もそう毎回暇なわけでもないので、気が合った時に遊ぶ程度だ。
「だったらよかったわ!今日はこの近所でお祭りあるんだけど、美奈穂ちゃん行かない?」
「お祭りですかぁ…でも一人で行ってもなぁ…」
「あら、慶ちゃんがいるじゃない!慶ちゃん今日ご在宅なんでしょ?」
 毎度の事ながら出張に行っていた慶は昨日の深夜近くに帰って来て、今はまだ寝ている。
「娘が着ていた浴衣になっちゃうけど、よかったら美奈穂ちゃん着ない?せっかくだから慶ちゃんを驚かせてやりなさいよ!」
「そ…そんな…それに浴衣なんて何年ぶりかな…」
 人混みが基本嫌いな美奈穂は、いつからかお祭りというものに行かなくなった。しかも美津子が言うのは近所のお祭りに慶と行けとの事だ。なんともハードルが高い…とは言っても地域のお祭りなので人はそう多くないだろう。せっかくの好意を無駄にするのも失礼だし…そんな事を考えてると、ガタッと言う物音が聞こえた。美津子は色のある声を出した。
「あら慶ちゃん!」
「おはようございます美津子さん美奈穂さん…どうしたんですか?」
「いやね。今日お祭りあるじゃない。だから美奈穂ちゃんと慶ちゃんで行って来たらって話してたのよ!」
 どうやら今しがた起きたのだろう。髪は寝癖がついており、とても眠そうな顔をしている。こういった顔を見る事は少ないのだが、少ないからこそ貴重でもある。あのプリンスの寝顔…それを想像した瞬間、美奈穂は笑いそうになったが堪えた。
「そっか…もうそんな季節かぁ…」
「慶ちゃん今日はずっといるの?」
「いますよ。昨日だって深夜遅くに帰って来たんで…」
「ならちょうどいいじゃない!美奈穂ちゃん!後でうちに来なさいよ!」
「えっ…あの…」
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