20 / 34
第20話 練習の練習
しおりを挟む
帝国監獄。
冷たい石壁に囲まれた廊下を、部下たちは足早に進んでいた。
先ほど、セラフィナがラヴィーネを連れてこの方向へ向かったのを見たのだ。
「まさか、隊長と姫殿下が……本当に監獄に……」
「いや、でも、何故こんなところに……」
「まさか、またアマンスに会いに?」
「でも、姫様までなんでアマンスに?」
誰もが半信半疑だった。
監獄は任務で訪れる場所であって、姫様が遊びに来るような場所ではない。
だが、ラヴィーネが連れて行かれた以上、放ってはおけなかった。
「ひょっとしたら……アマンスを登用しようとしているんじゃないのか?」
「たしかにありえるかもね。王国との戦争も終わったことで、残った王国兵たちも今後は帝国兵として再編されるって話もあるし」
「でも、アマンスってただの兵じゃないだろ。王国側の英雄だぞ? それこそ、帝国にとっては象徴的な『敵』だったはずだ」
「逆に言えば、象徴的だからこそ、取り込めば効果は絶大ってことじゃないか? 民衆への印象も、王国残党への牽制も」
「姫様がそこに関わってくるってことは、単なる私情じゃなくて、政治的な動きかもしれない」
「それに、隊長が最近悩んでたのって、まさにその辺の話だったよな。王国との関係、捕虜の扱い、そしてアマンスの処遇」
「いやぁ、でもアマンス自身はどうなんだぁ? だって、あいつ自身も戦争で家族やら仲間やらが戦争で死んでる上に……その、俺らとの決着は……なぁ?」
「俺の所為――――」
「はい、カイルうるさいだまれしつこい」
「いずれにせよ、ここまで来た以上はワシも知りたいのう。姫様と隊長が何をされているのかを」
ひょっとしたら、物事はかなりの大ごとなのかもしれない。
「そういえば、さっき姫様が隊長を連れて行かれるときの、本番がどうとかっていうのも何のことだろうね?」
「ん~…………」
「ぶちのめすとか言われてたしな……」
隊の者たちは話しながらそう思うようになり、後を追う。
黴臭い監獄の奥へ進む。
廊下の奥へ進むにつれ、空気が張り詰めていく。
そして――
「もういっがい!!」
甲高い声が響いた。
直後、何かがガタンとひっくり返る音が石壁に反響する。
「お、おい、今の音!」
「……今の、姫様の声だよな?」
「何かガシャンって音がしたけど!」
「な、何があった? 姫様、隊長!」
「急げ!」
部下たちは一斉に駆け出した。
帝国の宿敵でもあった王国の英雄でもあったアマンスの監獄は最深部。
まさに太陽の光も届かぬ闇の世界。
そこから姫の叫び声が聞こえた。
「姫様! 隊長!」
部下たちが駆け付ける。
そしてそこには、予想外の光景が広がっていた。
「「「「「え………?」」」」」
檻の前には、専用の戦紋盤が置かれていた。
いや、今まさにひっくり返されたところだった。
駒が床に散らばり、盤は傾き、椅子が少しずれている。
そして、
「今のは練習の練習の練習ですわ! だから次こそ、本番の本番の本番! 真の本番の決戦ですわ!」
セラフィナは、顔を真っ赤にして立ち上がり、涙目で叫んでいた。
その言葉に、部下たちは一斉に目を見開いた。
「ナニヤッテンノこれ……」
「まさか……え? 戦紋盤?」
「え? なんで? なんで姫様とアマンスが戦紋盤してんの? しかも姫様が泣いてる?」
ぞろぞろと入ってきた部下たちは、誰もが目を丸くしていた。
監獄の最深部、帝国の姫と王国の英雄が、戦紋盤を挟んで対峙している。
しかも、姫は涙目で駒を握りしめ、アマンスは無言で盤を整えている。
「……これ、どういう状況?」
「隊長……」
「隊長?」
視線が壁際に向く。
そこには、ラヴィーネが立っていた。
腕を組み、頭を抱え、壁に背を預けている。
「あなたたち……なぜ?」
その声は、疲れ切った呟きだった。
「いや、隊長が連れて行かれたから、心配で……」
「先日、隊長からもアマンス絡みで相談されて……そんな中で姫様とアマンスに会いに行くっていうものですから……」
「私たち心配で心配で、そして気になって……」
「まさか監獄で戦紋盤とは思わなかったけど……」
部下たちは一斉に疑問を口にする。
すると、ラヴィーネは、深くため息をついた。
「……昨日だけで三十局。今もね。姫様は『練習の練習の練習』だと仰ってるけど、もう何が本番なのかわからないのよ」
「……隊長、それって……」
「ええ……姫様が全戦全敗で……」
その言葉に、部下たちは一斉に沈黙した。
そして、セラフィナが振り返る。
「そこ煩い! 集中するんだから黙りなさい!」
その一喝に、部屋の空気が凍りついた。
部下たちは反射的に背筋を伸ばし、口を閉じる。
「この一局に、帝国の威信がかかっているのです。アマンスを打ち負かすことで、我が帝国の優位を示すのです!」
「……姫様、それって……」
「黙りなさいと言ったでしょう!」
涙目ながら鼻息荒くして喚くセラフィナ。
これまでセラフィナのことを帝国の傑物ということだけしか知らなかった一同だったが、とてもではないが今のセラフィナからそんなものは感じなかった。
一方でアマンスは、淡々としながらも明らかに呆れたような表情で盤の駒を並べながら尋ねる。
「だいぶ賑やかになってしまったが……セラフィナ姫……まだ……続けられるのか?」
「は? 続きも何も、なんで練習で終える必要がありますの! 言ったではありませんの! 次こそ本番! そう、決戦に続きもくそもありませんわ! 決戦は一回こっきりなんですから!」
その言葉に騎士アマンスは頭を抱えながら目を瞑る。
「……かったる」
と小さく呟く。
一方で鼻息荒いセラフィナはハッとしたようにアマンスを睨みつける。
「言っておきますけど、昨日の練習中に一度、手を抜いてワザと負けるなどということをあなたはしましたが、そんなこと今日もやったら絶対に許しませんわよ? 真剣勝負に手を抜かれるような死ぬほどの屈辱は何があろうと許しませんわよ!」
そう喚きながらセラフィナはカードと駒を動かしていく。
そんなあまりにも我儘極まりないメンドクサイお姫様の様子に一同は……
「……これ、いつまで続くんだ?」
「隊長、これって……任務ですか?」
「……任務じゃないけど、逃げられないのよ……姫様が勝った時、それを証明するための立ち合い人が必要と言われてね……」
ラヴィーネは壁に頭をぶつけそうな勢いで項垂れた。
そして、部下たちはラヴィーネに、そしてかつての敵ながら、アマンスに心底同情してしまった。
冷たい石壁に囲まれた廊下を、部下たちは足早に進んでいた。
先ほど、セラフィナがラヴィーネを連れてこの方向へ向かったのを見たのだ。
「まさか、隊長と姫殿下が……本当に監獄に……」
「いや、でも、何故こんなところに……」
「まさか、またアマンスに会いに?」
「でも、姫様までなんでアマンスに?」
誰もが半信半疑だった。
監獄は任務で訪れる場所であって、姫様が遊びに来るような場所ではない。
だが、ラヴィーネが連れて行かれた以上、放ってはおけなかった。
「ひょっとしたら……アマンスを登用しようとしているんじゃないのか?」
「たしかにありえるかもね。王国との戦争も終わったことで、残った王国兵たちも今後は帝国兵として再編されるって話もあるし」
「でも、アマンスってただの兵じゃないだろ。王国側の英雄だぞ? それこそ、帝国にとっては象徴的な『敵』だったはずだ」
「逆に言えば、象徴的だからこそ、取り込めば効果は絶大ってことじゃないか? 民衆への印象も、王国残党への牽制も」
「姫様がそこに関わってくるってことは、単なる私情じゃなくて、政治的な動きかもしれない」
「それに、隊長が最近悩んでたのって、まさにその辺の話だったよな。王国との関係、捕虜の扱い、そしてアマンスの処遇」
「いやぁ、でもアマンス自身はどうなんだぁ? だって、あいつ自身も戦争で家族やら仲間やらが戦争で死んでる上に……その、俺らとの決着は……なぁ?」
「俺の所為――――」
「はい、カイルうるさいだまれしつこい」
「いずれにせよ、ここまで来た以上はワシも知りたいのう。姫様と隊長が何をされているのかを」
ひょっとしたら、物事はかなりの大ごとなのかもしれない。
「そういえば、さっき姫様が隊長を連れて行かれるときの、本番がどうとかっていうのも何のことだろうね?」
「ん~…………」
「ぶちのめすとか言われてたしな……」
隊の者たちは話しながらそう思うようになり、後を追う。
黴臭い監獄の奥へ進む。
廊下の奥へ進むにつれ、空気が張り詰めていく。
そして――
「もういっがい!!」
甲高い声が響いた。
直後、何かがガタンとひっくり返る音が石壁に反響する。
「お、おい、今の音!」
「……今の、姫様の声だよな?」
「何かガシャンって音がしたけど!」
「な、何があった? 姫様、隊長!」
「急げ!」
部下たちは一斉に駆け出した。
帝国の宿敵でもあった王国の英雄でもあったアマンスの監獄は最深部。
まさに太陽の光も届かぬ闇の世界。
そこから姫の叫び声が聞こえた。
「姫様! 隊長!」
部下たちが駆け付ける。
そしてそこには、予想外の光景が広がっていた。
「「「「「え………?」」」」」
檻の前には、専用の戦紋盤が置かれていた。
いや、今まさにひっくり返されたところだった。
駒が床に散らばり、盤は傾き、椅子が少しずれている。
そして、
「今のは練習の練習の練習ですわ! だから次こそ、本番の本番の本番! 真の本番の決戦ですわ!」
セラフィナは、顔を真っ赤にして立ち上がり、涙目で叫んでいた。
その言葉に、部下たちは一斉に目を見開いた。
「ナニヤッテンノこれ……」
「まさか……え? 戦紋盤?」
「え? なんで? なんで姫様とアマンスが戦紋盤してんの? しかも姫様が泣いてる?」
ぞろぞろと入ってきた部下たちは、誰もが目を丸くしていた。
監獄の最深部、帝国の姫と王国の英雄が、戦紋盤を挟んで対峙している。
しかも、姫は涙目で駒を握りしめ、アマンスは無言で盤を整えている。
「……これ、どういう状況?」
「隊長……」
「隊長?」
視線が壁際に向く。
そこには、ラヴィーネが立っていた。
腕を組み、頭を抱え、壁に背を預けている。
「あなたたち……なぜ?」
その声は、疲れ切った呟きだった。
「いや、隊長が連れて行かれたから、心配で……」
「先日、隊長からもアマンス絡みで相談されて……そんな中で姫様とアマンスに会いに行くっていうものですから……」
「私たち心配で心配で、そして気になって……」
「まさか監獄で戦紋盤とは思わなかったけど……」
部下たちは一斉に疑問を口にする。
すると、ラヴィーネは、深くため息をついた。
「……昨日だけで三十局。今もね。姫様は『練習の練習の練習』だと仰ってるけど、もう何が本番なのかわからないのよ」
「……隊長、それって……」
「ええ……姫様が全戦全敗で……」
その言葉に、部下たちは一斉に沈黙した。
そして、セラフィナが振り返る。
「そこ煩い! 集中するんだから黙りなさい!」
その一喝に、部屋の空気が凍りついた。
部下たちは反射的に背筋を伸ばし、口を閉じる。
「この一局に、帝国の威信がかかっているのです。アマンスを打ち負かすことで、我が帝国の優位を示すのです!」
「……姫様、それって……」
「黙りなさいと言ったでしょう!」
涙目ながら鼻息荒くして喚くセラフィナ。
これまでセラフィナのことを帝国の傑物ということだけしか知らなかった一同だったが、とてもではないが今のセラフィナからそんなものは感じなかった。
一方でアマンスは、淡々としながらも明らかに呆れたような表情で盤の駒を並べながら尋ねる。
「だいぶ賑やかになってしまったが……セラフィナ姫……まだ……続けられるのか?」
「は? 続きも何も、なんで練習で終える必要がありますの! 言ったではありませんの! 次こそ本番! そう、決戦に続きもくそもありませんわ! 決戦は一回こっきりなんですから!」
その言葉に騎士アマンスは頭を抱えながら目を瞑る。
「……かったる」
と小さく呟く。
一方で鼻息荒いセラフィナはハッとしたようにアマンスを睨みつける。
「言っておきますけど、昨日の練習中に一度、手を抜いてワザと負けるなどということをあなたはしましたが、そんなこと今日もやったら絶対に許しませんわよ? 真剣勝負に手を抜かれるような死ぬほどの屈辱は何があろうと許しませんわよ!」
そう喚きながらセラフィナはカードと駒を動かしていく。
そんなあまりにも我儘極まりないメンドクサイお姫様の様子に一同は……
「……これ、いつまで続くんだ?」
「隊長、これって……任務ですか?」
「……任務じゃないけど、逃げられないのよ……姫様が勝った時、それを証明するための立ち合い人が必要と言われてね……」
ラヴィーネは壁に頭をぶつけそうな勢いで項垂れた。
そして、部下たちはラヴィーネに、そしてかつての敵ながら、アマンスに心底同情してしまった。
0
あなたにおすすめの小説
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月15日付で、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。
ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
死にキャラに転生したけど、仲間たちに全力で守られて溺愛されています。
藤原遊
恋愛
「死ぬはずだった運命なんて、冒険者たちが全力で覆してくれる!」
街を守るために「死ぬ役目」を覚悟した私。
だけど、未来をやり直す彼らに溺愛されて、手放してくれません――!?
街を守り「死ぬ役目」に転生したスフィア。
彼女が覚悟を決めたその時――冒険者たちが全力で守り抜くと誓った!
未来を変えるため、スフィアを何度でも守る彼らの執着は止まらない!?
「君が笑っているだけでいい。それが、俺たちのすべてだ。」
運命に抗う冒険者たちが織り成す、異世界溺愛ファンタジー!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
崖っぷち令嬢の生き残り術
甘寧
恋愛
「婚約破棄ですか…構いませんよ?子種だけ頂けたらね」
主人公であるリディアは両親亡き後、子爵家当主としてある日、いわく付きの土地を引き継いだ。
その土地に住まう精霊、レウルェに契約という名の呪いをかけられ、三年の内に子供を成さねばならなくなった。
ある満月の夜、契約印の力で発情状態のリディアの前に、不審な男が飛び込んできた。背に腹はかえられないと、リディアは目の前の男に縋りついた。
知らぬ男と一夜を共にしたが、反省はしても後悔はない。
清々しい気持ちで朝を迎えたリディアだったが……契約印が消えてない!?
困惑するリディア。更に困惑する事態が訪れて……
起きたら猫に!?~夫の本音がだだ漏れです~
水中 沈
恋愛
(猫になっちゃった!!?)
政務官の夫と大喧嘩した翌朝、目が覚めたら猫になっていたアネット。
パニックになって部屋を飛び出し、行き着いた先は夫、マリウスの執務室だった。
(どうしよう。気まずいわ)
直ぐに立ち去りたいが扉を開けようにも猫の手じゃ無理。
それでも何とか奮闘していると、マリウスがアネット(猫)に気付いてしまう。
「なんでこんなところに猫が」
訝しそうにするマリウスだったが、彼はぽつりと「猫ならいいか」と言って、誰の前でも話さなかった本音を語り始める。
「私は妻を愛しているんだが、どうやったら上手く伝えられるだろうか…」
無口なマリウスの口から次々と漏れるアネットへの愛と真実。
魔法が解けた後、二人の関係は…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる