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夜会
此度の夜会の舞台となる皇太子宮。
豪華絢爛に飾り付けられた大広間には既に他の招待客で埋め尽くされており、私たち夫婦が入場するやいなや、好奇とも期待とも嫉妬とも取れる視線をあちこちから感じた。
十中八九、あの噂のせいであろう。
入場して数秒だというのにもう帰りたくなった。
「やあ、セレーノ公爵、公爵夫人。遠路はるばる、よく来てくれたね」
酒の力を借りねばとメイドを探していると、前方から見目麗しい男女が友好的な笑みを浮かべながらやってきた。言わずもがな、夜会の主催者である皇太子夫妻である。
私と夫はそれぞれ形式的な挨拶をする。
必要以上に注目を浴びているのは、噂だけが原因ではないのだろう。
「まあ、お兄様。わたくしたちは家族ではありませんか。そんな他人行儀、寂しいですわ。久しぶりにお会いいたしましたのに、頭を撫でてもくださりませんの?」
人魚姫顔負けの美声が鼓膜を揺らす。
結い上げられた銀髪を薔薇の造花で固定し、それに合わせるように真っ赤なドレスに身を包んだ皇太子妃アリアドネは、神秘的な美しさを漂わせていた。
およそ皇太子妃らしからぬ言葉を口にしていたが、その失態さえ気にならぬほどの美貌である。
「ここは公式の場ですから。妃殿下にもご理解いただきたい」
夫は厳かな声で一蹴した。
久しぶりに聞いた夫の義務的な声だった。
悲しそうに俯いてしまった彼女は、一瞬、私を敵愾心が透けて見える緑色の目で睨みつけた。飼い主を奪われた猫の威嚇のようなそれに、私はどう反応すれば良いか分からなかった。
分からなかったが、これ以上、アリアドネのご機嫌を損ねるわけにはいかないというのだけは分かった。
不幸中の幸いと言えよう、差し出せる生贄は近くにいた。
「旦那様は照れ屋さんなのですね」
私はふふっと微笑みながら、夫を見上げる。
琥珀色の目が意図が掴めぬと、困惑に揺れていた。
「久しぶりに皇太子妃殿下にお会いできるからと、楽しそうにしていたではありませんか」
「え? それはコゼットと……!」
空気を読めず、要らぬことを口にしようとする夫の靴を踏んだ。ドレスが上手に隠してくれたおかげで、彼らからは見えまい。
この時ばかりは夫が記憶を失ってくれていて良かったと、心の底から思った。記憶を失う前の夫であれば決して踏めなかった。
「ご兄妹でダンスでもどうでしょう?」
「え!」
喜色に染まった声を上げるアリアドネと、隣から全力で嫌だという空気を出す夫。事を見守ることに徹しているらしい皇太子からの視線が少し痛いが、高飛車な義妹にこれ以上嫌われるよりかはうんとましだった。
「やるね、公爵夫人」
しぶしぶといった雰囲気を隠さず、アリアドネの手を取り、踊る人々の輪に溶け込んだ美形兄妹を見送ったあと。
取り合えず酒を……と思い、再び会場内をうろついているであろうメイドを探そうとした私を、喰えぬ笑みを浮かべながら私を見下ろしていた皇太子が制止させた。
シャンデリアに照らされ、後ろで一つ括りしている深緑色の髪が艶めかしく光る。
淑女の笑みにひびが入ったのが自分でも分かった。
「噂は聞いているよ」
愉悦混じりの低い声で皇太子は続けた。
「君がこれほどできる人だとは思わなかったな。皇太子妃と同類だと高を括っていたが……大きな誤算だった。どこにそんな毒を隠していたんだい」
豪華絢爛に飾り付けられた大広間には既に他の招待客で埋め尽くされており、私たち夫婦が入場するやいなや、好奇とも期待とも嫉妬とも取れる視線をあちこちから感じた。
十中八九、あの噂のせいであろう。
入場して数秒だというのにもう帰りたくなった。
「やあ、セレーノ公爵、公爵夫人。遠路はるばる、よく来てくれたね」
酒の力を借りねばとメイドを探していると、前方から見目麗しい男女が友好的な笑みを浮かべながらやってきた。言わずもがな、夜会の主催者である皇太子夫妻である。
私と夫はそれぞれ形式的な挨拶をする。
必要以上に注目を浴びているのは、噂だけが原因ではないのだろう。
「まあ、お兄様。わたくしたちは家族ではありませんか。そんな他人行儀、寂しいですわ。久しぶりにお会いいたしましたのに、頭を撫でてもくださりませんの?」
人魚姫顔負けの美声が鼓膜を揺らす。
結い上げられた銀髪を薔薇の造花で固定し、それに合わせるように真っ赤なドレスに身を包んだ皇太子妃アリアドネは、神秘的な美しさを漂わせていた。
およそ皇太子妃らしからぬ言葉を口にしていたが、その失態さえ気にならぬほどの美貌である。
「ここは公式の場ですから。妃殿下にもご理解いただきたい」
夫は厳かな声で一蹴した。
久しぶりに聞いた夫の義務的な声だった。
悲しそうに俯いてしまった彼女は、一瞬、私を敵愾心が透けて見える緑色の目で睨みつけた。飼い主を奪われた猫の威嚇のようなそれに、私はどう反応すれば良いか分からなかった。
分からなかったが、これ以上、アリアドネのご機嫌を損ねるわけにはいかないというのだけは分かった。
不幸中の幸いと言えよう、差し出せる生贄は近くにいた。
「旦那様は照れ屋さんなのですね」
私はふふっと微笑みながら、夫を見上げる。
琥珀色の目が意図が掴めぬと、困惑に揺れていた。
「久しぶりに皇太子妃殿下にお会いできるからと、楽しそうにしていたではありませんか」
「え? それはコゼットと……!」
空気を読めず、要らぬことを口にしようとする夫の靴を踏んだ。ドレスが上手に隠してくれたおかげで、彼らからは見えまい。
この時ばかりは夫が記憶を失ってくれていて良かったと、心の底から思った。記憶を失う前の夫であれば決して踏めなかった。
「ご兄妹でダンスでもどうでしょう?」
「え!」
喜色に染まった声を上げるアリアドネと、隣から全力で嫌だという空気を出す夫。事を見守ることに徹しているらしい皇太子からの視線が少し痛いが、高飛車な義妹にこれ以上嫌われるよりかはうんとましだった。
「やるね、公爵夫人」
しぶしぶといった雰囲気を隠さず、アリアドネの手を取り、踊る人々の輪に溶け込んだ美形兄妹を見送ったあと。
取り合えず酒を……と思い、再び会場内をうろついているであろうメイドを探そうとした私を、喰えぬ笑みを浮かべながら私を見下ろしていた皇太子が制止させた。
シャンデリアに照らされ、後ろで一つ括りしている深緑色の髪が艶めかしく光る。
淑女の笑みにひびが入ったのが自分でも分かった。
「噂は聞いているよ」
愉悦混じりの低い声で皇太子は続けた。
「君がこれほどできる人だとは思わなかったな。皇太子妃と同類だと高を括っていたが……大きな誤算だった。どこにそんな毒を隠していたんだい」
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