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第40話 怖くない

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「トワイライト姫ぇ……せっかくいい雰囲気でありましたのに……」

 木の陰から頭を押さえながらオルガスが……

「で、でも、チッスさせちまったぞ……い、いいのか?」
「まったく、トワイライト姫はああいうところは本当に空気を読まれない」
「これまで恋愛関連はあまり関心のなかったクローナ姫がようやく恋する乙女のような顔をされたというのに……」
「いや、でもあのまま放置していたら、キスどころかその先まで……流石にそれを我らが見るのも……」
「ひ、姫様のぱ、パン……白……紐……」
「おい、忘れて差し上げろ」
 
 いや、オルガスだけでなく、なんなら兵士たちも大勢が木や岩の影などからゾロゾロと顔を出した。

「あ、あら……、み、皆さんお揃いですね。おはようございます~」
「うわ、わわ、なな、なんで? 何でこんなにいるんだよ?!」

 少し驚くも落ち着いた様子で微笑んで挨拶するクローナ……いや、落ち着いていない。表情はニコやかだか顔が沸騰して頭から湯気が出ている。
 そしてアークスもそうである。


「「「「「いや、姫様を護衛もつけずに野宿させるわけがないし……」」」」」

「え、ええええ!? た、確かにそれはそうだけども……で、でも、い、いつから?」

「「「「「これで私たちは、食いしん坊同士ですね♪ ……あたりから……」」」」」

「夕べから!?」

 
 全員が昨晩の宴で疲れて寝ているのかと思ったが、そうではなかった。
 全員が抜け出したアークスとクローナの様子に気づき、昨晩からずっと物陰で様子を伺っていたのだ。
 だが、そこでクローナとアークスはハッとする。

「むぅ、それでは皆さん……私が食いしん坊な所もこっそり見ていたのですか!? むぅ……昨日は気が緩んでいたので感知も緩んで気配に気づきませんでした……でも、アークスもキカイにはあんなに反応するのに気づかなかったのですか?」
「そ、そこじゃないよ! いや、そこもだけど、確かに俺もキカイの反応はすごい分かったのに、なんで……って、でもそこじゃないよ、クローナ! そのつまり……その……俺が……」

 頬を膨らませて少しズレたところを怒るクローナに対し、アークスは少し浮かない顔を見せる。
 昨晩の二人のやり取りを見られていたということは、自分がキカイの残骸を食べていたところも見られていたということだ。
 クローナは受け入れてくれたが他の者は?
 マセナたちのように恐れを……

「ああ、バクバク食ってる救世主様の様子はバッチリ見てたぜ」
「つっても、既に姫様や大将軍から報告を受けたしな」
「ああ、豪快な食いっぷりだったぜ!」
「ったく、昨日の料理がダメなら言ってくれよ。救世主様に遠慮させて腹ペコにさせるなんざ、連合軍の……魔王軍の名折れだぜ」
「ほんとにな~、ガハハハハハハハ!」

 だが、アークスの思ったようにはならなかった。
 皆は既にその話は先の戦いで見たトワイライトやオルガスから聞いて知っていたうえに、実際に見ても特にアークスを拒絶したり、怖がったりはせず、皆が豪快に笑っていた。

「みんな……」
「ふふふふ、まぁ、こんなものですぞ、救世主様」
「オルガスさん……」
「キカイ共がこの世に現れて、小生らの常識は既に崩れておりますゆえ、余程のことでは驚きませぬ」

 戸惑うアークスの肩に手を置き、オルガスが優しく微笑んで頷く。

「本当は……昨晩……姫様が救世主様を怖くないと仰ったとき、小生らも飛び出そうかと思いましたが……いい雰囲気でしたので我慢しましたが、本心では同じです」
「そうそう。俺らにゃ、ちょっと生意気そうな顔してるけど、男気あって、実はメチャクチャ強くて変わったもんが好物の英雄にしか見えねえさ!」
「むしろ、救世主様がお腹いっぱい食べるだけキカイの数が減るなら、もっと食ってもらわねーとな!」
「ははは、違いない!」
「我々からしてみれば全部平らげてくれても構わないですからな!」

 笑いに包まれる朝の空気。
 ウジウジ考えていたのが馬鹿らしくなり、小さいことなのかもしれないと思わされるアークスは、ホッとすると同時に嬉しいと感じた。
 そんなアークスの様子に、クローナは自然とアークスの手を握っていた。

「大丈夫ですよ、アークス」
「クローナ……」
「あなたをビックリする人はいても、少なくともこの場にあなたを嫌う人はいません。いいえ、たとえもし居たとしても……仮に私以外の人があなたを怖いと思っても……」

 その握った手を強く、想いを込めてクローナは握りしめながら微笑む。

「私だけは絶対に怖いなんて思いません。だから、安心しなさい」
「……はい……クローナ」
「んもう、これは命令ではないんですけど……ん~、でもいいです! そうなんです!」

 その言葉が嬉しくて、また照れくさくなってアークスは俯いた。

「……なあ、だから俺らも怖がらないってのに……姫様……」
「これは、冷やかすとか、そういうのを通り越して……」
「ああ。姫様……やっぱ、気持ちが高ぶったとか、雰囲気に流されてとかそういうのじゃなくて、もう本気かも……」
「甘酸っぱい」

 再び皆の前で二人だけの世界を作る、アークスとクローナ。
 見ているだけで照れてしまうような二人の空気に、「自分たちもいるんだけど?」とツッコミ入れようと思ったが、何となくここで声を挟むのは無粋だと思ったのか、誰もが見守る姿勢になった……かと思ったが、


「で、こんな分かり切ったムズかゆい話はどうでもいいとして……話をおぬしらの乳くり合うより少し前に戻してじゃ……」

「「「「姫ぇぇえええ!!??」」」」

「ファクトリー、だったか? 救世主殿……おぬしがどうして奴らの本拠地の名称を知っているかは分からぬが……そこを探して叩くという話は賛成じゃ」


 空気読まずにバッサリと切って話を戻すトワイライト。
 そしてそれは重要なことであり、アークスも表情を引き締めた。


「そして、だからこそ世界の命運を左右させるその目的を果たすためにも、おぬしは一度儂らと共にエデンへ来てほしい。港はすぐそこじゃ。船で数週間程度の距離にある」

「エデン……」

「そうじゃ。ちゃんと選りすぐりの精鋭部隊を結成し、事前の準備をしっかりと行ったうえで、そのファクトリーとやらを――――」


 これからのことについて……だが……それは……

「……ん? なんじゃ?」

 予定通りに行かないものである。
 
「お姉さま? ……あ? あら?」
「ぬっ……これは?」

 最初に気づいたのはトワイライト。そしてクローナとオルガスも続いて反応。

「儂ら魔族の魔力とは違う気配……キカイではないが、魔族でもない何者かがこちらに近づいておる」

 急に別方向に体を向け、真剣な表情で身構えるトワイライト。
 その言葉を受けて、先ほどまで笑っていた兵士たちも表情を一変させて身構えた。
 すると……


「ぐっ、は、あ……はあ、はあ……たす……たすけ……てくださ……」

「「「「「ッッッ!!!???」」」」」


 林の奥から、全身血にまみれ、ボロボロに砕けた鎧を着た、獣耳と獣の尻尾を持った男がよろめきながら現れた。

「お、おぬしは……クローナ! 急いで手当じゃ!」
「は、はい! っ……で、でも……これは……」

 キカイではない。魔族ではない。その正体は獣人の兵士。
 トワイライトたち魔族にとっては現在同盟を結んでいる者である。
 たった一人、瀕死の姿で助けを求め、その傷は……

「あっ……弾痕……これは……」

 アークスでも、その獣人の兵士の身に何があったのかがすぐに分かった。
 そして、クローナの唇を噛みしめる表情からも、もう男は……

「ま、ま、おうぐん……のみなさま……ど、どうか……みなを……『アシリア姫』を……たす……け」

 だが、男はそれでも命尽きる前に、必死に言葉を吐き出す。
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